第三章
夢小説設定
名前変換◆名前変換とは?
対応している小説で、主人公の名前をお好きな名前(自分の名前やオリキャラの名前等)に変えて小説を読む事が出来る機能です。
夢小説と呼ばれる事もあります。
勿論変換せずに普通の小説としてもお読みいただけます。
※変換名はcookie(ご自身のパソコンやスマホ内にある一時保存される機能)に保存されますので、管理人が知る事はありません。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
町に着いた頃には昼を過ぎ。馬車を降りた零のお腹が悲鳴をあげていた。アシッドはその音を聞き、鼻で笑いながらも情けない顔をした零を目についた酒場へと先導する。
降りた場所は発展した町の門前通り。他にも食堂やレストラン、軽食店などが傍に建ち並んでいたが、足を踏み入れたばかりの町で、情報を得るつもりもあるのだろう。
少しばかり露出した制服のウェイトレスに案内されて席に座ると、零は早速メニューに目を通して手持ちで払えそうな物を頼む。そして今回も魔宝珠を置くのか、それともウェイトレスに聞き込むのかを訊ねるようにアシッドへと視線を向けた。
だがアシッドは片肘をついてその先に軽く頬を乗せると、当然の如くこう言った。
「ここまで来れば、俺達が目指す場所もはっきりとしてくるな」
「え?アシッドは闇雲に町に寄りながら、勇者に関する話を探していたんじゃないの?」
思わず素直な言葉を口にしてしまった零に、冷ややかな紫の視線が突き刺さる。
「……いちいちフィルドレア地方の村や町の名前など覚えていなかっただけだ。モントブレチアはそれなりに名の知れた町だが、目指す地への直通馬車はなかったしな。移動手段さえ判明すればそこへ向かう。それともお前は地図もなく、国内全ての町や村の名前まで答えられるのか?」
「う……む、無理です」
グラジオラス国は勿論、元の世界の日本であっても、市町村を全て答える事はできない。……と言うか、県内ですら全てと言われると怪しいところだ。
(ってここ、フィルドレア地方だったんだ)
だが、日本に住む者ならば地方や都道府県名ならばわかるだろう。同様に、エルドラーク家や王城である程度の事を学んだ零にはその名称だけはピンときた。
グラジオラス国西部、フィルドレア地方。
地方名になっているフィルドレア領が大半を占めており、後は小さな領土が数ヶ所含まれた、主に観光資源が豊富な土地だ。
北西部であるヘリクリサム地方と接している事もあり、そこから輸入した鉱石を利用した加工業も一部では有名である。
そして、西部という事は、東側のラミウム国……エルドラーク家のある国とは正反対の位置するという事でもあった。エルドラーク家が国境近くにあるとは言え、こうも離れていては立ち寄る事はおろか、無事を伝える事も叶わないだろう。
(……一緒に暮らすのはもう無理でも、せめて近況だけでも伝えたいのにな)
二人の事を思い出して軽く憂鬱になる零だが、アシッドは「いつまでもぼうっとしているな」と叱りつけると話を元に戻す。
「良いか。フィルドレア地方は勇者の鎧が生まれた場所だ。幾らお前の魔力が高いと言っても、何の抵抗力もなしに勝てるはずはない」
誰に、と聞きたいところだが、決まっている。零が倒す気のない魔王だ。
技術不足で魔力の強さと言う恩恵はなく、迷惑だけを被っている今は、そんな物があってもどうしようもないのにと思うのだが。
「勇者にまつわる物は様々ある。小さい物を含めていたらキリはないが、鎧、盾、剣……この三つは通常の冒険者の装備として考えても特に重要だ」
「鎧に盾に剣、ねえ……」
「そしてお前の魔力を最大限に活用できる術。これさえ揃えば、今度こそ魔王は消滅させられるだろう」
前者の勇者関係の装備はともかく、術となると零にも少しだけ興味が湧く。
それほど強力なものならば、探している過程で一緒に異世界に戻る術が手に入るかもしれないし、あるいは何かしら転用できるかもしれない。
「何だかぼんやりした話だね。その術の名前とかある場所とか、勇者グッズみたいにわからないの?」
「……そこまでわかれば苦労はしない。お前には成長してもらわねばならんが、時間もない。簡単に手に入る術ならば先回りして入手して、既に学習させている」
「人の事そうやって勝手に計画するのって、どうかと思うんだけど」
「魔王を倒す為ならば仕方あるまい」
いつもの調子のアシッドに少し口を尖らせつつも、ふと勇者の剣と言えば……と城で出会ったサバトの事を思い出す。確か、彼女が治めるヘリクリサム地方は勇者の剣を保有しているのではなかったろうか。何処かの黒髪嫌味な騎士が言っていたはずだ。
あの銀髪褐色の色っぽい微笑み姿を浮かべると、事情を話せば協力してくれそうな気がしてくる。少なくとも冷たく追い返される気はしない。
「鎧はこことして、そういえば剣ってヘリクリサム地方だよね」
「……そうだが」
「ねえ。鎧探しが終わったら、そこに行ってみな――」
「零。お前は、あの土地の事を知っているのか」
気楽な零の提案を遮るように、アシッドが冷たい声で問いつめる。
「く、詳しくは知らないけど……でもそこを治めてるって言うサバトさんって言う人は優しかったよ」
そう零が口にした瞬間。
零の体は、真っ黒なアシッドの体に全て包まれた。
同じく過ごしているはずなのに、安らかな甘い香りがすっと鼻を通っていく。だが心は反対に、酷く騒がしかった。
「……え?」
目を丸くした零の事も気に留めず、アシッドはそのまま零の耳元でぶつぶつと何かを呟く。精霊へと命じるその言葉は呪文のようで、知っている魔術であるとはわかるが、耳のくすぐったさに何の魔術か考える事は出来ない。
ぎゅっとアシッドと密接する部分と顔からは、詠唱してもいないのに火が出そうなほど熱が生まれる。
「あ、アシッド……?」
「いいから終わるまでは黙っていろ」
そんな事を言われても。
じわじわと集まるばかりの熱は逃げ場がなくて、視線も側にあるアシッドに向いてしまうばかり。真剣な眼差しでひたすら言葉を唱えるアシッドの姿とあまりの熱に茹であがった心臓はばくんばくんと零の胸を打ち鳴らした。
「……ふう。解呪の魔術を詠唱しておいたが、どうやら呪いの類いは掛けられていないようだな」
ようやく解放されたと思えば、溜め息を吐くアシッド。
溜め息を吐きたいのはこちらの方だと思いつつも、零は言葉の方に突っ掛かる。
「なっ!何言ってるのアシッド!当たり前でしょ、誰が私に呪いなんてかけるのよ」
「あの地には確かに勇者の剣がある。その威力も、認めざるを得ない。いずれは行かねばならぬ場所だ。……だが今は駄目だ」
「どうして?」
「あそこには恐ろしい魔女がいる」
それは、実にアシッドらしくない言葉だった。
いつもは自信満々で他人を見下すような発言ばかりで、不利な状況に陥っても不機嫌になるか考え込むのみ。そんなアシッドが、恐ろしいと微かに震えた声で言ったのだ。
ふいとすぐに顔を背けたアシッドの表情は窺えない。
だが、零には、本当にアシッドが何かに恐怖しているように見えた。
先程までは熱にばかり気を取られていたが、それも幻想だったかのようにすっと何処かへと消えていく。
「……私が、ヘリクリサム地方の話をしたから、その魔女に呪いを掛けられているんじゃないか心配になったって事?」
「そうだ。奴はま――」
「……ごほん!お客様。お料理をお持ちしました」
そこで零ははっと気が付く。
ここは、繁盛している真っ昼間の酒場の中だ――!
「は、はいっ、有難うございます……!」
慌ててアシッドから飛び退くと、裏返った声でお礼を言い料理を受け取る。
騒がしさに自分達を囃し立てたり野次ったりする声が混じっているのを聞かないふりをして、零は素早く料理を掻き込んでいった。