第三章
夢小説設定
名前変換◆名前変換とは?
対応している小説で、主人公の名前をお好きな名前(自分の名前やオリキャラの名前等)に変えて小説を読む事が出来る機能です。
夢小説と呼ばれる事もあります。
勿論変換せずに普通の小説としてもお読みいただけます。
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大きな木製の車輪が、広いだけで整備のされていない凸凹道の上をクルクルと回る。栗毛色の少し不細工な顔付きをした馬がせっせと走り、あまり綺麗とは言えない馬車を引っ張っていた。
お陰で車内もガタガタと揺れて、十人程いる乗客の体も揺れる。
「うえっぷ……」
中でも一人の赤茶髪の青年の顔といったら、口元を押さえる手から垣間見えるそれは真っ青だった。すっかり背を丸めてぐったりとしている。
零とアシッドが幾つかの駅馬車を乗り継いで小さな町を越え、ようやくそこそこの町に行けると言うこの馬車に乗ってから、もう三日目になる。
何度か休憩を挟んだとは言え、三日もこんな悪路で揺られては車酔いを起こしてもおかしくはなかった。幸い青年以外は慣れっこなのか乗り物に強いのか、皆平然とした顔をしていて、零とアシッドも零が錬成した酔い止め薬を服用していた為に無事ではあるが。
「ねえ、アシッド。あの人、大丈夫……じゃないよね」
他人の事を噂するのは悪いと思いつつも、明らかに一人だけ酷く体調を崩しているのを見て、零はこそりとアシッドに話し掛ける。
アシッドは軽く眉を寄せて、どうでも良い事のように言葉を吐き出した。
「見ればわかるだろう。まあ、町長が口利きしてくれた商隊の馬車でも大きな町同士を繋ぐ馬車でもなく、小さな町から出た駅馬車だ。悪路もボロい車も馭者の腕が悪いのも仕方あるまい。駅馬車があるだけ良い方だ」
「そこまで馬車の事、悪くは言ってないけど」
一言聞いただけで、しかも馬車については言及していないのに酷いこき下ろしようだ。まあ、それがアシッドらしいと言えばらしいのかもしれないが。
零は求めた回答以外の悪口を半分聞き流すようにして、肩に掛けていた鞄を開き、一つの小瓶を取り出す。薄緑色の液体が、瓶の三分の一程度を満たしている。
零の体同様、ちゃぱちゃぱと瓶の中で揺れるそれを持ちながら、零はひたすら床を見つめる見知らぬ青年の前に向かった。
「あの……すみません」
「あー……ええと……なに……?」
返事もまた弱々しく、絞り出したように少し濁った声だった。おそらく答えるのも辛いのだろう。
零は苦笑しながら、手に持っていた小瓶を差し出す。
「良かったらこれ、酔い止め薬なんですけど。使ってください」
「酔い止め……?そう……ええと……ああ……でも、うん……そうだ……有難う、頂くよ」
青年は短くない間もごもごと微妙な言葉を呟いて、それから零から薬を受け取った。迷ったわりには辛さが限界だったのか、蓋を取ると直ぐ様ぐいっと喉に流す。そのまま再び俯き、手だけを零の方にぬっと伸ばして空の瓶と蓋を渡した。
「有難う、返すよ……」
「は、はい」
それを受け取ろうと、零が触れる。
その瞬間、びくりと青年の指が跳ね、零の手を掴んだ。
瓶と蓋は寸でのところで摘まんでいて落ちずに済んだが、同時に青年の顔がバッと勢い良く上がり、そばかすまみれの血色の良い頬が零の視界に入る。
「……有難う!本当に気分が良くなったよ!」
「あ、えっと、は、はい、良かったです」
今度は零がどきまぎとする番だった。
辛そうだったから余りの薬を分けただけで、こんなに大袈裟な反応を返されるとは思ってもいなかったのだ。
「初対面の人間に高価な薬を渡すなんてちょっと吃驚したし、僕を殺す為の毒か怪しい薬の実験かとも思ったけど、僕を殺したところで良い事もないし、吐き気も限界だったからね……受け取って正解だった。助かったよ、有難う。君は薬屋さん?それともお金持ちのお嬢様か何か?」
「え、えっと、そうですね、薬師……みたいなものです」
先程口ごもっていたのはそういう理由だったらしい。
錬金術師も魔術師も立派な職業ではあるのだが、零の中での基準では怪しんでいた人間には言い辛く、青年の言葉を利用して答えを濁す。
「そっか、やっぱり!余っているか自分で作れるんじゃなきゃ、そうそう薬なんて渡さないもんね。ああ、でも僕、お金は殆どないんだ。この馬車に乗るのに大分使ったから。……その、だから、君がくれたものをただ貰ったって事になるんだけど」
「それは、勿論です。あまりに辛そうだったから使ってもらえたらと思っただけなので……それじゃ」
随分と饒舌になった青年からそそくさと離れ、アシッドの横へと戻る。その間もにこにこと自分を見ていた青年に、零は引きつった笑顔になった。
元気になってくれたのは良かったものの、何だか大変な事をしてしまったような気になったのだ。
それを見ていたアシッドはふんと鼻を鳴らし、小馬鹿にして言う。
「ふん。余計な世話など焼くからだ」
「ね、ねえアシッド。これってどういう事?」
「……傷薬や気付け薬、簡単な病の薬は庶民でも手が届く程度に普及している。だが、少しでも重い病や我慢出来る程度の症状を緩和する薬は未だに高い。前者は通常の薬師が使う薬草の値段はどれも高いし、後者は基本的に楽をしたい貴族向けだからな。せいぜい、庶民に出回っているのは気休め程度のものだ」
「……なるほど。じゃあ私、初対面の人に高価な物をタダで渡したって事?」
「そうなるな。エルドラーク家では薬の値段も学ばなかったのか?」
「うん。どの薬草が高価だとか安価だとか、材料について曖昧な事は習ったけど。そう言えば薬自体の卸価格は聞いてない気がする」
依頼の相場がわからない。宿の値段がわからない。武具の値段もわからない。改めて、旅に出るには世間知らずな事だ。
エルドラークの二人は気にする必要もない旅になると予定していたのだろうが、零はきちんと学んでこなかった事に少しだけ落ち込む。
「町に着けばどうせもう会う事もない。気にする必要もなくなる」
「うん……」