第三章
夢小説設定
名前変換◆名前変換とは?
対応している小説で、主人公の名前をお好きな名前(自分の名前やオリキャラの名前等)に変えて小説を読む事が出来る機能です。
夢小説と呼ばれる事もあります。
勿論変換せずに普通の小説としてもお読みいただけます。
※変換名はcookie(ご自身のパソコンやスマホ内にある一時保存される機能)に保存されますので、管理人が知る事はありません。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
部屋を確認がてら少しの休息を終えて、二人は鍵を持って部屋を出た。それから前回と同じく宿の従業員に勇者伝説の観光スポットを聞こうとするが……
「ああ、それなら知り合いの案内屋を紹介しようか?」
主人らしい男はそう言って場所を教えようとしない。やんわりと断り場所だけを聞こうにも頑なに案内屋を勧めてくるばかり。
「……どうしようか、アシッド」
「いや、結構だ。買い物ついでに何処かの店で聞くぞ」
ここまで来ると他の案内屋と比べて高くなければ頼んでも良いんじゃ、と思う零の手首を掴み、アシッドは会話を切り上げて宿を出た。
「ちょ、ちょっとアシッド……」
「ああいうのは無駄だ。今回は幾つか埋まっている宿の中、空いている安宿を探して入った。空いていたと言う事はそれなりに理由もあろう」
「何となくわかるけど。でも案内頼んだ方が安心なんじゃない?泊まってるお客なんだから、多少安くしてくれるかもしれないし」
「土産屋や道具店は逆に立ち寄らせようと案内屋に金を出している場合も多い。買い物さえすればタダで聞ける。稼いでから店に立ち寄っていないんだ、どうせ買う物はあるだろう?」
「……そう言えば」
宿に泊まれる、アシッドにお金が返せる。受け取った時はそれだけしか考えていなかったが、今はそれが済んでも手元に残っているのだ。
言われてみれば、次々に買いたい物が浮かんでいく。旅に適した服、薬、魔獣以外の食料……念の為に武器や防具も見た方が良いかもしれない。それから本も。
勇者勇者と観光地を見に行くつもりだったが、零自身が旅をする本来の目的は元の世界に帰る事である。魔王や勇者の話も何か伝説の道具や遺跡的な役立つ物があるかもしれないが、殆どアシッドの用事だ。零は零でそれを探さねばならない。
「アシッド、買い物に付き合ってくれるの?」
「俺も見たいものはある。それにお前を一人にしておくと、また下手な商売に引っ掛かりそうだ」
「下手な商売って……」
まあ、この世界の相場はあまり詳しくはない。少し吹っ掛けられても気付かない事もあるだろう。
それにしても酷い言い草だと思いながらも、零はじとっとした視線を送った。
◆ ◆
「――俺がついていても大して変わらんようだったな」
「……必要な物が多かったんだよ」
悔し紛れなトーンにはなってしまったが、その言葉は本当だ。唐突な旅立ちで冒険に適したものは殆ど無かったのだから。特にぼったくられたと言う訳ではない。
ただ、買い物を終えるとお金を入れていた布の小袋は食事代を残してすっからかんになっていた。
「まあ、宿の人と違って快く場所も教えてくれたんだし良いじゃない。食事とる分くらいは残してあるし」
零はそう言って中の小袋を示すように、新調した鞄をぽふんと軽く叩く。
持っていた鞄では入り切らないだろうと、一回り大きな似たような鞄を買ったのだ。そして冒険向きの服を買って詰め込み、何度も着た少しばかり上品な服は一枚を残して処分した。必要そうな小物も買って、ついでにその服屋で勇者伝説に纏わる場所への行き方も聞いた。
次の店では安かった果物や長持ちする保存食を買って予想通りに鞄を膨らませる。薬はアシッドが見つけた何だか怪しい店で材料だけを買い、エルドラーク家で学んだ調合法で錬成してみる事にした。
こうして財布は軽くなった。
「運良く残っただけだろう。爪の甘さは先程痛感したばかりではあるまいか」
「うっ」
そうなのだ。最後に武具防具を見に行ったが、考えが甘かった。色んな物を買った残りのお金で買えるほど安くは無かったのだ。アシッドもお気に召す物が無くて結局冷やかし客になってしまった。
そもそも残った僅かなお金が今後の食事代になった訳で、もし使い切っていたのなら早速買った食料を消費するところだった。
「で、でも私魔術師(仮)だし。武器は念の為に見に行っただけだから!」
「だが接近戦が必要な事もある。ナイフぐらいは持っておけ」
「アシッドだって何も――」
その時、視界の端に何かが飛び込んできて、慌てて零は受け取った。それはアシッドから投げられたナイフ。勿論攻撃の為に身を剥き出しにしたものではなくて、少し古びた鞘に収まった、けれど確りとして零にも扱えそうな軽さのナイフだった。
「俺は俺で持っている。良い物が見付かるまで貸してやる」
「あ、有難う……」
「全く、どいつも一度に大金を持つと駄目になるものだな」
元の世界では零だって毎月の小遣いをその日に使い切ったりはしなかった。どうしても欲しいものがある時は別だが、ある程度は計画的に使い、また貯めたりもしたものである。
……ただ、自分で稼いだお金で初めての異世界での買い物で、必要なものと言う名目もあり。それもアシッドの言う通り大金を手にしていた為、浮き足立っていたのも事実である。
「……うう、言い返せない。今後は気を付けます……。でも何かその言葉、もしかしてアシッドも経験したの?」
「俺はそんな愚か者ではない。俺ではなくて――」
「なくて?」
零は何気無く聞き返す。
アシッドには助けられたりドン引きさせられたり感心させられたり苛立たせられたり色々とあったけれど、結局今も南の大陸から来た有能な魔術師で魔王を恨んでいる事しか知らない。家族構成だとか、零に会うまでの交友関係だとか、南の大陸でどんな風に暮らしていただとか。
俺ではなくて、アシッドのどんな相手がどんな事をやらかしたのか。零は聞けるかもしれないと言う期待をちょっぴりと抱いたのに、アシッドはふいっと顔を逸らして話を断った。
「……何でもない。そういう話など良く聞くだろう。それよりもあの角を曲がった大通りを真っ直ぐ行くんだったな」
「そうだけれど……話を途中で切ったら気になるよ」
「切ってなどいない。何でもないと答えて終わっただろう」
「ええ……アシッドの事、ちょっと知れるかと思ったのに」
「俺の事など知ってどうなる」
「一緒に旅して隣にいる人の事、知らない方がおかしいじゃない」
この世界に来たばかりで不安で、どうしたら良いか困っていた時に出会った。そしてそれから魔王を倒す為の魔力目当てであったものの夢に出てきては話を聞いてくれて、或いは相談に乗ってくれて、最終的にはこんな旅をする形になってしまったけれど。
こんな相棒、普通に考えればおかしいのだ。
「それならここで別れるか?」
「えっ」
だからと言ってアシッドが急にそんな事を言い出すのは予想外だったが。
「……そ、そんなに言いたくないならいいの。何かその……ごめん」
始めは一人で旅立つつもりでいた。でもこうしてアシッドに教わる事も多くて、今突き放されるのも零は不安に思う。……それに、安心して喋れる人が側にいると言うのは良いものだ。城に居た時はいつも心は一人ぼっちで、夢の中のアシッドくらいしかそんな存在がいなかったのだから。
「何故謝る?一緒にいてもそれほど得する存在ではない事は自負している」
「……でも」
「魔王を倒せとも言われずに済むようになるぞ」
「……」
「そこで考えるな。嘘に決まっているだろう」
そんな奴であった、アシッドは。
夢に出てきたのも偶然ではなく魔術による彼の干渉であったし、そんな事までして零を魔王退治に誘導しようとする者が今更手を離す訳もなかった。
辛辣な言葉に零は怒り出す。……でもそれがアシッドらしくもあるのだろう。