第一章
夢小説設定
名前変換◆名前変換とは?
対応している小説で、主人公の名前をお好きな名前(自分の名前やオリキャラの名前等)に変えて小説を読む事が出来る機能です。
夢小説と呼ばれる事もあります。
勿論変換せずに普通の小説としてもお読みいただけます。
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取り敢えずいつも通りに過ごして、シードも暇ではないだろうに泊まる事になって、夕食は茸たっぷりのスープパスタを食べた。
三人はやはり優しくて、逃げ出した零を無理に追うことはせず、ただ楽しく食べられた。……その優しさは零にとって花の香りのようだった。数本なら甘く広がり心を満たすが、溢れるとかえって噎せてしまう。
だから夜にそっと、裏口から家を出た。
別に旅立とうと言う訳じゃない。何せ二人がそんな高名な人間だと知ってもまだ置かせてほしいと言う程、世界については理解していない。ここからどうやって降りれば町に着くのか。それすらわからない状態なのだから。
ただ、静かに一人で、夜風にあたりたかった。黄色に輝く寂しげな月を見上げたかった。
「随分と悩んでいるみたいだな」
はっと零は振り向く。ぼうっとしていた所に若い男の声。今の零にはすぐに判断は出来ず、ただそれだけでシードに見られたと思った。
しかし、視界に移ったのは青髪でも優しげな顔でも無く、この夜に溶けてしまいそうな黒い髪に黒の服、黒のマント。瞳だけが神秘的な紫という、零より少しだけ年上に見える男だった。
「……こんな夜に、何か御用ですか?エルドラークさん家の表玄関は反対ですけど」
二人の身分を知った今、零は見知らぬ男ということに警戒する。更に一人の時間を邪魔された苛立ちも含まれて、零の声色は刺々しい。
けれど男は飄々と、向かい側の石に座った。
「別に。エルドラーク氏に用がある訳じゃないさ」
「じゃあ何なんですか」
「……お前が悩ましげにぼうっとしているのが見えただけさ」
「こんな夜中に森の中で、ただの通りすがりだって言うんですか」
「森の中だからこそ降りるのに通りすがるんだろう」
そう言う男はもしかして、ここがエルドラークの家と知らず、と言うかエルドラーク夫妻の事も知らずに、ただ屋根のある場所を探して森を彷徨っていたのかもしれない。だとすると少し悪いことをした気分だ。
「……ここがエルドラーク氏の家だと言うことは知っている。昔名を馳せただけの錬金術師と魔術師など、訪ねる用事も興味もないがな」
なんて零の考えを読まれたように、男はさっと言った。
二人を貶すようにも取れる言葉に先程の申し訳無さを忘れるも、これだけ態度のでかい人間だ。少なくとも今零を介して二人に擦り寄ろうと言うのではないだろう。何か企んでいたとしても、この後にエルドラーク家を訪ねれば噴飯物である。
「それで?一体何を悩んでいる。迷子にでもなったか」
散々家主を口にした家を前にして、それはないだろう。恐らく男も冗談で言ったはずだ。
しかし零に関してはある意味間違いではなかった。確かに今零は、世界規模での迷子だ。
「……そうですよ」
零は、目の前の男が見知らぬ人間であるのだと改めて考えた。
彼はエルドラーク夫妻に用のない、ただの通りすがり。勿論何処かに嘘はあるかもしれないけれど、そう言う事になっている。それならばもう二度と会う事もない。先に声を掛けたのはあちらだ。
重要な事さえ言わなければ良い。
何よりその飄々とした態度にいっそ、馬鹿な女の戯言に付き合ってもらおうじゃないかと、零の心に自棄な気持ちが沸いた。
「迷子なんです、私。今見ている光景に戸惑って、今までいた場所が恋しくて、会えない人が沢山いて……それでも帰れない。帰れなくって、果てしなく遠い事がわかるだけなんですよ」
「……今が嫌なのか?」
それにははっきりと答えられる。
「いいえ。寧ろ今は幸せです。でも……新しい場所に慣れきってしまうって、何だか今までの事を忘れてしまうようで」
お父さん。お母さん。友達。沢山の忘れるつもりのない人がいる。覚えている限りは寂しさを感じる。だから、優しさに甘えて寂しさを紛らわせるとしたら、その間は皆を忘れると言う事だ。
「それに帰りたいと思うのに甘えるなんて、幸せをくれる人達を裏切るみたいじゃないですか。いつか帰るって事なのに。かと言ってこうやって悩んでても迷惑をかけてしまって……」
こんなに優しくしてもらっても、帰りたいと思い。メニフィスもディオルもシードも、何も悪くないのに勝手に自分の中で苦しんでいる。そうしている内にまた迷惑を掛けている。
ああ、もうぽんと今すぐ帰れるのなら何も悩む事は無いのに。夢の中で素敵な一週間を過ごしただけと思えるのに。
「――どうしても、帰れない場所がある場合は、どうしたら良いと思います?」
これは自棄で、軽く言ってみたつもりなのに。どうしてか声が震える。
「……。帰りたいのなら、帰れない原因を潰せば良い」
「帰れない、原因?」
具体的な回答が返ってくるとは思わず、自然と出た声は震えなかった。けれどそんな原因も浮かばなかった。
何かきっかけがあった訳でもなく、眠って目が覚めたらこの世界のベッドの上だったし、そもそも原因がわかるならとっくに動いている。
「距離が遠いだけならば日々歩いていけば良い。道がわからないのなら地図を見れば良い。……だがお前の様子ではそういう話ではないのだろう。となれば魔王だ」
「ま、おう……?」
「魔王の話は知らないのか」
「……えっと、それは、知っていますけど」
常識のように真意のわからぬ事を問われて、戸惑いつつも零は答えた。
確かに魔王の存在は知っている。異世界の人間だと話した時、メニフィスが魔王の仕業かもしれないと口にした。それにこの世界について調べていると、どこかしらにその単語が付いてきた。
けれど今零が知っているのはそれだけだ。魔王や勇者がどんな人で具体的にどうしたのか、どうなったのかもわからない。
深く聞かれたらどうしようと、その胸が変にどきどきと騒ぎ出した。
「この世の不和は大体魔王が原因だ。魔王を倒せば良い」