おひさまと砂糖菓子

「つっかれたー!今回のシーズすばしっこかったなぁ。チャコも疲れただろ?お疲れさま!」
「ありがと、アルもお疲れさま。まさかあんなに走り回ることになるなんて思いもいなかったよ」

シーズの浄化を終えてポチャッコ王国のお城に足を踏み入れたチャコとアルペックは、へとへとに疲れた状態でチャコの部屋に置かれたソファーへ腰掛けた。
今回あひるのペックル王国との国境に現れたシーズは、素早さに特化していたらしい。チャコと同じくシーズの出現報告を受けて国境へ駆け付けたアルペックと共にその素早い動きに翻弄され、ポチャッコ王国とペックル王国を行ったり来たり散々走り回ることになったのだ。二人とも体力には自信があるため、通常のシーズを相手にここまで体力が削られることは普段ならば起こることはない。が、今回は話が別だ。「国境跨ぎシーズ退治は勘弁やー!」というアルペックの悲痛な叫びと共に小一時間ほど全力疾走でシーズを追い回し、やっとのことで浄化を終えた二人はぐったりと疲れ切っていた。シーズの消滅を確認した場所がポチャッコ王国の敷地内だったこともあり、ポチャッコ様への報告と休息を兼ねて二人はそのままお城へ向かったのであった。タイミング悪くポチャッコ様は護衛を付けて視察……という名のお散歩に出られていたため、一先ず休憩しようかと城内のチャコの部屋へ入室したのだ。

「それにしても、オレまで休ませてもらって良いのか?ポチャッコさん帰ってくるまでにやることあるだろ?」
「報告書はお城へ戻る間に完成させたし、ポチャッコ様が戻るまでは城内での仕事になるから大丈夫だよ。それとも、俺と二人きりで過ごすのは嫌?」
「そげなわけねえやろ!休憩でもチャコと、恋人と!一緒に過ごせてめっちゃ嬉しいし、ちょっとラッキーとか思うちょった!」
「ふふっ、アルは本当に素直だね。じゃあ……今日は特別に、走り回ってお疲れなアルのことを俺がたくさん甘やかしてあげるね?」
「おー!めっちゃ嬉し……え?」

アルペックから発せられた『恋人』という言葉を聞いてすっかりご満悦になったチャコは、状況が飲み込めずに目を泳がせている恋人の頭上へと手を伸ばす。被っていたハンチング帽を外してやりテーブルの上に置けば、自分よりも少しだけ高い位置にある頭をよしよしと撫でた。

「えっと、チャコさん?これはどういう状況で……?」
「んー?シーズの浄化を一緒に頑張ってくれた恋人のことを、今日くらい甘やかしてあげたいなって思ったんだけど。ダメ?」
「よろしくお願いします!!!!」
「あははっ!元気だなぁ。じゃあ、俺に任せてね?」

アルペックを労わりたい気持ちに嘘はないが、疲れた恋人を『甘やかす』という理由を付けて、普段なら恥ずかしくて逃げてしまうようなスキンシップを行えることへの期待と緊張がないと言えば嘘になる。ドキドキと逸る気持ちを落ち着かせながら頭を撫でていた右手を離し、両手のひらをアルペックの頬にそっと添えた。ソワソワと落ち着かない様子でこちらを見つめる恋人の姿に、胸がキュンと狭くなるのを感じる。緊張とほんの少しの焦りを隠すように、にこりと微笑みを浮かべたチャコは、そのままアルペックのおでこへ口付けた。

「アル、さっきはお疲れさま」
「え……っ、ちょ、ちゃこ?」
「アルは気付いてないかもしれないけど……君自身が思っているよりも、俺はアルのこと好きだからね」
「あ!それは知っちょった!オレもチャコんこと、しんっけん好き!」
「え、なに?知……?あと国境跨ぎシーズ退治って言葉は微妙だったけど、戦ってる姿はすごくかっこよかったよ?」
「急に辛辣!でも、かっこいいは嬉しい!けど!これちいと恥ずかしいけん!!ストップ!!!!」

ちゅ、と鼻先や両頬へ繰り返し何度も唇を落としながら、合間に労いの言葉をかけていく。最後は唇にキスを……うるさく騒ぐ自身の鼓動を聴こえないフリで誤魔化したチャコが、覚悟を決めて瞼を下ろそうとした時。限界だというように顔を真っ赤にしたアルペックの、ストップ!という言葉と共に、やんわりと肩を押され身体ごと離されてしまった。

「あ……」
「ん?どうしたん、チャコ?」
「あ、ある……あるの……」

ヘタレ!鈍感!思いついた悪態を口にしてみようかと思ったが、ぐっと堪えてそのまま口を噤む。キスしたかったのにと、ここで言ってしまったら自分ばかりアルペックに恋人同士のスキンシップを求めているみたいで、なんだか恥ずかしいしかっこ悪い。もごもごと言い淀んでいるチャコの気持ちを知ってか知らでか、何かを思いついたようにパッと表情を明るくしたアルペックはチャコの被っていたフードをさっと外し、ぽんぽんと頭を撫でてきた。

「アル、俺……子どもじゃないんだけど?」
「それはお互い様やろ!それにチャコんことよしよしするん、なんか新鮮でいいなー!目一杯わしわし撫でとこ!」

言葉とは裏腹に、頭を撫でるアルペックの手付きはチャコを愛しむように優しいもので。愛されてるなー、なんて考えながらぼんやりとされるがままでいれば、アルペックの手はチャコの頭から離れていった。名残惜しさを感じながら、アルペックの方へと顔を向ける。彼はソファーから立ち上がり両腕を広げながら、ふわりとチャコに笑いかけた。

「おいで?チャコ」
「えっ?」
「今度はオレがチャコを甘やかす番!……っていうのは建前で、オレがチャコんこと抱きしめてえだけなんやけど」

普段よりも甘く穏やかな声で名前を呼ばれれば、どきりと胸が高鳴るのを感じる。チャコと二人きりの時にだけアルペックが見せる、春の陽射しのようなやわらかな笑みと、砂糖菓子のように甘く優しい声色だ。かっこ悪いし恥ずかしいと頑なになっていたチャコの心を解きほぐすには、効果は十分すぎるくらいだ。ソファーから立ち上がったチャコはおずおずとアルペックに抱きつき、その温かな背中へと両腕を回す。チャコの温もりを確かめたアルペックの両腕が背中に回され、あやすようにとんとんと優しく背中を叩かれた。

「アルのそういうところ、本当にずるいと思う」
「んん?チャコがオレんこと甘やかしちくれたけん、今度はオレがチャコんこと甘やかしてえち思うたんやけどな。嫌やった?」
「あーもう、嫌じゃないから……!まっすぐに気持ちを伝えてくれるアルみたいに、俺もアルに伝えられたらなって思っただけ」
「チャコは十分気持ち伝えてくれてると思うけどなぁ。言葉だけじゃなくて、表情とか目とか!もちろん言葉の端っこからも!」
「えっ、俺……そんなに分かりやすかった?」
「うーん。恋人同士になってから、チャコの考えてることが前より分かりやすくなったかも?」

アルペックの前ではポーカーフェイスでかっこいい姿でいるつもりだったチャコは、若干のショックを受ける。しかしそれがアルペックと恋人同士として過ごすうちに起きた変化なのであれば、それは幸せなことなのかもしれない。

「あんまりだだ漏れにならないように気をつけないと……」
「えー!オレはチャコの気持ちたくさん知れて嬉しいけん、そんままで良いんやけどなー」
「だーめ。それに、俺ばっかりアルに気持ち知られてるとかフェアじゃないし」
「あっ、もしかして照れてる?照れてるん?チャコかーわいい!」
「照れてないから!」

嬉そうに笑いながら、わしゃわしゃとチャコの頭を撫でるアルペックの手のひらを、火照る頬を隠すように彼の肩口に顔を埋めて大人しく受け入れる。やがて満足したらしいアルペックに、やわらかな声音で名前を呼ばれて顔を上げれば、チャコよりもちょっぴり温かい彼の両手のひらが、ほんのり上気したチャコの頬を包みこんだ。

「チャコ、キスしてもいいか?」
「ふふ、俺も同じこと言おうと思ってた。アル、キスして?」

まるで宝物でも見つめるかのように瞳を輝かせて笑みを浮かべたアルペックが、自身のおでこをチャコのおでこにコツンとくっ付けてきた。愛されてるなぁ……本日二度目になるその思考を、今度はしっかりと噛みしめる。どちらからともなく口付けを交わした二人は、恋人と過ごす甘い時間を味わうように何度も唇を重ねた。
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