ぬくもりに願いをこめて

アラームが鳴るよりも早く自室のベッドで目を覚ましたアルペックは、ナイトテーブルの上に置かれた目覚まし時計に視線をやり時間を確認した。

6時12分。普段ならとっくに起きて着替えまで完了している時間だが、今日は特別。昨夜あひるのペックル王国で開催されたクリスマスパーティーに参加するため、自国を訪れていた隣国の王様ポチャッコさんと、自分と同じフラガリアの騎士でアルペックの恋人でもあるチャコの二人が、今日はペックルさんのお城に宿泊しているのだ。
いつも早起きなアルペックだが、二人が泊まりに来ている日だけは普段よりも目覚まし時計のアラームが鳴る時間を遅らせ、二人の睡眠を妨げないようにしていた。泊まりに来ている二人に心地よく過ごしてほしいという気持ちもあるが、チャコと二人きりでベッドの中で過ごす、貴重な朝の時間をゆっくり味わいたいという下心も少なからずある。自分の腕の中ですやすやと寝息をたて、いつもより幼く見える無防備な寝顔をアルペックに晒しているチャコのやわらかな髪をそっと撫でながら、今もこうして恋人との幸せな時間に浸りきっているところだ。

今日の日中はチャコと主達と何をして過ごそうか。そんなことを考えながら、ふと自室の出窓に目をやったアルペックは、カーテンの隙間から見えるガラスの向こう側で粉雪が舞っていることに気が付いた。眠り続けているチャコを起こさないように、そっと身体を起こしてベッドから抜け出し、足音を立てないようにこっそりと出窓に近づきカーテンを開ける。窓の外には白み始めた空から舞い落ちる粉雪と、真っ白な雪に覆われたクリスマスの朝のペックル王国の景色が広がっていた。

「うおー!雪!めっちゃ積もってる!!」

見慣れているはずの街や山々に雪化粧が施されている様子に興奮したアルペックは、先ほどまで自分がこっそり行動していたことを忘れて思わず大きな声を上げた。

「んんー……アル、こんな朝早くから何騒いでるの……?」

しまった!とアルペックが思ったのも束の間。先ほどまでぐっすりと眠っていたはずのチャコが、眠たげに瞼をこすりながらベッドの上で身体を起こし声をかけてきた。
まだ寝ていたいというように目をとろんとさせ、昨夜アルペックが貸した少し大きめのパジャマを身にまとって欠伸をするチャコの姿を見つめる。寝起きでふわふわした様子の恋人に思わず身悶えそうになったアルペックだったが、眠そうな顔でベッドに腰掛けたチャコに慌てて声をかけた。

「起こしてごめんなぁ、チャコ。外見たらめっちゃ雪積もっちょって……!」
「えっ、雪?」
「雪!めずらしく結構積もってて、オレもびっくりした!」

アルペックの言葉で目を覚ましたらしく、いそいそとベッドから降りて出窓へ近づいてきたチャコは、外に広がる銀世界を眺めて感嘆の声を漏らした。ポチャッコ王国はあまり雪が降らないと以前話していたし、ここまで雪が積もった光景を目にするのは初めてなのかもしれない。

「なぁチャコ、今から着替えてちょっとだけ外に雪見に行かん?」
「……!寒いし少しだけだからね?」

言葉とは裏腹に、さっさと着替えを始めようとする恋人の姿に愛おしさを覚えながら、遅れを取らないようアルペックも着替えに手を伸ばした。





「うわぁ、すごい積もってるね」
「本当やなー!人もおらんし、今ならオレたちで雪の貸切や!」

まだ眠っているであろう主達を起こさないように、そっとお城から抜け出した二人は雪景色の中へ飛び出した。真っ白な王国の姿に興奮したアルペックはもちろんだが、普段クールで落ち着いているチャコも、見慣れない雪景色にすっかり好奇心をかき立てられたようだ。アルペックから少し離れた場所で、ひらひらと粉雪が舞う白い景色を見回しては空に手を伸ばし、やわらかな笑みを浮かべてはしゃいでるように見える。楽しげにまっさらな雪の上を歩き回っていたチャコだったが、ふと何かを思いついたようにアルペックの方を振り向いた。

純白に覆われた世界に佇み、ふわりとアルペックへ微笑みかけるチャコの姿は、なんだかいつもより綺麗に見えて……声を掛けるのも忘れて、思わず見惚れてしまう。
こちらへ駆けてくるチャコの様子に目を奪われていたアルペックだったが、チャコの笑い声とともに自分の顔面に冷たい感触と衝撃が走ったことに気が付き、ハッと我に返った。

「つっっっっめた!!!!」
「あははっ!アルってば、雪の中でぼーっと立ち尽くしてるんだもの。どう?これで目が覚めた?」

いつの間にか目の前に立っていたチャコの右手には雪玉が握られている。いつもより無邪気な表情を見せるチャコの姿に胸の高鳴りを感じたアルペックだったが、すぐさま気を取り直し自身の足元の雪へと手を伸ばす。負けじと作った雪玉をチャコの身体めがけて勢いよく投げれば、避けようとしたチャコの動きも虚しく見事に命中した。

「ちょっとアル!冷たいし服の中に入ったんだけど……!」
「先に仕掛けてきたのチャコやろ?こん戦い、負けられん!」
「まったく……アルがその気なら本気でやるからね?」
「おう!望むところや!」

アルペックの言葉を合図に二人の間を雪玉が飛び交い始める。近距離でバシバシと投げ合っているうちにアルペックの服の中にも雪が入り込んできたが、それを気にすることなく恋人との初めての雪合戦を楽しんだ。

「アル、そろそろ降参しても良いんじゃないの?
「いーや!オレは負けんし降参もせん、絶対に勝つって決めたけん!」
「ふふ。アルのそういうまっすぐな所は好きだけど、俺も負けるつもりは……っ!?」

10分ほど攻防が続き、お互いにそろそろ疲れてきたなと思い始めた時だった。雪合戦に夢中になっているうちに雪に足を取られたチャコがバランスを崩し、アルペックの方へ倒れ込んできた。両手いっぱいに抱えていた雪玉を放り出し、チャコの身体をしっかりと抱き止める。大丈夫かとチャコに声を掛けようとしたところでアルペックの履いていたスニーカーが雪で滑り、情けない声をあげながら二人まとめて雪の上へと倒れた。

「チャコ!大丈夫か!?」
「大丈夫……俺よりも、アルは怪我してない?」
「オレも平気だけど……っ、はは!二人して雪まみれやな!」
「ふふっ、本当にね?」

仰向けで転んだアルペックの上に覆い被さる形で倒れていたチャコが身体を起こしたと思いきや、そのままアルペックの隣へ寝転がってくる。二人して全身雪まみれになっていることに気がつけば、何だか面白くなってしまい、顔を見合わせて笑いながら雪の上でしばらく抱きしめ合った。

「あー、楽しかったなぁ!それに、チャコとの楽しい思い出がまた一つ増えた!」
「俺も楽しかったよ、こんなに夢中になったのも久々だったし。……やっぱりアル一緒にいると面白いことがたくさんあるね」

ゆっくりと雪の上から身体を起こしたチャコが、寝転んだままのアルペックの左手をそっと握る。寒くなっちゃったと苦笑いを浮かべるチャコの右手を、アルペックはしっかりと握り込んだ。

「来年の冬も、チャコと一緒に雪が見られたらええなぁ」
「そうだね。まだ今年の冬すら終わってないのに、来年の冬が楽しみになってきたよ?」
「お?嬉しいこと言ってくれるなー?チャコんそういうとこ、しんけん大好き!」
「はいはい。俺も、アルのこと好きだよ?」

顔に熱が集中するのを感じながら、繋いだ手はそのままにアルペックも雪の上から身体を起こした。チャコの隣に座り顔を向ければ、はにかんで頬を赤く染めたチャコと視線がぶつかる。ゆっくりと少しずつ二人の顔が近づき、どちらからともなく唇が重なった。

来年の冬もチャコと楽しい思い出がたくさんできますように。大切な人との未来を願いながら、その温もりを確かめるようにアルペックは繋いだ手にそっと力を込めた。
1/1ページ
    スキ