日の出

はっと目を開けば、視界いっぱいに友人の寝顔が広がった。
薄闇に包まれた静かな室内には、アルペックの規則正しい寝息と、時計の秒針が時を刻む小さな音だけが響いている。
目の前ですやすやと眠るアルペックを起こさないよう、静かに身体を起こしたチャコは、薄暗い自室を探るようにゆっくりと視線を彷徨わせた。

「……まだ六時前か」

壁掛け時計の時刻を確認したチャコは、眠り続けているアルペックの隣へ再び横になった。
起きるにはまだ早い。久しぶりに二度寝を楽しもうと、目蓋を下そうとしたチャコだったが——穏やかな表情で眠るアルペックの唇が半開きになっていることに気づき、思わずクスリと笑った。
よく見ると口元にはよだれの跡が残っており、髪にもしっかりと寝癖がついている。

「ふふ、口開いて寝てる」

起こさないよう力を加減しながら、右手の人差し指でアルペックの左頬をつついてみる。
わずかに眉間に皺を寄せたアルペックだったが目を覚ますことはなく、眠ったままむにゃむにゃと何かを呟いていた。

「アル、何言ってるかわからないよ?」

夢でも見ているのだろうか。
その夢に、もし自分も登場していたとしたら……なんとなく嬉しい気がする。
そんなことを考えながら、アルペックの言葉を聞き取ろうとチャコが耳を傾けようとすると——不意に背中へ腕を回され、アルペックにそっと抱き寄せられた。

「あ、アル?寝てる……?」

急なことにチャコは驚きながらも、躊躇いがちにアルペックの背中へと両腕を回す。
——しかし、アルペックから返事はない。きっと寝ぼけているのだろう。
ほっと息をつき、少し早まった鼓動を落ち着かせていると、チャコの頬に触れていたアルペックの髪から、ふわりと馴染みのある香りがした。

(……あ、同じ匂いする)

昨日、ペックル様とともにポチャッコ王国を訪れたアルペックは、ポチャッコ様の誕生日を一緒にお祝いした後、そのままチャコの部屋に泊まっていた。
自室のシャワーを貸していたのだから、同じシャンプーの香りがしてもおかしなことはない。
むしろ同じ香りがするのは当たり前のことだ、けれど——。

(……なんとなく、そわそわして落ち着かないな)

アルペックの背中に回していた両腕を解き、起こしてしまわぬよう、そろそろと身体を離す。
奇妙な感覚を落ち着かせるように、チャコが宙に視線を泳がせていると壁掛け時計が目に入った。
時計は六時十一分を指している。そろそろ日の出の頃だろうか。

「んん〜……?」

声のする方へチャコが視線を向けると、目を閉じたままアルペックがもぞもぞと身じろぎをしている。
起こしてしまったかと少々申し訳なく思いながら、チャコは横になったままアルペックの顔をじっと見つめた。
ぱちぱちと何度か瞬きをしたアルペックの目蓋が、ゆっくりと持ち上がる。やがて、やわらかな太陽の光を閉じ込めたような明るい瞳が姿を現した。

「……日の出」
「うん……?」

まるで日の出の瞬間をひとりじめしたみたいだな、なんて考えながらアルペックの瞳を覗き込み、思わずそんなことを口にしてしまう。
ぼんやりとした顔でこちらを見つめてくるアルペックに、なんでもないと言うようにチャコはにこりと微笑んだ。

「おはよう、アル。よく眠れた?」
「おはよう、チャコ!もちろん、ぐっすりようけ眠れた!」
「あはは、それならよかった」
「逆にチャコは早起きだよな、もうちょっと寝る?」
「ううん、平気。アルと一緒に起きるよ」
「わかった!」

パッと明るい表情を浮かべたアルペックが、よいしょと勢いよくベッドから起き上がる。
寝起きから元気だなと思いながらチャコも身体を起こすと、アルペックにいきなり肩を抱き寄せられた。

「チャコ、誕生日おめでとう!」
「……あっ、そういえば今日だった。ありがとう、アル」

アルペックからの祝いの言葉を耳にしたチャコは、今日が自分の誕生日であることを思い出した。
一日違いの主の誕生日を忘れたことはないが、翌日が自分の誕生日であることはつい忘れがちだ。

「チャコ、もしかして誕生日なの忘れてた?」
「うん」
「そっか!でも、チャコが誕生日なのを忘れてても、ポチャッコさんがチャコの誕生日を覚えちょんけん、問題ねえな!もちろん、オレも覚えちょんけど!」
「ふふ、そうだね」

自慢げに話すアルペックの言葉に耳を傾けながら、なんだかくすぐったいような気持ちになる。
アルペックに肩を抱かれたまま大人しくしていると、チャコはふと『あること』を思い出した。

「そういえば寝言でなにか喋ってたけど、どんな夢見てたの?」
「チャコの誕生日パーティーする夢見た!」
「あははっ、夢の中でもお祝いしてくれてたの?」
「うんうん!ポチャッコさんとペックルさんとオレが、「おめでとう〜!」っち言いながらチャコんこと抱きしめちょった!やけん、寝言でもチャコにおめでとうっち言いよったんかも!」
「えっ、と……」

つい先ほど、眠っていたアルペックに抱きしめられたことをチャコは思い出す。
夢の中でチャコの誕生日パーティーをしてくれて、お祝いムードでテンションが上がり、主たちとともにチャコのことを抱きしめた。それ自体は、なんとなく想像がつく。
けれど、テンションが上がったアルペックに肩を抱かれたときのような勢いではなく、まるで大切なものでも扱うように、そっと抱きしめられて——。

「っ……!」

そこまで考えたチャコの体温が、ぐっと上昇するのを感じた。
まるで強い陽射しを浴びすぎたときのように頬が火照り、心なしか鼓動も速くなっている気がする。

「どうしたんだ、チャコ。もしかして、お腹空いて喋るの辛くなった?」
「その……いや、うん、そうかも。お腹空いちゃった。着替えて朝食にしよう?」
「うんうん!ちょうど太陽もおはよーって顔出し始めたし、朝ごはんにしよう!」

アルペックの言葉につられて窓際へ顔を向けると、カーテンの隙間からやわらかな朝日が差し込んでいる。どうやら日が昇り始めたようだ。

「チャコ、どんな誕生日になるか楽しみだな!」
「うん、そうだね」
「とりあえず朝ごはん食べてー、ポチャッコさんとペックルさんのとこに行ってー、その後どうする?」
「えっ、俺が決めるの?」
「もちろん!チャコの誕生日なんだし、チャコのやりたいことやろう!でも、夜はみんなでパーティーな!」
「別にいつも通りで良いんだけど……でも、そうだな」

チャコの身体を解放したアルペックが、答えを待ち構えるように目を輝かせながらこちらを見つめてくる。
再び体温が上がるのを感じながら、にこにこと微笑んだチャコはアルペックの頭に両手を添えた。

「じゃあ、一緒にバナナアイス食べに行こう?なんにせよ、ちゃんと顔を洗って寝癖を直してからだけどね」
「えっ?」
「寝癖ついてるよ?それに、よだれの跡も」
「ええー!?」

そう言って、寝癖のついたアルペックの髪をわしゃわしゃと撫で回す。
同じシャンプーを使っているのに、ここまで寝癖がついているのは髪質の違いだろうか。

「チャコ、洗面所行こう!」
「うん。アルの寝癖は特別に俺が直してあげる」
「本当か!」
「いいよ、誕生日だから特別ね?」
「うん?誕生日なのはチャコだよな。だったら、チャコがオレの寝癖を直すのは特別にならないんじゃ……?」
「いいからいいから。ほら、行くよー」

トイレの方へ向かおうとするアルペックの手首を掴み、洗面所の方へと引っ張りながら歩いていく。
生まれて何度目かの、いつもとは違う誕生日の朝がはじまった。
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