遙か6夢(長編)
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「四神の神子……?」
「聞いたことないぞ……」
帝国軍の中で混乱と疑念がさざなみのように伝播する。少女の突然の宣言に空気は揺れていたものの、四神の神子と名乗った少女の言を信じず、訝しんでいるのは明らかだった。
「九段殿! 九段殿はご存知ですか、四神の神子などという存在を……」
「……聞いたことがあるぞ」
九段は記憶の糸を手繰り寄せて、誰にともなく呟いた。
龍神と四神は密接な関係だ。陰陽を司る龍神──応龍と、四方を守護する四神。応龍が弱体化して白龍と黒龍の二柱に分かたれても、四神は四柱で国の柱となる場所を常に守護している。そしてだからこそ、龍神の神子の守り手となる八葉は、四神と八卦に応じて役割が別れている。
このように龍神の助けとなる四神に属する者ならば、星の一族が把握していないはずが無かった。
「常に存在する訳でもなく、選ばれる条件も分からない……星の一族でも召喚することは敵わない。ただ四神の総意がこれと定めた時だけ突如現れる、伝承の中でも噂の域を出ないものだ。まさか我の代で現れるとは……」
一人、衆目に晒されながらも姿勢を崩さない少女をまじまじと見つめる。龍神の神子と共に現れた、異世界の少女が四神の神子だったとは。帝都はなんと僥倖に恵まれているのか。
「……だが、四神の神子という証拠はあるのか……?」
「おい、お前!」
「だってそうじゃないか。龍神の神子は星の一族である九段殿が召喚することによって証明される。しかし、あの少女が四神の神子であるという証拠はどこにもないじゃないか」
「それは……」
「確かに……妙な格好だって、片方の龍神の神子様を模しただけかもしれない……」
「では騙ったのか? 何が目的だ?」
「じゃあ、四神喚びましょうか?」
水を打ったように、場が静まり返る。
真琴のあっけらかんとした台詞が響いた。自分の顔よりも一回り以上大きい鏡を弄びながら、少女はにこやかに言葉を続ける。
「皆さんのおっしゃることもよく分かります。どう考えたって私は正体不明だし……不思議の力だってある」
応えるように、手元の鏡が不自然に反射する。その気配に対して、地面を摺る音に短い金属音が複数混ざった。
「流石に複数は難しいので、一柱のみになってしまいますけど。そうして呼び出した神様に、私は本当の神子かと問うだけでいい」
不穏な気配に怯まず、開放的な態度で提案する少女に九段は首を傾げた。どうしても違和感が拭えない。
その身は確かにかすかな神気を発している。只人の身では纏いようもない、龍神のそれとは異なる神気。彼女が四神の神子であることは間違いない。星の一族として、九段もこれには頷けた。ただ。
その姿勢に、言葉に。淀みが無さ過ぎた。まるであらかじめ決めていたかの如く。
神は嘘をつかない。四神召喚も必ずできるだろう。だが、何かを見落としている可能性を捨てきれない。
「当然皆さんに危害は加えません。
共に龍神の神子に仕える同士なのだ。そんなことはしないと最初から信じている。
「……だが、これは……」
「それじゃあ、始めますね。『南天を守りし聖獣――「させません」
鎖の鳴る音が響いた。鬼側の動きか。九段は咄嗟に呪符を構えて警戒した。
「〜〜〜っ!!」
しかし思っていた攻撃は飛んでこない。代わりに、声にならない悲鳴を上げる少女と、もう一人の影がいた。
「……真琴!?」
両手首を暗器の鎖で拘束され、口元を鬼の少年の手でハンカチーフと一緒に覆われている。
「まったく……貴女も策士ですね」
呆れと感心を含んだため息が交じる。刃の部分が彼女の柔い肌を傷つけてしまわないように、両腕を上げるよう鎖で促す。
真琴は指示通りに身体を動かしたが、その眼は憎々しげにこちらを睨んでいた。目は口ほどに物を言うとはこの事だ。いま拘束を解けば、ルードハーネは容赦なく攻撃されるだろう。
怒りの熱視線を、感情のこもらない紫水晶が見つめ返す。
「ダリウス様は貴女の考えを見抜いておられましたよ」
四神を喚べば人々はその姿に意識をとられて、他の事は埒外になる。その隙に梓を連れてこの場から離脱。それが真琴が咄嗟に描いた筋書きだった。
