遙か6夢(長編)
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「荒ぶる者、あやまたず者ならば、龍神の神子に触れること能わず。此れに非ずんば、龍神の神子に寄り添い、いずれ助力する運命を辿るべし」
金属を叩いた音が真琴の耳朶を叩く。結界が作動する合図だった。
「真琴……!」
「なあに、この状況。説明してくれない? ダリウス、おにーさん方」
訝しむ目を細めて、口元だけは吊り上げた少女が仁王立ちしていた。
番狂わせがやってきた、とダリウスは苦く思った。しかし彼女がもう力を隠そうとしないのであれば、この機会に量るしかない。仮面に手を添えて、少女にも聞こえるようにやや声を張り上げる。
「遅かったね、真琴。君ならもう少し早く駆けつけると思っていたのだけれど」
「ご期待に添えなくてごめんねー。ここが分かっただけでも良しとしてよ」
二人の応酬に、軍服の男達の眉が釣り上がっていく。鬼の仲間か。表情は明白だったが、萌葱色の装束を纏った男は片手でそれを制した。
少女が唱えた言葉は、
彼女が唱えてからの今、龍神の神子である二人に近づけるのは、星の一族である萩尾九段のみであった。それ以外の者は、軍人も鬼の一族も全て結界に弾かれている。そのような術を使う者が、鬼の一味であることは考え難かった。
「それで? 今の状況……だったかな」
「そうそう。寄ってたかって大の男が華奢な女の子達に詰め寄るのは、ちょっと絵面の治安が悪いからさー」
流石に何か事情があるんでしょ? 真琴は笑っていたが、その表情は硬い。そこまで読み取れたところで、ダリウスは自嘲した。
共に過ごした時間がなければ、見過ごしてしまうような変化。それらをいちいち拾っては、大義のためだと押し込める。せめて切り捨てていけばいいものを、一瞥だけで済ませるには少女達に情がわきすぎた。
「君に説明が必要だとは思えないな、真琴」
「なんで? 部外者だから?」
「いいや。一度たりとて、君をそんな風に思ったことはないよ」
半分本心で、半分は偽りだった。自分の計画に巻き込んでしまった罪悪感はあれど、それを理由に壁を隔てているつもりはなかった。
「……ダリウスは優しいから、そう言うと思った」
眉を下げて微笑むその表情は、帰路につく時の寂しそうな顔に似ていた。名残惜しいのではなく、夢から醒めることを知っている愁い。直視する現実への忌避。
これ以上の言葉は、彼女には届かない。本心を伝える前にこちらが裏切ったのだから。
外向けの笑みを軽く浮かべて、梓を覆っている結界を指す。
「こういう術をかける者が、現状を把握していないとは考えづらい。誰が敵で誰が味方なのか、君はもう判別しているんだろう」
だから、俺から語るべきことはない。沈黙にその台詞をのせて、真っ直ぐに少女を射抜く。
真琴は視線を彷徨わせ、一呼吸のち、伏せていた目を押し上げた。その瞳には決意の光を宿している。
「ダリウス──「ええい! いつまで呑気に話している!」
騒がしいな。せっかく彼女が自身の思いを口にするところだったのに。
邪魔が入ったという気持ちを拭えず、ダリウスはその美貌で軍服の男をつい、と睥睨した。その視線に一瞬萎縮するも、即座に姿勢を正す姿は流石帝国軍人といったところか。
「だ、大体、そこの少女は何者ですか! いきなりやってきて妙なことを……龍神の神子様方にかけている術をとくべきだ!」
「……あれ、私名乗ってなかったっけ?」
ぱちり。つぶらな瞳を丸くさせて、瞬きを一つ。その様はまるで無害で無邪気な幼子のようで。このようなところに血の繋がりは出るなと、ダリウスは黒龍の神子をひっそり見遣った。
夜の海に森を溶かしたような色の衣が、地面に座り込んでいる。怒涛の展開に置いてけぼりにされているようで、彼女は呆然と周囲を見上げていた。どうやら駆けつけた自分の従姉妹に釘付けな様子。
「確かに、名乗りもしないでべらべらと話しているだけだったら不審だよね。ごめんなさい」
当の渦中である真琴は、口元に手をやって得心のいった様子で一人で頷いていた。軍人の非難にも臆することなく、おもむろにたおやかな仕草でスカートを直す。
「お初にお目にかかります。帝国軍の皆様、そしてもう一人の龍神の神子様」
東から風が吹き、待ちわびたように木々がざわめく。射し込む月光は強く煌めいて、少女に光陰のどちらも落とす。
「私は四神の神子、立石真琴。龍神の神子に仕える、唯一無二の神子」
そうしてもう一人の異世界の少女は、自身が思う一等可憐な笑みを浮かべてみせる。
「未熟ではありますが、精一杯励みます。どうぞ皆様、お見知りおきを」
座り込んだまま、梓は自分の従姉妹を呆然と見上げた。
「四神の、神子……」
聞いたことのない、けれども何故か梓には馴染みのある単語だった。呟く声が真琴の耳に届く。自然、梓を見下ろす形で視線だけ動かした。
誰もが見知らぬ人間のような。世界に置いてけぼりにされたような。既視感のある表情を、何なのか知っていた。この世界に来たばかりの時に、自分も同じ顔をしていたものだ。
「言ったでしょ」
孤独。不安。焦燥。混乱。できればもう、あまり味わいたくない感情ばかり。
「梓のせいじゃないって」
真琴がこの世界に連れられた理由は。
息を呑む梓。その様子に軽く微笑んですらみせて、真琴は視線を元に戻した。
──梓にそんな思いをさせているのは、自分でもあると知りながら。
