ヘルヴォル
(ようれん)ポーカースリープ
──楽しかったなあ。
あたしはキッチンから一人、ヘルヴォルの控え室を見つつ、さっきまでの時間の余韻に浸っていた。
瑤のお誕生日をヘルヴォルみんなでお祝いして。瑤が真ん中で照れくさそうにしながらも、幸せそうに笑っていた。
──よかった。
あたしも当然お祝いはした。ヘルヴォルの一員として。
ただ、恋人としてのお祝いがまだできていない。とは言っても、一葉たちは瑤とあたしが付き合っていることは知っている。だからって、公衆の面前でイチャイチャするなんてことはしない。というかできるか、恥ずかしくて。
「……っ」
あたしがそういうのがなかなかできない一方、瑤は感情が吹っ切れたら誰かがいてもイケイケになってしまうから困る。
──そういうのは、二人だけの時だけにしてよ。
思い出したら恥ずかしくなってきた。ばかよう。
「……あれ」
──余韻に浸りすぎてたかも。
あまりの静けさに一瞬感じた違和感の招待にすぐに気がついた。たしか、主役の瑤にパーティーの後片付けなんてさせるわけにはいかないので、大人しくソファーに座らせていたのに。そのソファーから姿が見えなくなっていたら、さすがに首を傾げるでしょ。片付けに気を取られて気が付かなかった可能性もゼロではないんだけど。
──帰った? いや、そんなはずないわ。
みんなの感謝や愛情をたっぷり受け取った上、一緒にいたがった瑤が先に帰るなんてありえない。周りを見ても千香瑠たちも部屋に帰っていったし、どこに行ったんだろう。
「よー…………?」
いるかも、いないかも。判断に迷った結果、いつもより小さい声で瑤を呼ぶ。返答はなし。
──やっぱ部屋に帰ったんだ。
「って、え……?」
内心の声を上書きするように飛び出た声。反射的に口を押える。だってさ。
「……すー……」
「……いたん、だ」
「……」
──びっくり、した……。
瑤ってば、時々気配を消して傍にいることがあるから心臓に悪い。ただ、本人的には特別に意識していることはないから、あたしが意識しすぎているだけかもしれない。
「……待っててくれた、とか?」
ちょっとした期待を持ちながら寝ている瑤に近づいていく。規則的な寝息を立てている瑤は、みんなからもらったプレゼントを潰さないように頭の方に離して置いていた。そして、静かにソファーに沈み込んで寝ていた。その顔は穏やかな秋の気候そのもの。コスモスや紅葉が秋風で揺らされるような時間が、この瞬間に流れていた。
──もう少し、近づいてもいいかな……。
絶対に起こしたりしないから。瑶の幸せな時間を邪魔したりしないから。できれば宝石みたいに透き通った翠を見たいと思うけど。でも、今日だけは瑤に幸せな気持ちいっぱいですごしてほしいから。だから、時間いっぱいまでは寝かせてあげようと思った。
──子どもみたい。
あたしよりも頭一つ分ぐらい大きい瑤は、足を横に伸ばすか、床に伸ばすかしないといけない。さすがに膝を抱えて寝ると落ちてしまうから、床にしたのかな。
──ぐっすり寝てる……。
さらさらした髪の毛が頬にかかっていて取ってあげたい反面、触れると起こしてしまいそうだから触れない。静かに見守っていると、髪の毛以外にも瑤の素敵なところを見つけられた。
──改めて見ると、まつ毛長い……。
瑤は元々素材を持っている。高身長に、さらさらヘアー、それから綺麗に整った眉と目。おしゃれをしたらたちまち美人さんのできあがり。気がついてなかったわけじゃないんだけど、なんていうか……さ。あんまり見ることがまだ、できないから。
──かわいい、な。
間違いなく瑤は美人だ。だけど、綺麗だけじゃなくて、瑤はかわいいんだ。
ぬいぐるみを抱えるところとか、藍のことになるとちょっとだけポンコツになっちゃうところとか。あとは、うん。
──あたしバカってことを言いきっちゃうところとか、さ。
恥ずかしくてたまらないんだけど、瑤にあたしのこと好きすぎでしょ、と言ったことがあって。そのときに真面目な顔をした瑤が頷いた後に。
『うん、私は恋花ばかだから』
そんなことをノータイムで投げ込んできた。それを聞きつけた藍たちの猛質問によって、あたしと瑤の関係が明るみになったけど、それはまた別のお話。
──ばかだけど、さ。
あたしも大概なのかもしれない。あたしだって瑤のことが大切だから。瑤はあたしより背が高いから、よく前に出ようとするし体を張る。瑤曰く。
『恋花のことを守りたいから』
ただ、それはあたしの台詞でもある。恋人以前にあたしと瑤は同じヘルヴォルで、仲間だ。瑤はあたしが無茶をするって言うけれど、瑤だって無茶をする。
──あたしも守りたいんだ。
無茶をするのはお互い様、だったら近くにいた方がいい。出撃を重ねるほどに、ただの友達だったころからお互いを感じるようになった。だからこそ、想う。
──好き。
瑤が好き。好きだってなかなか言えないんだけど、瑤が大切。もちろん、一葉や藍や千香瑠だって大切なんだけど、瑤はやっぱり三人とは少しだけ違う。仲間としての好きと、恋人としての好き。
「……」
「……すー……」
相変わらず穏やかな呼吸が静かな控え室に広がっていく。一歩、また一歩と瑤に近づくも起きる気配は少しも感じられない。熟睡するほどに楽しかったのかな。無防備で、いつもより幼く見える寝顔を二十センチぐらいまで近づいた距離で眺めていると、さっき好きって想ったからかもしれない。
「瑤……好き、だよ」
あふれたあたしの感情。小さく空気に溶けていった愛しいって気持ち。触れられるくらい近い距離。ただ、好きって言うと途端に羞恥がこみ上げてきてしまったから、少しだけ元の位置に戻ろうとした。瑤は寝ているから、返事をする人は誰もいないはずだった。
「……私が寝ているときに、それを言うのはずるいよ、恋花」
「!?」
あたしじゃない誰かの声が聞こえて思わず驚いてしまう。でも、ここにはあたしと瑤しかいなくて、あたしのことを呼び捨てで呼ぶのは藍以外だと一人しかいない。
「よ、瑤っ……いつから起きてっ!」
「恋花」
うろたえるあたしと、綺麗な翠の目であたしを見つめてくる瑤。とっさに後ろに下がらなきゃと思う気持ちと行動が一瞬遅かったのかも。あたしが動き始めるよりも早く、瑤の右腕が伸びてきた。
「う、わ……っ!」
ぐん、と引っ張られてあたしもソファーに瑤ごと沈むことになってしまった。わぷ、と柔らかい何かを確認するまでもなく、ぎゅ、っと抱きしめられる。
──っ!
当然、あたしを抱きしめる人なんて瑤に決まっている。千香瑠たちがあたしにこんなこと、してきたこと自体ないもの。それに、見えなくたって瑤なのはよくわかる。
その証拠にさ、両手でしっかりと背中に腕を回されてしまって、しかも力を遺憾なく発揮しているから、逃げられないんだけど……っ!
「恋花、ちゃんと言って」
「ちか、離し……!」
耳元で瑤の声がしっかりと聞こえて、ただ抱きしめられてるってだけなのに、恥ずかしくってたまらない。誰も見てないのに!
暴れようとするほど瑤の力が強くなる。ただ、あたしとしては抵抗するしか方法がないからだけど。
──っ、ちゃんと言ってる!
「やだ」
「やだ!?」
せめて今の現状を少しでも改善できれば言うことも考えていただけに、まさかの言葉に驚きを隠せない。離せって言ってるんだけど、瑤は一向に力を緩めない。
「最近恋花ぎゅってできてないから、満足するまでこのままがいい」
「あたし、藍みたいに収まりよくない……ッ」
瑤にしてみれば身長が低い子はかわいい対象になるのは恋人になる前から知っていた。特にヘルヴォルになってからは藍がそのポジションになっていた。別にそれでヤキモチをするわけじゃなかったけど、藍よりは身長がある身としては収まりよくないでしょ。
「……恋人ポジションは恋花しか収まらないよ」
「ッ、……!」
──ばか、ばかよう!
ぶわっと全身が熱くなる。瑤の声は普段から聞き慣れているはずなのに。今更何を言われたって平気なはずなのに。
「好きだから、離してよ!」
「好きだから離さないよ」
今日は私の誕生日なんだから、聴きたい。だなんて、ずるいでしょうが!
「ばかよう、瑤のばかっ!」
「うん。そうだよ、私は恋花ばかだよ」
──っとに、もう!
あたしは、瑤のまっすぐさに自分でもわかるぐらいに熱さを自覚してた。だけど、それでも本気で抵抗しなかったのは、きっと。ううん、間違いなく。
あたしも大概、瑤ばかなんだろう。
──誕生日おめでとう、大好きだよ、瑤。
この世に生まれたあなたを、あたしはずっと愛してる。
──楽しかったなあ。
あたしはキッチンから一人、ヘルヴォルの控え室を見つつ、さっきまでの時間の余韻に浸っていた。
瑤のお誕生日をヘルヴォルみんなでお祝いして。瑤が真ん中で照れくさそうにしながらも、幸せそうに笑っていた。
──よかった。
あたしも当然お祝いはした。ヘルヴォルの一員として。
ただ、恋人としてのお祝いがまだできていない。とは言っても、一葉たちは瑤とあたしが付き合っていることは知っている。だからって、公衆の面前でイチャイチャするなんてことはしない。というかできるか、恥ずかしくて。
「……っ」
あたしがそういうのがなかなかできない一方、瑤は感情が吹っ切れたら誰かがいてもイケイケになってしまうから困る。
──そういうのは、二人だけの時だけにしてよ。
思い出したら恥ずかしくなってきた。ばかよう。
「……あれ」
──余韻に浸りすぎてたかも。
あまりの静けさに一瞬感じた違和感の招待にすぐに気がついた。たしか、主役の瑤にパーティーの後片付けなんてさせるわけにはいかないので、大人しくソファーに座らせていたのに。そのソファーから姿が見えなくなっていたら、さすがに首を傾げるでしょ。片付けに気を取られて気が付かなかった可能性もゼロではないんだけど。
──帰った? いや、そんなはずないわ。
みんなの感謝や愛情をたっぷり受け取った上、一緒にいたがった瑤が先に帰るなんてありえない。周りを見ても千香瑠たちも部屋に帰っていったし、どこに行ったんだろう。
「よー…………?」
いるかも、いないかも。判断に迷った結果、いつもより小さい声で瑤を呼ぶ。返答はなし。
──やっぱ部屋に帰ったんだ。
「って、え……?」
内心の声を上書きするように飛び出た声。反射的に口を押える。だってさ。
「……すー……」
「……いたん、だ」
「……」
──びっくり、した……。
瑤ってば、時々気配を消して傍にいることがあるから心臓に悪い。ただ、本人的には特別に意識していることはないから、あたしが意識しすぎているだけかもしれない。
「……待っててくれた、とか?」
ちょっとした期待を持ちながら寝ている瑤に近づいていく。規則的な寝息を立てている瑤は、みんなからもらったプレゼントを潰さないように頭の方に離して置いていた。そして、静かにソファーに沈み込んで寝ていた。その顔は穏やかな秋の気候そのもの。コスモスや紅葉が秋風で揺らされるような時間が、この瞬間に流れていた。
──もう少し、近づいてもいいかな……。
絶対に起こしたりしないから。瑶の幸せな時間を邪魔したりしないから。できれば宝石みたいに透き通った翠を見たいと思うけど。でも、今日だけは瑤に幸せな気持ちいっぱいですごしてほしいから。だから、時間いっぱいまでは寝かせてあげようと思った。
──子どもみたい。
あたしよりも頭一つ分ぐらい大きい瑤は、足を横に伸ばすか、床に伸ばすかしないといけない。さすがに膝を抱えて寝ると落ちてしまうから、床にしたのかな。
──ぐっすり寝てる……。
さらさらした髪の毛が頬にかかっていて取ってあげたい反面、触れると起こしてしまいそうだから触れない。静かに見守っていると、髪の毛以外にも瑤の素敵なところを見つけられた。
──改めて見ると、まつ毛長い……。
瑤は元々素材を持っている。高身長に、さらさらヘアー、それから綺麗に整った眉と目。おしゃれをしたらたちまち美人さんのできあがり。気がついてなかったわけじゃないんだけど、なんていうか……さ。あんまり見ることがまだ、できないから。
──かわいい、な。
間違いなく瑤は美人だ。だけど、綺麗だけじゃなくて、瑤はかわいいんだ。
ぬいぐるみを抱えるところとか、藍のことになるとちょっとだけポンコツになっちゃうところとか。あとは、うん。
──あたしバカってことを言いきっちゃうところとか、さ。
恥ずかしくてたまらないんだけど、瑤にあたしのこと好きすぎでしょ、と言ったことがあって。そのときに真面目な顔をした瑤が頷いた後に。
『うん、私は恋花ばかだから』
そんなことをノータイムで投げ込んできた。それを聞きつけた藍たちの猛質問によって、あたしと瑤の関係が明るみになったけど、それはまた別のお話。
──ばかだけど、さ。
あたしも大概なのかもしれない。あたしだって瑤のことが大切だから。瑤はあたしより背が高いから、よく前に出ようとするし体を張る。瑤曰く。
『恋花のことを守りたいから』
ただ、それはあたしの台詞でもある。恋人以前にあたしと瑤は同じヘルヴォルで、仲間だ。瑤はあたしが無茶をするって言うけれど、瑤だって無茶をする。
──あたしも守りたいんだ。
無茶をするのはお互い様、だったら近くにいた方がいい。出撃を重ねるほどに、ただの友達だったころからお互いを感じるようになった。だからこそ、想う。
──好き。
瑤が好き。好きだってなかなか言えないんだけど、瑤が大切。もちろん、一葉や藍や千香瑠だって大切なんだけど、瑤はやっぱり三人とは少しだけ違う。仲間としての好きと、恋人としての好き。
「……」
「……すー……」
相変わらず穏やかな呼吸が静かな控え室に広がっていく。一歩、また一歩と瑤に近づくも起きる気配は少しも感じられない。熟睡するほどに楽しかったのかな。無防備で、いつもより幼く見える寝顔を二十センチぐらいまで近づいた距離で眺めていると、さっき好きって想ったからかもしれない。
「瑤……好き、だよ」
あふれたあたしの感情。小さく空気に溶けていった愛しいって気持ち。触れられるくらい近い距離。ただ、好きって言うと途端に羞恥がこみ上げてきてしまったから、少しだけ元の位置に戻ろうとした。瑤は寝ているから、返事をする人は誰もいないはずだった。
「……私が寝ているときに、それを言うのはずるいよ、恋花」
「!?」
あたしじゃない誰かの声が聞こえて思わず驚いてしまう。でも、ここにはあたしと瑤しかいなくて、あたしのことを呼び捨てで呼ぶのは藍以外だと一人しかいない。
「よ、瑤っ……いつから起きてっ!」
「恋花」
うろたえるあたしと、綺麗な翠の目であたしを見つめてくる瑤。とっさに後ろに下がらなきゃと思う気持ちと行動が一瞬遅かったのかも。あたしが動き始めるよりも早く、瑤の右腕が伸びてきた。
「う、わ……っ!」
ぐん、と引っ張られてあたしもソファーに瑤ごと沈むことになってしまった。わぷ、と柔らかい何かを確認するまでもなく、ぎゅ、っと抱きしめられる。
──っ!
当然、あたしを抱きしめる人なんて瑤に決まっている。千香瑠たちがあたしにこんなこと、してきたこと自体ないもの。それに、見えなくたって瑤なのはよくわかる。
その証拠にさ、両手でしっかりと背中に腕を回されてしまって、しかも力を遺憾なく発揮しているから、逃げられないんだけど……っ!
「恋花、ちゃんと言って」
「ちか、離し……!」
耳元で瑤の声がしっかりと聞こえて、ただ抱きしめられてるってだけなのに、恥ずかしくってたまらない。誰も見てないのに!
暴れようとするほど瑤の力が強くなる。ただ、あたしとしては抵抗するしか方法がないからだけど。
──っ、ちゃんと言ってる!
「やだ」
「やだ!?」
せめて今の現状を少しでも改善できれば言うことも考えていただけに、まさかの言葉に驚きを隠せない。離せって言ってるんだけど、瑤は一向に力を緩めない。
「最近恋花ぎゅってできてないから、満足するまでこのままがいい」
「あたし、藍みたいに収まりよくない……ッ」
瑤にしてみれば身長が低い子はかわいい対象になるのは恋人になる前から知っていた。特にヘルヴォルになってからは藍がそのポジションになっていた。別にそれでヤキモチをするわけじゃなかったけど、藍よりは身長がある身としては収まりよくないでしょ。
「……恋人ポジションは恋花しか収まらないよ」
「ッ、……!」
──ばか、ばかよう!
ぶわっと全身が熱くなる。瑤の声は普段から聞き慣れているはずなのに。今更何を言われたって平気なはずなのに。
「好きだから、離してよ!」
「好きだから離さないよ」
今日は私の誕生日なんだから、聴きたい。だなんて、ずるいでしょうが!
「ばかよう、瑤のばかっ!」
「うん。そうだよ、私は恋花ばかだよ」
──っとに、もう!
あたしは、瑤のまっすぐさに自分でもわかるぐらいに熱さを自覚してた。だけど、それでも本気で抵抗しなかったのは、きっと。ううん、間違いなく。
あたしも大概、瑤ばかなんだろう。
──誕生日おめでとう、大好きだよ、瑤。
この世に生まれたあなたを、あたしはずっと愛してる。
9/9ページ