ヘルヴォル
お姫様のおひめさま
今日はデートだねって言ったら、瑤が珍しくあたしをオシャレさせたいって言いだした。別に瑤に準備してもらうことが初めてではないし、お願いしちゃおうかな。
そう思ったのが二十分前のこと。
「それじゃ、よろしくっ」
「うん、まかせて」
そう返事したのにまったく動かない瑤を見て頭にはてなが浮かんだ。まさか瑤に限ってメイクの仕方がわからないってことはないでしょ。この恋花様が直々に教えたんだから。
「……? 瑤、どうかした?」
「恋花……目を閉じてほしい」
「んぇ、なんでよ」
──瑤の化粧、楽しみだな。
そう思ってたからこそ、なんか「目を閉じてほしい」という瑤の言葉に少し首を傾げたあたし。なんで、って思うじゃんか。すると瑤は。
「……見られてると恥ずかしい」
「はいはい」
別に初対面みたいな関係じゃないってのに、瑤のこういうところは関係が特別なものに変わっても同じだった。
──まあ、お楽しみって思おうかな。
今回はどんなメイクにしてくれるのか。あたしは密かに楽しみだった。瑤の化粧は、メイクする本人のように派手な感じじゃない。ナチュラルメイクを突き詰めた、その人の魅力を引き出してくれるもの。本人としては化粧をする自分をずっと見られるのは相変わらず慣れないみたいだけど。
──かわいくしてくれるこの時間、結構好きだから。
普段からイケてるように努力は怠らないあたしだからこそ、メイクだってホントは自分でできる。だけど、任せられるのは瑤だから。瑤じゃなきゃ、こんな風に無防備に目を閉じて好き放題できることなんてしないもん。
ベースにファンデーション、アイブロウにアイシャドウ。目を閉じていても瑤が何をしているのかよくわかる。全部が終わって、最後にやることと言えば。
──今日は、何色を塗ってくれるんだろ。
映える色というのは当然ある。だからこそ複数の色を持っていた。それも全部預けてるから。自分のことだけど何色かはわからなかった。そう思ってたらやけに長い間放置されているような。瑤の気配は近くにいるから呼びかけてみるか。
「よー、まーだー?」
「……っ、ごめんね今からやるよ」
「おっけー」
──どうしたんだろ、瑤ってば。目、開けてもいいの?
とはいえ、まだゴーサインがでてないから目を閉じたまま催促の声を出すと作業を再開した瑤。ルージュのほのかな香りが鼻に届いて、唇をなぞる感覚。上側の左から右、下に移動してまた左へ動くルージュ。くすぐったさを感じながら、すっと離れていくそれにやっと目を開けられると思った。
──いいよね?
「……恋花、終わったよ」
「もう目を開けてもいい?」
「……うん」
終わった、という瑤の声に確認をとるとゴーサインがきた。さて、瑤はどんな魔法をあたしにかけてくれたのか。はやる気持ちを抑えながら目を開けた。
「……ぇ……?」
その瞬間、目の前に飛び込んできた光景に小さな声が飛び出る。いきなりどアップで瑤の顔があったら、いくらあたしでも心の準備ができるわけがないんだから。
──ちか、い。
ちゅ。
音は聞こえなかったけど、唇にあたたかい感触。三秒もかかってない触れ合いはすぐに離れて、瑤の顔がはっきりくっきり見えるようになる。
──いま、あたし、瑤になにを。
「……」
あたしから離れた瑤は、やさしい笑みを浮かべていた。包み込んでくれるような、お日様みたいな大好きな顔で。でも、普段と違うところがひとつだけ。唇の右端に……ルージュらしきものがあること。
ゆっくりと鏡を見る。いつものサイドテールじゃない髪型は瑤にしてもらったアレンジのひとつ。鏡の中のあたしはピンク色のアイシャドウをして、そして。……少しオレンジの混ざったルージュをしていて。
「……」
瑤を見ると唇の右端についていた色は、あたしに塗られたものと同じもので。
──と、いうことは……ッ!
「……、……っ、~~!」
──あたし、キス、され……ッ!
え、なんで。なんで今。あたし何も、え、なんで!?
「よ、ようっ!」
「うん、終わったよ恋花」
「……じゃなくて、さっき、キ、キス……!」
なんで、瑤は平気な顔してるの。どうしてそんなに甘い顔であたしを見つめるの。なんでなんで、どうして。
──もっと好きになるじゃんか!
どうすんのよ、お出かけなのに、デートなのに。目一杯おめかししたのに!
「今から出かけるのに……瑤のばか、ばかようっ」
「うん、そうだよ。私は恋花ばかだよ」
「ぅ~~~~っ!」
ばかって言ってるのに瑤は笑うばかりで、あたしばかりいっぱいなのが悔しくて。薄く感情が目にたまっていくけれど、怒ってるわけじゃなくて。
──この、ばかよう!
あたしが悪態をつくのと、瑤が両手を広げたのはほぼ同時。
「恋花」
「〜〜〜〜瑤の、ばかっ!」
おいで、と広げられた両手に優しい笑顔。恋花っていうたった三文字に込められた瑤からの大好き、という気持ち。
きっとあたしのばかって言葉に込めた意味も気づいているんだろう。
──もうっ!
だから思い切り飛び込んでやった。いっそ二人で倒れ込むぐらいの勢いで。だというのに、瑤ってば相変わらずの体幹で受け止めてさ。ほんと、そういうところが瑤らしくて好きが溢れてくる。
──頼らせてね、あたしの大好きな人。
ただ、それはそれとして。
不意打ちでキスは守りようがなくてずるい。ルージュが少し唇についているのも、なんかずるい。嬉しいし、恥ずかしいし、瑤なのに。瑤だけど……!
瑤のばか、うそ、すごく好き。
でも、今日はちょっぴり、こっちの気分だから。最後に一言だけ、心の中で。
──あたしの瑤の……ばーかっ。
今日はデートだねって言ったら、瑤が珍しくあたしをオシャレさせたいって言いだした。別に瑤に準備してもらうことが初めてではないし、お願いしちゃおうかな。
そう思ったのが二十分前のこと。
「それじゃ、よろしくっ」
「うん、まかせて」
そう返事したのにまったく動かない瑤を見て頭にはてなが浮かんだ。まさか瑤に限ってメイクの仕方がわからないってことはないでしょ。この恋花様が直々に教えたんだから。
「……? 瑤、どうかした?」
「恋花……目を閉じてほしい」
「んぇ、なんでよ」
──瑤の化粧、楽しみだな。
そう思ってたからこそ、なんか「目を閉じてほしい」という瑤の言葉に少し首を傾げたあたし。なんで、って思うじゃんか。すると瑤は。
「……見られてると恥ずかしい」
「はいはい」
別に初対面みたいな関係じゃないってのに、瑤のこういうところは関係が特別なものに変わっても同じだった。
──まあ、お楽しみって思おうかな。
今回はどんなメイクにしてくれるのか。あたしは密かに楽しみだった。瑤の化粧は、メイクする本人のように派手な感じじゃない。ナチュラルメイクを突き詰めた、その人の魅力を引き出してくれるもの。本人としては化粧をする自分をずっと見られるのは相変わらず慣れないみたいだけど。
──かわいくしてくれるこの時間、結構好きだから。
普段からイケてるように努力は怠らないあたしだからこそ、メイクだってホントは自分でできる。だけど、任せられるのは瑤だから。瑤じゃなきゃ、こんな風に無防備に目を閉じて好き放題できることなんてしないもん。
ベースにファンデーション、アイブロウにアイシャドウ。目を閉じていても瑤が何をしているのかよくわかる。全部が終わって、最後にやることと言えば。
──今日は、何色を塗ってくれるんだろ。
映える色というのは当然ある。だからこそ複数の色を持っていた。それも全部預けてるから。自分のことだけど何色かはわからなかった。そう思ってたらやけに長い間放置されているような。瑤の気配は近くにいるから呼びかけてみるか。
「よー、まーだー?」
「……っ、ごめんね今からやるよ」
「おっけー」
──どうしたんだろ、瑤ってば。目、開けてもいいの?
とはいえ、まだゴーサインがでてないから目を閉じたまま催促の声を出すと作業を再開した瑤。ルージュのほのかな香りが鼻に届いて、唇をなぞる感覚。上側の左から右、下に移動してまた左へ動くルージュ。くすぐったさを感じながら、すっと離れていくそれにやっと目を開けられると思った。
──いいよね?
「……恋花、終わったよ」
「もう目を開けてもいい?」
「……うん」
終わった、という瑤の声に確認をとるとゴーサインがきた。さて、瑤はどんな魔法をあたしにかけてくれたのか。はやる気持ちを抑えながら目を開けた。
「……ぇ……?」
その瞬間、目の前に飛び込んできた光景に小さな声が飛び出る。いきなりどアップで瑤の顔があったら、いくらあたしでも心の準備ができるわけがないんだから。
──ちか、い。
ちゅ。
音は聞こえなかったけど、唇にあたたかい感触。三秒もかかってない触れ合いはすぐに離れて、瑤の顔がはっきりくっきり見えるようになる。
──いま、あたし、瑤になにを。
「……」
あたしから離れた瑤は、やさしい笑みを浮かべていた。包み込んでくれるような、お日様みたいな大好きな顔で。でも、普段と違うところがひとつだけ。唇の右端に……ルージュらしきものがあること。
ゆっくりと鏡を見る。いつものサイドテールじゃない髪型は瑤にしてもらったアレンジのひとつ。鏡の中のあたしはピンク色のアイシャドウをして、そして。……少しオレンジの混ざったルージュをしていて。
「……」
瑤を見ると唇の右端についていた色は、あたしに塗られたものと同じもので。
──と、いうことは……ッ!
「……、……っ、~~!」
──あたし、キス、され……ッ!
え、なんで。なんで今。あたし何も、え、なんで!?
「よ、ようっ!」
「うん、終わったよ恋花」
「……じゃなくて、さっき、キ、キス……!」
なんで、瑤は平気な顔してるの。どうしてそんなに甘い顔であたしを見つめるの。なんでなんで、どうして。
──もっと好きになるじゃんか!
どうすんのよ、お出かけなのに、デートなのに。目一杯おめかししたのに!
「今から出かけるのに……瑤のばか、ばかようっ」
「うん、そうだよ。私は恋花ばかだよ」
「ぅ~~~~っ!」
ばかって言ってるのに瑤は笑うばかりで、あたしばかりいっぱいなのが悔しくて。薄く感情が目にたまっていくけれど、怒ってるわけじゃなくて。
──この、ばかよう!
あたしが悪態をつくのと、瑤が両手を広げたのはほぼ同時。
「恋花」
「〜〜〜〜瑤の、ばかっ!」
おいで、と広げられた両手に優しい笑顔。恋花っていうたった三文字に込められた瑤からの大好き、という気持ち。
きっとあたしのばかって言葉に込めた意味も気づいているんだろう。
──もうっ!
だから思い切り飛び込んでやった。いっそ二人で倒れ込むぐらいの勢いで。だというのに、瑤ってば相変わらずの体幹で受け止めてさ。ほんと、そういうところが瑤らしくて好きが溢れてくる。
──頼らせてね、あたしの大好きな人。
ただ、それはそれとして。
不意打ちでキスは守りようがなくてずるい。ルージュが少し唇についているのも、なんかずるい。嬉しいし、恥ずかしいし、瑤なのに。瑤だけど……!
瑤のばか、うそ、すごく好き。
でも、今日はちょっぴり、こっちの気分だから。最後に一言だけ、心の中で。
──あたしの瑤の……ばーかっ。