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ヘルヴォル

魔法使いの特別な魔法

「瑤……まーだ?」
「まーだ、だよ」
 恋花は待ちくたびれたのか、しきりに聞いてくる。だけど私は時間がかかるふりをしてる。
 だって、今だけは恋花を独り占めできるから。私だけの恋花なんだから。
「早く終わらせてデートしたいんだけど」
「おめかしもデートって言ったのは恋花だよ」
「……そうだけど」
 目を閉じたまま座っている恋花は、お人形みたい。すごくかわいいから、何度も作業の途中で見つめちゃった。引き延ばしながらの時間も、ルージュを引いたらおしまいになる。わかってはいるんだけど。
 ──やだな。
 恋花がお姫様なら、おめかしの手伝いをする私は魔法使い。でも、この後は私と一緒に出かけるから、王子様でもある。魔法使いで王子様。少しヘンテコなのは誰よりも分かっている。恋花は私のことが一番だって知っていても。知っていることと、安心できることは違うんだなって思ってしまう。
 ──信じてるのに。
 きっと恋花は私がこんなことを考えてるって知ったら怒っちゃう。栗色の眉を逆の八の字にして、私にお説教する。それはそれで、恋花のことを独り占めできているからいいんだけど、せっかくのお休みの日に嫌な気持ちはもってほしくない。
 だけど、恋花は私のだって示したい。
「よー、まーだー?」
「……っ、ごめんね今からやるよ」
「おっけー」
 ──いけない、考えすぎちゃった。
 恋花の声にハッとした私は、気を取り直してルージュを恋花の唇に寄せた。ピンクから鮮やかな紅に変わっていく。恋花のメイクをするのは別に初めてじゃないけど、この瞬間は何度繰り返しても慣れそうになかった。
 一周した紅色を繰り出す私の魔法の杖。長さ七センチほどの小さなルージュを名残惜しく感じる。
 ──最後に、何か。私だけの恋花だってことを残したい。
 そうすれば、外に出たって揺らぐことはないから。
「……」
 そうだ、この気持ちをそのまま恋花に。
「……恋花、終わったよ」
「もう目を開けてもいい?」
「……うん」
 返事をするとともに、私は静かに恋花に顔を近づける。
 大好きという気持ち。ひとりじめしたい私のわがまま。言葉にするのには少し難しいもの。恋花はどんな反応をするんだろうか。怒るかな、それとも驚くかな。
「……ぇ……?」
 私の耳に恋花の小さな声が届いたのと、私と恋花の唇の距離がゼロになったのはほぼ同時。やわらかいぬくもりと、ルージュ独特の香りが鼻に届いたのを感じてから、静かに恋花から離れた。
「……」
 ぽかんとした恋花は何が起きたか理解できていないみたい。ちょっとだけ私がキスしたことで紅が薄くなっているところがあって、塗りなおさなきゃと思っていると。
「……、……っ、~~!」
 ──あ、戻ってきた。
 我ながら少しのんきだったかもしれない。ただ、恋花がマンガみたいに指を口元に持っていったあとに、見える部分の全部が赤くなっていくのを見ていると無理もないって言わせてほしい。
 そんなところも、すごくかわいいのだけど。
「よ、ようっ!」
「うん、終わったよ恋花」
「……じゃなくて、さっき、キ、キス……!」
 ルージュに負けないぐらい真っ赤っかになった恋花がきゅーっと恥ずかしそうに私にばかって言ってくる。不思議と怖いと思うことはない。いつだったか、恋花に大ばかって言われたことがあったけれど。なんとかばかって言葉がたくさんあるんだ。間違いなく、私は恋花ばかなんだろう。
「今から出かけるのに……瑤のばか、ばかようっ」
「うん、そうだよ。私は恋花ばかだよ」
「ぅ~~~~っ!」
 薄く涙を溜める恋花を見て、あとで恋花の好きなものを買って仲直りしてもらおうと思った。だって、せっかくのデートで怒ってばかりなのは楽しくないし、もったいないから。怒らせた私が言うことじゃないかもしれないけどね。
 ──でも、なんだっていいんだ。
 私は恋花が特別で、大好きなことには変わりはないんだから。
「恋花」
「〜〜〜〜瑤のばかっ!」
 腕を広げて名前を呼ぶと、私が恋花にやったオシャレを気にしつつ飛び込んできてくれた。
 そんな恋花が愛おしくて、壊れないようにそっと抱きしめたのだった。
 
 ──私のお姫様は、私のものなんだよ。
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