ヘルヴォル
ヘルヴォルは本日も平和──というわけにはいかなさそう。特にあたしが現在進行形で悪天候まっしぐらかもしれない。
エレンスゲのリリィであり、序列一位のレギオン所属している、オシャレ番長こと飯島恋花、この上ないピンチを迎えている気がする。
別に今、ヒュージと戦ってるわけじゃないし、お腹の調子が悪いわけでもない。なんなら、今までになく体はいい状態をキープしてるし。ラーメン三杯くらいなら平気でいけそう。ただ、そう。今回のこの状況は、きっとあたし自身の問題なんだと思う。それくらいしかわからない。ただ。
「…………」
「…………」
──き、気まずい。
あたし何かしたっけ。と最近の様子を思い返すも、心当たりはまったくないので非常に困ってる。やったこととしては、訓練をして、出撃してヒュージと戦って、時々女子高生らしく街に出かけて美味しいものをわけ合いっこして。特にそこで何かトラブルがあったことはない。まあ、ヘルヴォルにいると毎日が賑やかで楽しいから、何かがあったら良くも悪くも記憶には残ってそうなんだけど。
──だめ、お手上げ。
考えてもさっぱりわからない。そういう時は目の前の本人に聞くしかない。
「……ねぇ、瑤」
「……なに」
「なんであたし、瑤に追い詰められてんのかな……」
「……」
怒っているというか、睨んでいるというか。瑤をよく知らない人からすると怖いって印象を受けそう。あたしは、別に友達になってからずっと瑤と一緒だったから怖くもなんともない……つもりだった。今は控え室の角にあたしを追い詰めるくらい圧がすごく強いから、訂正したい気分。瑤、そんな顔していたら綺麗な顔がもったいないわよ。ただ、言ったら言ったで「今じゃない」とか火に油を注いで燃え広がる。絶対に。しかも燃えるのは間違いなく、あたし一人だけ。しかも、なんていうかさ。
──むすっとしてる……?
「恋花は」
「……うん、あたし?」
ぽけっとしていたわけではないけど、瑤の気持ちを考えていたから少しだけ反応が遅くなってしまった。それ自体に気を悪くしたわけではなさそうだけど、瑤のものすごい圧は弱まる気配がなさそう。これは、瑤の言い分を素直に聞いた方がよさそうだわ。
「…………」
「…………」
とは言ったものの、瑤は何かを整理しているみたいで沈黙が下りる。あたしとしては急かすのは良くないと今までの付き合いから分かってたから、静かに待つ。そろそろかな、と思った頃に、瑤がもう一度だけあたしの名前を呼んだ。
「……恋花、聞いてもいい?」
「いいわよ、どうしたのよ改まって」
あたしより身長が頭一つ分大きいけれど、ヘルヴォルの中でもとても慎重な瑤。発言をすることが多くはないから物静かな印象を持たれがちだけど、水面下でたくさんのことを感じて考えてる、優しい人。そんな瑤が改まってあたしに聞きたいことってなんなの?
「…………恋花は、その」
「うん」
聞くことを決めたらしい瑤がまたあたしを見つめる。穴が開くほど見られると、さすがに恥ずかしさも感じるけど、瑤の方がいっぱいで気がついてなさそう。普段ここまで近くまで距離をつめないもん。
「……私のこと、好き?」
「……へ?」
──今、瑤はなんて言った?
そんなことを思っていたからか、質問に対して素っ頓狂な声が出てしまった。あたしの聞き間違いじゃなければ、好きかどうか聞いてきた気が。瑤がぐ、とあたしに近づく。そして。
「……だから、恋花は……私のこと、好き?」
「え、ええぇぇぇ!」
「……好きじゃ、ない?」
突然、面と向かって自分のことを好きか、なんて。あたしじゃなくても驚くでしょ!
そりゃ、その。あたしは……瑤のこと、好き、だし。だから、特別な関係として付き合っているわけだし。付き合ってるからこそ、ヘルヴォルでも一緒にいられるのはすごく嬉しい。もちろん任務の時は公私はわけるけど。
「なん……っ、いきなり……!」
「いきなりなんかじゃない」
ぐ、と瑤の顔が近づく。顔に熱が集まっていくのが嫌でもわかってしまう。瑤は自分が思っている以上に顔が綺麗で整っていて、それでいて優しくて。
──ずるいんだけど、その顔……!
困ったように眉を下げて、それでいて強い気持ちを薄い緑色の目に宿してさ。好きだとか、好きじゃないとか。今、言わなきゃだめ?
「……恋花、最近私のこと……好きって言ってない」
「言っ、てるって!」
冗談じゃない、それは誤解がすぎるわ。あたし、瑤にちゃんと気持ちを伝えてる……!
近くて、おでこがくっつきそうで。そんな近さにあたしは熱が出そうになっていた。それを振り払うように、瑤を押し返しながら主張した。それでも瑤は満足した顔をしていない。
──なんでよっ。
「……だって、私はヘルヴォルのみんながいても好きって言えるのに。恋花は恥ずかしがって二人の時にしか言ってくれない」
「そんなのね……!」
──当たり前でしょうが!
思わずツッコミを入れるように大きな声を出したくなる気持ちをぐっとこらえる。あたしだって言いたいけれど、どこぞのリーダーみたくなれないし。瑤みたいに、気持ちを伝えるのも勇気がいるのっ。
「……じゃあ、やっぱり恋花は私のことが好きじゃない……?」
「んなわけ、ないわよ! 瑤のこと、大事だって言ってるでしょ!」
──あー、もー。どうして瑤は考え方が極端なのよ!
瑤は時々あたしの予想を超えた反応をする。こういうのは久しぶりで、だからこそ突然のことに頭の回転が追いつかない。瑤の遠慮しがちなところを気がついていなかったわけじゃない。でも、やっぱりヘルヴォルへのみんながいるところで好きっていうのはすごく……みんなが邪念を持たないとわかっていても、そういうのは二人だけの時に言いたいの。わかってよ、瑤。
「……今、言ってほしい」
「うぐ」
今日はやけに粘るわね。つい、唸り声が出てしまう。だけど、瑶の揺れる目を見ていると、それだけ言えてなかったのかもと思ってしまう。あたしとしてはっていうのが瑤の言ってた認識とずれていたのかも。
「……私は恋花のこと、大事で大好きだよ。恋花は、そうじゃないの……?」
「……だか、らっ」
「好きなのは私だけ、なのかな……」
「人の、話を……!」
反省はほどほどにしておかないと、一人でどんどん違う方向に話を進めていこうとする瑤を止めなくちゃ。でも、瑤はあたしが止めようとしても、自分の中で浮かんでしまった気持ちに引っ張られてしまっていて。話を聞いてほしいってのに、まったくもう……!
だんだん瑤の訴えが聞き逃せないものになっていくと同時に微かだった苛立ちが大きくなっていくのを感じる。いい加減に……!
「聞けって言ってんでしょ!」
「!」
突然のあたしが出した大声に、今までのうじうじとしていた雰囲気を吹き飛ばされた瑤が瞬きをして見つめてきた。丸くした目がキラキラした宝石みたいだな、なんて場違いなことを思ってしまう。瑤の珍しい表情を引っ張り出したことに満足したけど、あたしが大声を出したのは瑤のそんな表情を見たかったからじゃない。
「あたしが、いつ! 瑤のこと好きじゃないって?」
「え、あの」
「あたしはいつだって、瑤のことが特別だし、好きだし、愛してるの!」
「!」
また瑤がびっくりしているけど、知ったことか。瑤が火をつけたんだから。
「身長高くてすらっとしているところとか、気持ちがうまく伝わらないって悩んでいるけど、そんなことないし! くまのぬいぐるみとか可愛いものを見かけたら、めちゃくちゃ笑顔だし、その笑顔できればあんまし誰にも見せたくないし!」
「……っ!」
──まだあんのよ!
せき止めていたものが溢れるように、どんどんと瑤の好きが飛び出していく。瑤がさっきよりも顔を赤くしてるけど、知らないっ。
「優しいところも好き、かっこいいとこなんてずるいくらい好き、可愛いとこも好き!」
「れ、恋花っ」
「なによ、瑤が言ってくれないのって言うから言ってるんでしょ!」
もう半分くらいはヤケになってる自覚が少しだけあるけど、言わないとダメなら言うしかないじゃない。なんで止めちゃうのよ。
「……もう、いい。わかったから、いい……」
「は? まだたくさん好きって言いたいんだけど」
「……もう十分伝わった。それに、見られてるから、これ以上は……恥ずかしい」
──は? 見られてるって誰に。
髪の毛と同じになっちゃうぐらいに真っ赤だな、と冷静なあたしが戻ってきた頃に聞こえた瑤の『見られてる』『恥ずかしい』の言葉に脳内が宇宙になってしまう。ここ、ヘルヴォルの控え室だから関係者じゃないと入ってこれな。
「……みんな、来てる」
「……えっ」
小さく裾を掴まれて、頭一つ分の身長差がないほどに小さく感じた瑤の後ろを恐る恐る見る。するとそこにいたのは。
「情熱的だったわ恋花さん……!」
「ち、千香瑠!?」
目をうるうると感動したオーラ全開の千香瑠がいて。
「恋花と瑤、いちゃいちゃしてるーいいなー」
「藍、あたし達別にイチャイチャしてないっ!」
それから、分かってたらめちゃくちゃ恥ずかしいことを容赦なく口にした藍と。
「……恋花様」
「かず、は」
いつもはバカみたいに大声を出すのに、静かにあたしの名前を呼ぶから緊張していると。
「……とても情熱的でしたが、その。声はもう少し抑えた方がよろしいかと」
「あんたに言われたくない!」
珍しく頬を染めた一葉に至極真っ当なことを言われてしまい。なんだか泣きそうになってしまった。
──え、ちょっと待ってよ。
やな予感があたしの頭の中を駆け抜けた。冷や汗が背中を流れていく。
「……みんな、いつからいたわけ?」
そこがすごく大切な、というか確認しないといけない気がして悪あがきかもしれないけれど尋ねてみた。すると三人は目を合わせてうん、と頷きあった後、代表って感じで一葉が一歩前に出て。
「恋花様が「人の話を聞けっ!」と瑤様に情熱的な言葉を投げかけられたところからでしょうか」
「……っ」
──めまいがする……。
つまりは、あたしが瑤に対して言った好きの全部を聞かれていたと言うことで。恥ずかしさであたしが穴に入りたい気分だ。
「……恋花のばか」
「あたしのせい?!」
真っ赤になった瑤があたしに対して文句を言ってくる。だけどあたしもめちゃくちゃ恥ずかしいことを聞かれたことで瑤に文句も言いたくなる。だってさ、誰もいなかったからキレたとは言え瑤の望み通り好きをたくさん言ったのに。それをよりにもよって一葉達に聞かれるなんて公開処刑もいいとこだ。
「……恋花の、せいだから」
「は、え……!」
体が恥ずかしさで暑くてたまらない。だからといってどうにもこうにもできないし、と思っていたら瑤がぽつりと悪態をついて近づいてきた。あまりに突然で流れるような動きだったから、とっさに体が動かなくて。驚きに体が固くなっていると。
──ぎゅ。
「よ、よう……?」
「……恋花の、せい」
あたしよりも身長が高い瑤が肩に頭を埋めるように抱き着いてきて。いつもと逆転した展開にさっきから心臓がうるさくて仕方ない。瑤の髪から香るシャンプーの匂いがバクバクする心臓を鎮めてくれるけど、その分周りが見えてしまい。
「……大胆ですね!」
興奮した一葉が。
「……千香瑠ー、まえが見えないー」
千香瑠に目を隠された藍が。
「だめよ、藍ちゃん……ここから先は恋花さん達のものなの」
やけに理解して気遣ってくれる千香瑠が。
三者三様で控室にいるってことを改めて感じてしまったから。
ぶわっと熱がこみ上げる。思いがお腹からせりあがって喉元にたまっていく。
そして。あたしは大きく息を吸い込んだ。
「こっち見んなー!」
控え室に響き渡ったあたしの渾身の大声。色んなやってしまった反省を胸にあたしは誓った。
今後はもっと、ちゃんと瑤に気持ちをつたえようって。恥ずかしがって言わなかったらもっと大変なことになるからって。
──ちゃんと、瑤にあたしの『好き』が伝わりますように。
エレンスゲのリリィであり、序列一位のレギオン所属している、オシャレ番長こと飯島恋花、この上ないピンチを迎えている気がする。
別に今、ヒュージと戦ってるわけじゃないし、お腹の調子が悪いわけでもない。なんなら、今までになく体はいい状態をキープしてるし。ラーメン三杯くらいなら平気でいけそう。ただ、そう。今回のこの状況は、きっとあたし自身の問題なんだと思う。それくらいしかわからない。ただ。
「…………」
「…………」
──き、気まずい。
あたし何かしたっけ。と最近の様子を思い返すも、心当たりはまったくないので非常に困ってる。やったこととしては、訓練をして、出撃してヒュージと戦って、時々女子高生らしく街に出かけて美味しいものをわけ合いっこして。特にそこで何かトラブルがあったことはない。まあ、ヘルヴォルにいると毎日が賑やかで楽しいから、何かがあったら良くも悪くも記憶には残ってそうなんだけど。
──だめ、お手上げ。
考えてもさっぱりわからない。そういう時は目の前の本人に聞くしかない。
「……ねぇ、瑤」
「……なに」
「なんであたし、瑤に追い詰められてんのかな……」
「……」
怒っているというか、睨んでいるというか。瑤をよく知らない人からすると怖いって印象を受けそう。あたしは、別に友達になってからずっと瑤と一緒だったから怖くもなんともない……つもりだった。今は控え室の角にあたしを追い詰めるくらい圧がすごく強いから、訂正したい気分。瑤、そんな顔していたら綺麗な顔がもったいないわよ。ただ、言ったら言ったで「今じゃない」とか火に油を注いで燃え広がる。絶対に。しかも燃えるのは間違いなく、あたし一人だけ。しかも、なんていうかさ。
──むすっとしてる……?
「恋花は」
「……うん、あたし?」
ぽけっとしていたわけではないけど、瑤の気持ちを考えていたから少しだけ反応が遅くなってしまった。それ自体に気を悪くしたわけではなさそうだけど、瑤のものすごい圧は弱まる気配がなさそう。これは、瑤の言い分を素直に聞いた方がよさそうだわ。
「…………」
「…………」
とは言ったものの、瑤は何かを整理しているみたいで沈黙が下りる。あたしとしては急かすのは良くないと今までの付き合いから分かってたから、静かに待つ。そろそろかな、と思った頃に、瑤がもう一度だけあたしの名前を呼んだ。
「……恋花、聞いてもいい?」
「いいわよ、どうしたのよ改まって」
あたしより身長が頭一つ分大きいけれど、ヘルヴォルの中でもとても慎重な瑤。発言をすることが多くはないから物静かな印象を持たれがちだけど、水面下でたくさんのことを感じて考えてる、優しい人。そんな瑤が改まってあたしに聞きたいことってなんなの?
「…………恋花は、その」
「うん」
聞くことを決めたらしい瑤がまたあたしを見つめる。穴が開くほど見られると、さすがに恥ずかしさも感じるけど、瑤の方がいっぱいで気がついてなさそう。普段ここまで近くまで距離をつめないもん。
「……私のこと、好き?」
「……へ?」
──今、瑤はなんて言った?
そんなことを思っていたからか、質問に対して素っ頓狂な声が出てしまった。あたしの聞き間違いじゃなければ、好きかどうか聞いてきた気が。瑤がぐ、とあたしに近づく。そして。
「……だから、恋花は……私のこと、好き?」
「え、ええぇぇぇ!」
「……好きじゃ、ない?」
突然、面と向かって自分のことを好きか、なんて。あたしじゃなくても驚くでしょ!
そりゃ、その。あたしは……瑤のこと、好き、だし。だから、特別な関係として付き合っているわけだし。付き合ってるからこそ、ヘルヴォルでも一緒にいられるのはすごく嬉しい。もちろん任務の時は公私はわけるけど。
「なん……っ、いきなり……!」
「いきなりなんかじゃない」
ぐ、と瑤の顔が近づく。顔に熱が集まっていくのが嫌でもわかってしまう。瑤は自分が思っている以上に顔が綺麗で整っていて、それでいて優しくて。
──ずるいんだけど、その顔……!
困ったように眉を下げて、それでいて強い気持ちを薄い緑色の目に宿してさ。好きだとか、好きじゃないとか。今、言わなきゃだめ?
「……恋花、最近私のこと……好きって言ってない」
「言っ、てるって!」
冗談じゃない、それは誤解がすぎるわ。あたし、瑤にちゃんと気持ちを伝えてる……!
近くて、おでこがくっつきそうで。そんな近さにあたしは熱が出そうになっていた。それを振り払うように、瑤を押し返しながら主張した。それでも瑤は満足した顔をしていない。
──なんでよっ。
「……だって、私はヘルヴォルのみんながいても好きって言えるのに。恋花は恥ずかしがって二人の時にしか言ってくれない」
「そんなのね……!」
──当たり前でしょうが!
思わずツッコミを入れるように大きな声を出したくなる気持ちをぐっとこらえる。あたしだって言いたいけれど、どこぞのリーダーみたくなれないし。瑤みたいに、気持ちを伝えるのも勇気がいるのっ。
「……じゃあ、やっぱり恋花は私のことが好きじゃない……?」
「んなわけ、ないわよ! 瑤のこと、大事だって言ってるでしょ!」
──あー、もー。どうして瑤は考え方が極端なのよ!
瑤は時々あたしの予想を超えた反応をする。こういうのは久しぶりで、だからこそ突然のことに頭の回転が追いつかない。瑤の遠慮しがちなところを気がついていなかったわけじゃない。でも、やっぱりヘルヴォルへのみんながいるところで好きっていうのはすごく……みんなが邪念を持たないとわかっていても、そういうのは二人だけの時に言いたいの。わかってよ、瑤。
「……今、言ってほしい」
「うぐ」
今日はやけに粘るわね。つい、唸り声が出てしまう。だけど、瑶の揺れる目を見ていると、それだけ言えてなかったのかもと思ってしまう。あたしとしてはっていうのが瑤の言ってた認識とずれていたのかも。
「……私は恋花のこと、大事で大好きだよ。恋花は、そうじゃないの……?」
「……だか、らっ」
「好きなのは私だけ、なのかな……」
「人の、話を……!」
反省はほどほどにしておかないと、一人でどんどん違う方向に話を進めていこうとする瑤を止めなくちゃ。でも、瑤はあたしが止めようとしても、自分の中で浮かんでしまった気持ちに引っ張られてしまっていて。話を聞いてほしいってのに、まったくもう……!
だんだん瑤の訴えが聞き逃せないものになっていくと同時に微かだった苛立ちが大きくなっていくのを感じる。いい加減に……!
「聞けって言ってんでしょ!」
「!」
突然のあたしが出した大声に、今までのうじうじとしていた雰囲気を吹き飛ばされた瑤が瞬きをして見つめてきた。丸くした目がキラキラした宝石みたいだな、なんて場違いなことを思ってしまう。瑤の珍しい表情を引っ張り出したことに満足したけど、あたしが大声を出したのは瑤のそんな表情を見たかったからじゃない。
「あたしが、いつ! 瑤のこと好きじゃないって?」
「え、あの」
「あたしはいつだって、瑤のことが特別だし、好きだし、愛してるの!」
「!」
また瑤がびっくりしているけど、知ったことか。瑤が火をつけたんだから。
「身長高くてすらっとしているところとか、気持ちがうまく伝わらないって悩んでいるけど、そんなことないし! くまのぬいぐるみとか可愛いものを見かけたら、めちゃくちゃ笑顔だし、その笑顔できればあんまし誰にも見せたくないし!」
「……っ!」
──まだあんのよ!
せき止めていたものが溢れるように、どんどんと瑤の好きが飛び出していく。瑤がさっきよりも顔を赤くしてるけど、知らないっ。
「優しいところも好き、かっこいいとこなんてずるいくらい好き、可愛いとこも好き!」
「れ、恋花っ」
「なによ、瑤が言ってくれないのって言うから言ってるんでしょ!」
もう半分くらいはヤケになってる自覚が少しだけあるけど、言わないとダメなら言うしかないじゃない。なんで止めちゃうのよ。
「……もう、いい。わかったから、いい……」
「は? まだたくさん好きって言いたいんだけど」
「……もう十分伝わった。それに、見られてるから、これ以上は……恥ずかしい」
──は? 見られてるって誰に。
髪の毛と同じになっちゃうぐらいに真っ赤だな、と冷静なあたしが戻ってきた頃に聞こえた瑤の『見られてる』『恥ずかしい』の言葉に脳内が宇宙になってしまう。ここ、ヘルヴォルの控え室だから関係者じゃないと入ってこれな。
「……みんな、来てる」
「……えっ」
小さく裾を掴まれて、頭一つ分の身長差がないほどに小さく感じた瑤の後ろを恐る恐る見る。するとそこにいたのは。
「情熱的だったわ恋花さん……!」
「ち、千香瑠!?」
目をうるうると感動したオーラ全開の千香瑠がいて。
「恋花と瑤、いちゃいちゃしてるーいいなー」
「藍、あたし達別にイチャイチャしてないっ!」
それから、分かってたらめちゃくちゃ恥ずかしいことを容赦なく口にした藍と。
「……恋花様」
「かず、は」
いつもはバカみたいに大声を出すのに、静かにあたしの名前を呼ぶから緊張していると。
「……とても情熱的でしたが、その。声はもう少し抑えた方がよろしいかと」
「あんたに言われたくない!」
珍しく頬を染めた一葉に至極真っ当なことを言われてしまい。なんだか泣きそうになってしまった。
──え、ちょっと待ってよ。
やな予感があたしの頭の中を駆け抜けた。冷や汗が背中を流れていく。
「……みんな、いつからいたわけ?」
そこがすごく大切な、というか確認しないといけない気がして悪あがきかもしれないけれど尋ねてみた。すると三人は目を合わせてうん、と頷きあった後、代表って感じで一葉が一歩前に出て。
「恋花様が「人の話を聞けっ!」と瑤様に情熱的な言葉を投げかけられたところからでしょうか」
「……っ」
──めまいがする……。
つまりは、あたしが瑤に対して言った好きの全部を聞かれていたと言うことで。恥ずかしさであたしが穴に入りたい気分だ。
「……恋花のばか」
「あたしのせい?!」
真っ赤になった瑤があたしに対して文句を言ってくる。だけどあたしもめちゃくちゃ恥ずかしいことを聞かれたことで瑤に文句も言いたくなる。だってさ、誰もいなかったからキレたとは言え瑤の望み通り好きをたくさん言ったのに。それをよりにもよって一葉達に聞かれるなんて公開処刑もいいとこだ。
「……恋花の、せいだから」
「は、え……!」
体が恥ずかしさで暑くてたまらない。だからといってどうにもこうにもできないし、と思っていたら瑤がぽつりと悪態をついて近づいてきた。あまりに突然で流れるような動きだったから、とっさに体が動かなくて。驚きに体が固くなっていると。
──ぎゅ。
「よ、よう……?」
「……恋花の、せい」
あたしよりも身長が高い瑤が肩に頭を埋めるように抱き着いてきて。いつもと逆転した展開にさっきから心臓がうるさくて仕方ない。瑤の髪から香るシャンプーの匂いがバクバクする心臓を鎮めてくれるけど、その分周りが見えてしまい。
「……大胆ですね!」
興奮した一葉が。
「……千香瑠ー、まえが見えないー」
千香瑠に目を隠された藍が。
「だめよ、藍ちゃん……ここから先は恋花さん達のものなの」
やけに理解して気遣ってくれる千香瑠が。
三者三様で控室にいるってことを改めて感じてしまったから。
ぶわっと熱がこみ上げる。思いがお腹からせりあがって喉元にたまっていく。
そして。あたしは大きく息を吸い込んだ。
「こっち見んなー!」
控え室に響き渡ったあたしの渾身の大声。色んなやってしまった反省を胸にあたしは誓った。
今後はもっと、ちゃんと瑤に気持ちをつたえようって。恥ずかしがって言わなかったらもっと大変なことになるからって。
──ちゃんと、瑤にあたしの『好き』が伝わりますように。