ヘルヴォル
- (れんちか)〇度目のダイエット宣言 -
飯島恋花、宣言します。
「今度こそ、ダイエットします!!」
「……」
絶対今度の夏こそ新作の水着を着てひと夏の思い出ってやつを作るんだ。キラキラしてもう一回体験したいっていうためには、このわがままボディとはいい加減お別れしないといけない。
「……なんか言いたげじゃん、瑤」
「……うん」
あたしが一世一代の大宣言をしたというのに、瑤ときたらいつも通りにあたしを見てる。いや、あたしには分かる。瑤の目が言ってる。本当にダイエットできるの、って。
「恋花……今度こそ、ってこれで何回目?」
「うぐ」
「多分たくさん言ってるとは思うんだけど」
「う、うるさーいっ!」
涼やかな声、少しだけ呆れた顔。あたしだから気づく瑤の様子。自分でもダイエット宣言を幾度となく繰り返してきた自覚があるだけに、痛いところを突かれているのは認めるしかない。
「だってさ、仕方ないじゃん!」
「何が仕方ないの?」
「だって、あたしときたらラーメンでしょ!」
「それは知らない。好きなものなのは知ってるけど」
因果関係をバッサリ切り捨てる容赦のなさ。今更それに対して慄くあたしじゃないけど、いやほんと。今度こそ痩せたいの。
「だからあたし決めた」
「……何を?」
「ラーメンも禁止! それからおやつも食べない!」
「へぇ……」
「絶対に食べない! 食べないからね!」
いやもうある意味必死なのは分かってるんだけど、ここまでしないといけないぐらい……実を言うとまずい。今はまだあたしの制服か入るんだけど、いつぞやのスカートのホックが外れた時のような事は二度とごめんだから。
(恋花、またスカートふっとんだ?)
(恋花様の脂肪は皆の脂肪です!)
(あ、やめよ、考えたくない)
脳内に再生された藍と一葉の言葉にダメージを受けたあたし。また二人にこういう風に言われるのは嫌なの。さすがに乙女としての矜恃ってもんがある。
「……」
「なにさ、瑤……あたしができないとでも思ってんの?」
そんなあたしの心情を知ってか知らずか、じっと見つめてくる瑤。できないと思われても仕方ないんだけど、なんか言いたげな様子に問いかける。すると。
「恋花、さっきおやつも食べないって言ったよね」
「い、言ったよ。それが何さ」
「おやつ食べないっていうなら……千香瑠のおやつは?」
「ぅ」
「千香瑠のおやつも……食べないの?」
鋭い瑤の指摘。言葉だけで頭に浮かぶ千香瑠のおやつの数々。だめだめだめ、千香瑠のおやつは暴力だ。
「……た、食べない!」
「本当に?」
「食べないっ!」
千香瑠のおやつは本当に絶品で、藍のリクエストのたい焼きだってなんだって作っちゃうから。しかもどれもめちゃくちゃおいしいし。手が止まらないし。気づくとたくさん食べちゃってるし。
「……うぅ」
「無理しない方がいいと思うけど」
「……無理じゃない! あたしは本気なの!」
千香瑠には悪いけど、あたしの決意は揺らがない。というか揺らぐと本当に夏を泣いてすごすことになる。訝しげにあたしを見る瑤を横目に、不撤退の決意でこれからのダイエット生活を思うあたしだった。
なのに。
「恋花さ〜ん」
「どしたの、千香……」
「クッキーできましたよ」
(わ、ぁ……!)
ご機嫌にあたしを呼ぶ千香瑠の声につられて近寄った途端に鼻をくすぐる甘い香り。反射的にお腹が小さく音を立てる。それに抵抗するも、口の中が本能的に千香瑠の手の元の物を求めていた。
「おいしそう……」
「そうでしょう? だってできたてだもの」
「へ、へぇ……そうなんだ」
「ええ……だから、恋花さんどうぞ」
「っ!」
おいしそう、食べたい。めちゃくちゃに食べたい。タピオカやラーメンと同じくらい千香瑠の料理もお菓子も大好きなあたし。それを断たないとダイエットの成功はありえない。でも食べたい。でも、今度こそあたしはダイエットをするんだ。グルグルとあたしの中で二つの意思がぶつかり合っていて。
「恋花さん?」
「千香瑠、あたしは」
不思議そうに首を傾げる千香瑠に、断腸の思いを持つ。ごめん本当に。今、あたしは食べるわけにはいかないのっ。
「……クッキー、食べないっ!」
「えっ」
驚きに染まる千香瑠。そりゃそうだろうね。今までめちゃくちゃ藍と奪い合うようにお菓子を食べてたあたしが、千香瑠のできたてのクッキーを食べないなんて。よく言えたと自分でも思うわ。でも言ったぞ、あたし。
「だから、あたしの分も藍達に──」
「──の?」
「……え?」
断った勢いそのままに千香瑠には藍達に食べて、って言おうとした。そしたら千香瑠が何かを言ってきてた。声が小さくて聞き取れなくて。なに、千香瑠。と聞き返すと。千香瑠は目に見えて、しょんぼりして。とても悲しそうに眉を下げて。
「……恋花さん、食べてくれないの?」
「ッ!」
今までに見たことのない顔をしてあたしを見つめてきていた。それにとてつもない罪悪感に襲われる。いや、悪いことを言ったわけではないんだけど。そんな顔をさせたかったわけじゃなくて。千香瑠には笑顔でいて欲しくて。だから、その。あたしは。
「千香、瑠」
「もう、私のクッキー……いらないの?」
「……うっ」
違う、千香瑠。これはあたしのわがままボディのせいだから。って言うと千香瑠が今度は私が悪かったってなっちゃうから。千香瑠が傷つかず、かつあたしが取れる最善策は。
「……っ!」
んなの決まってんじゃん。てか、こんな千香瑠見たくないし。だから。
「ね、千香瑠──」
あたしがとった選択肢は。
「……」
「ふふふ」
レギオンルームに響く軽快な咀嚼音。積み上がったクッキーの山。まだまだなくなりそうにない量は千香瑠の愛情が現れたそれ。
「……あれ」
そんな中聞こえた瑤の声。あたしは何となく罰が悪くて瑤の方を見ようとはしなかった。責めてるわけじゃなく、単純な疑問ってやつだとわかりきっていても。
「恋花……ダイエット、やめたの?」
「……」
声音からして悪意はない。ないのは分かってるけど、あえてあたしは無視をした。
「ふふふ、いっぱい食べてくださいね恋花さん」
「……」
嬉しそうな千香瑠の声。口いっぱいにクッキーをほおばったあたし。ダイエット宣言、今回もまた失敗に終わりそうだった。
飯島恋花、宣言します。
「今度こそ、ダイエットします!!」
「……」
絶対今度の夏こそ新作の水着を着てひと夏の思い出ってやつを作るんだ。キラキラしてもう一回体験したいっていうためには、このわがままボディとはいい加減お別れしないといけない。
「……なんか言いたげじゃん、瑤」
「……うん」
あたしが一世一代の大宣言をしたというのに、瑤ときたらいつも通りにあたしを見てる。いや、あたしには分かる。瑤の目が言ってる。本当にダイエットできるの、って。
「恋花……今度こそ、ってこれで何回目?」
「うぐ」
「多分たくさん言ってるとは思うんだけど」
「う、うるさーいっ!」
涼やかな声、少しだけ呆れた顔。あたしだから気づく瑤の様子。自分でもダイエット宣言を幾度となく繰り返してきた自覚があるだけに、痛いところを突かれているのは認めるしかない。
「だってさ、仕方ないじゃん!」
「何が仕方ないの?」
「だって、あたしときたらラーメンでしょ!」
「それは知らない。好きなものなのは知ってるけど」
因果関係をバッサリ切り捨てる容赦のなさ。今更それに対して慄くあたしじゃないけど、いやほんと。今度こそ痩せたいの。
「だからあたし決めた」
「……何を?」
「ラーメンも禁止! それからおやつも食べない!」
「へぇ……」
「絶対に食べない! 食べないからね!」
いやもうある意味必死なのは分かってるんだけど、ここまでしないといけないぐらい……実を言うとまずい。今はまだあたしの制服か入るんだけど、いつぞやのスカートのホックが外れた時のような事は二度とごめんだから。
(恋花、またスカートふっとんだ?)
(恋花様の脂肪は皆の脂肪です!)
(あ、やめよ、考えたくない)
脳内に再生された藍と一葉の言葉にダメージを受けたあたし。また二人にこういう風に言われるのは嫌なの。さすがに乙女としての矜恃ってもんがある。
「……」
「なにさ、瑤……あたしができないとでも思ってんの?」
そんなあたしの心情を知ってか知らずか、じっと見つめてくる瑤。できないと思われても仕方ないんだけど、なんか言いたげな様子に問いかける。すると。
「恋花、さっきおやつも食べないって言ったよね」
「い、言ったよ。それが何さ」
「おやつ食べないっていうなら……千香瑠のおやつは?」
「ぅ」
「千香瑠のおやつも……食べないの?」
鋭い瑤の指摘。言葉だけで頭に浮かぶ千香瑠のおやつの数々。だめだめだめ、千香瑠のおやつは暴力だ。
「……た、食べない!」
「本当に?」
「食べないっ!」
千香瑠のおやつは本当に絶品で、藍のリクエストのたい焼きだってなんだって作っちゃうから。しかもどれもめちゃくちゃおいしいし。手が止まらないし。気づくとたくさん食べちゃってるし。
「……うぅ」
「無理しない方がいいと思うけど」
「……無理じゃない! あたしは本気なの!」
千香瑠には悪いけど、あたしの決意は揺らがない。というか揺らぐと本当に夏を泣いてすごすことになる。訝しげにあたしを見る瑤を横目に、不撤退の決意でこれからのダイエット生活を思うあたしだった。
なのに。
「恋花さ〜ん」
「どしたの、千香……」
「クッキーできましたよ」
(わ、ぁ……!)
ご機嫌にあたしを呼ぶ千香瑠の声につられて近寄った途端に鼻をくすぐる甘い香り。反射的にお腹が小さく音を立てる。それに抵抗するも、口の中が本能的に千香瑠の手の元の物を求めていた。
「おいしそう……」
「そうでしょう? だってできたてだもの」
「へ、へぇ……そうなんだ」
「ええ……だから、恋花さんどうぞ」
「っ!」
おいしそう、食べたい。めちゃくちゃに食べたい。タピオカやラーメンと同じくらい千香瑠の料理もお菓子も大好きなあたし。それを断たないとダイエットの成功はありえない。でも食べたい。でも、今度こそあたしはダイエットをするんだ。グルグルとあたしの中で二つの意思がぶつかり合っていて。
「恋花さん?」
「千香瑠、あたしは」
不思議そうに首を傾げる千香瑠に、断腸の思いを持つ。ごめん本当に。今、あたしは食べるわけにはいかないのっ。
「……クッキー、食べないっ!」
「えっ」
驚きに染まる千香瑠。そりゃそうだろうね。今までめちゃくちゃ藍と奪い合うようにお菓子を食べてたあたしが、千香瑠のできたてのクッキーを食べないなんて。よく言えたと自分でも思うわ。でも言ったぞ、あたし。
「だから、あたしの分も藍達に──」
「──の?」
「……え?」
断った勢いそのままに千香瑠には藍達に食べて、って言おうとした。そしたら千香瑠が何かを言ってきてた。声が小さくて聞き取れなくて。なに、千香瑠。と聞き返すと。千香瑠は目に見えて、しょんぼりして。とても悲しそうに眉を下げて。
「……恋花さん、食べてくれないの?」
「ッ!」
今までに見たことのない顔をしてあたしを見つめてきていた。それにとてつもない罪悪感に襲われる。いや、悪いことを言ったわけではないんだけど。そんな顔をさせたかったわけじゃなくて。千香瑠には笑顔でいて欲しくて。だから、その。あたしは。
「千香、瑠」
「もう、私のクッキー……いらないの?」
「……うっ」
違う、千香瑠。これはあたしのわがままボディのせいだから。って言うと千香瑠が今度は私が悪かったってなっちゃうから。千香瑠が傷つかず、かつあたしが取れる最善策は。
「……っ!」
んなの決まってんじゃん。てか、こんな千香瑠見たくないし。だから。
「ね、千香瑠──」
あたしがとった選択肢は。
「……」
「ふふふ」
レギオンルームに響く軽快な咀嚼音。積み上がったクッキーの山。まだまだなくなりそうにない量は千香瑠の愛情が現れたそれ。
「……あれ」
そんな中聞こえた瑤の声。あたしは何となく罰が悪くて瑤の方を見ようとはしなかった。責めてるわけじゃなく、単純な疑問ってやつだとわかりきっていても。
「恋花……ダイエット、やめたの?」
「……」
声音からして悪意はない。ないのは分かってるけど、あえてあたしは無視をした。
「ふふふ、いっぱい食べてくださいね恋花さん」
「……」
嬉しそうな千香瑠の声。口いっぱいにクッキーをほおばったあたし。ダイエット宣言、今回もまた失敗に終わりそうだった。
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