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一柳隊

- (かえりり)誓いの場所 -
 どうして、楓さんは一柳隊にいてくれるんだろう。
 そんな疑問を持つのは何度目になるのかな。自信がないわけじゃないんだけど、一柳隊にはすごい人がたくさん集まっている。
(例えば)
 副隊長をしてくださっているお姉様。お姉様は昔私を助けてくれたときからずっと強くてかっこよくて、今もずっとお姉様のようなリリィになりたくて、憧れている。
 そんなお姉様をそばで支えてくれていた梅様もそう。レアスキルで幾度となく一柳隊のピンチを救ってくれて。どんな時だって明るく励ましてくれて。お姉様と同じように強くて素敵なリリィだ。
(それに)
 神琳さんは、楓さんと同じようにすごく戦況を考えて司令塔の片割れとして助けてくれている。神琳さんがいてくれるから、私は安心して戦闘できるんだ。
 雨嘉さんもいてもらわないと。謙遜しがちな雨嘉さんだけど、雨嘉さんの正確な射撃は私も見習わないといけない。いつまでも下手っぴじゃいられないもん。
(それから)
 アーセナルであり、リリィとしても尊敬できるミリアムさん。ミリアムさんの現場でのメンテナンスにも何度も助けられた。同じシルトとしての仲間意識だけじゃ、敵わないところがたくさんある。
 二水ちゃんは、もうリリィとしての知識がとてつもない。私も二水ちゃんの熱意を見習わないといけないし、二水ちゃんは謙遜しているけれど、二水ちゃんも作戦立案に貢献しているところを知っている。
(あと)
 誰よりも優しくてあたたかい鶴紗さん。言葉が少なくても、私や一柳隊のことを信じてくれているのが伝わってくる。鶴紗さんがいてくれるから、私は前を向ける。そして、最後の一人の。
「……楓、さん」
 今、控え室には私一人しかいない。だからこそ、こうしてため息をつくことができるんだけど。
「なんでなんだろう……」
 考えれば考えるほどわからない。だって楓さんは私が知らなかっただけで、とてつもなくすごいリリィで。百合ヶ丘の至宝って呼ばれるくらい、優秀で。それこそ、一柳隊に入ってくれる前から他のレギオンから誘われていたことも、今だからこそすごいと思う。
「それに……」
 私は見ちゃった。楓さんがこの前、他のレギオンからお誘いを受けているところを。息を潜めていると、楓さんは『申し訳ありません』と断っていて。それを受けた相手の方も納得された様子でその場を後にされていた。私は楓さんがその場からいなくなるまで動けなくて、探しに来てくれた二水ちゃんに迎えに来てもらうまでその場で座り込んでいて。
「梨璃さん、どうしたんですか?」
「あはは、なんでもないよ二水ちゃん」
 とっさに誤魔化しちゃったけど、あの光景はずっと私の中に残っていた。
 本当に楓さんはすごい。普段のスキンシップにドキドキしちゃうことが日常の一部になっているんだけど。でも、ヒュージとの戦闘になったら、一柳隊の必勝のために神経のすべてを注いでくれる。そして。
「梨璃さん、号令を!」
 神琳さんと考えた作戦は、一柳隊の皆の力が発揮されるように、そして。皆が無事で百合ヶ丘に帰ることができるように。そんな願いが作戦の色んなところに散りばめられている。その日も誰も欠けることなく戻ってこれた。それはすごく嬉しい。なんだけど。
「どうして、楓さんは……」
 あんなにすごいのに。あんなに強いのに。一柳隊に、私のそばに。
「いてくれるんだろう……」
「梨璃さぁん!」
「ひゃあっ!」
 そんなことを思っていたからか、急に開け放たれた扉と入ってきた人の声に飛び上がるほどに驚いてしまった。ドキドキする気持ちを抑えて入ってきた人を見ると。
「か、楓さん!」
「んまぁ、梨璃さん! やっぱりここにいらっしゃったのですね!」
 ふわりと髪をなびかせて、優雅な足取りで入ってきた楓さん。さっきまでの私の独り言は聞かれていたりしないよね。声に驚いただけじゃない緊張が走る。別に楓さんの悪口でもなんでもないんだから、隠さなくてもいいのかもしれないのだけど。って。今、楓さん。
「やっぱり……って?」
「ふふ、実は先ほどお部屋に伺いましたのよ。ですがいらっしゃらなかったので、それならこちらではないかと思いまして」
「ご、ごめんね? 私何か楓さんと約束とかしてたっけ……」
 やっぱりという言葉と、その後に続いた探したというキーワード。それでピンとこない私がそそっかしいだけ、なんだろうけど。ただ記憶の中には楓さんと約束をした覚えはなくて。
「いいえ、約束はしておりませんわ。わたくしが個人的に梨璃さんにお会いしたかっただけですわ」
「そ、そっか」
 なんだろう。楓さん私に何の用事だったのかな。私、もしかしてこの前の出撃でダメだったところでもあったかな。
(……あったかも)
 皆がバラバラになってしまって、お姉様とも離れてしまって。楓さんが助けてくれたから、私はなんともなかったけれど。そのことで皆に心配もかけちゃったし。
(やっぱり、私)
 皆にリーダーって認めてもらえるようなリリィなのかな。そんなことを考えてしまう。楓さんが私を思って逃げてって言われたのに、子どもみたいに駄々をこねて言うことを聞かなくて。だけど、楓さんのおかげで無事に戦いが終わって。
「梨璃さん」
「なあに、楓さん」
「今日は何をお悩みなんですの?」
「えっ」
 悩んでるなんて、私一言も言ってないのに。ううん、言ってない……よね。それなのに、楓さんは確信を持って断言している。言葉の端々に自信がみなぎっている。
「そんなの決まってますわ」
「え、そうなの……?」
「もちろんですわ、だってわたくしは梨璃さんのことが大好きなんですもの!」
「あ、ありがとう」
 まっすぐに私への好きを伝えてくれる楓さんが時々、ううん。すごく羨ましくなる。それと同時にさっきまで考えていたことが再び湧き上がってくる。どうして、楓さんみたいに強くてなんでもできちゃう人が私みたいな人を好きと言ってくれて、近くにいてくれるんだろう。どうして、一柳隊にいてくれるんだろう。
「あの、ね……怒らないで聞いてほしいんだけど」
「もちろんですわ、なんでもおっしゃってくださいまし」
 今ここには私と楓さんしかいない。お姉様にも言えなかったこと。そして他の一柳隊の皆にも言えなかったこと。他でもない、楓さん本人に悩んでいる話を聞いてもらうというのも変な話なんだけど。
「どうして、楓さんは私を好きでいてくれるの?」
「梨璃さん?」
「どうして……楓さんは、一柳隊にいてくれるのかな、って」
「……」
 ついに疑問をぶつけてしまう。本当にいくら考えても分からなかったから。悩んでいたのは本当だったから。楓さんの優しさに甘えちゃった。
「私、見たの」
「……何をですか?」
「楓さんが、この前他のレギオンからの勧誘を受けているところ」
「……」
 静かな楓さんの息づかいが聞こえる。雰囲気的に怒っている感じじゃなさそうだけど、でも私は。
「そこからずっと、思ってたの……ううん。今までからずっと。どうして、楓さんみたいなすごいリリィが私のそばにいてくれるんだろうって」
「……」
「お姉様みたいな強さもない、梅様みたいに戦うこともできない」
 私がずっと追いかけている二人のように。
「神琳さんのように作戦を一緒に立てることもできないし、雨嘉さんみたいに正確な射撃スキルがあるわけでもない」
 秀でたものを持った二人のように。
「ミリアムさんみたいにチャームに詳しくもないし、二水ちゃんみたいにリリィについての知識もない。鶴紗さんのような思いやりも、ない」
 それぞれの素敵なところを持った三人のように。
「……」
「だから、私は」
「梨璃さん」
 考えれば考えるほど、口にすればするほど深まっていくどうしてという思い。そんな私を止めたのは楓さんだった。静かだけど力強い声が、私の名前を呼んだ。
「……わたくしの不徳の致すところで、ご心配をおかけして申し訳ありませんわ」
「え、ど、どうして楓さんが……!」
 頭を深く下げられて、思考が追いつかなくなる。楓さんが謝るところなんて一つもないですよね。
「いいえ、ありますわ。だって……私、梨璃さんを不安にさせてしまいましたもの」
「で、でもっ」
「よろしいですか、梨璃さん」
 そう言って楓さんは私の手を包み込んでくれた。さっきよりも距離が近くなる。楓さんの髪からいい香りがやってくる。
「わたくしはこれから先、どんな方から勧誘されたとしても……お受けすることは一切ありえませんわ」
「!」
「ふふ、そんな風にお目々を丸くする梨璃さんも可愛らしいですが……ご安心くださいまし。わたくしはずっと一柳隊ですわ」
「えっ」
 断言した楓さんに失礼なのは分かってる。だけど思わず声が出てしまった。さっきまでとは違うどうしてが私の中で膨れ上がっていく。すると楓さんは顔をふっと緩めて笑って。
「だって、他でもない梨璃さん……あなたがおっしゃったことですわよ」
「え、何を……?」
 私、楓さんに何か言ったかな。まったく覚えてないのがもどかしい。
「あの時」
「……ぇ」
「あの時、梨璃さんはこうおっしゃいました。『一柳隊にいなくなっていい人なんていない!』と。『一緒に百合ヶ丘に帰る!』と」
「……あ」
 それは、この前の戦闘の。分断されて二人だけになって。楓さんが私を逃がそうと一人で戦おうとしたときの。
「今までも一柳隊に入ったことをわたくしは後悔なんてしていません。頼もしい仲間がいて、そして大好きな梨璃さんがいる」
「楓、さん」
「わたくしにはもったいないほどです。ですが、だからこそ誰も欠けてほしくないのですわ」
 皆さんもですが、当然梨璃さんも。そう言ってふわりと笑った楓さん。胸に熱いものがこみ上げてくる。そんな私を知ってか知らずか、楓さんの言葉はまだ溢れてきていて。
「わたくしは入学式の時に、梨璃さんに助けられました。きっかけはそこからですが……今はそれだけではありません」
「それだけじゃ、ない?」
 ええ。そう頷いた楓さんは言葉を続ける。
「ですから、どうしてわたくしが一柳隊にいるのかという問いは……先ほども申し上げたとおりですわ。今は一柳隊の皆さんのことが好きなんです。一番はこれからもずっと梨璃さんですけれど」
「あ、ありがとう」
「だからご安心くださいませ、梨璃さん。わたくしはこれからもずっと、あなたのおそばにいますわ……だって、このわたくしが認めるリリィなのですから」
 楓さんのまっすぐな想い。まっすぐすぎるほどに、その言葉は私の中に響いた。嬉しい、すごく……嬉しい。
「ですから、ご自分にもっと自信をもってくださいまし。なんてったって……わたくしが、一柳隊の皆さんは。あなただから、そばにいるのですから」
「っ!」
 敵わないってこのことも言えるのかな。普段聞けない楓さんの気持ち。そこまでの信頼をしてもらって情けないことは言えない。まだまだリーダーとしてはへっぽこだけど。皆に支えてもらってばかりのリーダーだけど。
「……楓さん」
「なんですか、梨璃さん」
「私……もっと頑張るね!」
 新たな誓いを大切な仲間に。ここは一柳隊にとっての帰る場所であり、そして。
 私にとっての誓いの場所にもなっていた。そんな私のことを、楓さんはとても優しい顔で見ていてくれていたのだった。
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