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一柳隊

- (かえりり)クローバーと共に -
 かつて、ここまでわたくしが追い詰められたことがあったでしょうか。いつも通りの出撃の鐘。いつも通りに出撃した一柳隊。
(だれもが己の役割を果たしていたはずですわ)
 そこまで苦戦するとは思っていなかった今回の出撃。倒しても倒しても終わらない戦闘に疲労の色が少しだけ現れた頃。
「皆さん、気をつけてくださいっ! 新たなヒュージの群れがこちらにやってきます!」
「なんだって……!?」
 二水さんの警告に、驚きの声を上げた鶴紗さん。夢結様や梅様も声こそ出してはいませんでしたが、皆同じ気持ちでした。
「皆さん、散らばってはいけません……! 必ず一人にならないようにしてください!!」
「そうですわ、必ず二人は固まるようにしてくださいまし!」
 神琳さんの顔にも焦燥感が浮かんでいる。無理もないですわ、わたくしもおそらくは、とても優雅とは思えない顔になっているでしょうから。
「きゃあっ」
「……梨璃っ!」
「夢結、後ろだっ!」
 聞こえた梨璃さんの悲鳴。すぐさま夢結様が己のシルトのために駆け付けようとしましたが、夢結様にも迫るヒュージのせいで追いつくことができなくて。
「梨璃さんっ!」
「……あ、ありがとう楓さん……!」
「ふふ、ご無事で何よりですわ」
(とは言え、厳しい状況には変わりありませんが……!)
 鋭くヒュージの大群を睨みつける。仲間の声が聞こえなくなっていると気づくには遅すぎるほどで。この場にはわたくしと梨璃さんしか、いなかったのだから。
「はぁっ、はぁっ……!」
「……」
 見てわかるほどに疲弊した梨璃さん。連戦につぐ連戦で、おそらく梨璃さんのマギは厳しいと言っても過言ではないでしょう。わたくしも万全とは言えないのですが、梨璃さんの前では見せるわけにはいきません。だって、それがわたくし、楓・J・ヌーベルなのですから。
(と、申しても)
 依然として厳しい状況には変わりなく。ただ、今なら散り散りになった一柳隊もそこまで遠くにいるわけではない。
(美しくありませんが)
 今、わたくしが持ちうる最高手はこれしかなかったから。
「梨璃さん、お逃げくださいまし……!」
 意を決して梨璃さんに仲間の元へ行くように言の葉を告げる。梨璃さんのお顔が、今までに見たことがないほどに驚きに染まっていきました。きっと、梨璃さんなら、わたくしの言葉を受け取ったらこういうのでしょう。
(それじゃ、楓さんが。と)
 あなたはとても優しいお方ですから。
「でも、それじゃ楓さんが!」
「ふふ」
 やはり、梨璃さんはわたくしを心配する声を上げました。チャームを痛いほどに握りしめて、不安そうな声音で、わたくしを気遣ってくださる。とても嬉しい、そう思うほどに。
「あなたは一柳隊のリーダーです、梨璃さんがいないと何も始まりませんわ」
「それは……っ」
 ですが、共にいたいというわたくしの気持ちを梨璃さんに押し付けてはいけないし、梨璃さんは一柳隊のリーダー。わたくししか守る人がいない状況で、彼女を危険に晒すわけにはいかない。あなたがいないと、一柳隊は一柳隊ではないのですから。
(そんな顔をなさらないでくださいまし)
 いかにわたくしといえども、あなたにそんな顔をされては決心が鈍るというもの。百合ヶ丘の至宝と言われるわたくしを信じてくださいませんこと、梨璃さん。
「わかってくださいまし、あなたがいれば一柳隊は大丈夫ですのよ。そのために私がいるのですから」
「……っ」
 わたくしの願いを、あなたを守るという大役を。どうか、どうかわかってください。夢結様を、二水さんを。一柳隊の皆さんを。悲しませたくないのです。ご無事でいてほしいのです。
「……ダメ」
「梨璃、さん?」
 俯いていた梨璃さんが何かを口にして。聞き取ることができなかったわたくしが梨璃さんの名前を呼ぶと、梨璃さんは勢いよくお顔を上げ、わたくしの顔をまっすぐ見つめてきました。
「やっぱり、ダメ!!」
「!」
 やっぱりダメ。言葉の強さと、顔立ちに、いつかの梨璃さんとの運命の日を思い出します。あの時は、わたくしは梨璃さんのことを好意的には思っていなくて。どうして夢結様とのひと時を邪魔するのかと思っていましたが。夢結様との相打ちから救ってくれて、押しつぶされそうだった瓦礫からわたくしを助けてくれて。
(わたくしは、あなたに二度も助けられたのですよ?)
 そんなあなたがわたくしを一柳隊に誘ってくださって、嬉しかった。頼ってくださって、幸せだった。仲間が、とても誇らしかった。そんな時にふと見せる真剣な表情が、わたくしを射抜く。力強く声を張り上げている。
「私だって楓さんがいなくなるのは嫌だよ! 私も戦います!!」
 お気持ちは嬉しい。ですが、いえ。だからこそ。あなたを失うわけにはいかないのです。今のあなたは、わたくしだけではなく。シュッツエンゲルである夢結様を始めとして、一柳隊の要。皆さんにとってかけがえのない存在なのですから。
「梨璃さん、わかってくださいまし!」
「楓さんこそわかってないです!」
 ちっとも優雅でないわたくし達の言い合い。どうしてわかってくださらないのですか、梨璃さん。わたくしはあなたが大切なのです。夢結様や皆さんの悲しむ顔を見たくないのです。あなたを守るそのためならば、いくらでも戦えますから。そう思うのに。
「一柳隊にいなくなっていい人なんていない! 皆で百合ケ丘に帰るんです!!」
「っ!」
 あなたはわたくしの気持ちを超えるかのような想いを打ち明けて。わたくしがそんな梨璃さんに圧されていると、梨璃さんがチャームを構えてわたくしの前に立っていた。まるでわたくしを守るように。ですが、誰よりも気高く、美しく。その姿は紛れもなく、わたくしが自分の全てを捧げたいと思ったリリィ。一柳隊のリーダーでした。
(わたくし、は)
 さっきまでは、独りで戦うつもりでした。美しくなくとも、梨璃さんが皆さんと合流できるまで、死力を尽くすつもりでした。ですが、わたくしのリーダーがここまでのお気持ちなのでしたら。わたくしが、楓・J・ヌーベルがなすべきことは。
「……もう、頑固者ですわね!」
「!」
 チャームを構えなおし、梨璃さんに並び立つ。それだけで喜色満面になる梨璃さんに、微笑みを返す。頑固者と言ってしまいましたが、それはお互い様なのかもしれませんわ。だってわたくし達、一歩も譲りませんでしたものね。
(さて)
 先程までの焦燥感は、もうどこにもない。最愛の梨璃さんがいて、百合ヶ丘の至宝であるわたくしがいて。そして姿は見えなくとも、わたくし達の頼もしい仲間が、傍にいてくれているのですから。
「切り抜けますわよ、梨璃さん……!!」
「……っ、うん!」
 いつかのことのように思い出す梨璃さんとの初出撃。あの時はまさか、同じレギオンになるなんて思ってなかった。でも、梨璃さんがいてくださったからわたくしは最高の仲間と出会うことができたのですから。
「一緒に帰ろう、楓さん!」
「もちろんですわ、梨璃さん!」
 帰りましょう、梨璃さん。そんな思いで梨璃さんを見ると可愛らしくも頼もしい瞳とめが合いました。ええ、大丈夫ですわ、梨璃さん。あなたにはわたくしがついています。二水さんも、雨嘉さんも、ミリアムさんも、神琳さんも、梅様も。そしてあなたを心から想っている……夢結様も。皆さんがいますから。戦いましょう。わたくし達はこんなところで終わるわけにはいきませんものね。
「──カリスマ!」
「……!」
 梨璃さんの声が聞こえた後に、体の内側から力が湧いてくる。梨璃さんのカリスマ。一柳隊の絆を感じます。何としても、この場を切り抜けましょう。
「参りましょう、梨璃さん!」
「はいっ!」
 今のわたくし達を邪魔できるものなど、これっぽちもありませんことよ!

◇◇◇

「梨璃さん、無事でよかったです~!」
「わ、二水ちゃん……っ」
「……梨璃、無事でよかった」
「うん、本当に良かった……!」
 やっとの思いでヒュージを倒しきったわたくし達。二水さんは大粒の涙を流して梨璃さんの無事を喜んでいました。鶴紗さんも雨嘉さんも安心していて。
「いやー、皆無事でよかったナ!」
「本当じゃの、梅様……! 今回はさすがにわしも肝が冷えたのじゃ……」
 心なしか安堵した梅様に、くたびれた様子のミリアムさん。そして。
「梨璃、本当に怪我はしていないのね? 無事なのね?」
「お、お姉様……! はい、私は大丈夫です! 楓さんが守ってくださいましたから!」
「そう……よかったわ、梨璃」
「えへへ」
 心の底から梨璃さんの無事を喜ぶ夢結様。そんな輪の中心にいる梨璃さんの無事を、わたくしは少し離れた場所から見守っていました。いつものわたくしなら、なりふり構わず梨璃さんの無事を直接確認していましたが。今日は、なんとなくですが。ここで無事を喜んでいたいと思ったのです。
「ボロボロ、ですわね」
 誰に聞かせるでもない独り言。制服は所々破れていて、大なり小なりの傷がついていて。でも、大切なものを守り抜けた勲章のように思えて。わたくしのこの怪我が今の光景を守れた証なら、それも悪くないと思っていたところでした。
「行かなくていいのですか?」
 横から聞こえた声に振り向くまでもない、そう思ったわたくしは、輪の中心にいる梨璃さんを見つめながら口を開く。
「ええ。わたくしは本日はこちらでいいのです。神琳さんこそ、あちらにいかなくてよろしいので?」
「ええ。わたくしの代わりに雨嘉さんが梨璃さんの傍にいてくれていますから」
「そうですか」
 ちらりと神琳さんを見ると、彼女もボロボロで、ですが誇らしげに笑っていて。ああ、彼女もきっと。わたくしと同じだと思っていました。
「守れましたわね」
「そうですね、守れてよかったです」
 穏やかな風が吹き抜ける。神琳さんもわたくしも、今は充足感が心を満たしているようだった。だって、梨璃さんが、皆さんが。心から無事を喜びあい、笑っていたから。そんなことを思ったからでしょう。
「神琳さん」
「なんですか、楓さん」
「わたくし達……幸せですわね」
「ええ……とても」
 顔を見なくても分かるほどに、わたくしの内側から溢れる気持ちが、笑みを浮かべていた。神琳さんも静かに笑っていて。いつまでもこうしていそうですわね、と思っていた時。
「楓さんー! 神琳さんー!」
「あら、呼ばれましたわね」
「ええ、呼ばれましたね」
 わたくし達のリーダーがわたくし達の名前を輪の中心から叫んでいて。その顔は、一番見たかった満面の笑みで。そんな梨璃さんの笑顔を見ていたら、わたくしからも声が出るほどに笑顔になっていました。
「百合ヶ丘に帰りましょう! 早く早くー!」
 手を振って、わたくし達を招く梨璃さんの姿に神琳さんと顔を見合わせ。吹き出したのはきっと。
「全くしょうがないお人ですわね、梨璃さんは」
「それがわたくし達のリーダーですから」
「ですわね」
 まったく、梨璃さんは。そう思うわたくしでしたが、足取りはかつてないほどに軽くて、弾んで。一柳隊の無事を心の内で噛みしめつつ、神琳さんと頷きあったわたくしは、繰り返し名前を呼んでくださる梨璃さんの元へ。一歩足を進めたのでした。
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