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神雨

- (神雨)やっぱりいつもの -
 嵐は突然やってきた。そう言うのが一番あってたようなそんな気がする。
「ありがとう、ミリアムさんっ。すごく勉強になっちゃった」
「うむ、梨璃もなかなか教えがいがあって楽しかったのじゃ。またいつでも聞いてくれ」
「うん、そうさせてもらうね」
 私は今日、ラウンジでミリアムさんからチャームのことについて学んでいた。ミリアムさんみたいなアーセナルじゃなくても、できることってないのかな。そんな私の思いを感じたミリアムさんからの提案。お姉様も学ぶのはいいことね、とおっしゃられていたから、善は急げということで今に至るわけで。それにしてもすごく勉強になっちゃった。
「ま、わしでよければいつでも教えるからの」
「うん、本当にありがとうミリアムさん!」
 そうして勉強会が終わって、解散っていうところだったんだけど。なんだか遠くで聞こえていたはずの足音が大きくなっていくような。そしてそれはどんどんこっちに近づいていた。
「た、大変です〜!」
「うぉっ、どうしたのじゃ二水。そんなに大きな声を出して」
 足音を出していたのは、私たちがよく知る人、同じ一柳隊のメンバーの二水ちゃんだった。二水ちゃんはリリィを含めて色んなことに詳しくて。新聞とかすごいなあって思ってる。そんな二水ちゃんはよく血相を変えて走ってることが多いんだけど。今日はなんだかいつもと様子が違うみたい。
「二水ちゃん、何があったの?」
「梨璃さん、ミリアムさん! 大変、大変なんですよ!」
「とにかくおちつけ! 一体何が大変なんじゃ!」
 ここまで二水ちゃんが慌てるなんてよっぽどかもしれない。いつもだったら、何が大変だったのかすぐに教えてくれるんだけど。それはミリアムさんも同じだったみたい。二水ちゃんに負けないぐらい大きな声で質問していた。
「どう言えばいいのか……でも、とんでもないことが起きたんです! 控え室に急いでください!」
「梨璃」
「う、うんっ」
 控え室。急いで。二水ちゃんの緊迫した様子を見てミリアムさんと顔を見合わせる。ヒュージの襲来を知らせる警報は鳴っていないけれど、それ以上の何かが起きているみたい。しかも場所が場所だから。一柳隊の誰かが。そう思うといても立ってもいられなかった。
「何があったんですか!」
「一体どうしたというのじゃ!」
 おしとやかとはほど遠い仕草で荒くドアを開けてしまった。一柳隊の控え室に入った瞬間、目に入ったのは私のシュッッエンゲルの誓いを交わしたお姉様に梅様。それから鶴紗さんに神琳さんと雨嘉さん。楓さんもいる。え、あれ。
「一柳隊、全員集合……?」
「……の、ようじゃな」
 ミリアムさんと一緒に困惑する私。あれ、今日って一柳隊は休日じゃなかったっけ。みんなが揃っているなんて珍しい。
「梨璃」
「お姉様、一体何があったんですか?」
「……」
「お姉、様……?」
 私が問いかけると困ったような顔をしてしまったお姉様。よくよく見ると、いつも笑顔の梅様も。微笑みを浮かべている楓さんも。なんだか鶴紗さんも。みんながすっごく困っていて。その中だったから、余計に気になってしまったのが。神琳さんと、雨嘉さんだった。
「梨璃さん」
「雨嘉、さん……?」
 私の名前を呼んだ雨嘉さんは、私よりも何倍も落ち着いた表情をしているような。そこでふと疑問が浮かぶ。雨嘉さんって私のこと、呼び捨てで呼んでいなかったかな。そう思っていると次の瞬間。
「大丈夫ですよ、梨璃さん。わたくしに任せていただけますか?」
「雨嘉さん、いつもより自信満々……だね?」
 いつもならみんなよりも控えめになっていることが多いのに、雨嘉さんだけが自信に満ちあふれていて。なんだか、どこか神琳さんのような堂々とした態度と言葉遣い。それが私の違和感をちくちくと刺激していく。
「そ、それだけじゃなくて……!」
 困惑する私の腕を二水ちゃんが掴む。人を指し示すことなんて滅多にしない二水ちゃんが示したのは神琳さん。その神琳さんは雨嘉さんと対称的に今にも泣きそうな顔をしていた。
「わ、私には無理です、何もわかりません、できない……!」
「な、神琳が『無理』じゃと……!?」
 ミリアムさんの驚きの声。私も声こそ出なかったけれど、気持ちは同じだった。楓さんと二人で一柳隊の司令塔を担っていて。自信の裏に絶え間ない努力をしていて。いつも笑って雨嘉さんを引っ張っている、あの神琳さんが。無理なんて。
(これじゃ、まるで)
 雨嘉さんが、神琳さんで。神琳さんが、雨嘉さんじゃ。そう言われた方がしっくりきてしまう。そんなほどに、今の二人は口調も、雰囲気も。何もかもが正反対だった。
「そ、そうなんです! 大変なことは……雨嘉さんと神琳さんの精神が入れ替わってしまったんです〜!!」
「えーーっ!?」
 そう思った瞬間、二水ちゃんの大きな声が控え室に響き渡る。直後に私とミリアムさんの驚き声が負けじと部屋に反響していた。

◇◇◇

「つまり、わたくしが郭神琳で」
「わ、私が王雨嘉……です」
 雨嘉さんが神琳さんの名前を、神琳さんが雨嘉さんの名前を口にする。
「ど、どういうこと!? なんでいきなり二人の精神が入れ替わって、なんて……!」
 入れ替わるなんて漫画の世界だけだと思っていた私にとっては、にわかに信じがたくって。だって、まだ精神が入れ替わったというよりは二人が私たちをからかってフリをしているって言われた方がまだわかるもん。
「そ、そうじゃ! 何かの間違いじゃろう、夢結様! 梅様!」
「……」
「おい、何か言ってくれんか!」
 ミリアムさんの必死な声も虚しく、お姉様は顔をくもらせるばかり。梅様も困ったように笑ってる。
「梅たちもよくわかってないんだ。二水から聞いたばかりだからな」
 状況は同じだ、そういう梅様も何か方法を考えてくれてるんだろう。うんうんと唸っていて。
「……もしかして、昨日のヒュージに何かされたんじゃ」
「たしかに、その可能性は大いにありえますわ。ですがこんなことが本当に起こりえるなんて……」
 鶴紗さんと楓さんがこうなった可能性について話し合っている。昨日の出撃した時にヒュージの攻撃を受けたのは狙撃をしていた雨嘉さんとその補佐をしていた神琳さんだけだったから。
「……昨日の夜まではなんともなかったん、だよね?」
「ええ、検査でも特に異常はなかったそうなので安心していたんですが」
「お、起きたら入れ替わってたの……」
 困ったように喋っているけれど落ち着きのある雨嘉さんと、今にも泣きそうな様子の神琳さん。違う違う。雨嘉さんが神琳さんで、神琳さんが雨嘉さんだ。
(頭が混乱しちゃうよ~!)
「頭がこんがらがりそうじゃ……」
 それはミリアムさんも同じだったらしい。私たちだけじゃなくて皆同じなんだけど。一体どうしたらいいんだろう。
「ショック療法とかするしかないんじゃないか……?」
「いや、鶴紗。それをするにはリスクが大きいと思うぞ。確実に二人が元にもどる保証はどこにもないんだからな」
「それは……」
 鶴紗さんがアイデアを出すも、梅様がすかさず制止した。確かに一番実践しやすいとは思うけど、もし二人に何かあったら。安易には選べないよね。
「夢結様、百由様は何かおっしゃってませんでしたの?」
「いえ、昨日のヒュージが何かをした可能性はあるとは言っていたけれど……」
 楓さんがお姉様に質問をしていたけれど、お姉様も百由様も原因は分からなかったそうだ。百由様でも分からないなんてどうすればいいんだろう。
「え、本当に二人とも入れ替わった以外に変わったところとか、しんどいところとか……ない?」
 原因が分からないとなると、当然心配になるのは入れ替わった二人の体。痛いところとかしんどいところとかないのかな。
「それが、入れ替わった以外特にないんですよ」
「……う、うん。びっくりしたけど……痛いところとかは、ないよ」
 口ぶりからは本当に大丈夫みたいで、そこは安心した。でも、なんだか入れ替わった二人はすごく新鮮でもある。
「じゃが……違和感がすごいのう」
「あはは……」
 ミリアムさんの言葉に苦笑する二水ちゃん。お姉様たちも言葉にこそしないものの、気持ちは同じなんだろう。
「それはそうなのですが……元に戻るすべも見つからない今、焦っても仕方ないですし」
「うう、神琳は落ち着いているのに……」
「だ、大丈夫だよ雨嘉さんっ! 絶対に元に戻るから……!」
「ありがとう、梨璃……」
 涙目になる神琳さん……じゃなくて雨嘉さんを励ます私。そうだよね、一番不安なのは私じゃなくて雨嘉さんたちなんだから。ひとまず体に異常がないのなら、これからどうするのがいいんだろう。
「梅、何か案は浮かんだかしら」
「そうだな……」
 お姉様の言葉に頷きを返した梅様。その姿に安堵を覚えた私たち、指をぴっと二本立てて私たちを見回しながら梅様はこう言った。
「まずは神琳と雨嘉は自室待機が妥当だな。あまり出歩いて混乱させるのはよくないから」
「承知しましたわ」
「わ、わかりました」
 一も二もなく頷く二人。いたずらに混乱させるのはよくないのは私でも分かったから。そして梅様は私たちにも。
「もちろん、皆も二人が入れ替わっているのは周りに言うんじゃないぞ。雨嘉たちを物見なんかにさせるわけにはいかないからな」
「……当然」
「は、はい!」
「承知しておりますわ」
「もちろんです!」
「わかったのじゃ!」
 私たちも力強く返事をする。仲間のためだし、これくらいしか私たちにはできないから。
「ありがとうございます、皆さん」
「あ、ありがとうございます……!」
 そんな中、神琳さんと雨嘉さんが揃って頭を下げた。そんな二人がそこまですることなんかないのに。
「いえ、これくらいしか今のわたくしたちにはできませんから……ね、雨嘉さん」
「う、うん……皆、迷惑かけて……ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。困ったときはお互い様でしょう?」
 お姉様が二人に優しい言葉をかけている。やっぱりお姉様はすごいな、と思うし、お姉様と皆の気持ちは一緒だったのがすぐに分かった。それが私には嬉しかった。
「そうですわ、このような事態はさすがに想定外ですが……困ったときに助け合うのは当然でしてよ」
「楓さんの言うとおりです! 不肖、二川二水、全力でお二人のサポートをさせていただきますっ!」
 楓さんも、二水ちゃんも。
「何かあったらすぐに言って……手伝えることがあれば、手伝う」
「そうじゃ、皆がおる、なんとかなるのじゃ!」
 鶴紗さんも、ミリアムさんも。そして。
「早く戻れるように私も頑張るからね!」
 私だって、二人のことが心配だから。戦えないからとかじゃなくて。やっぱり神琳さんは神琳さんで、雨嘉さんは雨嘉さんなのが一番だから。
「一柳隊、頑張りましょう!」
「おー!」
 少し困りつつも照れくさそうに笑う二人と、それぞれに気合いを入れて返事をする一柳隊の仲間を見ながら。やっぱりこのレギオンはいいな、なんてことを思ったのだった。

◇◇◇

 力拳を掲げ、気合いを入れてくださった皆さんがいてくれて本当によかった。怪しまれないようにお風呂に皆で入り、部屋まで送り届けられて。心からそう思うのは、きっと雨嘉さんも同じなはず。その証拠に。
「皆がいてくれて、よかったね神琳」
「ええ、本当に素敵な仲間に巡り会えましたね、私たち」
 自分が力の抜けた笑みを浮かべるのを見るという、なんとも得がたい経験をしていると、改めて思う。入れ替わった原因はまだ分からないけれど、入れ替わった相手が雨嘉さんでよかった。
「……どうして?」
「だって雨嘉さんは……わたくしの体を大切にしてくれているじゃないですか」
「そ、そんなの当たり前だよ! だって、大切な神琳の体なんだから……怪我、させたくない」
「わかってますよ、雨嘉さん」
 現に入れ替わってることが分かった朝からずっと、ぶつからないように、こけないように。気を張ってくれているのはわたくしにも伝わっていた。もちろん、他の一柳隊のメンバーがわたくしと入れ替わっていたとしても丁重にしてくれていたでしょうけど。でも、わたくしはやっぱり雨嘉さんでよかったと思うのです。
「それに、神琳こそ……私の体をすごく大切にしてくれてるもん」
「あら」
「だから、私にできることは……って思っただけだから」
 胸の前で手を組む雨嘉さん。皆さんの前では大きかった震えも今は落ち着いていて。それがわたくしといることで、ということなら。少し気恥ずかしさもありますが嬉しいというもの。それに、雨嘉さんがいてこそわたくしも落ち着けるというものだから。
「それにね、私……気がついちゃった」
「? なにをですか」
 わたくしの思考を引き戻した雨嘉さんの発言に首を傾げる。気がついたことって。
「神琳から見える私って……こんな風景だったんだなって」
「……」
「いっつも神琳が、助けてくれていたんだなって。そう思ったの……だから、神琳になったら少しは頑張りたかったんだけど」
 やっぱり、私だと支えられてないなって。そう申し訳なさそうにする雨嘉さん。わたくしはそんな雨嘉さんにため息をつきそうになってしまう。自信をもってくださいな。でないと、わたくしだって。
「……ひゃ、あっ! しぇ、神琳!?」
「……」
「ど、どうしたの、どこか痛いの!? 梨璃たち、呼ぶ!?」
「……いいえ、呼ばないで」
 慌てつつもわたくしを受け止めてくれた雨嘉さん。梨璃さんを呼ぼうかと提案する声を、抱擁の力を強めることでわたくしは制止させた。だって、今は。
「雨嘉さんと、安心していたいんです」
「……ぁ」
 雨嘉さんはやっぱり聡い。そして鋭い。たった数秒の抱擁とわたくしの一言で、わたくしの想いに気がついてしまった。
「ごめん、神琳」
「いいんです、雨嘉さんも同じ気持ちだったんですから」
「それでも、だよ」
 ぎゅっと抱きしめられる。傍目から見ると、自分自身に抱きしめられるというのも奇妙な体験なのかもしれない。でも、本能が雨嘉さんだと告げていた。吸い込む香りはわたくしの馴染みのもであっても、わたくしを安心させてくれるのは……雨嘉さんだった。
(この鼓動は)
 聞こえる鼓動の主はわたくしの体。だけど鳴り響くリズムは雨嘉さんの気持ち。とくとく、と奏でられる音が、わたくしを安心させてくれる。同室の相手が雨嘉さんでよかった。
 そして。
「朋友が、雨嘉さんで……よかった」
「神琳」
「必ず、元に戻りましょうね」
「……うん、必ず」
 根拠のないことは言いたくないわたくしだけど。今回ばかりは奇跡を願ってしまう。どうか、どうか。一日でも早く元の体に戻れますように。一柳隊の皆さんの心配を早くなくせますように。
(わたくしがわたくしとして、雨嘉さんを抱きしめられますように)
 やっぱりこの体は雨嘉さんのもので、わたくしの体ではないから。だからこそ、今日だけは。そう思っていたわたくしは、名前を優しく呼んでくれていた雨嘉さんへの返事が遅れてしまう。
「す、すみません雨嘉さん。わたくしとしたことが」
「ううん、気にしてないから平気。それよりも神琳……一つお願いしたいことがあるんだけど、いいかな」
「なんでしょうか……」
 落ち着きのある雨嘉さんからのお願い。一体何だろうと思ってしまう。さすがにわたくしでもできないことはあるから、と思っていると。
「今日は一緒のベッドで寝ても……いいかな」
「……え」
「あ、だめだったらいいの……! 一人の方が寝やすいなら私はそれでいいから……!」
 雨嘉さんからのお願い。それはわたくしと一緒に寝たいというもの。胸の奥があたたかくなる。だって、それは。
(わたくし、だって)
 そうしたい、そう思っていたのだから。
「雨嘉、さん」
「は、はいっ」
「わたくしも今からそうお願いしようとしていた……そう言ったら笑いますか?」
「っ」
 少し体を離して雨嘉さんを見つめると息を飲んだ雨嘉さん。自分もこんな顔ができるんだ、という妙な気持ちにもなったけれど。それも一瞬のこと。雨嘉さんは顔を綻ばせて、嬉しそうに笑って。
「……ううん、笑わない。私たちやっぱり通じ合ってるね」
「ええ、本当に」
 顔を見合わせてくすくすと笑い合うわたくしたち。その時間は夜遅くまで続いて。どっちの布団に入るかでお互いに譲り合わず。最終的にわたくしが折れる形で雨嘉さんの布団に入ることになった。
「ね、神琳」
「なんですか、雨嘉さん」
「早く、戻ろうね」
「……もちろんです」
 何も言わずとも距離が近づいて。もともと一人用だから体のあちこちが当たっていたのだけど、それを溶かすぐらいにくっついたわたくしたち。人肌のぬくもりと、やはり気を張っていたのでしょう。普段は感じないほどの疲労感に包まれて。わたくしはゆっくりと意識を手放したのだった。

◇◇◇

 気がついたときには朝だった。窓から差し込む光に目を細めつつ起き上がる。ぬくもりを感じて、そういえば。と昨日のことを思い出していた。攻撃の影響だろうと思われる出来事に巻き込まれた、わたくしと雨嘉さん。精神が入れ替わるなんて、それこそ漫画の世界の話だと思っていた。それをまさか自分が体験することになろうとは。きっと過去のわたくしに言っても信じてもらえないでしょうね。昨日の今日なのにいつも通り目が覚めるのも不思議なものだと思ってしまうけれど。
「雨嘉さんはまだ寝て……え?」
「……すぅ」
 雨嘉さんは。そう思って目線を下にすると。そこにいたのは雨嘉さんだった。黒髪を片方だけ伸ばし、わたくしがプレゼントしたパジャマを着て穏やかに眠る。王雨嘉、その人だった。理解が追いつけず、勢いよくベッドを飛び出すわたくし。眠気なんて一瞬で消え去ってしまった。慌てて洗面所に駆け込み、鏡を貫くほどに鋭く睨みつける。栗色の髪、左右で色が違うわたくしの瞳が映るばかりで、見続けていても結果は同じで。夢かと思って自分の頬をつねるも痛みがきちんとやってきて、これが現実だってことは変わらないみたいで。
(それなら、早く……!)
「雨嘉さん! 起きてください、雨嘉さん!」
「……う、しぇん、りん……?」
 唸る雨嘉さんには申し訳ないと思いつつも揺する手は止まらない。やがてゆっくりと目を開けた雨嘉さんは、焦点の合っていない瞳でぼんやりとわたくしを見上げながら。
「あれ……? わたしじゃなくて、神琳がいる……?」
「そうです、わたくしです!」
「……え、あ、れ……?」
 だんだん意識がはっきりしてきて、焦点も合ってきた雨嘉さん。わたくしを見て目を丸くして。ぺたぺたと顔を触って。かと思いきや、先ほどのわたくしのように飛び起きて慌てて洗面所に駆け込んで。
「私がいたよ、神琳!」
 その言葉だけ聞くと何を言っているんだと言われそう。だけど今のわたくしたちにとっては大きな意味を持つ。二人で手を取り合い、すっかり早朝ということも忘れて歓喜の声を上げた。
「わたくしたち──!」
「元に、戻ってる!」

「二人とも元に戻れたんだね!」
「良かったです〜!」
「……安心した」
「本当なのじゃ!」
「まあ、貴重な経験でしたわね」
 一柳隊のメンバーに戻った旨を伝えるために集まってもらい。わたくしたちが元に戻った証拠を見せると、控え室の中に安堵の声が溢れかえっていた。かなり心労と迷惑をかけた自覚があるだけに、自分事のように喜んでくれる仲間たちに申し訳ない気持ちも出てきてしまう。
「二人とも大丈夫よ。気にする必要はないわ」
「そうだぞ、これは皆の問題だったんだからな!」
「夢結様、梅様……」
「ありがとう、ございます」
 雨嘉さんも色んな意味で小さくなってしまっているけれど、きっと二年生のお二人から見るとわたくしたちは同じなのかもしれない。
 そんな中、ミリアムさんが思案顔になって口を開く。
「しかし、入れ替わったのも十分不思議なんじゃが……なんで急に元に戻れたんじゃろうか……」
「たしかに……原因も何もかも不明ですもんね」
 ふーみんさんも頭を悩ませる今回の一件は、誰もが白昼夢をみていたような出来事で。だけど、全員が昨日のことをハッキリと覚えていることは間違いなく。
「ともかく、お二人が元に戻れて本当によかったです!」
「そうですわ! 梨璃さんのおっしゃるとおりです!」
「……楓、うるさい」
 梨璃さんが場を収め。楓さんはいつものように梨璃さんに触れようとして。それを鶴紗さんが止め、夢結様が睨みをきかせる。まだまだ話したりないためにふーみんさんと議論するミーさんに、わたくしたちを見ていつもの笑みを浮かべる梅様がいる。
「神琳」
「……どうしましたか、雨嘉さん」
 そんな一柳隊を眺めているわたくしを雨嘉さんが呼ぶ。顔を向けると雨嘉さんも笑っていて、一体どうしたのかと思っていると。
「……やっぱり私は私のままがいい。私のままで神琳の隣にいたいって……そう思ったよ」
 神琳はどうかな。
 そう聞く雨嘉さんに言い表すのが難しい気持ちが湧き出てきて。仲間に見えないようにそっと雨嘉さんの小指を絡め取る。
 そして。少しだけ肩を寄せてから。
「わたくしも……同じ気持ちですよ」
 そう言った後、二人揃って皆さんと同じように声を出しながら笑っていた。
 やっぱり、わたくしは郭神琳のままで王雨嘉の隣にいて。一柳隊の仲間とともに歩んでいきたいと、そう思いながら。
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