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かずれん

 いつもの平穏を変えたのは、あたしの一言だった。
「一葉、今日何の日か分かる?」
「? 何の日なんですか?」
 やっぱ知らないよね。そう思ったあたしは内心これからの一葉の反応が楽しみで仕方がなかった。
「なんと今日は……」
「今日は……?」
 溜めに溜めた上で解き放つ。
「なんと、キスの日なんだってさ〜!」
「!?」
「ふふ、驚いたっしょ?」
 大きく目を見開いた一葉の反応が面白くて、もっとからかいたくなってしまう。気持ちが良くなったあたしは重ねるように言葉を紡ぐ。
「一葉は分かる? キスって何か」
「わかりますよ! 恋花様は私をなんだと思っているんですか!」
 え、なんだと思ってるって。そりゃあ、ねぇ。
「万年乙女心試験赤点一位かな」
「心外です!」
 でもさ、心外ですって言うけどさ。一葉さ人の心を分かってるって言いつつも、時々心のコンクリートをドカンとぶち抜くような事を口走ったりするじゃん。ホワイトデーのお礼の相談を受けた時もさ。可愛いシルトに贈るプレゼントが参考書はないっしょ。
「あの時は、あれがベストな贈り物だと思ったからですよ!」
「あぁ、うん。そうだね」
 まぁ一葉の場合、誰かを傷つけるというよりは混じりっけなしの善意だとかまっすぐな気持ちだから。知ってたし、分かってたけど。
「じゃあキスとかしたことないんでしょ?」
「そんなの、したことありませんよ!」
「ふぅん」
「な、なんですかその顔は」
 一葉がじっと見つめてくるけど、内心の楽しさといったらもう。たまんないな。
(そっか、そっかぁ)
 したことないんだ、そっかあ。
「いや、うちらのリーダーは純情だったんだなぁって思っただけ」
「じゅ、純情も何も! 私はリリィです! リリィたるもの、キスをしたりしている暇はありません!!」
「ハイハイ」
「恋花様!!」
 おー、怒った怒った。顔を真っ赤にしちゃって、可愛いんだから、うちの一葉は。
「……」
「もう、悪かったって。飴あげるから機嫌直しなって」
「……」
 ぶすっとした顔。ふくれっ面になってしまった一葉を見て、あたしは内心あちゃ、やりすぎたかなと思った。面白い反応をしてくれるからって、ついついからかいすぎちゃったかも。機嫌損ねられたままもまずいし早く謝ろう。
「ごめんて」
「……様は」
「ん?」
 少なからず悪かった気持ちは持ってるので、一葉に謝罪をしようとすると重なる声。今、レギオンルームには一葉とあたししかいないから、必然的に声の主は限られる。
「どした、一葉」
「……恋花様こそ、どうなんですか」
「……あたし?」
 どうって、何が。主語のない問いかけに首を傾げていると。
「とぼけないでください。キスですよ、キス。さっき散々恋花様が言ってたことじゃないですか」
「……!」
 どくん、と心臓が跳ね上がる。なんか一葉の気配が鋭くなった気がする。なんだろ、やばい気がする。
「どうなんですか」
「や、それは」
「後学のために是非とも教えてもらえますか、恋花様」
 後学のためって、何。何のため。てか顔近いって。近いから。
「教えてもらうまでは離れませんよ」
「ご、ごめ……まって!」
「待ちません」
 ずいずい、ぐいぐい。立ち上がった一葉があたしに近づく度に、あたしは圧されて後ろに下がってしまう。一葉の顔はかなりイケてるとは思ってたけど、ここまで至近距離になるとワケが違う。
「逃げないでください恋花様」
「いや、あんたが近すぎるから……っ」
「キスとは近くないとできないでしょう?」
「それは、そう、だけど……っ!」
 ドンッ、という衝撃を背中に感じて。いよいよあたしは万事休すとなってしまった。
「……どうして目をそらすんですか」
「だ、って……!」
 一葉の顔が至近距離にあるせいで、さっきから心臓がうるさくてたまらない。あと数センチというところで喋られては、耳も心臓ももたない。違うことを考えるか、何とか一葉に離れてもらうかしないと無理だ、こんなの。
「煽ったのは恋花様ですよ……!」
「っ!」
 一葉らしからぬ勢いで顔が迫ってきて。目を閉じる間もなかった。だけど。
「いっ」
「っ!」
 ガチン、と音がした時には痛みのせいで目をつぶってしまった。でもしっかりと唇が重なっていて、柔らかいってことだけがダイレクトに伝わってきて。でも、一葉がコーヒーを飲んでいたからだ。すごくコーヒーの味がする。
(あた、しの、ファーストキス……!)
 でも苦いとかそういうのとか、もうそういうのは些細すぎて。レモンの味じゃないとかじゃなくて、一葉とキスしてるっていうのがやばい。一体何秒くらいキスしてるんだろうと思ったら。
「……大変勉強になりました」
「っ」
 初めてのキスは、もっとこう。ロマンチックな場所と状況で。ムードが最高にイケてる時に大好きな人とって思ってたんだけど。あっさりとうばわれてしまい。
「……失礼、します」
 床に座り込んでしまったあたしと、背を向けてレギオンルームを出ていった一葉。怒ってるとは違ったけれど、追いかけるなんて今のあたしにできっこない。
「……うわ、ぁ、ッ! あたし、一葉と……!」
 今まで単なるレギオンメンバーだったのに。素直でからかいがいがあって、面白い後輩でしかなかったのに。
「……っ!」
 脳裏によぎるは、さっきキスした時の一葉の顔。思考から追いやっても、追いやっても一葉のことを考えてしまう。頭が一葉のことでいっぱいになる。どうしよう、あたし。
「一葉のこと、好きになっちゃった……」
 可愛い後輩だったのに。一人の女の子として。キスから始まるなんていう、あまりにもベタすぎる展開から。あたしの恋は始まりを告げたのだった。
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