かずれん
毎日ヒュージと戦うあたしだって年頃の女の子だ。流行の服が好きだし、可愛いものが好きだ。ウィンドウショッピングだって大好きだ。それと同じくらい、好きな人といたいっていうのもあるんだ。だけど。
(あたしがここまで調子狂うのは予想外だったな……)
自分でも驚くぐらいの変化にちょっと困ってたりする。最初は自分でなんとかしようと思ったけど、どうにもまとまりきらない毎日で。しまいにはヒュージとの戦闘にまでその思考が入ってくる始末。
「思ったより、重症だったわ……」
さすがに生命かけた戦闘でヘマするわけにもいかないし、何よりヘルヴォルの一員が色恋沙汰でやられましたなんてことになったら。一葉達に迷惑がかかるし、死んでも死にきれない。
「……一葉の、ばか」
迷惑がかかる筆頭で真っ先に浮かんだ顔。甘くも真っ直ぐな理想を掲げるリーダー。ちょっと鈍感さを併せ持つ隊長。そして、あたしの……飯島恋花の、特別な存在。
そんな最近のあたしの悩みごとは一葉のことだった。不仲ではないからこその、言い表しにくい乙女心のことだった。
◇◇◇
ラウンジにあたしの声が溶けていく。少し賑わいがあるせいで、特に目立つことがないのは幸いだった。
「うぅ……」
何度目になるか分らない声が出る。眠れていないわけじゃない。だけど、快眠できているかと言われたらそういうわけでもない。連日の出撃が嘘のように、穏やかなのは助かるんだけど。
だからと言って、あたしの心が穏やかかと言われたらそれは絶対にノー、だ。
「……部屋に行こっかな」
作戦もなければ、珍しく訓練も休みと一葉から伝えられて。藍はたい焼きを買いに行くとか言ってたし。あたしも最初こそはラーメンでも食べに行こうかとも思ったけど。
「……」
どうにもそんな気分じゃないみたい。よっぽどここ数日のお悩みがいつも通りになれない原因で。原因が明らかなのに、自分だけが空回りしてるようで。悩んでいる、みたいで。
「だからって、さ……」
誰かに相談できるかってなると、それもまた別問題。とてもじゃないけど、抱えるにはとても熱くて大きくて。だけども、誰彼と言いふらしたくもなくて。自由行動だから一人になれたのはよかったけど、あたしの中で誰かに聞いてほしい気持ちと言いたくない気持ちがせめぎ合っていた。
(だけど、なぁ……)
色んな気持ちがぐるぐるとしていて、今日一人になれたことは良かったのかも。ヒュージが出たら、そんなことも言ってらんないけどさ。
調子が狂う原因は、一葉。一葉が悪いわけじゃないんだけど。でもやっぱり。
「……うー……」
「……恋花? どうかした?」
一葉のことを考えていた最中に届いた声。いつも聞いているから顔を見なくてもわかるんだけど。振り向いて確認すると。
「瑤……」
やっぱりというか、前髪を垂らしたあたしの親友と。
「さっきからずっと唸っていましたし、具合でも悪いのかと思ったんですが……」
「千香瑠……」
心配そうにあたしを見つめてくる頼れる仲間と。
そこに居たのは瑤と千香瑠。心配そうにこっちに視線を送っていて。やっぱ早々に部屋に帰るべきだったな、と思ってしまった。
「いや、何でもないって」
「嘘。何でもないのならそんなに唸ってない」
「そうですよ、恋花さん」
「うぐ」
責めてるつもりがないのはよく分かってるからこそ、至極真っ当な言葉に返す言葉が見つからない。いや、誤魔化すのはできるとは思うけど。今のあたしは、きっと二人を前にして墓穴を掘ることしかできなさそう。でも。
(瑤と、千香瑠なら)
二人なら言いふらしはしないだろうし、限界といえば限界だったし。ちょっとだけ。
「……聞いて、もらおうかな」
「恋花?」
これもタイミングだったのかな。うん、聞いてもらおう。
「……あのさ、聞いて欲しいことがあるんだけど、……時間、ある?」
「大丈夫」
「問題ありませんよ」
「……ありがと」
座るね、と目の前の椅子に腰掛けてくれた二人を見て、いよいよだっていう気持ちが湧いてくる。嫌だってわけではない。ただ、気恥ずかしさはある。さすがに、あたしと一葉のことをありのまま話すのは無理。絶対に無理。だって、さ。今から話すことは、あたしたちだけのことだから。
「実はさ、友達のことで」
「うん」
友達とは言ったけど、本当はあたしと一葉のこと。付き合うまでに色々あったこともヘルヴォルは全員知っているのはわかってる。付き合うことを隠そうとしたけど、一葉の様子がおかしいことに気が付いた藍が。
「一葉、なんかへん! 恋花もへんだよ!」
「そ、そんなことないよ、藍……!」
「そ、そうだよ! 気のせいだって」
「藍、むずかしいことわかんないけど、二人とも変だもん!」
あたしたちから絶対に聞き出してやるっていう強い気持ちと。後方で藍の味方をする瑤と千香瑠のオーラに根負けしてしまったあたしたち。訓練だったはずの時間は、あたしと一葉の関係暴露大会もとい、おめでとう会になっていて。公にできない分、仲間が盛大に祝ってくれた。
(それだけでも幸せだったんだ)
からかうでもなく、ただありのままのあたしたちを受け入れてくれたから。だから、話そうって思った。ただ、恥ずかしさとか言葉に言い表せない気持ちがついごまかしてしまっただけ。
「友達からの相談事、なんだけど」
「うん」
「どうにも、最近……付き合い始めた人がいるみたいで、さ」
「まぁ、まるで恋花さんと一葉ちゃんみたいね」
付き合い始めた人がいるらしいって言うと、千香瑠はあたしと一葉みたいって言う。そりゃ、本人ですもん。それを置き換えただけだからね。
「そう、だね。んでさ? 付き合い始めていい感じだったらしいんだけど、最近悩んでることがあるみたいなんだ」
「その子は、どういうことで悩んでるの?」
あたしの言葉をすかさず瑤が拾ってくれる。綺麗な緑色がまっすぐあたしに向けられる。
「……関係が、さ。進まないんだって」
「関係が……」
「進まない、ですか?」
二人が首を傾げる。そうだよね、そういう反応になるよね。不満ってわけじゃないけれど、あたし自身が今もどかしさを感じていること。一葉とのお付き合いの中で悩んでいるところ。
「すごく大事にはしてくれてるんだって、その友達のこと。優しくエスコートもしてくれるみたいでさ」
「……うん、それで?」
瑤の問いかけに応えるべく、もう一度口を開ける。
「手も、ね……繋いでくれるんだって。それだけでもすごく向こうは幸せな顔をしてて、自分も同じ気持ちになるみたいで」
「それはとても素敵ですね」
「だよね」
千香瑠の言葉に頷きを返す。素敵だってのはあたしが一番、よくわかっているから。だからこそ、思ってしまう。
「……幸せを感じるからこそ、相手の性格を考えたら、関係が進まないっていうのは自分のわがままなんじゃないかって思うようになったみたいで、さ」
自分で言ってても、その通りなんじゃないかって思う。笑ってくれる姿が見たいんだ。その笑顔があたしは大好きだから。困らせたくないんだ。一葉はどこまでも真面目だから。
「……そっか」
「……」
「だから、どうしたらいいんだろう……って、ちょっと」
あたしはとても真剣に話しているのに。
「なんで二人とも笑ってるのさ」
「ううん、笑ってるつもりはないよ」
「ええ、そうです」
悪気があってじゃないのはわかった。そもそもそういう笑い方じゃないし、二人がそんなことを思わないってのは知ってるつもりだから。
「じゃあ、なんで……?」
「本当にその友達の相手さんは大事にしてくれてるんだなって……そう思っただけ、ね?」
「そうですね、うらやましい限りです」
(二人は、そう感じるんだ)
優しく聞いてくれて、心からそう思ってる風に言う姿に、嬉しさがこみ上げてくるけれど。だからこそ、思ってしまった。
「……ごめん、二人とも」
「ごめんって、どうしたの恋花」
「私達、何も謝られることなんて……」
「ある、よ。謝ること」
目を丸くする二人。真剣に聞いてくれているのに誤魔化すのはだめだ。ちゃんと、言わなきゃ。意を決して二人の顔を見る。
「さっきの、全部……あたしのこと、なんだよね。あたしと……一葉の、こと」
顔が熱くなる。言い切って、俯いたせいで二人を見れない。あたし、すごく今恥ずかしい。ついに言ってしまったという気持ちと、隠しててかっこ悪いって気持ちで。
「ふふっ」
「……瑤?」
だけど、直後に聞こえたくすくすと笑う声にぱっと顔を上げると、控えめに口元を緩ませる瑤と千香瑠。頭がはてなマークでいっぱいになる。
「え、千香瑠も……? あたし、面白いこと言ってないんだけど」
すると瑤と千香瑠は顔を見合わせて笑みを深くした。あたしの顔を見る雰囲気はさっきよりもあたたかくなっていて。
「それはですね、恋花さん」
「知ってたから」
「え」
千香瑠の後に続いた瑤の知っていた、という言葉に思わず声が出る。何を知ってたっていうのさ。さっきあたし、名前も何もしゃべってない。
「話してる友達が恋花だったってこと」
「それから、そのお友達さんの相手が一葉ちゃんだったってこともですね」
「いつから……!?」
椅子が大きな音を立てるのに気を配ってられない。待って、待ってよ。じゃあ、あたしはずっとバレてたのに話してたってことじゃん。穴があったら入りたい。いっそそのまま埋めてほしい。
「恋花、声大きいよ」
「ひとまず、座ってください」
打ち明けた時より体が熱い。火が出そう。それくらい恥ずかしい。やばい、あたし自爆もいいとこすぎる。千香瑠が倒れた椅子を起こしてくれて、座ったけど色んな意味で二人を直視できない。
「……いつから、知ってたの」
口から出たのは拗ねた子どもみたいな声。バツの悪い子どもみたいな。そんなあたしを見て二人は優しく笑う。
「それは秘密です」
「うん、そうだね」
瑤も千香瑠も笑うだけで教えてくれない。なんか今日はいじわるじゃないの。あたし、真剣に話してるのにさ。すると馬鹿にはしてないよ、と瑤が言ってきて。そして今日一番の優しい顔で、藍を抱っこするときのような雰囲気で。
「大丈夫だよ、恋花」
「一葉ちゃんはきっと……いえ。間違いなく、恋花さんのことを想っていますから」
力強く言葉をくれた。千香瑠も確信をもって、あたしの背中を押してくれて。
「恋花と進みたいって、そう思ってるはずだから」
「焦らずに、待ってあげて」
「……あり、がと」
そこまで言ってくれた友達に、あたしはありがとうしか言えなかった。でも二人とも笑って、あたしに頑張れって言ってくれた。それが一番、今のあたしには嬉しかったんだ。
◇◇◇
「……はぁ」
二人に打ち明けて、少し気持ちが落ち着いて。二人に見送られるようにラウンジを後にして。
「一葉……」
部屋に帰って改めて一葉のことを考えていた。最初こそ、甘すぎる理想が嫌いだったのに。昔のあたしを見せつけられているようで。罪を、苛むのかとも思ったこともあった。
でも。
「恋花様!」
あの子は信じる道を諦めなかった。信念を貫く強さがあった。眩しかった。そして、信じたいって思わせてくれた。多分その時から……惹かれ始めていたのかもしれない。だけど、こんなあたしとじゃ釣り合わないとも思った。一葉の理想を勝手に重ねて、キツイ言葉をかけたあたしとは。
だからこそ、付き合うことになったのも夢みたいなわけで。
(一葉の性格を考えたら)
メンバーとしてはリーダーでも、恋人としては同じ目線。急速に恋人らしいことができるわけでもない。ただ。
「大事に、してくれてるから」
レギオンメンバーとしても、それからプライベートでも。先に道を歩くところとか、あたしを車道側に立たせないこととか。何かにかけてはあたしの気持ちを汲んでくれるところとか。
時々、乙女心試験では赤点出しちゃうけど。
だから、不安だった。あたしだけが先に進みたいだけなんじゃないかって。恋は、一人じゃできないのに。
「……瑤達にまた、お礼しなきゃ」
誰に聞かせるでもない声。本当に今日は二人に話せてよかった。そう思っていると。リズムよく扉を叩く音が聞こえた。
「はーい?」
誰だろ、こんな時間に。律儀に三回も叩くなんて。瑤かな、千香瑠かな。それとも、藍? あたしが来訪者に向けて返事をすると。
「……恋花様、私です」
「!」
聞こえてきた声に体がびくっとなる。あたしが聞き間違えるわけがない、一葉だ。ドアの向こうに一葉がいる。
(ちょ、ちょっと待ってよ……っ!)
なんで、どうして。
「部屋に入っても、よろしいでしょうか……」
「ま、待って!」
汚くはしてないけど、心を落ち着かせたい。準備なんてこれっぽっちもしてないんだよ、こっちは。会いたくないわけじゃない、好きなんだよ。さっきまで、一葉のことを考えてたから余計に。会いたいに、決まってる。それ以上にあたしの心が慌ただしくなっちゃっているだけだから。
「お、お待たせ……」
「い、いえ」
顔を合わせない日なんてないのにも関わらず、こうして恋人として会うと少なからず緊張してしまう。多分それは一葉も。だって部屋に入る手と足が一緒なんだもん。でもそれを指摘できるほど、あたしも余裕なんてなかった。
「……」
「……」
部屋に招いて、クッションを渡して対面で座る。招いたあたしも何を話せばいいのかわからなくて。一葉もなんだか言葉を選んでいるみたいで。
「あ、あの……っ」
「一葉……」
漫画みたいに重なるタイミング。一葉の顔はいつもより赤くて。あたしは赤いかどうかは分からないけれど、いつもより熱く感じていた。
「……先、いいよ」
「いえ、恋花様から」
「う……」
譲ったあたしに、譲り返してきた一葉。数秒、間が空いて。一葉が折れないとわかって。あたしは喉がカラカラになるのを感じながら口を開いた。
「どうしたの、一葉。あたしに何か用だった……?」
「……は、はい」
「っ!」
一瞬迷うも、すぐに肯定されるあたしの問いかけ。ドキッとしてしまうのは気のせいじゃない。さっきまで考えていたから余計に。
「れ、恋花様は、私の恋人……です」
「う、うん」
「ですが、私は思っていたんです……最近の私は、恋花様に恋人らしいことをできていたのか、と」
「……!」
一葉の想いに心臓が大きく跳ね上がる。自分の中で煩すぎる音を一葉に聞かれやしないかと思った。
「手を繋ぐばかりで、一般的な恋人が行うようなことを……できていませんでしたよね」
「そ、それは」
まさに今日まで悩んでいたこと。一葉も、同じように悩んでたの。そう、見えなかっただけなのかな。そう思うあたしをまっすぐ見つめながら一葉が言葉を続ける。
「すぐに、望んだことをできないのは……おそらく私が至らないからです。これでは恋花様に女子力が低い、と言われても仕方ありません」
「そ、そんなこと……っ」
慌てて一葉に違う、と言いかけるも他ならぬ一葉本人によって止められる。さっきよりもあたしを見つめてくる目が熱くなっていた。
「な、なんで」
「……私も、悩んでいたからと言ったら笑いますか?」
悩んでいた。そう言われて、最近の一葉の様子を思い出す。一葉が幸せだったからあたしも笑っていた。幸せだった。でも、一葉も悩んでたんだ。そう思うほどに、心の奥底があたたかくなる。同時に、もっと早くこうしていたらよかったとも。
「だから、恋花様」
「な、なに?」
同じだった気持ちを噛みしめていると、不意に一葉に名前を呼ばれる。返事をすると真剣な表情を浮かべる一葉と目が合って。かちりと動けなくなるあたし。そんなあたしの頬を持った一葉。あ、近い。
「っ」
「私は今、恋花様にこうしたいと……思ったんです」
小さく響いたリップ音。あたしから離れた一葉は乙女みたいな顔をして。本当に幸せそうに笑って、はにかんで。恋花様はどうですか、なんて。
(一葉の、くせに)
決まってんじゃん、ばか。
「恋花さ……っ?」
「っ」
「!」
刹那の時間。二回目のキスはあたしから。すぐに離れたのに、触れた所がじんじんと熱い。指でなぞると、とてつもなく気持ちが溢れてきた。
「あたしも、したかったよ」
ゆっくり、進んでこ。あたし達の関係は一緒なんだから。
ヘルヴォルで、リーダーとメンバーで、年上と年下だけど……特別な関係で。
「──好きだよ、一葉」
「私も……恋花様のことが、大好き、です」
真っ赤になったあたし達。三回目は引き寄せられるように、愛を交わしあったのだった。
(あたしがここまで調子狂うのは予想外だったな……)
自分でも驚くぐらいの変化にちょっと困ってたりする。最初は自分でなんとかしようと思ったけど、どうにもまとまりきらない毎日で。しまいにはヒュージとの戦闘にまでその思考が入ってくる始末。
「思ったより、重症だったわ……」
さすがに生命かけた戦闘でヘマするわけにもいかないし、何よりヘルヴォルの一員が色恋沙汰でやられましたなんてことになったら。一葉達に迷惑がかかるし、死んでも死にきれない。
「……一葉の、ばか」
迷惑がかかる筆頭で真っ先に浮かんだ顔。甘くも真っ直ぐな理想を掲げるリーダー。ちょっと鈍感さを併せ持つ隊長。そして、あたしの……飯島恋花の、特別な存在。
そんな最近のあたしの悩みごとは一葉のことだった。不仲ではないからこその、言い表しにくい乙女心のことだった。
◇◇◇
ラウンジにあたしの声が溶けていく。少し賑わいがあるせいで、特に目立つことがないのは幸いだった。
「うぅ……」
何度目になるか分らない声が出る。眠れていないわけじゃない。だけど、快眠できているかと言われたらそういうわけでもない。連日の出撃が嘘のように、穏やかなのは助かるんだけど。
だからと言って、あたしの心が穏やかかと言われたらそれは絶対にノー、だ。
「……部屋に行こっかな」
作戦もなければ、珍しく訓練も休みと一葉から伝えられて。藍はたい焼きを買いに行くとか言ってたし。あたしも最初こそはラーメンでも食べに行こうかとも思ったけど。
「……」
どうにもそんな気分じゃないみたい。よっぽどここ数日のお悩みがいつも通りになれない原因で。原因が明らかなのに、自分だけが空回りしてるようで。悩んでいる、みたいで。
「だからって、さ……」
誰かに相談できるかってなると、それもまた別問題。とてもじゃないけど、抱えるにはとても熱くて大きくて。だけども、誰彼と言いふらしたくもなくて。自由行動だから一人になれたのはよかったけど、あたしの中で誰かに聞いてほしい気持ちと言いたくない気持ちがせめぎ合っていた。
(だけど、なぁ……)
色んな気持ちがぐるぐるとしていて、今日一人になれたことは良かったのかも。ヒュージが出たら、そんなことも言ってらんないけどさ。
調子が狂う原因は、一葉。一葉が悪いわけじゃないんだけど。でもやっぱり。
「……うー……」
「……恋花? どうかした?」
一葉のことを考えていた最中に届いた声。いつも聞いているから顔を見なくてもわかるんだけど。振り向いて確認すると。
「瑤……」
やっぱりというか、前髪を垂らしたあたしの親友と。
「さっきからずっと唸っていましたし、具合でも悪いのかと思ったんですが……」
「千香瑠……」
心配そうにあたしを見つめてくる頼れる仲間と。
そこに居たのは瑤と千香瑠。心配そうにこっちに視線を送っていて。やっぱ早々に部屋に帰るべきだったな、と思ってしまった。
「いや、何でもないって」
「嘘。何でもないのならそんなに唸ってない」
「そうですよ、恋花さん」
「うぐ」
責めてるつもりがないのはよく分かってるからこそ、至極真っ当な言葉に返す言葉が見つからない。いや、誤魔化すのはできるとは思うけど。今のあたしは、きっと二人を前にして墓穴を掘ることしかできなさそう。でも。
(瑤と、千香瑠なら)
二人なら言いふらしはしないだろうし、限界といえば限界だったし。ちょっとだけ。
「……聞いて、もらおうかな」
「恋花?」
これもタイミングだったのかな。うん、聞いてもらおう。
「……あのさ、聞いて欲しいことがあるんだけど、……時間、ある?」
「大丈夫」
「問題ありませんよ」
「……ありがと」
座るね、と目の前の椅子に腰掛けてくれた二人を見て、いよいよだっていう気持ちが湧いてくる。嫌だってわけではない。ただ、気恥ずかしさはある。さすがに、あたしと一葉のことをありのまま話すのは無理。絶対に無理。だって、さ。今から話すことは、あたしたちだけのことだから。
「実はさ、友達のことで」
「うん」
友達とは言ったけど、本当はあたしと一葉のこと。付き合うまでに色々あったこともヘルヴォルは全員知っているのはわかってる。付き合うことを隠そうとしたけど、一葉の様子がおかしいことに気が付いた藍が。
「一葉、なんかへん! 恋花もへんだよ!」
「そ、そんなことないよ、藍……!」
「そ、そうだよ! 気のせいだって」
「藍、むずかしいことわかんないけど、二人とも変だもん!」
あたしたちから絶対に聞き出してやるっていう強い気持ちと。後方で藍の味方をする瑤と千香瑠のオーラに根負けしてしまったあたしたち。訓練だったはずの時間は、あたしと一葉の関係暴露大会もとい、おめでとう会になっていて。公にできない分、仲間が盛大に祝ってくれた。
(それだけでも幸せだったんだ)
からかうでもなく、ただありのままのあたしたちを受け入れてくれたから。だから、話そうって思った。ただ、恥ずかしさとか言葉に言い表せない気持ちがついごまかしてしまっただけ。
「友達からの相談事、なんだけど」
「うん」
「どうにも、最近……付き合い始めた人がいるみたいで、さ」
「まぁ、まるで恋花さんと一葉ちゃんみたいね」
付き合い始めた人がいるらしいって言うと、千香瑠はあたしと一葉みたいって言う。そりゃ、本人ですもん。それを置き換えただけだからね。
「そう、だね。んでさ? 付き合い始めていい感じだったらしいんだけど、最近悩んでることがあるみたいなんだ」
「その子は、どういうことで悩んでるの?」
あたしの言葉をすかさず瑤が拾ってくれる。綺麗な緑色がまっすぐあたしに向けられる。
「……関係が、さ。進まないんだって」
「関係が……」
「進まない、ですか?」
二人が首を傾げる。そうだよね、そういう反応になるよね。不満ってわけじゃないけれど、あたし自身が今もどかしさを感じていること。一葉とのお付き合いの中で悩んでいるところ。
「すごく大事にはしてくれてるんだって、その友達のこと。優しくエスコートもしてくれるみたいでさ」
「……うん、それで?」
瑤の問いかけに応えるべく、もう一度口を開ける。
「手も、ね……繋いでくれるんだって。それだけでもすごく向こうは幸せな顔をしてて、自分も同じ気持ちになるみたいで」
「それはとても素敵ですね」
「だよね」
千香瑠の言葉に頷きを返す。素敵だってのはあたしが一番、よくわかっているから。だからこそ、思ってしまう。
「……幸せを感じるからこそ、相手の性格を考えたら、関係が進まないっていうのは自分のわがままなんじゃないかって思うようになったみたいで、さ」
自分で言ってても、その通りなんじゃないかって思う。笑ってくれる姿が見たいんだ。その笑顔があたしは大好きだから。困らせたくないんだ。一葉はどこまでも真面目だから。
「……そっか」
「……」
「だから、どうしたらいいんだろう……って、ちょっと」
あたしはとても真剣に話しているのに。
「なんで二人とも笑ってるのさ」
「ううん、笑ってるつもりはないよ」
「ええ、そうです」
悪気があってじゃないのはわかった。そもそもそういう笑い方じゃないし、二人がそんなことを思わないってのは知ってるつもりだから。
「じゃあ、なんで……?」
「本当にその友達の相手さんは大事にしてくれてるんだなって……そう思っただけ、ね?」
「そうですね、うらやましい限りです」
(二人は、そう感じるんだ)
優しく聞いてくれて、心からそう思ってる風に言う姿に、嬉しさがこみ上げてくるけれど。だからこそ、思ってしまった。
「……ごめん、二人とも」
「ごめんって、どうしたの恋花」
「私達、何も謝られることなんて……」
「ある、よ。謝ること」
目を丸くする二人。真剣に聞いてくれているのに誤魔化すのはだめだ。ちゃんと、言わなきゃ。意を決して二人の顔を見る。
「さっきの、全部……あたしのこと、なんだよね。あたしと……一葉の、こと」
顔が熱くなる。言い切って、俯いたせいで二人を見れない。あたし、すごく今恥ずかしい。ついに言ってしまったという気持ちと、隠しててかっこ悪いって気持ちで。
「ふふっ」
「……瑤?」
だけど、直後に聞こえたくすくすと笑う声にぱっと顔を上げると、控えめに口元を緩ませる瑤と千香瑠。頭がはてなマークでいっぱいになる。
「え、千香瑠も……? あたし、面白いこと言ってないんだけど」
すると瑤と千香瑠は顔を見合わせて笑みを深くした。あたしの顔を見る雰囲気はさっきよりもあたたかくなっていて。
「それはですね、恋花さん」
「知ってたから」
「え」
千香瑠の後に続いた瑤の知っていた、という言葉に思わず声が出る。何を知ってたっていうのさ。さっきあたし、名前も何もしゃべってない。
「話してる友達が恋花だったってこと」
「それから、そのお友達さんの相手が一葉ちゃんだったってこともですね」
「いつから……!?」
椅子が大きな音を立てるのに気を配ってられない。待って、待ってよ。じゃあ、あたしはずっとバレてたのに話してたってことじゃん。穴があったら入りたい。いっそそのまま埋めてほしい。
「恋花、声大きいよ」
「ひとまず、座ってください」
打ち明けた時より体が熱い。火が出そう。それくらい恥ずかしい。やばい、あたし自爆もいいとこすぎる。千香瑠が倒れた椅子を起こしてくれて、座ったけど色んな意味で二人を直視できない。
「……いつから、知ってたの」
口から出たのは拗ねた子どもみたいな声。バツの悪い子どもみたいな。そんなあたしを見て二人は優しく笑う。
「それは秘密です」
「うん、そうだね」
瑤も千香瑠も笑うだけで教えてくれない。なんか今日はいじわるじゃないの。あたし、真剣に話してるのにさ。すると馬鹿にはしてないよ、と瑤が言ってきて。そして今日一番の優しい顔で、藍を抱っこするときのような雰囲気で。
「大丈夫だよ、恋花」
「一葉ちゃんはきっと……いえ。間違いなく、恋花さんのことを想っていますから」
力強く言葉をくれた。千香瑠も確信をもって、あたしの背中を押してくれて。
「恋花と進みたいって、そう思ってるはずだから」
「焦らずに、待ってあげて」
「……あり、がと」
そこまで言ってくれた友達に、あたしはありがとうしか言えなかった。でも二人とも笑って、あたしに頑張れって言ってくれた。それが一番、今のあたしには嬉しかったんだ。
◇◇◇
「……はぁ」
二人に打ち明けて、少し気持ちが落ち着いて。二人に見送られるようにラウンジを後にして。
「一葉……」
部屋に帰って改めて一葉のことを考えていた。最初こそ、甘すぎる理想が嫌いだったのに。昔のあたしを見せつけられているようで。罪を、苛むのかとも思ったこともあった。
でも。
「恋花様!」
あの子は信じる道を諦めなかった。信念を貫く強さがあった。眩しかった。そして、信じたいって思わせてくれた。多分その時から……惹かれ始めていたのかもしれない。だけど、こんなあたしとじゃ釣り合わないとも思った。一葉の理想を勝手に重ねて、キツイ言葉をかけたあたしとは。
だからこそ、付き合うことになったのも夢みたいなわけで。
(一葉の性格を考えたら)
メンバーとしてはリーダーでも、恋人としては同じ目線。急速に恋人らしいことができるわけでもない。ただ。
「大事に、してくれてるから」
レギオンメンバーとしても、それからプライベートでも。先に道を歩くところとか、あたしを車道側に立たせないこととか。何かにかけてはあたしの気持ちを汲んでくれるところとか。
時々、乙女心試験では赤点出しちゃうけど。
だから、不安だった。あたしだけが先に進みたいだけなんじゃないかって。恋は、一人じゃできないのに。
「……瑤達にまた、お礼しなきゃ」
誰に聞かせるでもない声。本当に今日は二人に話せてよかった。そう思っていると。リズムよく扉を叩く音が聞こえた。
「はーい?」
誰だろ、こんな時間に。律儀に三回も叩くなんて。瑤かな、千香瑠かな。それとも、藍? あたしが来訪者に向けて返事をすると。
「……恋花様、私です」
「!」
聞こえてきた声に体がびくっとなる。あたしが聞き間違えるわけがない、一葉だ。ドアの向こうに一葉がいる。
(ちょ、ちょっと待ってよ……っ!)
なんで、どうして。
「部屋に入っても、よろしいでしょうか……」
「ま、待って!」
汚くはしてないけど、心を落ち着かせたい。準備なんてこれっぽっちもしてないんだよ、こっちは。会いたくないわけじゃない、好きなんだよ。さっきまで、一葉のことを考えてたから余計に。会いたいに、決まってる。それ以上にあたしの心が慌ただしくなっちゃっているだけだから。
「お、お待たせ……」
「い、いえ」
顔を合わせない日なんてないのにも関わらず、こうして恋人として会うと少なからず緊張してしまう。多分それは一葉も。だって部屋に入る手と足が一緒なんだもん。でもそれを指摘できるほど、あたしも余裕なんてなかった。
「……」
「……」
部屋に招いて、クッションを渡して対面で座る。招いたあたしも何を話せばいいのかわからなくて。一葉もなんだか言葉を選んでいるみたいで。
「あ、あの……っ」
「一葉……」
漫画みたいに重なるタイミング。一葉の顔はいつもより赤くて。あたしは赤いかどうかは分からないけれど、いつもより熱く感じていた。
「……先、いいよ」
「いえ、恋花様から」
「う……」
譲ったあたしに、譲り返してきた一葉。数秒、間が空いて。一葉が折れないとわかって。あたしは喉がカラカラになるのを感じながら口を開いた。
「どうしたの、一葉。あたしに何か用だった……?」
「……は、はい」
「っ!」
一瞬迷うも、すぐに肯定されるあたしの問いかけ。ドキッとしてしまうのは気のせいじゃない。さっきまで考えていたから余計に。
「れ、恋花様は、私の恋人……です」
「う、うん」
「ですが、私は思っていたんです……最近の私は、恋花様に恋人らしいことをできていたのか、と」
「……!」
一葉の想いに心臓が大きく跳ね上がる。自分の中で煩すぎる音を一葉に聞かれやしないかと思った。
「手を繋ぐばかりで、一般的な恋人が行うようなことを……できていませんでしたよね」
「そ、それは」
まさに今日まで悩んでいたこと。一葉も、同じように悩んでたの。そう、見えなかっただけなのかな。そう思うあたしをまっすぐ見つめながら一葉が言葉を続ける。
「すぐに、望んだことをできないのは……おそらく私が至らないからです。これでは恋花様に女子力が低い、と言われても仕方ありません」
「そ、そんなこと……っ」
慌てて一葉に違う、と言いかけるも他ならぬ一葉本人によって止められる。さっきよりもあたしを見つめてくる目が熱くなっていた。
「な、なんで」
「……私も、悩んでいたからと言ったら笑いますか?」
悩んでいた。そう言われて、最近の一葉の様子を思い出す。一葉が幸せだったからあたしも笑っていた。幸せだった。でも、一葉も悩んでたんだ。そう思うほどに、心の奥底があたたかくなる。同時に、もっと早くこうしていたらよかったとも。
「だから、恋花様」
「な、なに?」
同じだった気持ちを噛みしめていると、不意に一葉に名前を呼ばれる。返事をすると真剣な表情を浮かべる一葉と目が合って。かちりと動けなくなるあたし。そんなあたしの頬を持った一葉。あ、近い。
「っ」
「私は今、恋花様にこうしたいと……思ったんです」
小さく響いたリップ音。あたしから離れた一葉は乙女みたいな顔をして。本当に幸せそうに笑って、はにかんで。恋花様はどうですか、なんて。
(一葉の、くせに)
決まってんじゃん、ばか。
「恋花さ……っ?」
「っ」
「!」
刹那の時間。二回目のキスはあたしから。すぐに離れたのに、触れた所がじんじんと熱い。指でなぞると、とてつもなく気持ちが溢れてきた。
「あたしも、したかったよ」
ゆっくり、進んでこ。あたし達の関係は一緒なんだから。
ヘルヴォルで、リーダーとメンバーで、年上と年下だけど……特別な関係で。
「──好きだよ、一葉」
「私も……恋花様のことが、大好き、です」
真っ赤になったあたし達。三回目は引き寄せられるように、愛を交わしあったのだった。