幸せ、おすそ分け
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「うわぁぁぁ…凄い!」
噂話や恋バナに忙しい同級生のくのたまたちが一瞬に私を見た。
「なに、美凪 、どうしたの?」
「みてみてー!茶柱たってる!」
みなが私の湯呑みを覗き込み本当だーといって、またせわしないお喋りに戻る。
茶柱なんてすごいなぁ!
私、不運委員会なんて言われる保健委員所属なのに。
あ!そうだ、これ、伊作先輩に見せてあげよう。
茶柱を見たら一週間くらい不運も飛んでいくかもしれない!
そうと決まれば急がねば。
茶柱ちゃんが機嫌を損ねて沈んでしまう前に!
みんなが賑やかに喋る輪を一人抜けて食堂を出る。
同級生の一人がどこいくのー?と聞いたから保健室ー!と答えておいた。
さぁ、保健室までの道のりは長いぞ!
まず、食堂を出たら渡り廊下。
何でもないこの渡り廊下は忍術学園では割と曲者のオジサン達がふらっと現れたりするポイント。
気は抜けない…
「よぉ、美凪 !元気してるか!?」
わぉ!ほらね!!なに!?
でっかい声で挨拶されてびっくり!
声の方向を見ると、食堂のお勝手口にリヤカーで鮮魚を運ぶ第三協栄丸のおじさんだった。
兵庫水軍の在居する港は私の故郷であり、実家は水軍と密に繋がっている商売をしているため、第三協栄丸さんは親戚も同然 幼い頃から知ってるおじさんだ。
「ほれ!お前に土産だぞ、母ちゃんからだ!あんころ餅!」
そう言ってポン!と笹の包を渡される。
「わわっ!」
いつもなら母ちゃんからのあんころ餅を跳ねて喜ぶ私だが、今日は手の中の湯呑みの茶柱に全神経を集中させていたため、キャッチ出来たことが奇跡だった。もう!おじさん、ガサツなんだから!
「おじさん、ありがとう!今日は急いでるから、じゃーね!」
そうお礼を告げて慎重に歩を進める。
「あ?急いでる早さじゃねぇよなぁ……?おーい、 美凪 ~?」
私の背中におじさんが呼びかけるが気にしていられない。返事をしたら、長くなる!
保健室に急ぎたいの!私は!
次の難関は教室塔。
何故なら元気のいい忍たま達が飛び出してくるから!
「こっちだー!」
あ……あの声は………決断力のある方向音痴の……!
ど、どうしよう、三年生のクラスの廊下に差し掛かる前で待つか、先に急いで通り抜けるか……どうしよう、どうしよう!?
来た道と進路とをキョロキョロ迷っている間にドタドタドター!と、足音が聞こえてくる。
先程の声の主が神崎くんなら、どっちに逃げても私の読みは覆されそうだ。
うん。今いるここでじっとやり過ごそう!
「左門まてよー!!」
そう声がして案の定、三年生達が教室から飛び出してきた。
もちろん筆頭に飛び出してきたのは神崎くんで、こちらも予想通り、私の方へ向かってくる。
風のように私の横を通り過ぎた神崎くんがわざわざキュキューッと止まり戻ってくる。
「あれ!? 美凪先輩!何してるんですか?三年の教室前で!」
あ、えーと……と説明を考えていたら
「わぁぁぁ!左門ー!急にとまるなぁー!!」
ドドドドーン!と後ろから来た富松くんや次屋くんが神崎くんにぶつかった。
「いってー!!」
「あらら……大丈夫?怪我はない!?」
私は慌てて駆け寄ろうとするが、いっぽ踏み出したところで手の中にある湯のみの存在を思い出しハッと止まる。
「………いてて。美凪先輩、何持ってんですかぁ?」
「あぁ、これ?ちょっとね!」
「湯のみ?なぜ?」
「お裾分けなの。保健室に届ける最中で。あの、怪我してない?治療が必要な子は私と一緒に保健室についてきてね。」
私はくるりと踵を返しまた目的地へ歩き出した。
「なんでお茶をお裾分け?」
「新野先生にかな?」
「じゃ、煎じ薬とか?」
「どっちにしてもお湯に入れる前の状態で持っていくよな」
「だよ」
「謎、だな」
三年生の後輩くん達が背中でヒソヒソ話していたなんて知らなかった。
しばらく歩いてから誰も付いてこない事に気がついたくらいだ。
気配?ん?
あれ、私、くのたまだよね?
元気のいい下級生の教室をいくつかくぐり抜け、最大の難関、校庭に差し掛かる。
校庭からは元気に遊ぶ生徒達の声が響いている。
私は、用具倉庫の陰から校庭の様子を見ていた。
……どうすべきか。どうする?
隅と言えど校庭を歩けばサッカーボールから何から飛んできてお茶は無事ではないだろう。下手したら手裏剣で、パーだ。
向こう側の木の下で四年の滝夜叉丸と三木ヱ門が何やらいがみ合っているように見える。千輪も飛んでくるかも知れない。
うーん、困ったなぁ。
「おい、何してるんだ」
いきなり声をかけられ、ビクッとしてしまった。声の主へ顔を向ける。
「山田先生ェ……」
「おぃ~、お前くノ一何年やってんの?ビクついてどーすんのよ……感じなさいよ、気配を。」
「はぁ……」
プロ中のプロの先生方の気配感じろとか無理ですから!
「あ?なんで湯のみなんか持ってんの?」
「事情がありまして……今、保健室に運んでいるとこなんですが、この湯呑みを死守しながら校庭を横切れるかどうか思案しておりました!先生、良い案ありませんか!?」
「………何?くノ一教室のテスト?」
「いえ、全く!非常に個人的な事情です!」
「うーん、そうさなぁ。この倉庫群の裏を抜けて…と言う方法も無くはないが…倉庫裏の塀の上を歩くのはどうだ?」
「なるほど!………あ、でもお茶を零さず塀に登るには私の技術では」
「まあな。んなもん、ワシにだってできん」
「そうですか…」
うーん……と、二人で再び考える。
ふわっ……
と何かが後ろで動いた気がしてはたと振り返る。
「ゲゲゲ!り、利吉!」
「え?利吉さん!?」
振り返ると、鬼の形相で立っている山田先生の息子さんがいた。
「ち~ち~う~え~………!」
学園にフラリと現れる事で有名な彼だが、まさか今日来ていたとは。
さらに、彼が鬼の顔をしてると言う事は今、この親子間で何やら揉め事が起きているのだろう。
その二人の間にいる私。
まずい…
ちょっと肩に力を入れ身構える。
「前回渡した母上の文を読んでいませんね!?」
「ふ、文!?……あ!!あぁ!あれな!えっと…どこいったかなぁ……?」
私には何の話かさっぱり分からないが、不穏な空気な事だけは、分かる。
ここをさっさと退いた方が良さそうだ。山田先生、頑張ってください!
グランドの様子を見ながら倉庫の裏をさささ…と抜け、いよいよ私は保健室のある離れに辿り着いた。
ゴールの保健室、に繋がる廊下を歩きながら最早涙が出てきそうな達成感。
ここまでの道のりが長かったぁー!
いくつか部屋を通り過ぎて、いよいよ保健室!
私は「こんにちは!」と声を掛け戸を開いた。
「あれ?美凪先輩?」
声を掛けてくれた乱太郎くんを始め、保健室には可愛い1年生、川西くん、そして三反田くん。
「湯のみ持ってどうしたんすか?」
「僕らこれからおやつにするんですが、先輩もご一緒にいかがですか~?」
「あ、うん!ありがとう!」
そう返事をして保健室をキョロキョロしながら、座る。
あれ~?
「…美凪先輩、伊作先輩探してます?」
「うん。今日先輩は、いないの?」
「いますよ~!」
「学園長先生に呼ばれてますが。」
「……そっかぁ。」
学園長先生に呼ばれてるんじゃ、長いかも。茶柱、沈んじゃうかなぁ。
私は大事に大事に手の中の湯呑みをのぞき込む。
「しかし…。何故先輩はお茶持参なんですか?」
川西くんのほっぺたには不可解というシールが張り付いている。
「あ、聞いてくれる?これはね!」
ガタッ
「や~、参った参った!呼ばれて行ったら対局させられちゃったよ!遅くなって悪かったね。」
「「「「「伊作先輩っ!!」」」」」
突然保健室の戸を開いたのは伊作先輩だった。
「でも、ジャーン!学園長先生から、お菓子ゲットしてきたよ~!……ってあれ?みなぎ?今日は実習があるから委員会こないんじゃ…」
先輩の口から零れた疑問に、一斉にみんながそれぞれの状況を話し出し「先輩あのね」状態に彼を引き込む。
私も一緒になってワーワー喋ってしまったもんだから、まるで母鳥を待っていたヒナのよう。
「………んん~?落ち着こうか?せめて1人ずつ」
「では、美凪先輩が!」
乱太郎くんが上手に促してくれた。
どうぞ、のパスとともに持っていた湯呑みをサッと先輩の前に差し出す。
「…だから!伊作先輩におすそ分けです!おすそ分け!幸せの!みて?茶柱です!!きっと不運よけ1週間は効果あるんじゃないかと思って…!」
話すチャンスを頂けたので、私は一気に説明した。
今日は実習でヘトヘトになりながら帰ってきたこと。
クラスメイトとお茶をしていたこと。
そしたら、茶柱が立ったこと!
伊作先輩に見せたくて学園の難関という難関をかいくぐってなんとか保健室にたどり着いたこと。
「わ~お!美凪先輩カッコイイー!!大スペクタクルぅ~!」
伏木蔵くんが体をクネクネさせて楽しそうに声を上げる。
「そっか。わざわざありがとう、美凪。色んなものを君たちに貰ってる気がするけど、幸せのおすそ分けは初めてだな。こんな思いやりを貰えるなんて、私は本当に幸せな先輩だね。」
伊作先輩がにっこり微笑むと私たちを取り囲む空気が柔らかな綿菓子のように優しく甘くなった。
そして私の胸もキュッと鳴った。
伊作先輩の笑顔が見れたら私も幸せ…
「って!!あ!伊作先輩!ダメかも!!」
「え?」
「伊作先輩の笑顔に、いま私、幸せ感じちゃった!って事は…この茶柱の幸せ私が恩恵受けたことになって、伊作先輩は幸せになれないんじゃ…」
「「「「ェエエ工ー!?」」」」
私の発言に下級生達が動揺する。
私も思わず悔し涙が目に溜まる。
「あー!もー!1週間の不運よけがぁ!!」
「そんなことないよ?だ、大丈夫だから、美凪?」
「わざわざ湯のみを持ってきた意味ないですよね?ごめんなさい。」
「こうして美凪が来てくれただけで私は幸せだよ?だから恩恵を受けてるのは私だよ。」
「先輩、本当に?大丈夫?」
「うん、大丈夫。ありがとう。」
……
「つまり、小さい幸せは沢山あるよってことですかね、左近先輩?」
「いやいや、そういう問題じゃないだろ、乱太郎。」
「……あの二人、実はイチャイチャしてるの、気付いてないのか??」
「三反田先輩の目が怖い~!これはサスペンスの予感んん!」
私の茶柱の甲斐なく、この後、学園長先生から頂いたお菓子でお茶をし、皆が軽く腹を壊すという安定の不運が舞い降りる保健委員会なのでした。
「恩恵は~!?」
完
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