この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
2、過去の軛
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マンダロア総督が目覚めたのは3日後の昼だった。既にホロネットや電子週刊紙では、総督暗殺未遂についてのニュースで賑わいを極めていた。
それから1日が経った朝、アンヌは回復に向けた看病に明け暮れていた。彼女は寝室に入るや否や、朝食を載せたトレーを慌てて置いてガーに駆け寄った。それから、上半身を起こして政務を再開させようとする婚約者をベッドに再び戻した。
「ガー!もっとゆっくりしないと……3日間も眠っていたのよ」
「だが……」
「言い訳しない!助かったのは奇跡なんだから。私がどれだけ心配したと……」
そう言うアンヌの瞳が、大粒の涙で潤む。ガーは慌ててベッドの上で横になると、叱られた子犬のような視線を投げ掛けた。
「……すまん」
「ガー、お願いだから死なないで。死んでしまったら、マンダロアの改革も何も出来ないよ」
「ああ、そうだな……」
アンヌに優しく口づけすると、ガーは大人しく朝食を口に運ぼうとした。まだ傷口は少々痛むが、食事が満足に摂れないほどではない。
「……やっぱり、まだ痛む?でも、タンクに入るのは難しいよ」
「タンクに入るのも体力が要るとは、年の瀬を感じるな」
ガーはスープの水面に映った自分の顔を見て溜め息を漏らした。どれほど若作りをしても、隠しきれない加齢の影が顔を出してしまう。
アンヌはガーの悲しそうな表情を見て、無言でその背を抱き締めた。
「アンヌ……」
「ガー、私ね……あなたじゃないと嫌なの。あなたが好きなの」
「……ありがとう」
「だからお願い、ずっと一緒に居てね」
ガーはアンヌの頭を優しく撫でると、穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。二人はそれだけで幸せだった。
例えそれが叶わぬ約束だとしても。
傷が癒えた総督を待っていたのは、コルサントへの召集だった。皇帝直々の呼び出しを拒否するわけにもいかず、ガーはまだ少し違和感のある傷を抱えながら謁見室の前に立っている。
一体何が起きたというんだ。俺は何か悪いことでもしたか?考えろ、ガー。ろくでもない呼び出しなのは何となく分かってる。
緊張するガーの耳に、入室許可を知らせるブザーが鳴る。扉が開く刹那に、彼はごくりと固唾を飲んだ。
目の前に現れたのは、シンプルかつ重厚な玉座に座っている銀河帝国皇帝パルパティーンだった。隣には側近のダース・ベイダーが控えている。ガーは一礼して入室すると、堂々とした声で挨拶をした。
「お加減麗しゅうございますか、皇帝陛下」
「ああ、お前の働きのおかげで余の統治は安泰だ」
「もったいなきお言葉」
うわべだけの言葉を交わし終えると、パルパティーンはいよいよ本題を切り出すために体勢を変えた。
「ヴァスロイ、そなた近々妻を娶るとか?」
アンヌの話……だと?
想定外の方向性に驚きを隠せないガーだったが、平静を装って毅然たる返事をした。
「ええ、そうです」
「たしか……セレノーの……」
「アンヌ女伯です」
「────戯れ言を言うな!!」
間髪いれずに激昂を飛ばすパルパティーンに、ガーは思わず身をすくめた。同時にベイダーのライトセイバーが紅く光る。首に光刃を突きつけられたマンダロア総督は、身に覚えのない断罪をされようとしていることを瞬時に悟って牙を剥いた。
「私は何もしていませんぞ!」
「真か?小娘……いや、あれは魔女と呼ぶべきか。やつと何か企んでいるのではないのか?」
「何故そのように大それたことを私が考えるとお思いですか?ましてやアンヌはただの────」
言葉を続けようとしたガーは、皇帝の眼差しに侮蔑が混じったことを悟って口をつぐんだ。パルパティーンの冷酷な声が響く。
「ただの?あれをただの実業家だと本気で思っているのか?ベイダー、やつの正体を教えてやれ」
「かしこまりました」
左手でフォースを操りながらホロプロジェクターを作動させると、ベイダーはとある人物の映像を見せた。その人物の顔を見て、ガーの瞳が見開かれる。
溶岩のように情熱的な赤髪に、深淵のように冷酷な緑の瞳。陶器のように滑やかな肌に薄氷のような唇。全てが調度品のように完璧にと整っているその人の顔を、ガーは知っていた。いや、忘れようがなかった。この20年間心を焦がし、同時に憎み続けたその人の名は────
「アンヌ・トワイラス、別名ブレイン・オブ・ザ・リパブリック。それが貴様の婚約者の正体だ」
目前が真っ暗になる。ベイダーの話はまだ続いているようだが、ガーの耳にはもう届かない。
それは遡ることおよそ20年前。ガーがまだマンダロアでダース・モールに仕えていた時のことだ。マンダロリアン・スーパーコマンドーのコマンダーだった彼は、マンダロア一番の戦士として名を馳せていた。
そんな中出会ったのは、下働きで入ってきた新米戦士のリリィ・デンという少女だった。最初の出会いは、事故と呼ぶのが相応しいような出来事だった。
大量のシーツを持って右往左往するリリィがぶつかったのがガーで、頭から後ろへ倒れそうになったのを助けたのもガーだった。
『あ、ありがとうございます』
『もう少しで大惨事だったぞ。気を付けろ』
『すみませ……』
そう言って顔を上げたリリィは息を呑む程美しく、今から思えば不気味なほどに浮世離れしていた。そんな不思議な魅力が、あらゆる女性と関係を持っていたガーの心を唯一捉えたのだ。
それから彼がリリィに夢中になるのはそう遅くなかった。二度目のカフェテリアでの再会は、ガーの心に運命の二文字を刻み付けるのに十分すぎるものだった。そして三度目の再会では、友のために先輩戦士に決闘を挑む勇ましい姿を目の当たりにさせられた。しかしながら、運命はそう簡単に彼女を手に入れさせてはくれなかった。
上官となったあと、彼はリリィに熱烈なアプローチを試みた。だがリリィは、今までそうしてあらゆる女性を落としてきたガーのプライドを見事に砕いた。
そして正面から思いを伝えたその日、彼女は自ら消息を絶った。更にその数日後マンダロアは共和国との戦いで敗戦し、彼は捕虜となった。
そのとき初めて知らされた。リリィ・デンは全くの偽名で、本名はアンヌ・トワイラスという共和国軍師のジェダイナイトだということを。
だが、不思議と彼の心の中には憤りも恨みも生まれなかった。むしろ、ようやく腑に落ちたという思いが広がっていた。そして、彼は初めてリリィの正体を知らされたときと同じ言葉を呟いた。
「あぁ……だから、あんなに美しかったのか」
「何を言っているのだ貴様は。どう始末をつける気だ」
ガーは顔を上げると、ベイダーを睨み付けた。その視線があまりにも鋭かったので、暗黒卿は思わず怯んだ。
「貴様に指図を受ける筋合いは無い、ベイダー。言葉を弁えろ」
「なっ……」
文句ありげなベイダーを置いて、総督は皇帝へ向き直った。
「陛下。確かにアンヌとブレインは同一人物だと……私もそう思います」
いや、むしろ心のどこかでそうであったらどれ程幸せかと、密かに切に願い続けてきた。
「ですが。ですが!彼女は私の未来の妻として、私とマンダロアへ永久の忠誠を誓っています。それはすなわち、銀河帝国に忠誠を誓ったも同然。彼女とは、共にマンダロアと銀河帝国の安寧を守り続けていくと誓い合いました」
「信じられるものか。あの女はブレインだぞ。稀代の天才策士なのだから、油断させて反乱者どもと……」
「反乱者どもと関わりがある可能性は否めません。ですが今は一切の証拠を掴めておりません。疑わしきは罰せずですぞ」
ガーの正論に、パルパティーンは舌を巻いた。
単なる脳筋ではなく、こやつにはこのような側面があるからこそ皇帝の手にしたのだが……まさかそれが仇になるとは。
パルパティーンは一息置くと、ホログラムに映し出されたアンヌの顔を指差しながら糾弾した。
「では!貴様は己の婚約者が反乱者どもと関わりを持っていることを掴んだとき、どうするつもりだ。返答如何によっては貴様を即刻この場で処刑する」
「その時は────」
そこまで言って、ガーの唇の動きが止まる。その場にいた誰もが、最適解はたった一つしかないことを知っていた。
許せ、アンヌ。ここで何にもならない義理を貫いてお前の元に帰ることができなくなるくらいなら、俺は模範解答を突きつける。それがお前への、俺なりの愛だ。そしてそれが────
「その時は!私はこの手で愛する人を処刑し、帝国と陛下へ永久の忠誠を誓います!例えそれが愛する人の血で以てして示すものであったとしても!」
それが、俺の愛だ。
その後どうやって帰宅したか、ガーの記憶は曖昧だった。少なくとも首と胴体がまだ繋がっているという事実だけでも有り難い。そして何より……
「ガー!!お帰りなさい、大丈夫だった?とても疲れてそうにみえるけど……」
「いや、何もなかったよ」
目の前には、身を焦がすほど恋い焦がれても手の届かなかった人がいる。あのときには存在した障壁────ジェダイオーダーも存在しない。
ガーは疲労も忘れてアンヌに抱きついた。
「────!!?」
「────会いたかった、アンヌ」
永遠に失われてしまった道だと思い続けてきた彼にとって、アンヌが生きていることは何も代えがたい吉報だった。
「愛してる、ずっと、愛していた。アンヌ、愛してる」
「ガー……?」
戸惑うアンヌを強く抱き締めながら、総督は強い決意を胸に誓っていた。
アンヌ、お前の秘密は墓まで持っていこう。いかなるときも、俺がお前を守る。お前が、過去とそうして決別している限り……
その決意は、願いにも似た脆さと儚さを持っていた。それでも、今の彼にとっては最大の救いだった。
例えそれが泡沫のように消えてしまう運命だとしても。
運命の歯車が噛み合っていく中、サビーヌ・レンは一人稽古に励んでいた。その手には、いつものショートブラスターは無い。代わりに握られているのは、黒く光る光刃────ダークセイバーだった。
ケイナンはため息をつきながら、彼女の脇に木の棒で渇を入れた。
「サビーヌ、脇が甘いぞ!この程度なら止めてもいいんだぞ」
「嫌!マンダロアは、私が変える……!私が不甲斐なかったからアンヌはあんな目に遭ってる。私がしっかりしなきゃ。この刃に相応しい後継者をこの手で見つける!」
その言葉を聞きながら、アソーカが苦々しい表情を浮かべる。
「……それはどうかな」
「アソーカ?」
アソーカが呟いた小さな声を、エズラは聞き逃さなかった。彼女は慌てて取り繕ったような笑顔を浮かべると、首を横に振った。
「ううん、なんでもない。サビーヌは思ってるほど不甲斐なくないんだけどなぁと思って」
「そっか……」
そして若きジェダイは、アソーカの横顔を眺めながら同じく呟いた。
「……分かってるよ、全部」
「────え?」
彼女が隣を見たとき、既にエズラは姿を消していた。後には運命が生んだ歪みだけが残されていた。
穏やかな日差しに包まれたある日のサンダーリで、アンヌはうつらうつらとしながら愛する人の仕事を横目で眺めていた。だが、そんな心地よい空気は甲高い緊急通信の音で掻き消された。
「なんだ……クローネストからか?」
眉間にシワを寄せながら通信ボタンを押したガーは、快適な正午に絶対みたくない人物が映っていることにため息を漏らした。
「なんだ、ウルサか」
ウルサ・レン────サビーヌの母でありクライズの元親友にあたる人物は、厳格かつけだるそうな瞳で総督を睨み付けた。それから息を吸い込んで報告を始めた。
「──── ダークセイバーが、見つかりました」
「何?」
ダークセイバー。その一言にアンヌも弾き飛ぶように立ち上がった。それは古来からマンダロアの継承者が受け継ぐ宝具のようなものであり、絶対的な支配者としての権威を保証するものでもあった。
あれがあれば、ガーの悲願が成就する……!
ダークセイバーの出現に鼓動を高鳴らせるアンヌを置いて、ウルサは続けた。
「それが……娘が持ってきたのです」
「ほう、サビーヌ・レンか?」
「はい、そうです。仲間の反乱者たちも同行しています」
アンヌは耳を疑った。だが、それ以上に嫌な汗と動悸が止まらない。
「そうか。俺が奴らを逮捕し、皇帝陛下へ持参する。娘は……ダークセイバーと引き換えに見逃してやろう」
「かしこまりました」
通信を呆気なく終了させると、ガーはアーマーに着替え始めた。アンヌは慌ててその手を止めさせると、彼の真意を探ろうとした。
「ね、ねぇ……本当に行くの?」
「ああ、もちろん。これはお前のためでもある。ついでに反逆者として、レン士族もろとも一網打尽にしてやるつもりだ。奴らは何だかんだとデスウォッチ時代から俺を恨んでいる」
アンヌの耳には、もう何も届かない。ただひとつ理解できたことは、サビーヌの身が危ないということだけだ。
かつて、反乱者の一員として活動し始めた頃のことだった。軍師として培ってきた才を発揮したものの、アンヌは仲間の命を幾度となく危険に晒してきた。それが例え全員の潜在能力を理解して作られた作戦だとしても、ヘラにとっては耐えがたいものだった。度々衝突する二人はいつのまにか、アンヌかヘラかどちらかを選ぶような空気を作り出してしまった。
『アンヌの作戦はいつも危険よ。勝機より私たちは仲間を大切にする』
『だったら、私一人で行く。甘ったれたこと言っても、帝国は待ってくれないから』
そう言い放って、アンヌはたった一人で市民を解放するために帝国の大軍へと飛び込んでいった。誰もが呆然と、その様子を眺めるだけで助けにいこうとはしなかった。いや、正確には助けにいけなかったのだ。一瞬刹那に自分の死を思うと足がすくんで、アンヌなら大丈夫だろうという思いにすがろうとしたのだ。
だが、その空気を変えたのはサビーヌだった。彼女も元軍師と激しく口論をする仲で、常に喧騒の中心に居た人物だ。
『何してるの!?仲間でしょ!私たちは勝機より仲間を大切にするんでしょ!?それをアンヌに言ったんだから、私たちも守らなきゃ!』
そう言うや否や、サビーヌは2丁ブラスターを握りしめて敵陣へ飛び込んでいった。アンヌの隣についた彼女が掩護射撃を始めると、他の仲間たちも意を決して続いた。
フォームIIで華麗に敵を倒していくアンヌに対して、サビーヌは叫んだ。
『邪魔!私の分も倒さないで』
『だったら、私より速く撃てばいい』
『なっ────』
そう言いながら、アンヌはサビーヌの頭上にライトセイバーを投げた。背後を取られた彼女を救ったのだ。
『……ありがとう、サビーヌ。独りで戦うのは、もう疲れたから』
「サビーヌ……」
大戦とジェダイ聖堂で、アンヌはあまりに多くのものを失った。アナキン・スカイウォーカーという、兄妹のような親友さえも。
そしてサビーヌは、どこかアナキンに似ていた。
だからこそ、二度と失いたくなかった。
アンヌは立ち上がると、自室に置いてあった鍵付きのチェストを開けた。その中には封印した過去の遺物────ライトセイバーがあった。
彼女は冷たく哀しげに光る柄を握りしめると、サンダーリを後にした。
その決断がどのような結末をもたらすのかを、心のなかで分かっていると繰り返しながら。
それから1日が経った朝、アンヌは回復に向けた看病に明け暮れていた。彼女は寝室に入るや否や、朝食を載せたトレーを慌てて置いてガーに駆け寄った。それから、上半身を起こして政務を再開させようとする婚約者をベッドに再び戻した。
「ガー!もっとゆっくりしないと……3日間も眠っていたのよ」
「だが……」
「言い訳しない!助かったのは奇跡なんだから。私がどれだけ心配したと……」
そう言うアンヌの瞳が、大粒の涙で潤む。ガーは慌ててベッドの上で横になると、叱られた子犬のような視線を投げ掛けた。
「……すまん」
「ガー、お願いだから死なないで。死んでしまったら、マンダロアの改革も何も出来ないよ」
「ああ、そうだな……」
アンヌに優しく口づけすると、ガーは大人しく朝食を口に運ぼうとした。まだ傷口は少々痛むが、食事が満足に摂れないほどではない。
「……やっぱり、まだ痛む?でも、タンクに入るのは難しいよ」
「タンクに入るのも体力が要るとは、年の瀬を感じるな」
ガーはスープの水面に映った自分の顔を見て溜め息を漏らした。どれほど若作りをしても、隠しきれない加齢の影が顔を出してしまう。
アンヌはガーの悲しそうな表情を見て、無言でその背を抱き締めた。
「アンヌ……」
「ガー、私ね……あなたじゃないと嫌なの。あなたが好きなの」
「……ありがとう」
「だからお願い、ずっと一緒に居てね」
ガーはアンヌの頭を優しく撫でると、穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。二人はそれだけで幸せだった。
例えそれが叶わぬ約束だとしても。
傷が癒えた総督を待っていたのは、コルサントへの召集だった。皇帝直々の呼び出しを拒否するわけにもいかず、ガーはまだ少し違和感のある傷を抱えながら謁見室の前に立っている。
一体何が起きたというんだ。俺は何か悪いことでもしたか?考えろ、ガー。ろくでもない呼び出しなのは何となく分かってる。
緊張するガーの耳に、入室許可を知らせるブザーが鳴る。扉が開く刹那に、彼はごくりと固唾を飲んだ。
目の前に現れたのは、シンプルかつ重厚な玉座に座っている銀河帝国皇帝パルパティーンだった。隣には側近のダース・ベイダーが控えている。ガーは一礼して入室すると、堂々とした声で挨拶をした。
「お加減麗しゅうございますか、皇帝陛下」
「ああ、お前の働きのおかげで余の統治は安泰だ」
「もったいなきお言葉」
うわべだけの言葉を交わし終えると、パルパティーンはいよいよ本題を切り出すために体勢を変えた。
「ヴァスロイ、そなた近々妻を娶るとか?」
アンヌの話……だと?
想定外の方向性に驚きを隠せないガーだったが、平静を装って毅然たる返事をした。
「ええ、そうです」
「たしか……セレノーの……」
「アンヌ女伯です」
「────戯れ言を言うな!!」
間髪いれずに激昂を飛ばすパルパティーンに、ガーは思わず身をすくめた。同時にベイダーのライトセイバーが紅く光る。首に光刃を突きつけられたマンダロア総督は、身に覚えのない断罪をされようとしていることを瞬時に悟って牙を剥いた。
「私は何もしていませんぞ!」
「真か?小娘……いや、あれは魔女と呼ぶべきか。やつと何か企んでいるのではないのか?」
「何故そのように大それたことを私が考えるとお思いですか?ましてやアンヌはただの────」
言葉を続けようとしたガーは、皇帝の眼差しに侮蔑が混じったことを悟って口をつぐんだ。パルパティーンの冷酷な声が響く。
「ただの?あれをただの実業家だと本気で思っているのか?ベイダー、やつの正体を教えてやれ」
「かしこまりました」
左手でフォースを操りながらホロプロジェクターを作動させると、ベイダーはとある人物の映像を見せた。その人物の顔を見て、ガーの瞳が見開かれる。
溶岩のように情熱的な赤髪に、深淵のように冷酷な緑の瞳。陶器のように滑やかな肌に薄氷のような唇。全てが調度品のように完璧にと整っているその人の顔を、ガーは知っていた。いや、忘れようがなかった。この20年間心を焦がし、同時に憎み続けたその人の名は────
「アンヌ・トワイラス、別名ブレイン・オブ・ザ・リパブリック。それが貴様の婚約者の正体だ」
目前が真っ暗になる。ベイダーの話はまだ続いているようだが、ガーの耳にはもう届かない。
それは遡ることおよそ20年前。ガーがまだマンダロアでダース・モールに仕えていた時のことだ。マンダロリアン・スーパーコマンドーのコマンダーだった彼は、マンダロア一番の戦士として名を馳せていた。
そんな中出会ったのは、下働きで入ってきた新米戦士のリリィ・デンという少女だった。最初の出会いは、事故と呼ぶのが相応しいような出来事だった。
大量のシーツを持って右往左往するリリィがぶつかったのがガーで、頭から後ろへ倒れそうになったのを助けたのもガーだった。
『あ、ありがとうございます』
『もう少しで大惨事だったぞ。気を付けろ』
『すみませ……』
そう言って顔を上げたリリィは息を呑む程美しく、今から思えば不気味なほどに浮世離れしていた。そんな不思議な魅力が、あらゆる女性と関係を持っていたガーの心を唯一捉えたのだ。
それから彼がリリィに夢中になるのはそう遅くなかった。二度目のカフェテリアでの再会は、ガーの心に運命の二文字を刻み付けるのに十分すぎるものだった。そして三度目の再会では、友のために先輩戦士に決闘を挑む勇ましい姿を目の当たりにさせられた。しかしながら、運命はそう簡単に彼女を手に入れさせてはくれなかった。
上官となったあと、彼はリリィに熱烈なアプローチを試みた。だがリリィは、今までそうしてあらゆる女性を落としてきたガーのプライドを見事に砕いた。
そして正面から思いを伝えたその日、彼女は自ら消息を絶った。更にその数日後マンダロアは共和国との戦いで敗戦し、彼は捕虜となった。
そのとき初めて知らされた。リリィ・デンは全くの偽名で、本名はアンヌ・トワイラスという共和国軍師のジェダイナイトだということを。
だが、不思議と彼の心の中には憤りも恨みも生まれなかった。むしろ、ようやく腑に落ちたという思いが広がっていた。そして、彼は初めてリリィの正体を知らされたときと同じ言葉を呟いた。
「あぁ……だから、あんなに美しかったのか」
「何を言っているのだ貴様は。どう始末をつける気だ」
ガーは顔を上げると、ベイダーを睨み付けた。その視線があまりにも鋭かったので、暗黒卿は思わず怯んだ。
「貴様に指図を受ける筋合いは無い、ベイダー。言葉を弁えろ」
「なっ……」
文句ありげなベイダーを置いて、総督は皇帝へ向き直った。
「陛下。確かにアンヌとブレインは同一人物だと……私もそう思います」
いや、むしろ心のどこかでそうであったらどれ程幸せかと、密かに切に願い続けてきた。
「ですが。ですが!彼女は私の未来の妻として、私とマンダロアへ永久の忠誠を誓っています。それはすなわち、銀河帝国に忠誠を誓ったも同然。彼女とは、共にマンダロアと銀河帝国の安寧を守り続けていくと誓い合いました」
「信じられるものか。あの女はブレインだぞ。稀代の天才策士なのだから、油断させて反乱者どもと……」
「反乱者どもと関わりがある可能性は否めません。ですが今は一切の証拠を掴めておりません。疑わしきは罰せずですぞ」
ガーの正論に、パルパティーンは舌を巻いた。
単なる脳筋ではなく、こやつにはこのような側面があるからこそ皇帝の手にしたのだが……まさかそれが仇になるとは。
パルパティーンは一息置くと、ホログラムに映し出されたアンヌの顔を指差しながら糾弾した。
「では!貴様は己の婚約者が反乱者どもと関わりを持っていることを掴んだとき、どうするつもりだ。返答如何によっては貴様を即刻この場で処刑する」
「その時は────」
そこまで言って、ガーの唇の動きが止まる。その場にいた誰もが、最適解はたった一つしかないことを知っていた。
許せ、アンヌ。ここで何にもならない義理を貫いてお前の元に帰ることができなくなるくらいなら、俺は模範解答を突きつける。それがお前への、俺なりの愛だ。そしてそれが────
「その時は!私はこの手で愛する人を処刑し、帝国と陛下へ永久の忠誠を誓います!例えそれが愛する人の血で以てして示すものであったとしても!」
それが、俺の愛だ。
その後どうやって帰宅したか、ガーの記憶は曖昧だった。少なくとも首と胴体がまだ繋がっているという事実だけでも有り難い。そして何より……
「ガー!!お帰りなさい、大丈夫だった?とても疲れてそうにみえるけど……」
「いや、何もなかったよ」
目の前には、身を焦がすほど恋い焦がれても手の届かなかった人がいる。あのときには存在した障壁────ジェダイオーダーも存在しない。
ガーは疲労も忘れてアンヌに抱きついた。
「────!!?」
「────会いたかった、アンヌ」
永遠に失われてしまった道だと思い続けてきた彼にとって、アンヌが生きていることは何も代えがたい吉報だった。
「愛してる、ずっと、愛していた。アンヌ、愛してる」
「ガー……?」
戸惑うアンヌを強く抱き締めながら、総督は強い決意を胸に誓っていた。
アンヌ、お前の秘密は墓まで持っていこう。いかなるときも、俺がお前を守る。お前が、過去とそうして決別している限り……
その決意は、願いにも似た脆さと儚さを持っていた。それでも、今の彼にとっては最大の救いだった。
例えそれが泡沫のように消えてしまう運命だとしても。
運命の歯車が噛み合っていく中、サビーヌ・レンは一人稽古に励んでいた。その手には、いつものショートブラスターは無い。代わりに握られているのは、黒く光る光刃────ダークセイバーだった。
ケイナンはため息をつきながら、彼女の脇に木の棒で渇を入れた。
「サビーヌ、脇が甘いぞ!この程度なら止めてもいいんだぞ」
「嫌!マンダロアは、私が変える……!私が不甲斐なかったからアンヌはあんな目に遭ってる。私がしっかりしなきゃ。この刃に相応しい後継者をこの手で見つける!」
その言葉を聞きながら、アソーカが苦々しい表情を浮かべる。
「……それはどうかな」
「アソーカ?」
アソーカが呟いた小さな声を、エズラは聞き逃さなかった。彼女は慌てて取り繕ったような笑顔を浮かべると、首を横に振った。
「ううん、なんでもない。サビーヌは思ってるほど不甲斐なくないんだけどなぁと思って」
「そっか……」
そして若きジェダイは、アソーカの横顔を眺めながら同じく呟いた。
「……分かってるよ、全部」
「────え?」
彼女が隣を見たとき、既にエズラは姿を消していた。後には運命が生んだ歪みだけが残されていた。
穏やかな日差しに包まれたある日のサンダーリで、アンヌはうつらうつらとしながら愛する人の仕事を横目で眺めていた。だが、そんな心地よい空気は甲高い緊急通信の音で掻き消された。
「なんだ……クローネストからか?」
眉間にシワを寄せながら通信ボタンを押したガーは、快適な正午に絶対みたくない人物が映っていることにため息を漏らした。
「なんだ、ウルサか」
ウルサ・レン────サビーヌの母でありクライズの元親友にあたる人物は、厳格かつけだるそうな瞳で総督を睨み付けた。それから息を吸い込んで報告を始めた。
「──── ダークセイバーが、見つかりました」
「何?」
ダークセイバー。その一言にアンヌも弾き飛ぶように立ち上がった。それは古来からマンダロアの継承者が受け継ぐ宝具のようなものであり、絶対的な支配者としての権威を保証するものでもあった。
あれがあれば、ガーの悲願が成就する……!
ダークセイバーの出現に鼓動を高鳴らせるアンヌを置いて、ウルサは続けた。
「それが……娘が持ってきたのです」
「ほう、サビーヌ・レンか?」
「はい、そうです。仲間の反乱者たちも同行しています」
アンヌは耳を疑った。だが、それ以上に嫌な汗と動悸が止まらない。
「そうか。俺が奴らを逮捕し、皇帝陛下へ持参する。娘は……ダークセイバーと引き換えに見逃してやろう」
「かしこまりました」
通信を呆気なく終了させると、ガーはアーマーに着替え始めた。アンヌは慌ててその手を止めさせると、彼の真意を探ろうとした。
「ね、ねぇ……本当に行くの?」
「ああ、もちろん。これはお前のためでもある。ついでに反逆者として、レン士族もろとも一網打尽にしてやるつもりだ。奴らは何だかんだとデスウォッチ時代から俺を恨んでいる」
アンヌの耳には、もう何も届かない。ただひとつ理解できたことは、サビーヌの身が危ないということだけだ。
かつて、反乱者の一員として活動し始めた頃のことだった。軍師として培ってきた才を発揮したものの、アンヌは仲間の命を幾度となく危険に晒してきた。それが例え全員の潜在能力を理解して作られた作戦だとしても、ヘラにとっては耐えがたいものだった。度々衝突する二人はいつのまにか、アンヌかヘラかどちらかを選ぶような空気を作り出してしまった。
『アンヌの作戦はいつも危険よ。勝機より私たちは仲間を大切にする』
『だったら、私一人で行く。甘ったれたこと言っても、帝国は待ってくれないから』
そう言い放って、アンヌはたった一人で市民を解放するために帝国の大軍へと飛び込んでいった。誰もが呆然と、その様子を眺めるだけで助けにいこうとはしなかった。いや、正確には助けにいけなかったのだ。一瞬刹那に自分の死を思うと足がすくんで、アンヌなら大丈夫だろうという思いにすがろうとしたのだ。
だが、その空気を変えたのはサビーヌだった。彼女も元軍師と激しく口論をする仲で、常に喧騒の中心に居た人物だ。
『何してるの!?仲間でしょ!私たちは勝機より仲間を大切にするんでしょ!?それをアンヌに言ったんだから、私たちも守らなきゃ!』
そう言うや否や、サビーヌは2丁ブラスターを握りしめて敵陣へ飛び込んでいった。アンヌの隣についた彼女が掩護射撃を始めると、他の仲間たちも意を決して続いた。
フォームIIで華麗に敵を倒していくアンヌに対して、サビーヌは叫んだ。
『邪魔!私の分も倒さないで』
『だったら、私より速く撃てばいい』
『なっ────』
そう言いながら、アンヌはサビーヌの頭上にライトセイバーを投げた。背後を取られた彼女を救ったのだ。
『……ありがとう、サビーヌ。独りで戦うのは、もう疲れたから』
「サビーヌ……」
大戦とジェダイ聖堂で、アンヌはあまりに多くのものを失った。アナキン・スカイウォーカーという、兄妹のような親友さえも。
そしてサビーヌは、どこかアナキンに似ていた。
だからこそ、二度と失いたくなかった。
アンヌは立ち上がると、自室に置いてあった鍵付きのチェストを開けた。その中には封印した過去の遺物────ライトセイバーがあった。
彼女は冷たく哀しげに光る柄を握りしめると、サンダーリを後にした。
その決断がどのような結末をもたらすのかを、心のなかで分かっていると繰り返しながら。