この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
3、揺らぐけじめ
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アンヌはタイバーに急用が出来たことによって、ようやく自由の身となった。時刻は既に昼を過ぎており、空が見える場所なら夕陽が差す頃だ。彼女はサクソン兄弟のせいで疲労困憊だったため、さっさとサンダーリのショッピングセンターを後にしようと考えていた。だが、不意に甦った過去の記憶が歩みを阻害してきた。そしていつのまにか、アンヌの足は心の赴くままに、かつてコマンダーと呼び慕った男を見捨てた場所へと歩きだしていた。
ショッピングセンターの最上階にある展望スペースは、バイオドームからの人工的で穏やかな日差しを受けていた。雨も無ければ風もない。それがサンダーリという都市だ。だがここに来れば、アンヌの心には常に雷雨が吹き荒れていた。それは全て、淡い恋心を激しい罪悪感に変えてしまったジェダイオーダーに対する葛藤のせいだ。そして、そんなオーダーに立ち向かえなかった自分自身への苛立ちのせいでもあった。
ふと、彼女は展望スペースに見覚えのある人物を見つけた。正確には見つけたというより、心のどこかで探していた人を発見してしまった。
それは他でもないヴァスロイ・ガー・サクソンだった。彼は物憂げな表情を浮かべながら、無言で空を眺めている。言葉やフォースなど無くとも、アンヌには何を考えているのかが分かっていた。
「────リリィ……」
総督の、低く魅力的な声が彼女の耳に届く。ガーがアンヌ・トワイラスとリリィ・デンが同一人物であることを知った後、酷く怒り狂ったという話は自身も把握していた。だが、その上で未だに愛してくれているという事実はこの場で初めて知った。
ガー・サクソンという男の時間は、あの時から止まっていた。リリィが理由も分からず自分の想いを拒絶し、サンダーリの街に消えてしまった日から。
彼は待ち続けていた。ずっと、17年の歳月が流れてしまっても。アンヌ・トワイラスが、501大隊のジェダイ聖堂襲撃で亡くなったと噂で聞いても。
心のどこかで信じていた。いつか、また彼女が自分の前に現れると。しかもジェダイ・ブレインとしてではなく、リリィ・デン────即ちただの少女アンヌ・トワイラスとして。
時々、ガーは思うことがあった。リリィが今の自分を見たら、何と言うだろうかと。だが、この問いに対する答えは明白だった。きっと彼女は自分を叱り飛ばすだろう。待ち続けることを、リリィは望んでいなかったからだ。帝国に与したのも、“皇帝の手”の称号を得たのも、全てはアンヌ・トワイラスの情報を得るためだった。だからもし彼女にもう一度会えるのであれば、ガーはいつでも全てを捨てるつもりだった。
だが今は、そんな一途な想いを砕いてしまう女性が目の前に現れたせいで、固い決意が揺らいでいた。
同じ名前、同じ顔立ち、同じ声を持つアンヌという人は、リリィへの断ち切れない想いを確実にすり減らしている。同時に、彼女の代わりとしてアンヌを見ていることが、彼の心に罪悪感として重くのし掛かっていた。
だが不意に、彼は思案から現実へと舞い戻った。それは運命のように不自然で、偶然のように不思議な出来事だった。
ガーが振り向くと、そこにはアンヌが立っていた。何かが欠けているようにしか思えない憂いを湛える美しさは、彼を今すぐにでも代わりに埋めてやりたいという衝動に引きずり込んだ。会いたいようで会いたくない人。それがアンヌという人物だった。ガーは威厳ある総督の表情を取り戻すと、冷ややかに尋ねた。
「アンヌ総裁、か。どうしてここに?」
「さぁ……でも、ここに来ればあなたに会える気がして」
「────笑わせるような偶然だな」
「え……?」
ガーはそう呟いて、アンヌの隣を通り過ぎた。総督の思いに気づかない振りをしなければならない。自分に言い聞かせながらも、彼女は葛藤した。そして次の瞬間────
「ヴァスロイ!」
アンヌの身体は考えるよりも先に、ガーの腕を掴んでいた。更に、唇からは素直な思いが大粒の涙のように溢れ始めた。
「わ、私……先ほどはすみませんでした。どうしてもお断り出来ず……だから……その……」
ダメ。言ってはいけない!
心がそう叫んだ。アンヌは口を閉じる。
言えばいいのよ!オーダーなんてもう無いんだから!
またしても、心がそう叫んだ。アンヌは双方の叫び声に引き裂かれそうになりながらも、最も強い声に従った。
「────ダイバー殿は途中でお帰りになったので、ヴァスロイにサンダーリを案内して欲しいです!」
「アンヌ……」
長くオーダーに呪縛とも言える拘束を受けていたアンヌにとって、それは初めての反抗だった。ガーの表情が、春の陽射しを受けた雪解けのように綻んでいく。そして、彼は答えた。
「────その言葉を、ずっと待っていた」
まるでそれは、あの日言えなかった約束を果たしたかのような響きを湛えていた。ガーは武骨で大きな手を差し出すと、情熱的で真っ直ぐな瞳をアンヌに向けた。彼女は少女のように戸惑いながらも、そこへ恐る恐る小さく華奢な手を重ねた。
ガーはアンヌの温もりを感じながら、深呼吸をした。
「一つだけ、頼みがある」
「どんな?」
「……ガーと、呼んで欲しい」
面影を重ねてはいけないことは分かっていた。それでももう、彼の思いは止められなかった。アンヌも冷めやらぬ熱を感じながら、申し出に無言で頷いた。
例え同じものが描けないとしても、あの日失ってしまった未来を取り戻すために。
ガーが案内してくれるサンダーリは、アンヌの中で殺風景なバイオドームからきらびやかな夢の世界へと変わっていった。帝国のマークが散見されること以外は17年前と変わらない街並みは、二人を過去への追憶に誘った。時が経つほど、アンヌはブレインではなくただの少女に、ガーは総督ではなくただのマンダロリアンに戻っていく。それは魔法のようで、二人の一時を瞬く間に彩っていった。
「ガー、あれは?」
「あれはマンダロアの郷土料理だ。食べてみるか?」
「ええ!ぜひ」
アンヌの瞳が輝く。その度に、ガーの心は少年のように弾んだ。然り気無く手を握ると、彼は屋台へと歩きだした。握りしめられた手が暖かくて、アンヌが思わず俯く。
店主はマンダロア総督が訪問したことに驚きを隠せなかったが、ガーは唇に人差し指を当てて首を横に振った。そして哀れな店主と従業員は、震えながら注文の品を準備する羽目になった。その間、二人は席に就いて他愛もない会話に華を咲かせた。
「俺はニューマンダロアの政策のせいで、若い頃からコンコーディアに住んでいたんだ。だから、サンダーリに住むことは憧れだった」
「その気持ち、とってもよく分かるわ。私もアウターリムの惑星で育ったから、都会に憧れてた」
遠い目を浮かべながら、アンヌはオビ=ワンとアナキンに初めて出会った日のことを思い出した。今ではとても懐かしくて、とても悲しい思い出だった。
「アウターリムのどこなんだ?」
「星図に載ってない場所。たぶん知らないと思うよ」
彼女は美しいホワイトヘアーを揺らして立ち上がると、出来上がった料理を取りに向かった。普段は遠く見えるその背中が、今日のガーには近く感じられるような気がして嬉しかった。
次に彼がアンヌの手を引いて訪れたのは、意外にもバイオドームの外だった。スピーダーの運転の仕方が少々荒いのは頂けなかったが、彼女にとっては隣に居られるだけで幸せに思えた。
ドーム内では分からなかったが、外は既に陽が落ちていた。そして街灯が無い砂漠の夜空には、満天の星空が広がっていた。コルサントやセレノーとも違う夜空の表情に、アンヌは思わず息を呑んだ。砂で足が汚れることも気にせず、スピーダーから降りた彼女はヒールを脱いで歩きだした。星空ではなくアンヌに見惚れているガーも、隣をゆっくりと歩いている。
「すごいわ……こんなの、初めて!」
「そ、そうか……?」
砂の感触を楽しむ姿は無邪気な少女のようで、ガーはまたしても胸の奥が苦しくなった。その無垢さも、笑顔も、笑い声も全てが愛しく、彼は込み上げてくる想いを口に出そうと試みた。だが間が悪く、アンヌが砂に足をとられてぐらつく。ガーは慌てて駆け寄ると、華奢な肩を抱き止めて自分の方へと引き寄せた。セレノーの貴族らしい甘くも上品な香水の匂いが、武骨な戦士の鼻をくすぐる。長く真っ白な睫毛が、何かを誘うようにふわりと動いた。アンヌはそんな視線に気付くと、ガーの腕を退けようと試みた。
「あ……ありがとう……もう、離してくれて良いのよ」
だが、手が離れる素振りはない。むしろどんどん力強く引き寄せられていく。砂に足を取られた彼女は、成すがまま総督の胸に顔を埋める羽目になった。
「あの……ガー……ええと……」
身体が近づききったと思えば、今度は吐息がかかるほどの距離に顔が近づいてきた。アンヌの鼓動は早まり、身体が熱を帯び始める。不意に、彼女をこのままで居たいという思いと共に強い罪悪感が襲った。
私、マンダロアのサクソン政権を内側から崩そうとしていたんだ……
そう思うと、急にガーの存在がどの星よりも遠く感じられた。アンヌは虚ろな温もりに悲しげな表情を向けた。だが、その瞳すら彼には愛おしく思えてしまう。
「アンヌ、どうしてお前はいつもそんなに悲しい顔をするんだ」
「それは……」
「何か、辛いことでもあるのか?」
本音を言えば、とても辛い。銀河帝国を倒すためには、サクソン氏族との戦いを避けることなど出来ないからだ。二人に待っているのは、いずれにせよ破滅だけだった。
それでも、どこか遠い場所で生きていけるのであれば。誰も知らない場所で、二人で生きていけるのであれば。アンヌには砂漠で脱ぎ捨てた靴のように、今の立場も過去も棄てて共に行く覚悟が出来ていた。
だが、そんなことは叶うはずがないことも彼女は知っていた。ガー・サクソンは総督であり、今の地位と人生を惜しみ無く築いている。だからこそ、アンヌには自分の想いを伝えることなど出来なかった。
間が悪いのか、運命が重なり合わないのか。彼女はため息をつきたい思いを堪えた。そして、何も考えることなく純粋な感情だけで側に居ることは、彼に関しては不可能であると改めて思い知らされたような気がした。
別れを切り出そうとした彼女は、重い口を開いた。だが、間が悪くガーのコムリンクに通信が入る。
「全く、こんな時に。こちらヴァスロイ・サクソン。……ああ、分かった。すぐそちらへ向かう」
彼はため息を漏らすと、アンヌから手を離してスピーダーへ戻るように促した。どうやら急用が出来たようだ。
「済まない、アンヌ。緊急連絡が入ってしまって、総督府へ戻らねば………」
「仕方がありません。ご縁が無かったんですよ、きっと」
私とあなたの縁が、と心のなかで呟きながらアンヌは悲しげに笑った。ガーの背中は、今までで最も遠かった。それはコルサントの夜空に見えていた星々のようだった。
サンダーリに戻ったアンヌは、総督府のラウンジで独りため息を漏らして俯いていた。それから、彼女は顔を上げて受付からメモとペンを借りて席についた。
本当の意味で、捻れた運命に別れを告げるために。
『サクソン卿
あなたと出会えたことは、私の人生で至上の幸せでした。しかしながら、今後個人的にお会いすることは止めに致します。理由としては、セレノーの指導者として、そして銀行グループの総裁として、今後は自らの職務に専念したいと感じているからです。
勝手な申し出であることは分かっています。どうか、私を許さないでください。本当に、ごめんなさい。
アンヌ』
書き上がった文章はあまりにも冷淡すぎて、アンヌの口から思わず笑いが漏れた。涙が滲む前にそのメモを持って立ち上がると、彼女は一直線に総督室へ向かった。だが、いざ行動を起こうとなると脚がすくんだ。
それ程に自分が彼を愛していた証のような気がして、アンヌの胸が痛む。すると、丁度そこにタイバーが通りかかった。彼は青白い顔で瞳に涙を浮かべる総裁に気づくと、仕事を放り出して歩み寄ってきた。
「アンヌ殿、どうされましたか?」
アンヌはこの奇遇に遭遇したせいで、タイバーにメモを渡してもらうという結論に至った。卑怯であることは分かっていた。一方で、自分で渡すことは決して出来ないとも自覚していた。彼女はいつも通りの美しくも残酷な笑顔で微笑むと、タイバーにガー宛のメモを差し出した。
「タイバー殿……丁度良かった。このメモを、総督に渡してくださらないかしら?」
「え、ええ……兄にですね。わかりました」
「……ありがとう」
タイバーが受け取ったことを確認すると、アンヌはマンダロアを逃げるように後にした。その間の胸中には、告白から逃げたあの日と同じ惨めさと罪悪感が苦く広がっているのだった。
誰も居ない総督室に脚を踏み入れたタイバーは、兄のデスクに真っ直ぐ向かってメモを置こうとした。その刹那、僅かな好奇心の火種が生まれた。そして横目で眺めるように、彼はメモの内容を読んだ。
読み終わったタイバーは、暫くの間無言だった。だが直ぐに失笑が漏れる。彼はメモを自分の手元に引き戻して総督室を後にし、副総督室へ戻った。サンダーリの夜景を眺めながら、タイバーは眼下で繰り広げられる生活の営みを嘲笑して呟いた。
「……あんたも馬鹿だ、総裁。あの脳筋マンダロリアンと本当に縁を切りたいのなら、これくらいしなくてはいけませんよ。────徹底的にね」
紙が破られていく無機質な音が響く。タイバーは紙屑に変わったメッセージを手のひらに乗せると、ゴミ箱へとゆっくり落とした。雪のように舞い落ちていく残骸を眺めながら、彼は兄に良く似た残忍な笑みを浮かべている。
その心の中には、兄の恋の終焉に手を下したことに対する満足感が広がっていた。
ショッピングセンターの最上階にある展望スペースは、バイオドームからの人工的で穏やかな日差しを受けていた。雨も無ければ風もない。それがサンダーリという都市だ。だがここに来れば、アンヌの心には常に雷雨が吹き荒れていた。それは全て、淡い恋心を激しい罪悪感に変えてしまったジェダイオーダーに対する葛藤のせいだ。そして、そんなオーダーに立ち向かえなかった自分自身への苛立ちのせいでもあった。
ふと、彼女は展望スペースに見覚えのある人物を見つけた。正確には見つけたというより、心のどこかで探していた人を発見してしまった。
それは他でもないヴァスロイ・ガー・サクソンだった。彼は物憂げな表情を浮かべながら、無言で空を眺めている。言葉やフォースなど無くとも、アンヌには何を考えているのかが分かっていた。
「────リリィ……」
総督の、低く魅力的な声が彼女の耳に届く。ガーがアンヌ・トワイラスとリリィ・デンが同一人物であることを知った後、酷く怒り狂ったという話は自身も把握していた。だが、その上で未だに愛してくれているという事実はこの場で初めて知った。
ガー・サクソンという男の時間は、あの時から止まっていた。リリィが理由も分からず自分の想いを拒絶し、サンダーリの街に消えてしまった日から。
彼は待ち続けていた。ずっと、17年の歳月が流れてしまっても。アンヌ・トワイラスが、501大隊のジェダイ聖堂襲撃で亡くなったと噂で聞いても。
心のどこかで信じていた。いつか、また彼女が自分の前に現れると。しかもジェダイ・ブレインとしてではなく、リリィ・デン────即ちただの少女アンヌ・トワイラスとして。
時々、ガーは思うことがあった。リリィが今の自分を見たら、何と言うだろうかと。だが、この問いに対する答えは明白だった。きっと彼女は自分を叱り飛ばすだろう。待ち続けることを、リリィは望んでいなかったからだ。帝国に与したのも、“皇帝の手”の称号を得たのも、全てはアンヌ・トワイラスの情報を得るためだった。だからもし彼女にもう一度会えるのであれば、ガーはいつでも全てを捨てるつもりだった。
だが今は、そんな一途な想いを砕いてしまう女性が目の前に現れたせいで、固い決意が揺らいでいた。
同じ名前、同じ顔立ち、同じ声を持つアンヌという人は、リリィへの断ち切れない想いを確実にすり減らしている。同時に、彼女の代わりとしてアンヌを見ていることが、彼の心に罪悪感として重くのし掛かっていた。
だが不意に、彼は思案から現実へと舞い戻った。それは運命のように不自然で、偶然のように不思議な出来事だった。
ガーが振り向くと、そこにはアンヌが立っていた。何かが欠けているようにしか思えない憂いを湛える美しさは、彼を今すぐにでも代わりに埋めてやりたいという衝動に引きずり込んだ。会いたいようで会いたくない人。それがアンヌという人物だった。ガーは威厳ある総督の表情を取り戻すと、冷ややかに尋ねた。
「アンヌ総裁、か。どうしてここに?」
「さぁ……でも、ここに来ればあなたに会える気がして」
「────笑わせるような偶然だな」
「え……?」
ガーはそう呟いて、アンヌの隣を通り過ぎた。総督の思いに気づかない振りをしなければならない。自分に言い聞かせながらも、彼女は葛藤した。そして次の瞬間────
「ヴァスロイ!」
アンヌの身体は考えるよりも先に、ガーの腕を掴んでいた。更に、唇からは素直な思いが大粒の涙のように溢れ始めた。
「わ、私……先ほどはすみませんでした。どうしてもお断り出来ず……だから……その……」
ダメ。言ってはいけない!
心がそう叫んだ。アンヌは口を閉じる。
言えばいいのよ!オーダーなんてもう無いんだから!
またしても、心がそう叫んだ。アンヌは双方の叫び声に引き裂かれそうになりながらも、最も強い声に従った。
「────ダイバー殿は途中でお帰りになったので、ヴァスロイにサンダーリを案内して欲しいです!」
「アンヌ……」
長くオーダーに呪縛とも言える拘束を受けていたアンヌにとって、それは初めての反抗だった。ガーの表情が、春の陽射しを受けた雪解けのように綻んでいく。そして、彼は答えた。
「────その言葉を、ずっと待っていた」
まるでそれは、あの日言えなかった約束を果たしたかのような響きを湛えていた。ガーは武骨で大きな手を差し出すと、情熱的で真っ直ぐな瞳をアンヌに向けた。彼女は少女のように戸惑いながらも、そこへ恐る恐る小さく華奢な手を重ねた。
ガーはアンヌの温もりを感じながら、深呼吸をした。
「一つだけ、頼みがある」
「どんな?」
「……ガーと、呼んで欲しい」
面影を重ねてはいけないことは分かっていた。それでももう、彼の思いは止められなかった。アンヌも冷めやらぬ熱を感じながら、申し出に無言で頷いた。
例え同じものが描けないとしても、あの日失ってしまった未来を取り戻すために。
ガーが案内してくれるサンダーリは、アンヌの中で殺風景なバイオドームからきらびやかな夢の世界へと変わっていった。帝国のマークが散見されること以外は17年前と変わらない街並みは、二人を過去への追憶に誘った。時が経つほど、アンヌはブレインではなくただの少女に、ガーは総督ではなくただのマンダロリアンに戻っていく。それは魔法のようで、二人の一時を瞬く間に彩っていった。
「ガー、あれは?」
「あれはマンダロアの郷土料理だ。食べてみるか?」
「ええ!ぜひ」
アンヌの瞳が輝く。その度に、ガーの心は少年のように弾んだ。然り気無く手を握ると、彼は屋台へと歩きだした。握りしめられた手が暖かくて、アンヌが思わず俯く。
店主はマンダロア総督が訪問したことに驚きを隠せなかったが、ガーは唇に人差し指を当てて首を横に振った。そして哀れな店主と従業員は、震えながら注文の品を準備する羽目になった。その間、二人は席に就いて他愛もない会話に華を咲かせた。
「俺はニューマンダロアの政策のせいで、若い頃からコンコーディアに住んでいたんだ。だから、サンダーリに住むことは憧れだった」
「その気持ち、とってもよく分かるわ。私もアウターリムの惑星で育ったから、都会に憧れてた」
遠い目を浮かべながら、アンヌはオビ=ワンとアナキンに初めて出会った日のことを思い出した。今ではとても懐かしくて、とても悲しい思い出だった。
「アウターリムのどこなんだ?」
「星図に載ってない場所。たぶん知らないと思うよ」
彼女は美しいホワイトヘアーを揺らして立ち上がると、出来上がった料理を取りに向かった。普段は遠く見えるその背中が、今日のガーには近く感じられるような気がして嬉しかった。
次に彼がアンヌの手を引いて訪れたのは、意外にもバイオドームの外だった。スピーダーの運転の仕方が少々荒いのは頂けなかったが、彼女にとっては隣に居られるだけで幸せに思えた。
ドーム内では分からなかったが、外は既に陽が落ちていた。そして街灯が無い砂漠の夜空には、満天の星空が広がっていた。コルサントやセレノーとも違う夜空の表情に、アンヌは思わず息を呑んだ。砂で足が汚れることも気にせず、スピーダーから降りた彼女はヒールを脱いで歩きだした。星空ではなくアンヌに見惚れているガーも、隣をゆっくりと歩いている。
「すごいわ……こんなの、初めて!」
「そ、そうか……?」
砂の感触を楽しむ姿は無邪気な少女のようで、ガーはまたしても胸の奥が苦しくなった。その無垢さも、笑顔も、笑い声も全てが愛しく、彼は込み上げてくる想いを口に出そうと試みた。だが間が悪く、アンヌが砂に足をとられてぐらつく。ガーは慌てて駆け寄ると、華奢な肩を抱き止めて自分の方へと引き寄せた。セレノーの貴族らしい甘くも上品な香水の匂いが、武骨な戦士の鼻をくすぐる。長く真っ白な睫毛が、何かを誘うようにふわりと動いた。アンヌはそんな視線に気付くと、ガーの腕を退けようと試みた。
「あ……ありがとう……もう、離してくれて良いのよ」
だが、手が離れる素振りはない。むしろどんどん力強く引き寄せられていく。砂に足を取られた彼女は、成すがまま総督の胸に顔を埋める羽目になった。
「あの……ガー……ええと……」
身体が近づききったと思えば、今度は吐息がかかるほどの距離に顔が近づいてきた。アンヌの鼓動は早まり、身体が熱を帯び始める。不意に、彼女をこのままで居たいという思いと共に強い罪悪感が襲った。
私、マンダロアのサクソン政権を内側から崩そうとしていたんだ……
そう思うと、急にガーの存在がどの星よりも遠く感じられた。アンヌは虚ろな温もりに悲しげな表情を向けた。だが、その瞳すら彼には愛おしく思えてしまう。
「アンヌ、どうしてお前はいつもそんなに悲しい顔をするんだ」
「それは……」
「何か、辛いことでもあるのか?」
本音を言えば、とても辛い。銀河帝国を倒すためには、サクソン氏族との戦いを避けることなど出来ないからだ。二人に待っているのは、いずれにせよ破滅だけだった。
それでも、どこか遠い場所で生きていけるのであれば。誰も知らない場所で、二人で生きていけるのであれば。アンヌには砂漠で脱ぎ捨てた靴のように、今の立場も過去も棄てて共に行く覚悟が出来ていた。
だが、そんなことは叶うはずがないことも彼女は知っていた。ガー・サクソンは総督であり、今の地位と人生を惜しみ無く築いている。だからこそ、アンヌには自分の想いを伝えることなど出来なかった。
間が悪いのか、運命が重なり合わないのか。彼女はため息をつきたい思いを堪えた。そして、何も考えることなく純粋な感情だけで側に居ることは、彼に関しては不可能であると改めて思い知らされたような気がした。
別れを切り出そうとした彼女は、重い口を開いた。だが、間が悪くガーのコムリンクに通信が入る。
「全く、こんな時に。こちらヴァスロイ・サクソン。……ああ、分かった。すぐそちらへ向かう」
彼はため息を漏らすと、アンヌから手を離してスピーダーへ戻るように促した。どうやら急用が出来たようだ。
「済まない、アンヌ。緊急連絡が入ってしまって、総督府へ戻らねば………」
「仕方がありません。ご縁が無かったんですよ、きっと」
私とあなたの縁が、と心のなかで呟きながらアンヌは悲しげに笑った。ガーの背中は、今までで最も遠かった。それはコルサントの夜空に見えていた星々のようだった。
サンダーリに戻ったアンヌは、総督府のラウンジで独りため息を漏らして俯いていた。それから、彼女は顔を上げて受付からメモとペンを借りて席についた。
本当の意味で、捻れた運命に別れを告げるために。
『サクソン卿
あなたと出会えたことは、私の人生で至上の幸せでした。しかしながら、今後個人的にお会いすることは止めに致します。理由としては、セレノーの指導者として、そして銀行グループの総裁として、今後は自らの職務に専念したいと感じているからです。
勝手な申し出であることは分かっています。どうか、私を許さないでください。本当に、ごめんなさい。
アンヌ』
書き上がった文章はあまりにも冷淡すぎて、アンヌの口から思わず笑いが漏れた。涙が滲む前にそのメモを持って立ち上がると、彼女は一直線に総督室へ向かった。だが、いざ行動を起こうとなると脚がすくんだ。
それ程に自分が彼を愛していた証のような気がして、アンヌの胸が痛む。すると、丁度そこにタイバーが通りかかった。彼は青白い顔で瞳に涙を浮かべる総裁に気づくと、仕事を放り出して歩み寄ってきた。
「アンヌ殿、どうされましたか?」
アンヌはこの奇遇に遭遇したせいで、タイバーにメモを渡してもらうという結論に至った。卑怯であることは分かっていた。一方で、自分で渡すことは決して出来ないとも自覚していた。彼女はいつも通りの美しくも残酷な笑顔で微笑むと、タイバーにガー宛のメモを差し出した。
「タイバー殿……丁度良かった。このメモを、総督に渡してくださらないかしら?」
「え、ええ……兄にですね。わかりました」
「……ありがとう」
タイバーが受け取ったことを確認すると、アンヌはマンダロアを逃げるように後にした。その間の胸中には、告白から逃げたあの日と同じ惨めさと罪悪感が苦く広がっているのだった。
誰も居ない総督室に脚を踏み入れたタイバーは、兄のデスクに真っ直ぐ向かってメモを置こうとした。その刹那、僅かな好奇心の火種が生まれた。そして横目で眺めるように、彼はメモの内容を読んだ。
読み終わったタイバーは、暫くの間無言だった。だが直ぐに失笑が漏れる。彼はメモを自分の手元に引き戻して総督室を後にし、副総督室へ戻った。サンダーリの夜景を眺めながら、タイバーは眼下で繰り広げられる生活の営みを嘲笑して呟いた。
「……あんたも馬鹿だ、総裁。あの脳筋マンダロリアンと本当に縁を切りたいのなら、これくらいしなくてはいけませんよ。────徹底的にね」
紙が破られていく無機質な音が響く。タイバーは紙屑に変わったメッセージを手のひらに乗せると、ゴミ箱へとゆっくり落とした。雪のように舞い落ちていく残骸を眺めながら、彼は兄に良く似た残忍な笑みを浮かべている。
その心の中には、兄の恋の終焉に手を下したことに対する満足感が広がっていた。