この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
2、揺れる思い
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マンダロアのメインバンクがインターギャラクティック銀行グループに決定したのは、ヴァスロイ・サクソンがセレノーを訪問してから1週間後のことだった。銀河中がこの決定に驚く中、サクソン氏族の中でも動揺する人物がいた。
「馬鹿な兄め。何故私に知らせなかったんだ!」
怒りを剥き出しにして机を叩くこの男こそが、渦中の人であるタイバー・サクソンだった。彼はマンダロアの副総督にして、ガーの実弟だ。経済と外交を任されている彼にとって、今回の兄による独擅的な決定は許しがたきものだった。隣では、烈火の如く咆哮する上司の様子を伺いながらタイバーの副官が宥めようとしている。
「副総督、少し落ち着かれては……?」
「兄に会いに行く。どうせ小賢しい分離主義者の残党に騙されているのだろう!あいつは今どこに居る」
その言葉に副官がたじろぐ。それから暫くして、彼は恐る恐る答えた。
「サクソン卿は今……そっ、その……」
「何だ!さっさと言え!」
「その……成約を祝して総裁とセレノーでディナーに……」
案の定、タイバーの色白い肌に青筋が立つ。彼は鋭い視線を部下に投げつけた。
「戻ったらすぐに知らせろ、いいな」
「えっ!?総督を監視しろと言うことでしょうか?」
「当然だ!このままでは私の体面に関わる!」
有無を言わせない命令に、部下は渋々応じるしかなかった。タイバーはインターギャラクティック銀行グループのデータを眺めながら、吐き捨てるように独り言を零した。
「忌々しい脳筋兄貴め。マンダロアの伝統と文化が無ければ只の戦闘狂ではないか」
聞こえていない振りをした部下は、何とかタイバーの機嫌を取るのに必死だった。そしてある噂を思い出した。
「ところで副総督。これは単なる噂なのですが……」
「何だ」
「今回の決定は、兄君が銀行グループの総裁に懸想したからだとか……」
その話を聞いたタイバーの瞳が光る。彼は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「では、私も総裁に会わねばならんな。私も一目見てやろうではないか、若き総裁とやらを」
その頃、弟の激昂など知る由も無いガー・サクソンは、お気に入りのアンヌ総裁と共に、ディナーの後の談笑を楽しんでいた。淑やかさの中に軽快さを含む彼女のトークに、総督はすっかり虜になってしまっている。とは言え、話しているのはほとんどガーの方で、アンヌは隣で聞き役に徹しているという方が正解だ。
「ヴァスロイのお話しは、本当に飽きませんわ。勇壮なだけでなく、知的だなんて……何と言うか、ずるいですわ」
「ほう、ずるいとは。何がかな?」
「虜にならぬ者など、居らぬのでしょう?きっと」
そう言いながら、アンヌは子供のように拗ねてみせた。ガーは然り気無く、手を華奢な肩へと伸ばしながら微笑んだ。
「あなたも同じだと思うが」
「ええと……それはどうかしら。正直、良く分かりませんわ」
アンヌは寸でのところで自然に避けると、ソファから立ち上がって中庭へと歩きだした。外は既に月が出ており、薔薇が咲き乱れる庭園は幻想的な景色を演出している。ガーは左腕をそっと突き出して、強引にエスコートを申し出た。断るわけにもいかず、アンヌはか細く頼りなげな手を、総督の戦士らしい剛健な腕に回した。セレノーの冷たい夜風の中では、ガーの存在すらも暖かくて安心出来てしまうことに驚きながら、彼女はゆっくりと歩み始めた。
「……エスコートしてくださるの?」
「ああ、もちろん」
総督がぎこちなく答えた。そんな姿を横目で見ながら、アンヌは苦笑いを浮かべた。
「そろそろお疲れになりませんの?そのお話しの仕方」
ガーの歩みが止まる。彼は目を丸くして、総裁の顔を覗き込んだ。
「……困ったな。あなたは本当に……私の全てを見抜いてしまう」
空いた方の手で、総督は恥ずかしげに首を掻いた。アンヌも僅かに、はにかみながら俯いている。
「本当は私が単に、もっと打ち解けたいと思っているだけなのかもしれませんわよ?」
「そうか。そういうことなら……いつも通りにさせてもらおう。だが、俺もあなたにもっと打ち解けて欲しい。あなたの方こそ、お嬢様言葉の不慣れさが丸出しだぞ?」
今度はアンヌが狼狽する番だ。彼女は左手で横髪をかき揚げると、苦笑いを浮かべた。
「まあ……その……ずっと……公に発表されるまで、私の存在は隠されていたんだし……」
総裁でもなく、伯爵でもなく、久々にただのアンヌ・トワイラスが出た気がしてアンヌは思わず赤面した。同時に、彼と話していると無意識に気を許してしまう部分があることに不甲斐なさを感じた。ガーは自分にしか見せない一面に喜ぶと、
「良い話し方だ。その方がずっと、親しみやすい」
「でも……」
「でも、は俺の前では不要だ。だって俺達は────」
「お客様と、財政アドバイザー……ですよね?」
すかさず答えたアンヌは、ガーの表情が曇ったことに気づいた。越えられない壁が目の前にできたような気がして、総督は思わず立ち止まって俯いてしまった。
アンヌはそんな彼の方へ身を傾けると、目を閉じて暖かな腕に頬を付けた。17年前と変わっていない温もりが、全ての痛みを拭い去ってくれる気がした。
踏み出したい。あの日、振りほどいてしまった未来の続きを今からでも描けるなら。
思いと記憶が一気に押し寄せる中で、アンヌの唇はいつの間にか本心を紡いでいた。自分でも驚くほど、正直で純粋な気持ちが溢れだす。
「……ですが、もし出来るならお友達になっていただけませんか?」
「総裁……」
そう呼んだガーを見つめながら、彼女は首を振った。
「アンヌ、と呼んでください。折角ですから」
その名は、17年前に呼んで欲しかった名前だった。夢に終わる一時であっても、オーダーが存在しない今なら、少しだけであれば許されるはず。
未来が、音を立てて塗り変わる瞬間だった。
その頃、アソーカ・タノはボ=カタン・クライズと外縁部の惑星にある酒場にて、久々に顔を合わせていた。会話の内容は、主にマンダロアにおける作戦の今後についてだ。
「サクソン氏族は手強い。ヴィズラ家の中でも、ヴィズラに次ぐ有力氏族だから」
「サクソン……ね」
カクテルグラスを回しながら首を傾げるアソーカを見て、クライズは眉をひそめた。
「どうしたの?怖じ気づいたわけ?」
「いえ。ガー・サクソンって名前を、どこかで聞いたことがあるってずっと思ってたの。やっぱり、あの男だったのね」
「あの男って?」
興味ありげな顔をしているクライズが、身を乗り出してきた。アソーカはため息を漏らすと、苦々しい表情で渋々話し始めた。
「マンダロアの大戦末期は、モールに仕えるマンダロリアン・スーパー・コマンドーが政権を掌握していたわよね?」
「ええ。覚えているけど」
「そこに、ブレイン・アンヌ・トワイラスがあなたの願いを聞き入れて、雑用係のリリィ・デンとして潜入していたでしょ?」
「もちろん。今から考えると、あんな無茶な要望をよく3ヶ月間も叶えてくれたね」
アソーカはカクテルを一口飲むと、遠い記憶に思いを馳せた。
「────サクソンはね、自分の部下だったリリィ・デン……つまり、アンヌが好きだったの」
クライズが酒を吹く。驚きの事実に目を白黒させる彼女を置いて、トグルーダは伏し目がちに語り続けた。
「雑用係のリリィを気に入ったサクソンは、入隊半月で彼女を自分の部下にして、実戦では常に共に戦った。……最愛の部下がジェダイだとも知らず」
脳裏に甦る記憶を辿りながら、アソーカは悲しげに微笑んだ。クライズも、その先に待ち受ける悲劇的結末を予見しているようだ。
「サクソンの恋心は止まらなかった。ただの上官と部下としての関係を保つことが難しいくらいに、彼は折を見つけてはリリィに迫ったの。だから、アンヌはジェダイとしての立場を全うするために逃げた」
ここでクライズが突然右手を上げて話を制止した。常に気難しそうな顔をしている彼女だが、今日は特に怪訝そうな表情を浮かべている。
「ちょっと待って。どうして逃げるの?靡かなきゃ良いわけじゃない」
この問いに、アソーカが沈黙する。答えを察したクライズが叫んだ。
「どういうこと!?あんた、それを知っててこの仕事をアンヌに振ったわけ!?」
「カタン、大丈夫よ。アンヌは私情と任務をきっぱり分けられるタイプだから────」
「そういう問題じゃない!万が一、サクソンが気づいたらどうする気なんだ!?」
上気するクライズを抑えて、アソーカは首を横に振った。
「その心配は要らないわ」
そして、遠い目を浮かべながらこう言った。
「サクソンは、リリィ・デンが好きだったから。後にリリィがジェダイ・ブレイン・アンヌ・トワイラスと知って、レックスに捕えられてからも随分激昂していたわ」
「なるほど。つまり、今回も万が一アンヌがブレインだと知れても、サクソンは情を断ち切れるわけね?」
全く信用していなさそうなクライズの口調も気にせず、アソーカは虚ろな表情で頷いた。自身の言葉に、僅かな願いも込めて。
その日、ガー・サクソンはサンダーリのデパートにいた。目的はただ一つ、アンヌへの贈り物を探すためだ。彼は似合わないフラワーインテリアの店で、店員が差し出してくる商品に目を白黒させている。ポプリやハーバリウムに囲まれている総督の姿は、端から見てもなかなかの光景だ。一部の店員に至っては、影から失笑を漏らしながら見物している。対応に当たっている店員さえも、粗相がないように必死に笑いを堪えている始末だ。
「総督────いえ、お客様はどういったお方にお贈りするご予定でしょうか……?」
「あ、ああ……それは……その……」
恋人、と言おうとして彼は口をつぐんだ。流石にそれは一足飛ばし過ぎる。少し考えると、総督は上ずった声で答えた。
「ゆ、友人だ。女性の」
「なるほど。ちなみに、その方は花言葉などにお詳しそうな方ですか?」
花言葉、と聞いて彼は首を傾げた。
そう言えば、そんなものもあったな。
ガーは、専ら戦士としての教養に強かった。裏を返せば、他の教養は皆無に等しい。彼は眉をひそめながら、絨毯を見つめてため息を漏らした。
あいつなら、こういう女趣味な物事に詳しいんだろうな……
あいつというのは、弟であり副総督のタイバー・サクソンのことだ。タイバーは、兄と正反対の性格と感性で知られている。そのため戦士としては評価に値しない人物だが、贈答品や芸術的側面についての教養人としてはずば抜けた才を持っていた。
そんなことをぼんやりと考えているガーに、店員が見かねて恐る恐る尋ねた。
「あの……お客様……」
「ああ、すまん。彼女ならきっと、知っているだろう」
知っているに決まっている。当然だ、彼女は教養深くて愛らしい人だからな。
花と笑顔と紅茶が似合う女性、それがアンヌの印象だった。マンダロアの典型的な女性とは正反対の人だが、時折見せる芯の強さがどこか親近感を感じさせる。少なくともガーはそう感じていた。
ふと、彼はこんなことを閃いた。
「花言葉で、想いを伝えることは出来るのか?」
「はい、もちろんです」
「では────好きです、という意味になるのは?」
店員は満面の笑みで頷くと、即座に何種類もの商品を取り出して並べた。その種類の多さに、ガーが思わずすっとんきょうな声をあげる。
「こっ、こんなにあるのか!?」
「こちらが概ね、同じニュアンスのものです。花言葉の"好き"はかなり多岐に渡りますので、具体的にどのような"好き"なのかで商品が変わってまいりますよ」
具体的に、と言われた彼の頭の中は真っ白になった。
わけが分からん!好きは好きだろ!あぁ、だから俺はこういうものは嫌いなんだ!
と、心の中でひとしきり悪態をついてみたものの、花言葉に具体性を持たせなければならないことには変わりはない。渋々、ガーは羞恥心を捨てて自分の恋心と向き合い始めた。
アンヌ、お前が好きだ。お前と余生を共に出来れば、最上の幸せだろう。だが、お前は俺の気持ちに気付く素振りがない。友達なんて……嫌だ。俺だけのものになってほしい。
ここまで向き合ったところで、ガーは店員が引っ張り出してきた恋愛にまつわる花言葉リストに目を通した。そして、表からいくつかの言葉を選び出した。
「一目惚れ、燃える恋、この恋に気付いてほしい、あなたの姿に酔いしれる……で頼む」
「かしこまりました」
花言葉って、口に出すとこんなに恥ずかしいんだな……
流石のガーでさえ、露骨な愛情表現に対して僅かに気恥ずかしさが勝ってしまった。店員も笑いを必死に堪えながら、伝票を作成している。
「それでは数週間以内に作成し、完成致しましたらご連絡いたします」
「ああ。それで頼む」
カードを呈示しながら、ガーは安堵のため息を漏らした。
こんなに恥ずかしい買い物は、当分勘弁だな……
しかし、そう思いながらも心は恋に弾んでいる。精算を済ませた彼は、軽やかな足取りで帰路に着くのだった。
ちょうどその頃、アンヌ・トワイラスもサンダーリのデパートにやって来ていた。しかし、ガーと違って彼女は独りでなかった。
「サンダーリは、初めてかな?」
「いえ、一度だけ来たことがありますの。このデパートも……懐かしいわ」
なんと、隣に居るのはガーの弟タイバー・サクソンだった。この日は財政担当者であるタイバーが面談を申し込んできたため、アンヌは総裁としてサンダーリを訪問していたのだ。最初は彼女もメインバンク化を猛反対していると聞いていたため、副総督との面談には緊張していた。だが、思った以上に芸術や文化の話が盛り上がったこともあって、すっかり二人は打ち解けていた。
ガーと違ってタイバーは控えめで物静かな男性だった。マンダロリアンには珍しいタイプだったこともあり、アンヌは総督に対してとはまた違った興味を抱いていた。
一方でタイバーの方は、淡くも兄と同じ感情を抱いていた。幼いころから性格も価値観も正反対なサクソン兄弟なのだが、好みの女性のタイプは皮肉にも全く同じだった。勿論いつも意中の人を射止めるのは、ガーの方だ。初めて出来た彼女も、1か月後には兄の方が好きだからという理由で去ってしまった。
だからこそタイバーは、マンダロアの価値観に縛られないアンヌに期待を寄せていた。芸術や文芸に興味関心を寄せていても、決して軟弱者だと馬鹿にしない彼女は、正にタイバーの理想の女性だった。
絶対に、兄さんには先を越されたくない。
タイバーがそんなことを考えながら拳を握りしめていることも知らず、アンヌはデパートを見回していた。以前この場所に来たときは、隣にガーが居たのだ。上官と部下として訪れたのだが、彼女にとっては至上の思い出だった。そして同時に、苦く切ない思い出の場所でもあった。
その日はマンダロアの記念日で、夜には盛大な花火があげられる予定だった。そして、ガーは見晴らしの良い場所にアンヌを連れてくると、突然情熱的な想いを打ち明けた。
もちろん彼女はその気持ちに応えることが出来ないため、その場を去ろうとした。だが、ガーは引き下がることなくこう言った。
『俺は、ここでお前の返事を待っている。最後の花火が空に昇るまで!』
その声が脳裏に反響し続ける中、アンヌは大粒の涙を流しながらサンダーリの人混みを掻き分けて逃げた。時間も場所も分からず、彼女は逃げ続けた。もはや、何から逃げているのかも分からなかった。それから暫くして、最後の花火が空に昇った。フィナーレの美しさに人々が息を呑んで歓声を上げた。
同時に、アンヌの淡い初恋も悲しい終わりを迎えた。群衆の歓びの声が自分に対する嘲りのように聞こえた気がした。こうして、彼女はそのまま任務から離脱することを選んだ。
あの日、もし引き返して素直な想いを伝えることが出来たなら。もし、ジェダイ・ブレイン・アンヌ・トワイラスとしてではなく、普通の女の子としての人生を思い出したアンヌ・トワイラスとして向き合うことが出来たなら。あの夜空の先にどんな未来を描くことが出来たのだろうか。
アンヌは心の痛みに耐えかねて、気を紛らわせるためにタイバーの話に集中することにした。話の内容は殆ど入ってこないが、今は思いのブレを修復する方が先だった。
だが、ちょうどその時だった。
「────アンヌ?」
フロアに、今最も聞きたくない声が響いた。低く、魅力的な声だった。アンヌは振り返って声の主と対面した。その人────ガー・サクソンは酷く狼狽している。それも当然だ。自分の想い人が弟と歩いているのだから。
タイバーは予想外の出来事に動揺しながらも、歯を食いしばって兄に対する恐怖を払拭した。ここで怯んでは、昔と同じ結果になってしまうからだ。彼は敢えて余裕ありげな声を作って、明らかに動じている兄へ冷ややかな視線を送ることにした。
「ああ、兄さん」
「タイバー、お前……」
ガーは絶句しながらも、瞬時に自分の弟もアンヌのことが気に入ったことを悟った。彼は生まれて初めて、文化的教養もあって女性的なものの感性に長けているタイバーに危機感を覚えた。そんな中、アンヌは不自然な沈黙と異様な空気に何かを察すると、穏やかな口調で二人の間に割って入った。
「ヴァスロイ、まさかあなたにお会いできるなんて。今日はタイバー殿と財政関係についての面談をするために、サンダーリへ来ていたの」
「そ、そうだったのか……」
自分は称号で呼ばれるのに、弟の方が名前で呼ばれていることに違和感を覚えたガーは、アンヌが自分と距離を置いているのではと思った。
そして人生で初めて、撤退命令以外の場面で彼は逃げた。会釈をして急いでその場を後にする背中があまりにも哀しげで、アンヌはまた胸が痛んだ。
「ヴァスロイ……」
またしても、自分は何も出来なかった。そんな無力感に苛まれながら、彼女は任務に戻るためにタイバーへ向き直った。
本当は今すぐ追いかけて、後ろから優しく抱きしめて、17年前からずっと好きだったと伝えたい。そう叫ぶ心を押し殺して。
「馬鹿な兄め。何故私に知らせなかったんだ!」
怒りを剥き出しにして机を叩くこの男こそが、渦中の人であるタイバー・サクソンだった。彼はマンダロアの副総督にして、ガーの実弟だ。経済と外交を任されている彼にとって、今回の兄による独擅的な決定は許しがたきものだった。隣では、烈火の如く咆哮する上司の様子を伺いながらタイバーの副官が宥めようとしている。
「副総督、少し落ち着かれては……?」
「兄に会いに行く。どうせ小賢しい分離主義者の残党に騙されているのだろう!あいつは今どこに居る」
その言葉に副官がたじろぐ。それから暫くして、彼は恐る恐る答えた。
「サクソン卿は今……そっ、その……」
「何だ!さっさと言え!」
「その……成約を祝して総裁とセレノーでディナーに……」
案の定、タイバーの色白い肌に青筋が立つ。彼は鋭い視線を部下に投げつけた。
「戻ったらすぐに知らせろ、いいな」
「えっ!?総督を監視しろと言うことでしょうか?」
「当然だ!このままでは私の体面に関わる!」
有無を言わせない命令に、部下は渋々応じるしかなかった。タイバーはインターギャラクティック銀行グループのデータを眺めながら、吐き捨てるように独り言を零した。
「忌々しい脳筋兄貴め。マンダロアの伝統と文化が無ければ只の戦闘狂ではないか」
聞こえていない振りをした部下は、何とかタイバーの機嫌を取るのに必死だった。そしてある噂を思い出した。
「ところで副総督。これは単なる噂なのですが……」
「何だ」
「今回の決定は、兄君が銀行グループの総裁に懸想したからだとか……」
その話を聞いたタイバーの瞳が光る。彼は不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「では、私も総裁に会わねばならんな。私も一目見てやろうではないか、若き総裁とやらを」
その頃、弟の激昂など知る由も無いガー・サクソンは、お気に入りのアンヌ総裁と共に、ディナーの後の談笑を楽しんでいた。淑やかさの中に軽快さを含む彼女のトークに、総督はすっかり虜になってしまっている。とは言え、話しているのはほとんどガーの方で、アンヌは隣で聞き役に徹しているという方が正解だ。
「ヴァスロイのお話しは、本当に飽きませんわ。勇壮なだけでなく、知的だなんて……何と言うか、ずるいですわ」
「ほう、ずるいとは。何がかな?」
「虜にならぬ者など、居らぬのでしょう?きっと」
そう言いながら、アンヌは子供のように拗ねてみせた。ガーは然り気無く、手を華奢な肩へと伸ばしながら微笑んだ。
「あなたも同じだと思うが」
「ええと……それはどうかしら。正直、良く分かりませんわ」
アンヌは寸でのところで自然に避けると、ソファから立ち上がって中庭へと歩きだした。外は既に月が出ており、薔薇が咲き乱れる庭園は幻想的な景色を演出している。ガーは左腕をそっと突き出して、強引にエスコートを申し出た。断るわけにもいかず、アンヌはか細く頼りなげな手を、総督の戦士らしい剛健な腕に回した。セレノーの冷たい夜風の中では、ガーの存在すらも暖かくて安心出来てしまうことに驚きながら、彼女はゆっくりと歩み始めた。
「……エスコートしてくださるの?」
「ああ、もちろん」
総督がぎこちなく答えた。そんな姿を横目で見ながら、アンヌは苦笑いを浮かべた。
「そろそろお疲れになりませんの?そのお話しの仕方」
ガーの歩みが止まる。彼は目を丸くして、総裁の顔を覗き込んだ。
「……困ったな。あなたは本当に……私の全てを見抜いてしまう」
空いた方の手で、総督は恥ずかしげに首を掻いた。アンヌも僅かに、はにかみながら俯いている。
「本当は私が単に、もっと打ち解けたいと思っているだけなのかもしれませんわよ?」
「そうか。そういうことなら……いつも通りにさせてもらおう。だが、俺もあなたにもっと打ち解けて欲しい。あなたの方こそ、お嬢様言葉の不慣れさが丸出しだぞ?」
今度はアンヌが狼狽する番だ。彼女は左手で横髪をかき揚げると、苦笑いを浮かべた。
「まあ……その……ずっと……公に発表されるまで、私の存在は隠されていたんだし……」
総裁でもなく、伯爵でもなく、久々にただのアンヌ・トワイラスが出た気がしてアンヌは思わず赤面した。同時に、彼と話していると無意識に気を許してしまう部分があることに不甲斐なさを感じた。ガーは自分にしか見せない一面に喜ぶと、
「良い話し方だ。その方がずっと、親しみやすい」
「でも……」
「でも、は俺の前では不要だ。だって俺達は────」
「お客様と、財政アドバイザー……ですよね?」
すかさず答えたアンヌは、ガーの表情が曇ったことに気づいた。越えられない壁が目の前にできたような気がして、総督は思わず立ち止まって俯いてしまった。
アンヌはそんな彼の方へ身を傾けると、目を閉じて暖かな腕に頬を付けた。17年前と変わっていない温もりが、全ての痛みを拭い去ってくれる気がした。
踏み出したい。あの日、振りほどいてしまった未来の続きを今からでも描けるなら。
思いと記憶が一気に押し寄せる中で、アンヌの唇はいつの間にか本心を紡いでいた。自分でも驚くほど、正直で純粋な気持ちが溢れだす。
「……ですが、もし出来るならお友達になっていただけませんか?」
「総裁……」
そう呼んだガーを見つめながら、彼女は首を振った。
「アンヌ、と呼んでください。折角ですから」
その名は、17年前に呼んで欲しかった名前だった。夢に終わる一時であっても、オーダーが存在しない今なら、少しだけであれば許されるはず。
未来が、音を立てて塗り変わる瞬間だった。
その頃、アソーカ・タノはボ=カタン・クライズと外縁部の惑星にある酒場にて、久々に顔を合わせていた。会話の内容は、主にマンダロアにおける作戦の今後についてだ。
「サクソン氏族は手強い。ヴィズラ家の中でも、ヴィズラに次ぐ有力氏族だから」
「サクソン……ね」
カクテルグラスを回しながら首を傾げるアソーカを見て、クライズは眉をひそめた。
「どうしたの?怖じ気づいたわけ?」
「いえ。ガー・サクソンって名前を、どこかで聞いたことがあるってずっと思ってたの。やっぱり、あの男だったのね」
「あの男って?」
興味ありげな顔をしているクライズが、身を乗り出してきた。アソーカはため息を漏らすと、苦々しい表情で渋々話し始めた。
「マンダロアの大戦末期は、モールに仕えるマンダロリアン・スーパー・コマンドーが政権を掌握していたわよね?」
「ええ。覚えているけど」
「そこに、ブレイン・アンヌ・トワイラスがあなたの願いを聞き入れて、雑用係のリリィ・デンとして潜入していたでしょ?」
「もちろん。今から考えると、あんな無茶な要望をよく3ヶ月間も叶えてくれたね」
アソーカはカクテルを一口飲むと、遠い記憶に思いを馳せた。
「────サクソンはね、自分の部下だったリリィ・デン……つまり、アンヌが好きだったの」
クライズが酒を吹く。驚きの事実に目を白黒させる彼女を置いて、トグルーダは伏し目がちに語り続けた。
「雑用係のリリィを気に入ったサクソンは、入隊半月で彼女を自分の部下にして、実戦では常に共に戦った。……最愛の部下がジェダイだとも知らず」
脳裏に甦る記憶を辿りながら、アソーカは悲しげに微笑んだ。クライズも、その先に待ち受ける悲劇的結末を予見しているようだ。
「サクソンの恋心は止まらなかった。ただの上官と部下としての関係を保つことが難しいくらいに、彼は折を見つけてはリリィに迫ったの。だから、アンヌはジェダイとしての立場を全うするために逃げた」
ここでクライズが突然右手を上げて話を制止した。常に気難しそうな顔をしている彼女だが、今日は特に怪訝そうな表情を浮かべている。
「ちょっと待って。どうして逃げるの?靡かなきゃ良いわけじゃない」
この問いに、アソーカが沈黙する。答えを察したクライズが叫んだ。
「どういうこと!?あんた、それを知っててこの仕事をアンヌに振ったわけ!?」
「カタン、大丈夫よ。アンヌは私情と任務をきっぱり分けられるタイプだから────」
「そういう問題じゃない!万が一、サクソンが気づいたらどうする気なんだ!?」
上気するクライズを抑えて、アソーカは首を横に振った。
「その心配は要らないわ」
そして、遠い目を浮かべながらこう言った。
「サクソンは、リリィ・デンが好きだったから。後にリリィがジェダイ・ブレイン・アンヌ・トワイラスと知って、レックスに捕えられてからも随分激昂していたわ」
「なるほど。つまり、今回も万が一アンヌがブレインだと知れても、サクソンは情を断ち切れるわけね?」
全く信用していなさそうなクライズの口調も気にせず、アソーカは虚ろな表情で頷いた。自身の言葉に、僅かな願いも込めて。
その日、ガー・サクソンはサンダーリのデパートにいた。目的はただ一つ、アンヌへの贈り物を探すためだ。彼は似合わないフラワーインテリアの店で、店員が差し出してくる商品に目を白黒させている。ポプリやハーバリウムに囲まれている総督の姿は、端から見てもなかなかの光景だ。一部の店員に至っては、影から失笑を漏らしながら見物している。対応に当たっている店員さえも、粗相がないように必死に笑いを堪えている始末だ。
「総督────いえ、お客様はどういったお方にお贈りするご予定でしょうか……?」
「あ、ああ……それは……その……」
恋人、と言おうとして彼は口をつぐんだ。流石にそれは一足飛ばし過ぎる。少し考えると、総督は上ずった声で答えた。
「ゆ、友人だ。女性の」
「なるほど。ちなみに、その方は花言葉などにお詳しそうな方ですか?」
花言葉、と聞いて彼は首を傾げた。
そう言えば、そんなものもあったな。
ガーは、専ら戦士としての教養に強かった。裏を返せば、他の教養は皆無に等しい。彼は眉をひそめながら、絨毯を見つめてため息を漏らした。
あいつなら、こういう女趣味な物事に詳しいんだろうな……
あいつというのは、弟であり副総督のタイバー・サクソンのことだ。タイバーは、兄と正反対の性格と感性で知られている。そのため戦士としては評価に値しない人物だが、贈答品や芸術的側面についての教養人としてはずば抜けた才を持っていた。
そんなことをぼんやりと考えているガーに、店員が見かねて恐る恐る尋ねた。
「あの……お客様……」
「ああ、すまん。彼女ならきっと、知っているだろう」
知っているに決まっている。当然だ、彼女は教養深くて愛らしい人だからな。
花と笑顔と紅茶が似合う女性、それがアンヌの印象だった。マンダロアの典型的な女性とは正反対の人だが、時折見せる芯の強さがどこか親近感を感じさせる。少なくともガーはそう感じていた。
ふと、彼はこんなことを閃いた。
「花言葉で、想いを伝えることは出来るのか?」
「はい、もちろんです」
「では────好きです、という意味になるのは?」
店員は満面の笑みで頷くと、即座に何種類もの商品を取り出して並べた。その種類の多さに、ガーが思わずすっとんきょうな声をあげる。
「こっ、こんなにあるのか!?」
「こちらが概ね、同じニュアンスのものです。花言葉の"好き"はかなり多岐に渡りますので、具体的にどのような"好き"なのかで商品が変わってまいりますよ」
具体的に、と言われた彼の頭の中は真っ白になった。
わけが分からん!好きは好きだろ!あぁ、だから俺はこういうものは嫌いなんだ!
と、心の中でひとしきり悪態をついてみたものの、花言葉に具体性を持たせなければならないことには変わりはない。渋々、ガーは羞恥心を捨てて自分の恋心と向き合い始めた。
アンヌ、お前が好きだ。お前と余生を共に出来れば、最上の幸せだろう。だが、お前は俺の気持ちに気付く素振りがない。友達なんて……嫌だ。俺だけのものになってほしい。
ここまで向き合ったところで、ガーは店員が引っ張り出してきた恋愛にまつわる花言葉リストに目を通した。そして、表からいくつかの言葉を選び出した。
「一目惚れ、燃える恋、この恋に気付いてほしい、あなたの姿に酔いしれる……で頼む」
「かしこまりました」
花言葉って、口に出すとこんなに恥ずかしいんだな……
流石のガーでさえ、露骨な愛情表現に対して僅かに気恥ずかしさが勝ってしまった。店員も笑いを必死に堪えながら、伝票を作成している。
「それでは数週間以内に作成し、完成致しましたらご連絡いたします」
「ああ。それで頼む」
カードを呈示しながら、ガーは安堵のため息を漏らした。
こんなに恥ずかしい買い物は、当分勘弁だな……
しかし、そう思いながらも心は恋に弾んでいる。精算を済ませた彼は、軽やかな足取りで帰路に着くのだった。
ちょうどその頃、アンヌ・トワイラスもサンダーリのデパートにやって来ていた。しかし、ガーと違って彼女は独りでなかった。
「サンダーリは、初めてかな?」
「いえ、一度だけ来たことがありますの。このデパートも……懐かしいわ」
なんと、隣に居るのはガーの弟タイバー・サクソンだった。この日は財政担当者であるタイバーが面談を申し込んできたため、アンヌは総裁としてサンダーリを訪問していたのだ。最初は彼女もメインバンク化を猛反対していると聞いていたため、副総督との面談には緊張していた。だが、思った以上に芸術や文化の話が盛り上がったこともあって、すっかり二人は打ち解けていた。
ガーと違ってタイバーは控えめで物静かな男性だった。マンダロリアンには珍しいタイプだったこともあり、アンヌは総督に対してとはまた違った興味を抱いていた。
一方でタイバーの方は、淡くも兄と同じ感情を抱いていた。幼いころから性格も価値観も正反対なサクソン兄弟なのだが、好みの女性のタイプは皮肉にも全く同じだった。勿論いつも意中の人を射止めるのは、ガーの方だ。初めて出来た彼女も、1か月後には兄の方が好きだからという理由で去ってしまった。
だからこそタイバーは、マンダロアの価値観に縛られないアンヌに期待を寄せていた。芸術や文芸に興味関心を寄せていても、決して軟弱者だと馬鹿にしない彼女は、正にタイバーの理想の女性だった。
絶対に、兄さんには先を越されたくない。
タイバーがそんなことを考えながら拳を握りしめていることも知らず、アンヌはデパートを見回していた。以前この場所に来たときは、隣にガーが居たのだ。上官と部下として訪れたのだが、彼女にとっては至上の思い出だった。そして同時に、苦く切ない思い出の場所でもあった。
その日はマンダロアの記念日で、夜には盛大な花火があげられる予定だった。そして、ガーは見晴らしの良い場所にアンヌを連れてくると、突然情熱的な想いを打ち明けた。
もちろん彼女はその気持ちに応えることが出来ないため、その場を去ろうとした。だが、ガーは引き下がることなくこう言った。
『俺は、ここでお前の返事を待っている。最後の花火が空に昇るまで!』
その声が脳裏に反響し続ける中、アンヌは大粒の涙を流しながらサンダーリの人混みを掻き分けて逃げた。時間も場所も分からず、彼女は逃げ続けた。もはや、何から逃げているのかも分からなかった。それから暫くして、最後の花火が空に昇った。フィナーレの美しさに人々が息を呑んで歓声を上げた。
同時に、アンヌの淡い初恋も悲しい終わりを迎えた。群衆の歓びの声が自分に対する嘲りのように聞こえた気がした。こうして、彼女はそのまま任務から離脱することを選んだ。
あの日、もし引き返して素直な想いを伝えることが出来たなら。もし、ジェダイ・ブレイン・アンヌ・トワイラスとしてではなく、普通の女の子としての人生を思い出したアンヌ・トワイラスとして向き合うことが出来たなら。あの夜空の先にどんな未来を描くことが出来たのだろうか。
アンヌは心の痛みに耐えかねて、気を紛らわせるためにタイバーの話に集中することにした。話の内容は殆ど入ってこないが、今は思いのブレを修復する方が先だった。
だが、ちょうどその時だった。
「────アンヌ?」
フロアに、今最も聞きたくない声が響いた。低く、魅力的な声だった。アンヌは振り返って声の主と対面した。その人────ガー・サクソンは酷く狼狽している。それも当然だ。自分の想い人が弟と歩いているのだから。
タイバーは予想外の出来事に動揺しながらも、歯を食いしばって兄に対する恐怖を払拭した。ここで怯んでは、昔と同じ結果になってしまうからだ。彼は敢えて余裕ありげな声を作って、明らかに動じている兄へ冷ややかな視線を送ることにした。
「ああ、兄さん」
「タイバー、お前……」
ガーは絶句しながらも、瞬時に自分の弟もアンヌのことが気に入ったことを悟った。彼は生まれて初めて、文化的教養もあって女性的なものの感性に長けているタイバーに危機感を覚えた。そんな中、アンヌは不自然な沈黙と異様な空気に何かを察すると、穏やかな口調で二人の間に割って入った。
「ヴァスロイ、まさかあなたにお会いできるなんて。今日はタイバー殿と財政関係についての面談をするために、サンダーリへ来ていたの」
「そ、そうだったのか……」
自分は称号で呼ばれるのに、弟の方が名前で呼ばれていることに違和感を覚えたガーは、アンヌが自分と距離を置いているのではと思った。
そして人生で初めて、撤退命令以外の場面で彼は逃げた。会釈をして急いでその場を後にする背中があまりにも哀しげで、アンヌはまた胸が痛んだ。
「ヴァスロイ……」
またしても、自分は何も出来なかった。そんな無力感に苛まれながら、彼女は任務に戻るためにタイバーへ向き直った。
本当は今すぐ追いかけて、後ろから優しく抱きしめて、17年前からずっと好きだったと伝えたい。そう叫ぶ心を押し殺して。