この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
二章、ひと時の休暇
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たった二人オフィスに戻ったアンヌとカラスは、すぐに事態の隠蔽工作に取り掛かった。彼はディスラプターの納入履歴を削除すると、全品メイルーランフルーツにデータを塗り替えた。その手早さに彼女は感心した。
「塗り替え作業がお得意なんですね」
「保安局員の手早さなんぞを驚いていたら、情報部の手さばきでは腰を抜かすな」
彼はそう言ったが、目を見張るような速度で情報を塗り替えると、何事も無かったかのようにチュア大臣へ報告に行けとアンヌにデータパッドを預けた。これは違法ではないのだろうかと首を傾げながらも、彼女は上司の指示を遂行するために、オフィスへ向かった。
チュア大臣は生憎、オフィスには居なかった。まだイマイチ勝手を掴めていない彼女はため息をこぼした。すると、偶然横をすれ違ったヨガー・リステが彼女に親切にも教えてくれた。
「ああ、大臣なら事務局ですよ」
「ありがとう!ええと、名前は……?」
「リステです。ヨガー・リステ。お見知りおきを」
リステはそこそこに整った顔で笑うと、親切な振りを装って自分を売り込んだ。カラスのお気に入りとしてやって来た副官に取り入れば、昇進間違いなしと聞いたからだ。そんなチャンスを無能なアレスコ少佐とグリント管理官には奪われたくはなかった。ただでさえ出だしをしくじっているというのに。
そんな考えが裏に隠されているとは知らないアンヌはにっこり彼に笑うと、礼だけ済ませてさっさとどこかへ行ってしまった。残された彼は、名前を売り込むことを忘れた自分を恥じるのだった。
事務局へ入った彼女が最初に驚いたのは、帝国軍と感じさせないその和気藹々とした雰囲気だった。休み時間ではないのにコーヒーを煎れて談笑する姿が彼女には羨ましく思えた。すると一人の事務員がアンヌに気が付き、用件を聞いてきた。彼女は我にかえるとあわてて説明を始めた。
「チュア大臣です。マーケス・チュア大臣へエージェント・カラスからの報告に伺いました」
「あら!アンヌ!おかえりなさい」
チュアは少し奥の方のデスクで二人の明るい印象を受ける女性事務員と話をしているところだった。彼女はいつもの笑顔で振り返ると、会話をわざわざ中断してアンヌの手を引いて輪の中に投じた。
「この子!アンヌちゃん!私の友達」
「友達にするの早いわね、チュアったら」
「あんたがそうおもってるだけだったりして」
二人は楽天的なチュアにすこし呆れたが、やがてその意識はアンヌの方に向き始めた。
「あなたって、エージェント・カラスのお気に入りの子よね?」
「お気に入りと言いますか………助けていただいた者です」
「カラスのファンは多いからさ、頑張って!」
「嘘ー!あの髭がいいとか趣味悪!せめてあのださい髭何とかして欲しいわよね。顔はいいと思うけど」
目の前で繰り広げられる上司に対する悪口にどう返事をしていいのか分からない彼女だったが、あの髭を思い出すと自然に笑いがこみ上げてきた。
「ちょっと失礼よ、エミラン。副官さんにチクられたらどうするのよ」
「変な髭……うふふ………」
エミランと呼ばれた、先程からカラスの髭に対して酷評を浴びせている赤髪で短髪の事務員がアンヌの顔を覗き込んだ。
「………大丈夫?」
「ごめんなさい、急に笑ってしまって。私もそう思ってたんです、エミランさん!」
「お!同志!!!!いるじゃん、ほら」
二人はそれから顔を見合わせると笑い出した。その様子を見ていたもう一人の事務員がアンヌに尋ねた。
「あなたって………軍人さん………よ……ね?」
「そうなのでしょうか?いや、違うかも知れませんし、そうかもしれません」
「記憶喪失なのよ、彼女」
曖昧な答えを返す彼女にチュアが助け舟を出した。なるほどと質問者の事務員は頷いた。
「そっか………大変なんだね。そうだ、忘れてた。私はテミル!本当はテミエリルナ・アンボルディスって言うんだけど、テミルって呼んでね」
テミルと名乗ったやや大人しげな長い茶髪の事務員は、そう言ってアンヌに握手を求めてきた。それをみたエミランも自己紹介を始める。
「私はエミラン。エミラン・レステイラって言うの。宜しく!」
「2人とも、宜しく御願いします!」
テミルとエミランは彼女の肩を叩くとコーヒーを渡した。
「いいよ、タメ語でさ」
「そうそう。私もアンヌ〜って呼ぶから!」
アンヌは友達が出来たことに喜びを感じていた。そして、同時にあることを思いだした。
─────私にも昔、そう呼んでくれた友達が居たんだっけ
それは遠い彼方にしまったような記憶。本当に昔のように感じるが、触れられるくらいに近くに感じられることもある。
『アンヌ!おはよー!』
『大丈夫だって、アンヌ!怒られるなら一緒だよ』
『アンヌ!お昼食べよ!』
懐かしい声だった。誰であるのかはイマイチ思い出せないが、楽しい記憶の中にはいつもその声があった。けれど、一つだけ鮮明に覚えていることがあった。
それは、その声とリンクして思い出す最初で最後の悲しい記憶だった。
『────バイバイ、アンヌ』
────だめだよ、御願い、行かないで………私を独りに………
「………アンヌ?」
「あ!ごめん!」
我にかえると、エミランが心配そうに顔を覗き込んでいた。彼女はぼーっとしていたアンヌが元に戻ったことにホッとすると、あることを提案した。
「あのさ、アンヌ。新入り歓迎会するから晩御飯一緒にどう?」
「エミランったら。単にオールド・ジョーのお店で飲みたいだけでしょー?」
「間違いなし」
チュアはアンヌに予定はなにかないかと尋ねた。それに対して彼女は少し考えてから、上司がいいと言えば大丈夫だから確認を取ってくると言った。丁度彼女がそう返事をした時だった。窓口からカラスが顔を覗き込んで回答した。
「いいぞ、行っても」
「え、エージェントカラス!!長居してごめんなさい!」
「帰ってこないからどうせこんなことだろうと思っていたが、どうかな?」
「よく把握しておいでで。」
チュアは職務時間帯に談笑していることに対する嫌味であることを汲み取って、片方の眉毛を上にあげると、アンヌに仕事が終わったらここへ来るようにと言って、そのまま二人でオフィスへ戻っていった。
「エージェントカラスがまさかこんな所に来るなんて。ロージアを避けてたんじゃないんですか?」
「彼女はこの前異動になっただろう?」
「そうだな!でもお前、心当たりあるだろ?」
「いや、ないな」
テミルはアンヌが居なくなって急に腹黒くなったカラスを横目でちらっと一瞥すると、一緒に付いてきたジェイド医師に尋ねた。
「知らないはずないですよね?」
「ああ!人事課はお前の言いなりだもんな、カラス法務執行官」
「………あれはしつこすぎた。当然だ」
ジェイドはやれやれと肩をすくめた。
「やっぱりアレクサンドルは怖いな!流石だぜ」
アレクサンドル。カラスはアレクサンドル・カラスがフルネームなのだ。これ以上居ても追求の言葉からは逃れられないと思った彼は、そのまま事務局を後にした。ジェイドは失笑すると、そのままあとを追いかけた。
「おい待てよカラス!今日は早上がりしろよ!」
「………何故だ?」
「飲みに行くんだろ?オールドジョーの店に。お前も送別会に行くって俺、言っておいたからな」
「あのなぁ……おい!待て!」
彼は一言そう伝えるとそのまま逃げ去ってしまった。残されたカラスはやれやれと首を掻くと 、少しだけ頬を赤くした。
待ち合わせのキャピタルシティには、有り合わせの服を着たアンヌが立っていた。そこにチュアたちが合流する。先に驚きの声を上げたのはエミランだった。
「えええ!!その服はダメでしょ」
「え………ええと、まだここに来たばかりでこれしかなくて……」
テミルは時計をちらっと見ると、かなり時間に余裕があることを確かめてから提案した。
「プレゼントになにか買ってあげようかと思ったけど、早急に服とカバンと靴揃えましょっか」
「え……でも」
「いいって!そもそもちょっと早めに来て男抜きで女子会しようって計画してたし」
チュアがこれに頷いた。
「そうそう。」
「エージェントカラスなんてどうせアンヌ目当てなんだし?」
首をきょとんと傾げるアンヌにテミルが気づくと、苦笑いをして話を逸らした。
「さ、行こう。アンヌ、来てまもないんだから、お金足りなかったら貸してあげるからね」
「だ、大丈夫だよ、流石に……」
アンヌはまだ来たばかりではあったが、休日にアルバイトをしたり、農場の手伝いなどをしてそこそこの余裕があった。それにカラスが計らってくれたおかげで初年度生活費援助と移住援助金が一気に入ってきたため、そろそろ身の回りのものを揃えなければならない頃だと思っていたのだ。それよりも、気さくな友達が出来たことに喜びを覚えてた彼女は、少しだけカバンを掴んでいる手に力を入れた。
新しくロザルに出来たショッピングセンターは帝国軍で一杯だった。
「経済的余裕なんてないよね………」
「アンヌはロザルが財政破綻したこと、知ってる?」
「ええと、うん。たしか、立て直しのために帝国に買収されたんだよね」
一般人たちは皆明日の生活も苦しそうな様子だ。アンヌは少しだけ胸がいたんだ。
服を選び終えると、アンヌは着替えさせられた。選ばれたのは、ハイネックで清楚だけれどもオフショルダーになっている水色のトップスと、ブリーツの入った白のロングスカートだった。ブーツは茶色のスプリングブーツで、カバンは白のボストン系。
「我ながら最高のセンスしてるわぁ」
「自画自賛甚だしいわよ、エミラン」
「いいじゃん、テミル。」
エミランはにこやかに頷くと、満足げにそう言った。すかさずテミルがたしなめる。このやり取りが早くも当たり前になりつつある。アンヌは改めて鏡に映る自分を見て驚いた。
「すごい………私じゃないみたい……」
その様子を見たエミランは感嘆した。
「アンヌってさ、お嬢様みたい!まじで」
「また適当なことを……」
「ちがうよ!私も一応おジョーだから。」
アンヌは驚いて彼女を見た。
「エミランって………え?」
「私さ、これでも一応父親が元老院議員なんだ。」
得意げな彼女にチュアがちくりと言葉を刺す。
「見かけによらずってやつ?」
「ちょっとチュアそれどういう意味よ…」
4人は突然おかしくなって笑い出した。その後も下らないことで笑ったり、お互いに言葉遊びをしながらからかいあったりした。そうやって歩いているうちに、待ち合わせの場所であるオールドジョーの店にたどり着いた。
先に到着していたのはカラスとジェイドだった。二人ともいつもとは違う服で、少しだけ新鮮な印象だった。カラスはあっさりとカッターシャツにズボンだったが、見るからに高級そうなスーツ姿で、ジェイドはTシャツにジーンズとかなりラフな格好をしていた。カラスはアンヌの服装を見て赤面した。
「な、その服………」
「変……ですかね?」
「いや、似合っていると……思う。………制服ではないから新鮮なだけだ」
その様子を見たジェイドたちは顔を見合わせて笑うと、店に入ろうと誘った。
店に入ると店主のアイソリアンのオールド・ジョーが出迎えた。カウンター席に座ると、さっそく手馴れたジェイドたちが注文を済ませていく。メニュー表と睨み合いをするアンヌにカラスは黙ってそっとおすすめを指さした。
「………これとこれがオススメだ」
「ええと、ナブー産の………」
「はいはい」
ジョーは初心者のことは充分心得ているらしく、丁度いい配分のものを出してくれた。ナブー産の酒は香りが豊かで、ひと口飲むだけで果物や花の香りが口いっぱいに広がる。
少し喉を潤したところで、エミランとチュアが歓迎会らしく切り出した。
「えへん!今日は皆さんお集まりいただきありがとう!」
「我らが事務局に新しく配属になったアンヌ副官ですー!」
アンヌは気恥ずかしさですこし顔を赤くしたが、カラスと顔を見合わせると失笑した。
「我が副官は、優秀だからな。きっといい働きを見せてくれよう」
「宜しくおねがいします、エージェント・カラス」
ジェイドがその様子を見てカラスを肘で小突いた。なんの意味か分かっていないアンヌはただ首を傾げた。
次の日の仕事の支所にならない程度に楽しんだ彼らはそれぞれの帰路についた。帰り道、夜空を見上げたアンヌは、今日までの出来事を思い返した。
「あっという間だったけど、この数日間、本当に楽しかったな……」
新しい職場に、新しい惑星。そして素敵な友人と優しい上司とその友達。
何もかもがこのときは順調だった。
そう、この時は。
「塗り替え作業がお得意なんですね」
「保安局員の手早さなんぞを驚いていたら、情報部の手さばきでは腰を抜かすな」
彼はそう言ったが、目を見張るような速度で情報を塗り替えると、何事も無かったかのようにチュア大臣へ報告に行けとアンヌにデータパッドを預けた。これは違法ではないのだろうかと首を傾げながらも、彼女は上司の指示を遂行するために、オフィスへ向かった。
チュア大臣は生憎、オフィスには居なかった。まだイマイチ勝手を掴めていない彼女はため息をこぼした。すると、偶然横をすれ違ったヨガー・リステが彼女に親切にも教えてくれた。
「ああ、大臣なら事務局ですよ」
「ありがとう!ええと、名前は……?」
「リステです。ヨガー・リステ。お見知りおきを」
リステはそこそこに整った顔で笑うと、親切な振りを装って自分を売り込んだ。カラスのお気に入りとしてやって来た副官に取り入れば、昇進間違いなしと聞いたからだ。そんなチャンスを無能なアレスコ少佐とグリント管理官には奪われたくはなかった。ただでさえ出だしをしくじっているというのに。
そんな考えが裏に隠されているとは知らないアンヌはにっこり彼に笑うと、礼だけ済ませてさっさとどこかへ行ってしまった。残された彼は、名前を売り込むことを忘れた自分を恥じるのだった。
事務局へ入った彼女が最初に驚いたのは、帝国軍と感じさせないその和気藹々とした雰囲気だった。休み時間ではないのにコーヒーを煎れて談笑する姿が彼女には羨ましく思えた。すると一人の事務員がアンヌに気が付き、用件を聞いてきた。彼女は我にかえるとあわてて説明を始めた。
「チュア大臣です。マーケス・チュア大臣へエージェント・カラスからの報告に伺いました」
「あら!アンヌ!おかえりなさい」
チュアは少し奥の方のデスクで二人の明るい印象を受ける女性事務員と話をしているところだった。彼女はいつもの笑顔で振り返ると、会話をわざわざ中断してアンヌの手を引いて輪の中に投じた。
「この子!アンヌちゃん!私の友達」
「友達にするの早いわね、チュアったら」
「あんたがそうおもってるだけだったりして」
二人は楽天的なチュアにすこし呆れたが、やがてその意識はアンヌの方に向き始めた。
「あなたって、エージェント・カラスのお気に入りの子よね?」
「お気に入りと言いますか………助けていただいた者です」
「カラスのファンは多いからさ、頑張って!」
「嘘ー!あの髭がいいとか趣味悪!せめてあのださい髭何とかして欲しいわよね。顔はいいと思うけど」
目の前で繰り広げられる上司に対する悪口にどう返事をしていいのか分からない彼女だったが、あの髭を思い出すと自然に笑いがこみ上げてきた。
「ちょっと失礼よ、エミラン。副官さんにチクられたらどうするのよ」
「変な髭……うふふ………」
エミランと呼ばれた、先程からカラスの髭に対して酷評を浴びせている赤髪で短髪の事務員がアンヌの顔を覗き込んだ。
「………大丈夫?」
「ごめんなさい、急に笑ってしまって。私もそう思ってたんです、エミランさん!」
「お!同志!!!!いるじゃん、ほら」
二人はそれから顔を見合わせると笑い出した。その様子を見ていたもう一人の事務員がアンヌに尋ねた。
「あなたって………軍人さん………よ……ね?」
「そうなのでしょうか?いや、違うかも知れませんし、そうかもしれません」
「記憶喪失なのよ、彼女」
曖昧な答えを返す彼女にチュアが助け舟を出した。なるほどと質問者の事務員は頷いた。
「そっか………大変なんだね。そうだ、忘れてた。私はテミル!本当はテミエリルナ・アンボルディスって言うんだけど、テミルって呼んでね」
テミルと名乗ったやや大人しげな長い茶髪の事務員は、そう言ってアンヌに握手を求めてきた。それをみたエミランも自己紹介を始める。
「私はエミラン。エミラン・レステイラって言うの。宜しく!」
「2人とも、宜しく御願いします!」
テミルとエミランは彼女の肩を叩くとコーヒーを渡した。
「いいよ、タメ語でさ」
「そうそう。私もアンヌ〜って呼ぶから!」
アンヌは友達が出来たことに喜びを感じていた。そして、同時にあることを思いだした。
─────私にも昔、そう呼んでくれた友達が居たんだっけ
それは遠い彼方にしまったような記憶。本当に昔のように感じるが、触れられるくらいに近くに感じられることもある。
『アンヌ!おはよー!』
『大丈夫だって、アンヌ!怒られるなら一緒だよ』
『アンヌ!お昼食べよ!』
懐かしい声だった。誰であるのかはイマイチ思い出せないが、楽しい記憶の中にはいつもその声があった。けれど、一つだけ鮮明に覚えていることがあった。
それは、その声とリンクして思い出す最初で最後の悲しい記憶だった。
『────バイバイ、アンヌ』
────だめだよ、御願い、行かないで………私を独りに………
「………アンヌ?」
「あ!ごめん!」
我にかえると、エミランが心配そうに顔を覗き込んでいた。彼女はぼーっとしていたアンヌが元に戻ったことにホッとすると、あることを提案した。
「あのさ、アンヌ。新入り歓迎会するから晩御飯一緒にどう?」
「エミランったら。単にオールド・ジョーのお店で飲みたいだけでしょー?」
「間違いなし」
チュアはアンヌに予定はなにかないかと尋ねた。それに対して彼女は少し考えてから、上司がいいと言えば大丈夫だから確認を取ってくると言った。丁度彼女がそう返事をした時だった。窓口からカラスが顔を覗き込んで回答した。
「いいぞ、行っても」
「え、エージェントカラス!!長居してごめんなさい!」
「帰ってこないからどうせこんなことだろうと思っていたが、どうかな?」
「よく把握しておいでで。」
チュアは職務時間帯に談笑していることに対する嫌味であることを汲み取って、片方の眉毛を上にあげると、アンヌに仕事が終わったらここへ来るようにと言って、そのまま二人でオフィスへ戻っていった。
「エージェントカラスがまさかこんな所に来るなんて。ロージアを避けてたんじゃないんですか?」
「彼女はこの前異動になっただろう?」
「そうだな!でもお前、心当たりあるだろ?」
「いや、ないな」
テミルはアンヌが居なくなって急に腹黒くなったカラスを横目でちらっと一瞥すると、一緒に付いてきたジェイド医師に尋ねた。
「知らないはずないですよね?」
「ああ!人事課はお前の言いなりだもんな、カラス法務執行官」
「………あれはしつこすぎた。当然だ」
ジェイドはやれやれと肩をすくめた。
「やっぱりアレクサンドルは怖いな!流石だぜ」
アレクサンドル。カラスはアレクサンドル・カラスがフルネームなのだ。これ以上居ても追求の言葉からは逃れられないと思った彼は、そのまま事務局を後にした。ジェイドは失笑すると、そのままあとを追いかけた。
「おい待てよカラス!今日は早上がりしろよ!」
「………何故だ?」
「飲みに行くんだろ?オールドジョーの店に。お前も送別会に行くって俺、言っておいたからな」
「あのなぁ……おい!待て!」
彼は一言そう伝えるとそのまま逃げ去ってしまった。残されたカラスはやれやれと首を掻くと 、少しだけ頬を赤くした。
待ち合わせのキャピタルシティには、有り合わせの服を着たアンヌが立っていた。そこにチュアたちが合流する。先に驚きの声を上げたのはエミランだった。
「えええ!!その服はダメでしょ」
「え………ええと、まだここに来たばかりでこれしかなくて……」
テミルは時計をちらっと見ると、かなり時間に余裕があることを確かめてから提案した。
「プレゼントになにか買ってあげようかと思ったけど、早急に服とカバンと靴揃えましょっか」
「え……でも」
「いいって!そもそもちょっと早めに来て男抜きで女子会しようって計画してたし」
チュアがこれに頷いた。
「そうそう。」
「エージェントカラスなんてどうせアンヌ目当てなんだし?」
首をきょとんと傾げるアンヌにテミルが気づくと、苦笑いをして話を逸らした。
「さ、行こう。アンヌ、来てまもないんだから、お金足りなかったら貸してあげるからね」
「だ、大丈夫だよ、流石に……」
アンヌはまだ来たばかりではあったが、休日にアルバイトをしたり、農場の手伝いなどをしてそこそこの余裕があった。それにカラスが計らってくれたおかげで初年度生活費援助と移住援助金が一気に入ってきたため、そろそろ身の回りのものを揃えなければならない頃だと思っていたのだ。それよりも、気さくな友達が出来たことに喜びを覚えてた彼女は、少しだけカバンを掴んでいる手に力を入れた。
新しくロザルに出来たショッピングセンターは帝国軍で一杯だった。
「経済的余裕なんてないよね………」
「アンヌはロザルが財政破綻したこと、知ってる?」
「ええと、うん。たしか、立て直しのために帝国に買収されたんだよね」
一般人たちは皆明日の生活も苦しそうな様子だ。アンヌは少しだけ胸がいたんだ。
服を選び終えると、アンヌは着替えさせられた。選ばれたのは、ハイネックで清楚だけれどもオフショルダーになっている水色のトップスと、ブリーツの入った白のロングスカートだった。ブーツは茶色のスプリングブーツで、カバンは白のボストン系。
「我ながら最高のセンスしてるわぁ」
「自画自賛甚だしいわよ、エミラン」
「いいじゃん、テミル。」
エミランはにこやかに頷くと、満足げにそう言った。すかさずテミルがたしなめる。このやり取りが早くも当たり前になりつつある。アンヌは改めて鏡に映る自分を見て驚いた。
「すごい………私じゃないみたい……」
その様子を見たエミランは感嘆した。
「アンヌってさ、お嬢様みたい!まじで」
「また適当なことを……」
「ちがうよ!私も一応おジョーだから。」
アンヌは驚いて彼女を見た。
「エミランって………え?」
「私さ、これでも一応父親が元老院議員なんだ。」
得意げな彼女にチュアがちくりと言葉を刺す。
「見かけによらずってやつ?」
「ちょっとチュアそれどういう意味よ…」
4人は突然おかしくなって笑い出した。その後も下らないことで笑ったり、お互いに言葉遊びをしながらからかいあったりした。そうやって歩いているうちに、待ち合わせの場所であるオールドジョーの店にたどり着いた。
先に到着していたのはカラスとジェイドだった。二人ともいつもとは違う服で、少しだけ新鮮な印象だった。カラスはあっさりとカッターシャツにズボンだったが、見るからに高級そうなスーツ姿で、ジェイドはTシャツにジーンズとかなりラフな格好をしていた。カラスはアンヌの服装を見て赤面した。
「な、その服………」
「変……ですかね?」
「いや、似合っていると……思う。………制服ではないから新鮮なだけだ」
その様子を見たジェイドたちは顔を見合わせて笑うと、店に入ろうと誘った。
店に入ると店主のアイソリアンのオールド・ジョーが出迎えた。カウンター席に座ると、さっそく手馴れたジェイドたちが注文を済ませていく。メニュー表と睨み合いをするアンヌにカラスは黙ってそっとおすすめを指さした。
「………これとこれがオススメだ」
「ええと、ナブー産の………」
「はいはい」
ジョーは初心者のことは充分心得ているらしく、丁度いい配分のものを出してくれた。ナブー産の酒は香りが豊かで、ひと口飲むだけで果物や花の香りが口いっぱいに広がる。
少し喉を潤したところで、エミランとチュアが歓迎会らしく切り出した。
「えへん!今日は皆さんお集まりいただきありがとう!」
「我らが事務局に新しく配属になったアンヌ副官ですー!」
アンヌは気恥ずかしさですこし顔を赤くしたが、カラスと顔を見合わせると失笑した。
「我が副官は、優秀だからな。きっといい働きを見せてくれよう」
「宜しくおねがいします、エージェント・カラス」
ジェイドがその様子を見てカラスを肘で小突いた。なんの意味か分かっていないアンヌはただ首を傾げた。
次の日の仕事の支所にならない程度に楽しんだ彼らはそれぞれの帰路についた。帰り道、夜空を見上げたアンヌは、今日までの出来事を思い返した。
「あっという間だったけど、この数日間、本当に楽しかったな……」
新しい職場に、新しい惑星。そして素敵な友人と優しい上司とその友達。
何もかもがこのときは順調だった。
そう、この時は。
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