この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
7章、抗えぬ宿命
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豪雨のような銃撃。青い部ラスタービームの雨を掻い潜りながら、ジェダイ聖堂に居るアンヌは必死に防御に徹していた。
攻撃することなど、到底出来なかった。何故なら、相手はかつての戦友だから。
「止めて……お願い……もう……止めて!!」
どうしてこんなことに。嘆いている間にも、周りには仲間のジェダイたちの遺体が積み重なっていく。
「嫌……嫌……嫌……嫌……いやあああああああああああああっ」
アンヌが叫ぶと、周囲が大きく脈打つ。彼女の特技、フォースクライだ。
怯んだ隙に、彼女はライトセイバーを構え直して瞳に怒りを湛えて呟いた。
「────お前だけは、お前だけは絶対に許さない……っ!!刺し違えてでも、お前はブッ殺すっ……!!」
自分の身体の中からこれ程の激しい怒りがこみ上げてくることを、アンヌは初めて知った。そして、彼女がライトセイバーを振りかぶろうとした時だった。
「なっ──────」
突然床が崩れ、身体が宙へと放り出されたのだ。
戻らなければ。向こう側へ、早く。
もがく間にも、数多の命が潰えていく。アンヌの叫びは届かない。そして髪が徐々に純白へと染まり始め────
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
自分の絶叫で目が覚めたアンヌは、その場所がジェダイ聖堂で無いことに安堵した。そして次に、夢で見た内容が17年前に起きた現実であることを思い出して絶望した。
「あぁ……みんな……ごめん……ごめんなさい……私……だけが……私だけが生き残って……」
あの日、ジェダイ聖堂に居た者は一人残らず命を落とした。それが今知られている事実である。だが、それは誤りだった。アンヌ・トワイラスはただ一人の生存者として、今もこの場所で生きている。
あの日、彼女は全てのジェダイを犠牲にして生き残ったのだ。本当は、心のどこかでアンヌは察していた。皆がブレインを、命懸けで救おうとすることを。そして、それに甘んじなかったかと聞かれれば、はっきりとした答えは返すことが出来ないことも分かっていた。
だからこそ、アンヌは共和国の遺物としての使命を全うすべきだと心に言い聞かせ続けていたのだ。
「なのに……なのに……私……」
彼女が目を向けた先には、ガーからの贈り物があった。使命を全うするどころかオーダーに背き続けている自分が、アンヌは許せなかった。数多の仲間の死の上で成り立っている「生」を、たった一人の男への「恋」で無にすることなど到底容認されるはずがない。
アンヌは深いため息を漏らしながら、17年前と変わらず美しい空を見上げた。
もうすぐ、帝国の日────忘れもしないあの日がやって来る足音を聞きながら。
その頃、帝国領マンダロアでは盛大なパレードを催すための準備が進められていた。ヴァスロイ・ガー・サクソンは、毎年祝祭の計画を立てることに嫌気がさしていた。
「下らん。どうせなら公休日にして欲しい」
「兄さん、官僚に聞こえるとマズいですよ」
「知るか。あー、来賓も呼ばねばならんし、全く下らん……」
「来賓の選定もしてくださいよ。私だけでは到底無理です」
ガーはダイバーの愚痴を鼻で笑うと、データパッドを取り上げて横目で眺め始めた。だが、どこまでスクロールしても中年の男ばかりで、ガーは直ぐに目を通す作業を止めてしまった。
「……どいつもこいつも、野郎しか居ないじゃないか」
「兄さん!あなた好みの女なんて、来賓には該当しませんよ」
そのタイバーの一言に、ガーの眉が上がる。総督は何か思い立ったように立ち上がると、執務室へ向かい始めた。
「兄さん、何をする気なんですか?」
「来賓を選定するんだ。俺の仕事なんだろ?」
その言葉の真意がわからず立ち尽くす弟を置いて、ガーは部屋を後にするのだった。
アンヌは目を閉じながら瞑想に耽っていた。いや、正確には必死に心を落ち着けようと試みていた。総督と再会を果たしてから、彼女は瞑想が出来ない身体になっていた。理由は、とっくの昔にわかっていた。
恋や愛は執着を呼び、身体の奥深くに眠る欲望の種火を燻らせる。消し止まぬ愛欲は、そのうちに身も心も灰に変えてしまう……
「ガー……」
諦めて目を開けたアンヌは、目の前に置いてあるライトセイバーの柄を見つめながらため息を漏らした。そして、震える指先を伸ばそうとしたその時だった。ガーとアンヌ専用のコムリンクから発信音が響いた。一呼吸置いてコムリンクを取った彼女は、いつもの声で返答した。
「お元気かしら」
『ああ、俺はいつだって元気だ』
「それは良かった。どうしたの?」
『お前の声が聞きたかった、じゃダメか?』
アンヌはクスリと笑いながら立ち上がって、ソファに腰掛けた。ガーの方は、無言の返答は喜んでいる証と気づいて笑みを溢している。
『最近俺の仕事が立て込んでいて、なかなか会えないだろう?当面予定は空きそうにない……だから、良かったらお前を帝国の日の来賓に招待したいんだ』
帝国の日、と聞いたアンヌの思考が止まる。ガーの声すらも、雑音のように通りすぎていく。
数多の命が失われ、銀河中の運命が変わってしまったあの日をどう祝えと言うのか。自分の帰る場所を壊し、友を奪ったあの日を、どんな顔で祝えと言うのか。
その後、彼女はどのように返答したのか覚えていない。ただ1つ確かなことは、改めて二人の間には大きな溝があるということを実感したことである。
通信が終わったあと、ガーは大急ぎで仕事を適当に終わらせて身支度に取りかかった。その理由は、久々に愛する人との食事の時間が取れたからだ。アンヌは生返事で請け負ったものの、ガーにとっては至福の返答だった。
彼は指紋認証で引き出しを開けると、奥からビロードで覆われた小さな箱を取り出した。震える手で開いた箱の中には、小さな指輪が入っている。
「アンヌ……まさか、この年で運命の出会いが待っていたなんて……俺は嬉しいよ……」
そう、ガーはアンヌにプロポーズしようと計画していたのだ。帝国の日にディナーを共にし、その後にサンダーリの美しい夜景を見せながら結婚の申し込みをする。それが彼の計画だった。
「次の日には報道陣が騒ぐだろうなぁ……あぁ、俺のアンヌが総督夫人か……楽しみだ」
彼の脳内には、プロポーズが失敗するだったり、アンヌの返答が予想外になるというシナリオは無いようだ。そして、このことが後々二人を争いの渦中に追い落としてしまうなど、今の彼には考える由も無い。
こうしてやってきた帝国の日はアンヌにとっては重苦しかったが、ヴァスロイ・サクソンの足取りは軽かった。セレノーへ着いたガーは、出迎えてくれたアンヌを抱き上げて熱い口づけをした。心中複雑な彼女にとっても、その愛は唯一の癒しだった。
「俺が居なくて、寂しかったか?」
「愚問ね、ヴァスロイ・サクソン」
「そうか……寂しかったか!今日は俺がお前の寂しさを埋めてやるからな」
アンヌは微笑みを浮かべながらも、胸のうちで深いため息をついた。本当に埋まってほしいものは、寂しさではなく互いの距離そのものだからだ。そんな本心など知る由もないガーは、繋いだ手を引っ張って先々進んでいってしまう。歩く速度とテンポの違いがまるで二人の間の壁を可視化しているような気がして、アンヌの心はさらに沈んでいく。
「ねぇ……」
「サンダーリへ着いたら、先に予約してやったホテルへチェックインしろ。1時間後に迎えにいく。ディナーも予約してあるから、楽しみにしていてくれ」
「あの……」
アンヌが問う暇も無く、ガーは更に続けた。
「そうだ、今日は話しておきたいことがあるんだ。俺たちの将来について、だな。……お前ももう、分かっているだろう?サクソン氏族に相応しい跡継ぎは、お前にしか────」
「ちょっ、ちょっと待って!」
突然の叫びに、さすがのガーもたじろいだ。何事かと思いつつ、彼は眉をひそめて固まってしまった。アンヌは当惑と苛立ちの感情を抑えながら、なんとか理性的に説明を始めた。
「わ、私……今はまだ出来ない。役員会議でも検討しないといけないし、セレノーの貴族会議にも議題としてあげなければいけないほど大きなことよ。マンダロアとセレノーは国交を断絶しているような状態だし、何よりあなたと私の関係は非公認なんだから!」
「お前は、俺のプロポーズを断るということか?」
はっきりとした圧の籠った言葉に、今度はアンヌの方がたじろぐ番が来た。
「い、いえ……そういうわけでもないけれど……その……私たちの結婚には民意と世論の同意が必要だと言いたいの」
愛する人の燻る返事に対して、ガーは落胆と僅かな怒りを覚えた。必死に感情を抑えながら、彼は背を向けながら言った。
「……分かった。俺も急で済まなかった」
「ガー、あのね────」
「もう、良い。行くぞ、サンダーリへ」
「うん……」
ごめんなさい、の言葉を飲み込ませる圧に負けたアンヌは、無言で総督の背を追いかけた。この時たった一言でも謝罪の言葉を言えていればと、後にアンヌは激しく後悔することになるのだった。
互いの惑星がやや近くて良かった、と思うほどに長い沈黙が続いた船内を耐え、二人はようやくサンダーリの発着ベイへとたどり着いた。ホテルまでの見送りをやんわりと断ったアンヌと別れたガーは、ポケットに隠した婚約指輪を取り出してため息を漏らした。
他の女なら、烈火のごとく怒りをぶつけただろうな……
あり得ないほどの理性的行動に対して、彼は苛立ちを覚えていた。何故ならその行動こそが、アンヌを愛しているのだと痛いほど証明しているからだ。だが、彼も焦っていた。このまま行けば、自分は60代だ。そしてそのまま気付けば若々しいアンヌが手の届かない場所に行ってしまうほどに老いていき────
何とかしなくては。だが、一体どうすれば……
その時、彼の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
「なるほど、『世論』か……」
開かれた箱に静かに佇む婚約指輪のダイヤが、僅かに悲しげに瞬く。運命が歪んでいく序章が、始まろうとしていた。いや、二人の運命は既に初めて会った時から歪んでいたのかもしれない。
アンヌは、プライベートルームにて味のしないディナーを食べながら微笑みを浮かべていた。サンダーリの人工的な夜景もいつもは綺麗に感じるのだが、今日は何故か軽薄に感じてしまう。
まるで、嘘だらけの二人の関係のようだ。そう思うと、アンヌの中に無性に笑いが込み上げてきた。
ようやく会話の内容すら覚えていないデートを終えた彼女は、無機質な高級客室の高級ベッドに倒れ込んだ。そして、疲労感と同時に怒りも込み上げてきた。
「こんな状況じゃなきゃ、あなたの手を振り払うわけないのに……」
怒りの矛先は、己を縛る過去の軛だ。だが、アンヌは分かっていた。軛など実際は存在せず、自身が贖罪の念から過去への懺悔に対して執着しているということを。
「でも……仕方ないじゃない……」
アンヌはため息をつくと、ドレスを着替えることもなく目を閉じた。
明日、謝ろう。互いの年のこともあって焦る気持ちも分かるし。だから、きちんと見通しをつけて話し合おう。
深い眠りに落ちながら、彼女はそんなことを考えていた。そして明日という災厄の日が、愛する彼のお陰で良き日になることを祈りながら。
翌朝、アンヌはけたたましい音で目が覚めた。それはアラームではなく聞きなれた何かの音の集合体だった。
「……何……?──────えっ!!!?」
目を覚まして小型端末で時間を確認しようとした彼女は、自分の目を疑った。なんとそこには大量の電子メッセージと不在着信、更にはボイスメッセージが届いていたのだ。その件数は、なんと999件超すなわち1000件を超える量だった。
飛び起きたアンヌは一先ず会長補佐に連絡を返した。ツーコールを待たずして通信に応じたその声は、明らかに動揺している。
「そっ、総裁!たっ、大変です!」
「どうしたの。システム障害?」
「ちっ、違います!ホロネットニュースを見てください!急いで!」
「え……?」
困惑の色を隠せないアンヌがニュースを立ち上げると、そこにはなんと────
「何、これ……」
マンダロアの総督ガー・サクソンと、インターギャラクティック銀行グループ総裁アンヌとの熱愛報道が大きく取り上げられているではないか。アンヌは会長補佐の通信を保留にすると、急いでガーに連絡をした。
「ガー!一体これはどうなっているの!?」
「俺も分からん。恐らく、俺を恨んでいるヴィズラ氏族が記者を雇ってやったんだろう。奴等ならやりかねん」
「そんな……どうするの?」
アンヌの問いに答えず、ガーは大きなため息をつきながら続けた。
「しかも、更に厄介なことになったみたいだ」
「これ以上、どうやって厄介になるのよ!?」
彼は一呼吸置くと、震える声で話し始めた。
「────皇帝陛下がこの報道を受けて、セレノー掌握のために近々軍事統合令を下すらしい」
「軍事統合って……」
「そうだ、事実上の植民地化だ」
植民地、と聞いたアンヌの目の前が真っ暗になる。ザイゲリアの悲劇がセレノーで繰り返されるのは、明白な状況だからだ。
「そんな……クローン大戦中の怨恨があるセレノーを植民地化なんてされたら、全員帝国の奴隷にされてしまう!」
「ああ、そうなるだろうな」
「ガー、どうしよう……私、どうすれば……」
狼狽するアンヌに、ガーは躊躇いながら口を開いた。
「俺が、お前と結婚してセレノー総督になる。そうすれば、今まで通りの生活を保証出来る。俺はただの総督じゃない。選ばれし“皇帝の手”の一員だ。正当な要求さえあれば、勅令を停止する権限がある」
政略結婚。もはや、それしかセレノーが生き残る道は残されていない。そして、迷う暇が無いことは明白だった。
アンヌは顔を上げると、大きく息を吸い込んでこう言った。
「────今日、式典で正式に発表しましょう。セレノーを救うためなら、猶予はありません」
「分かった。タイバーにもそのように説明し、皇帝陛下にも勅令の停止を要求する」
「ありがとう、ガー……」
「いや、良いんだ。こちらこそ、ありがとう。済まなかった。では、今日の夜、帝国の日の式典で会おう」
アンヌはその言葉を聞いて、心のなかに安堵が広がるのを感じた。つもは武骨でぶっきらぼうな口調のガーが、今日はいつになく穏やかだったからだ。
通信を終えたガーが顔を上げると、そこには眉をひそめて非難の視線を向けるタイバーがいた。彼は口を開くと、兄を嘲笑し始めた。
「兄さん。あなたは今までもずっと、欲しいものを必ず手に入れてきた。だけどまさか、こんな手をお使いになるとは」
「何の話だ?」
「おとぼけにならないでください。あなたのことは全部、手に取るように分かるんです。憎たらしいし許せない存在だが、あなたは私の実兄ですから」
タイバーはカフサーバーから勝手にカフを取ると、カップを燻らせながら卑屈な笑みを浮かべた。
「リークしたのは、兄さんですよね?」
「……仕方がなかった。でなければ彼女は、いずれ俺の手の中をすり抜けてしまう」
「────そんなに愛しているなら、苦しめて良いのですか?」
弟の言葉に、ガーの手が止まる。刹那に走る迷いを振りきるように、彼はタイバーを睨み付けた。
「俺が間違えているとでも言いたいのか、お前は。俺よりあいつを知っている男など居ない!」
「ですが、私ほど兄さんを良く分かっている男も居ませんよ」
副総督はカップを持ったまま扉へと歩きだした。ガーは肩を震わせながらその背に鋭い眼光を向けている。
「────兄さんは不幸になる。必ず。そしてあの人も兄さんと一緒に居れば不幸になる。だって兄さんは、周りを傷つけることしか出来ない人ですから」
兄の怒号を待つことなく、タイバーはすり抜けるようにして開いた扉の向こうへと行ってしまった。部屋を背にして歩く彼の表情は、意外にも苦痛に歪んでいた。
私だって、兄さんを尊敬していた。兄さんみたいな人に成りたかった。でも、成れなかった。
その背中は、非力なタイバーにとってあまりに眩しかった。いつしか憧れは強い嫉妬に変わり、ついには曲がった侮蔑へと変貌した。そしてそんな自分が恥ずかしく、心のなかでは常に己を蔑んでいた。
「……兄さん……」
彼が求めたのは、完璧な兄ではなかった。ただ一度だけ、優しく頭を撫でて褒めてくれる兄がほしかっただけだった。
この日以来、タイバーは兄に楯突くこともアンヌに執着することも無くなった。それはあらゆることに対する、彼なりの諦めの付け方だったのである。
唐突に決まった婚約を真っ先に知らせるや否や、セレノーから母親のアルマ夫人が駆けつけた。彼女はアンヌの耳にかかっているイヤリングを見て、瞳を潤ませながら駆け寄った。
「あぁ……アンヌ……!あなたまでこんな形で結婚することになるなんて……!」
アルマ夫人が目尻を押さえてその場にうずくまる。その肩をそっと抱き締めながら、アンヌは沈黙を貫いた。
夫人は元々、アウターリムにあるティリエスという惑星の姫だった。フォースセンシティブの者が多いティリエスでは、代々フォースヒールと似た秘術が受け継がれていた。しかし、それを悪用しようとした一派と対立し、謀反を受けて王朝が滅ぼされてしまったのだ。若きアルマ姫は裕福な暮らしから一転、母を謀反で亡くし、病弱な父王を連れてセレノーへと逃げることとなった。ところが哀れな親子に追い討ちをかけるように、周囲の冷たい視線が降り注ぐこととなった。美しいアルマに言い寄ったものの拒まれた老領主の怒りを買い、魔王と魔女の一族と謗られた二人は言われのない罪で火炙りの刑を命じられたのだ。
その時に領主の首を一刀両断して二人を救ったのが、ジェダイオーダーを去って間もないドゥークーだったのだ。アルマにとって、毅然で寡黙でミステリアスなドゥークーに片想いするのは、本当にあっという間の出来事だった。
ところが二人の間に、彼女の恋が成就する前に形だけの政略結婚が結ばれてしまったのだ。愛する人との愛の無い生活に、アルマは喜びと痛みの双方に苛まれる日々を送った。そう、アンヌが産まれるまでは……
そんなことを思い出しながら、アルマは顔を上げて微笑んだ。
「でもアンヌ、あなたは私とは違う。あなたは総督に愛されているわ。本当に、良かった」
「お母様……」
アンヌが何か言おうとすると、ちょうど総督付きの部下がやって来た。彼は会釈をすると、式典開始を知らせた。
「お母様、行ってくるね」
「……ええ」
アンヌは立ち上がると、振り返ることなく歩きだした。その背中がとても遠く見えて、アルマは産まれて初めて大声で叫んだ。
「アンヌ!!」
「────はい、お母様」
「……愛してるわ。例えたったの3年しか親子として過ごすことが出来なかったとしても。誰よりも、私はあなたを母親として愛しているわ!」
「ありがとう、お母様。伝わっているよ」
アンヌの肩は、遠くからみても分かるほどに震えていた。彼女はゆっくりと振り返ると、眩しい笑顔でこう言った。
「安心して。私、恨んでなんていないから。愛を疑ったりしたことは無いから。だから、安心してね」
そして今度は本当に振り返ることなく、アンヌは式典会場へと消えていくのだった。
会場は既に大勢の記者と来賓、そして野次馬たちで埋まりきっていた。アンヌは足がすくむほど高いバルコニーからその景色を見下ろすと、これから起きる出来事、そしてこれからの自分を待ち受けている未知数な運命を想像して固唾を飲んだ。そんな緊張と不安を察したガーは、震える小さな手を優しくも強く握りしめた。
「大丈夫だ。俺がついている。マンダロアで最も強い戦士の俺が」
その言葉に、アンヌはハッとした。なぜならそれは、かつてスーパーコマンドーにての初陣で怯えていたときに、ガーがかけてくれた言葉と一言一句違わず同じだったからだ。
あの時から、彼は既に私を愛していたのかもしれない。彼女はそう思いながら目を閉じた。周囲の騒音が、雑音から無音へと変わっていく。
例えどんなに歪んだ結末が待っていたとしても、私はもう逃げない。この人の手を、次こそは離さないんだ。
顔を上げたアンヌの表情は、もう元ジェダイのものでも軍師のものでもなかった。それはまさしく、未来の総督夫人のものだった。
マイクの耳障りな反響が会場に響くと、総督がゆっくりと手を上げた。そして、周囲を見回して一呼吸おいて話し始めた。
「本日は、敬愛する皇帝陛下のご即位記念にお集まりいただきありがとうございます。さて、本日はお恥ずかしながら、このめでたき日に合わせて私から重大な発表がございます。それは……」
ガーが左手で合図を送ると、突如苛烈なスポットライトがアンヌの頬を照らした。
「マンダロア総督ガー・サクソンは、セレノーの女伯アンヌ殿と正式に婚約いたします。そして、私は皇帝陛下の勅命によりセレノー総督を兼任する拝命を承りました」
会場が震撼する。その衝撃は、サンダーリの中継会場だけには留まらなかった。
セレノーの貴族議会のメンバーは、全員頭を抱えてやるせないため息を吐いた。アルマ夫人と銀行グループ幹部から事の次第を聞き受けねいたものの、いざ耳にしてみると耐え難い屈辱と不安に苛まれるものだ。
「ドゥークー様、セレノーはいったいどうなってしまうのでしょうか」
アルマはドゥークーの肖像画を見つめながら、暗い面持ちでそう呟いた。返事はもちろん、返ってこない。
「そして、私たちの愛娘は一体如何様な運命を歩むのでしょうか……」
衝撃を受けたのは貴族議会メンバーだけではなかった。この決定をホロネット速報で知った反乱同盟軍は、軍の存続をも揺るがす緊急事態に混乱を極めていた。
「ちょっとアソーカ!いったいこれはどういうことなの?」
「わ、私だって驚いてるの。アンヌにはきっとアンヌなりの事情があるはずだわ。いつもそうだったから────」
「いいや、ヴァスロイ・サクソンの枯れた魅力に取り込まれたんだよ!だから言ったんだ、過去はそう簡単に割り切れないんだって」
たじろぐアソーカをひたすら厳しい口調で責めるのは、他でもないボ=カタン・クライズだ。彼女はひとしきり怒りを吐き出すと、ヘルメットを小脇に抱えて歩きだした。ラウもその後をついていく。アソーカが慌てて行く手を塞ごうとするが、無駄だった。振り払われてもなお、彼女は叫んだ。
「クライズもラウも、どこへ行くの!?」
「望みは潰えた。最初から、マンダロアのことはマンダロリアンが解決するべきだったのよ」
「あの屑野郎の息の根は、やはり俺たちが止めるしかない」
「待って!」
息巻く2人の足を止める声が響いた。サビーヌ・レンだった。
「アンヌはあたしの親友よ。あたしにはわかるの。あの子は絶対、無駄なことはしない。無意味なことはしない!だからお願い。あたしが頭を下げるから……アンヌを信じてあげて!」
クライズは苦々しい表情を浮かべながら、サビーヌの肩に手を置いた。そして、静かに首を横に振った。
「……あんたもそのうちわかる。抗っても抗いきれない宿命だってあることを」
「クライズ……」
「アンヌは宿命に負けたんだ。そんなやつにマンダロアは救えやしないよ」
そう言い残して、クライズとラウ率いるプロテクターは反乱同盟軍から離脱する道を選んだ。残されたサビーヌは、クライズの言っていた『宿命』が一体何を意味するのかを考えながら声をあげて泣くのだった。
攻撃することなど、到底出来なかった。何故なら、相手はかつての戦友だから。
「止めて……お願い……もう……止めて!!」
どうしてこんなことに。嘆いている間にも、周りには仲間のジェダイたちの遺体が積み重なっていく。
「嫌……嫌……嫌……嫌……いやあああああああああああああっ」
アンヌが叫ぶと、周囲が大きく脈打つ。彼女の特技、フォースクライだ。
怯んだ隙に、彼女はライトセイバーを構え直して瞳に怒りを湛えて呟いた。
「────お前だけは、お前だけは絶対に許さない……っ!!刺し違えてでも、お前はブッ殺すっ……!!」
自分の身体の中からこれ程の激しい怒りがこみ上げてくることを、アンヌは初めて知った。そして、彼女がライトセイバーを振りかぶろうとした時だった。
「なっ──────」
突然床が崩れ、身体が宙へと放り出されたのだ。
戻らなければ。向こう側へ、早く。
もがく間にも、数多の命が潰えていく。アンヌの叫びは届かない。そして髪が徐々に純白へと染まり始め────
「ああああああああああああああああああああっ!!!」
自分の絶叫で目が覚めたアンヌは、その場所がジェダイ聖堂で無いことに安堵した。そして次に、夢で見た内容が17年前に起きた現実であることを思い出して絶望した。
「あぁ……みんな……ごめん……ごめんなさい……私……だけが……私だけが生き残って……」
あの日、ジェダイ聖堂に居た者は一人残らず命を落とした。それが今知られている事実である。だが、それは誤りだった。アンヌ・トワイラスはただ一人の生存者として、今もこの場所で生きている。
あの日、彼女は全てのジェダイを犠牲にして生き残ったのだ。本当は、心のどこかでアンヌは察していた。皆がブレインを、命懸けで救おうとすることを。そして、それに甘んじなかったかと聞かれれば、はっきりとした答えは返すことが出来ないことも分かっていた。
だからこそ、アンヌは共和国の遺物としての使命を全うすべきだと心に言い聞かせ続けていたのだ。
「なのに……なのに……私……」
彼女が目を向けた先には、ガーからの贈り物があった。使命を全うするどころかオーダーに背き続けている自分が、アンヌは許せなかった。数多の仲間の死の上で成り立っている「生」を、たった一人の男への「恋」で無にすることなど到底容認されるはずがない。
アンヌは深いため息を漏らしながら、17年前と変わらず美しい空を見上げた。
もうすぐ、帝国の日────忘れもしないあの日がやって来る足音を聞きながら。
その頃、帝国領マンダロアでは盛大なパレードを催すための準備が進められていた。ヴァスロイ・ガー・サクソンは、毎年祝祭の計画を立てることに嫌気がさしていた。
「下らん。どうせなら公休日にして欲しい」
「兄さん、官僚に聞こえるとマズいですよ」
「知るか。あー、来賓も呼ばねばならんし、全く下らん……」
「来賓の選定もしてくださいよ。私だけでは到底無理です」
ガーはダイバーの愚痴を鼻で笑うと、データパッドを取り上げて横目で眺め始めた。だが、どこまでスクロールしても中年の男ばかりで、ガーは直ぐに目を通す作業を止めてしまった。
「……どいつもこいつも、野郎しか居ないじゃないか」
「兄さん!あなた好みの女なんて、来賓には該当しませんよ」
そのタイバーの一言に、ガーの眉が上がる。総督は何か思い立ったように立ち上がると、執務室へ向かい始めた。
「兄さん、何をする気なんですか?」
「来賓を選定するんだ。俺の仕事なんだろ?」
その言葉の真意がわからず立ち尽くす弟を置いて、ガーは部屋を後にするのだった。
アンヌは目を閉じながら瞑想に耽っていた。いや、正確には必死に心を落ち着けようと試みていた。総督と再会を果たしてから、彼女は瞑想が出来ない身体になっていた。理由は、とっくの昔にわかっていた。
恋や愛は執着を呼び、身体の奥深くに眠る欲望の種火を燻らせる。消し止まぬ愛欲は、そのうちに身も心も灰に変えてしまう……
「ガー……」
諦めて目を開けたアンヌは、目の前に置いてあるライトセイバーの柄を見つめながらため息を漏らした。そして、震える指先を伸ばそうとしたその時だった。ガーとアンヌ専用のコムリンクから発信音が響いた。一呼吸置いてコムリンクを取った彼女は、いつもの声で返答した。
「お元気かしら」
『ああ、俺はいつだって元気だ』
「それは良かった。どうしたの?」
『お前の声が聞きたかった、じゃダメか?』
アンヌはクスリと笑いながら立ち上がって、ソファに腰掛けた。ガーの方は、無言の返答は喜んでいる証と気づいて笑みを溢している。
『最近俺の仕事が立て込んでいて、なかなか会えないだろう?当面予定は空きそうにない……だから、良かったらお前を帝国の日の来賓に招待したいんだ』
帝国の日、と聞いたアンヌの思考が止まる。ガーの声すらも、雑音のように通りすぎていく。
数多の命が失われ、銀河中の運命が変わってしまったあの日をどう祝えと言うのか。自分の帰る場所を壊し、友を奪ったあの日を、どんな顔で祝えと言うのか。
その後、彼女はどのように返答したのか覚えていない。ただ1つ確かなことは、改めて二人の間には大きな溝があるということを実感したことである。
通信が終わったあと、ガーは大急ぎで仕事を適当に終わらせて身支度に取りかかった。その理由は、久々に愛する人との食事の時間が取れたからだ。アンヌは生返事で請け負ったものの、ガーにとっては至福の返答だった。
彼は指紋認証で引き出しを開けると、奥からビロードで覆われた小さな箱を取り出した。震える手で開いた箱の中には、小さな指輪が入っている。
「アンヌ……まさか、この年で運命の出会いが待っていたなんて……俺は嬉しいよ……」
そう、ガーはアンヌにプロポーズしようと計画していたのだ。帝国の日にディナーを共にし、その後にサンダーリの美しい夜景を見せながら結婚の申し込みをする。それが彼の計画だった。
「次の日には報道陣が騒ぐだろうなぁ……あぁ、俺のアンヌが総督夫人か……楽しみだ」
彼の脳内には、プロポーズが失敗するだったり、アンヌの返答が予想外になるというシナリオは無いようだ。そして、このことが後々二人を争いの渦中に追い落としてしまうなど、今の彼には考える由も無い。
こうしてやってきた帝国の日はアンヌにとっては重苦しかったが、ヴァスロイ・サクソンの足取りは軽かった。セレノーへ着いたガーは、出迎えてくれたアンヌを抱き上げて熱い口づけをした。心中複雑な彼女にとっても、その愛は唯一の癒しだった。
「俺が居なくて、寂しかったか?」
「愚問ね、ヴァスロイ・サクソン」
「そうか……寂しかったか!今日は俺がお前の寂しさを埋めてやるからな」
アンヌは微笑みを浮かべながらも、胸のうちで深いため息をついた。本当に埋まってほしいものは、寂しさではなく互いの距離そのものだからだ。そんな本心など知る由もないガーは、繋いだ手を引っ張って先々進んでいってしまう。歩く速度とテンポの違いがまるで二人の間の壁を可視化しているような気がして、アンヌの心はさらに沈んでいく。
「ねぇ……」
「サンダーリへ着いたら、先に予約してやったホテルへチェックインしろ。1時間後に迎えにいく。ディナーも予約してあるから、楽しみにしていてくれ」
「あの……」
アンヌが問う暇も無く、ガーは更に続けた。
「そうだ、今日は話しておきたいことがあるんだ。俺たちの将来について、だな。……お前ももう、分かっているだろう?サクソン氏族に相応しい跡継ぎは、お前にしか────」
「ちょっ、ちょっと待って!」
突然の叫びに、さすがのガーもたじろいだ。何事かと思いつつ、彼は眉をひそめて固まってしまった。アンヌは当惑と苛立ちの感情を抑えながら、なんとか理性的に説明を始めた。
「わ、私……今はまだ出来ない。役員会議でも検討しないといけないし、セレノーの貴族会議にも議題としてあげなければいけないほど大きなことよ。マンダロアとセレノーは国交を断絶しているような状態だし、何よりあなたと私の関係は非公認なんだから!」
「お前は、俺のプロポーズを断るということか?」
はっきりとした圧の籠った言葉に、今度はアンヌの方がたじろぐ番が来た。
「い、いえ……そういうわけでもないけれど……その……私たちの結婚には民意と世論の同意が必要だと言いたいの」
愛する人の燻る返事に対して、ガーは落胆と僅かな怒りを覚えた。必死に感情を抑えながら、彼は背を向けながら言った。
「……分かった。俺も急で済まなかった」
「ガー、あのね────」
「もう、良い。行くぞ、サンダーリへ」
「うん……」
ごめんなさい、の言葉を飲み込ませる圧に負けたアンヌは、無言で総督の背を追いかけた。この時たった一言でも謝罪の言葉を言えていればと、後にアンヌは激しく後悔することになるのだった。
互いの惑星がやや近くて良かった、と思うほどに長い沈黙が続いた船内を耐え、二人はようやくサンダーリの発着ベイへとたどり着いた。ホテルまでの見送りをやんわりと断ったアンヌと別れたガーは、ポケットに隠した婚約指輪を取り出してため息を漏らした。
他の女なら、烈火のごとく怒りをぶつけただろうな……
あり得ないほどの理性的行動に対して、彼は苛立ちを覚えていた。何故ならその行動こそが、アンヌを愛しているのだと痛いほど証明しているからだ。だが、彼も焦っていた。このまま行けば、自分は60代だ。そしてそのまま気付けば若々しいアンヌが手の届かない場所に行ってしまうほどに老いていき────
何とかしなくては。だが、一体どうすれば……
その時、彼の脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
「なるほど、『世論』か……」
開かれた箱に静かに佇む婚約指輪のダイヤが、僅かに悲しげに瞬く。運命が歪んでいく序章が、始まろうとしていた。いや、二人の運命は既に初めて会った時から歪んでいたのかもしれない。
アンヌは、プライベートルームにて味のしないディナーを食べながら微笑みを浮かべていた。サンダーリの人工的な夜景もいつもは綺麗に感じるのだが、今日は何故か軽薄に感じてしまう。
まるで、嘘だらけの二人の関係のようだ。そう思うと、アンヌの中に無性に笑いが込み上げてきた。
ようやく会話の内容すら覚えていないデートを終えた彼女は、無機質な高級客室の高級ベッドに倒れ込んだ。そして、疲労感と同時に怒りも込み上げてきた。
「こんな状況じゃなきゃ、あなたの手を振り払うわけないのに……」
怒りの矛先は、己を縛る過去の軛だ。だが、アンヌは分かっていた。軛など実際は存在せず、自身が贖罪の念から過去への懺悔に対して執着しているということを。
「でも……仕方ないじゃない……」
アンヌはため息をつくと、ドレスを着替えることもなく目を閉じた。
明日、謝ろう。互いの年のこともあって焦る気持ちも分かるし。だから、きちんと見通しをつけて話し合おう。
深い眠りに落ちながら、彼女はそんなことを考えていた。そして明日という災厄の日が、愛する彼のお陰で良き日になることを祈りながら。
翌朝、アンヌはけたたましい音で目が覚めた。それはアラームではなく聞きなれた何かの音の集合体だった。
「……何……?──────えっ!!!?」
目を覚まして小型端末で時間を確認しようとした彼女は、自分の目を疑った。なんとそこには大量の電子メッセージと不在着信、更にはボイスメッセージが届いていたのだ。その件数は、なんと999件超すなわち1000件を超える量だった。
飛び起きたアンヌは一先ず会長補佐に連絡を返した。ツーコールを待たずして通信に応じたその声は、明らかに動揺している。
「そっ、総裁!たっ、大変です!」
「どうしたの。システム障害?」
「ちっ、違います!ホロネットニュースを見てください!急いで!」
「え……?」
困惑の色を隠せないアンヌがニュースを立ち上げると、そこにはなんと────
「何、これ……」
マンダロアの総督ガー・サクソンと、インターギャラクティック銀行グループ総裁アンヌとの熱愛報道が大きく取り上げられているではないか。アンヌは会長補佐の通信を保留にすると、急いでガーに連絡をした。
「ガー!一体これはどうなっているの!?」
「俺も分からん。恐らく、俺を恨んでいるヴィズラ氏族が記者を雇ってやったんだろう。奴等ならやりかねん」
「そんな……どうするの?」
アンヌの問いに答えず、ガーは大きなため息をつきながら続けた。
「しかも、更に厄介なことになったみたいだ」
「これ以上、どうやって厄介になるのよ!?」
彼は一呼吸置くと、震える声で話し始めた。
「────皇帝陛下がこの報道を受けて、セレノー掌握のために近々軍事統合令を下すらしい」
「軍事統合って……」
「そうだ、事実上の植民地化だ」
植民地、と聞いたアンヌの目の前が真っ暗になる。ザイゲリアの悲劇がセレノーで繰り返されるのは、明白な状況だからだ。
「そんな……クローン大戦中の怨恨があるセレノーを植民地化なんてされたら、全員帝国の奴隷にされてしまう!」
「ああ、そうなるだろうな」
「ガー、どうしよう……私、どうすれば……」
狼狽するアンヌに、ガーは躊躇いながら口を開いた。
「俺が、お前と結婚してセレノー総督になる。そうすれば、今まで通りの生活を保証出来る。俺はただの総督じゃない。選ばれし“皇帝の手”の一員だ。正当な要求さえあれば、勅令を停止する権限がある」
政略結婚。もはや、それしかセレノーが生き残る道は残されていない。そして、迷う暇が無いことは明白だった。
アンヌは顔を上げると、大きく息を吸い込んでこう言った。
「────今日、式典で正式に発表しましょう。セレノーを救うためなら、猶予はありません」
「分かった。タイバーにもそのように説明し、皇帝陛下にも勅令の停止を要求する」
「ありがとう、ガー……」
「いや、良いんだ。こちらこそ、ありがとう。済まなかった。では、今日の夜、帝国の日の式典で会おう」
アンヌはその言葉を聞いて、心のなかに安堵が広がるのを感じた。つもは武骨でぶっきらぼうな口調のガーが、今日はいつになく穏やかだったからだ。
通信を終えたガーが顔を上げると、そこには眉をひそめて非難の視線を向けるタイバーがいた。彼は口を開くと、兄を嘲笑し始めた。
「兄さん。あなたは今までもずっと、欲しいものを必ず手に入れてきた。だけどまさか、こんな手をお使いになるとは」
「何の話だ?」
「おとぼけにならないでください。あなたのことは全部、手に取るように分かるんです。憎たらしいし許せない存在だが、あなたは私の実兄ですから」
タイバーはカフサーバーから勝手にカフを取ると、カップを燻らせながら卑屈な笑みを浮かべた。
「リークしたのは、兄さんですよね?」
「……仕方がなかった。でなければ彼女は、いずれ俺の手の中をすり抜けてしまう」
「────そんなに愛しているなら、苦しめて良いのですか?」
弟の言葉に、ガーの手が止まる。刹那に走る迷いを振りきるように、彼はタイバーを睨み付けた。
「俺が間違えているとでも言いたいのか、お前は。俺よりあいつを知っている男など居ない!」
「ですが、私ほど兄さんを良く分かっている男も居ませんよ」
副総督はカップを持ったまま扉へと歩きだした。ガーは肩を震わせながらその背に鋭い眼光を向けている。
「────兄さんは不幸になる。必ず。そしてあの人も兄さんと一緒に居れば不幸になる。だって兄さんは、周りを傷つけることしか出来ない人ですから」
兄の怒号を待つことなく、タイバーはすり抜けるようにして開いた扉の向こうへと行ってしまった。部屋を背にして歩く彼の表情は、意外にも苦痛に歪んでいた。
私だって、兄さんを尊敬していた。兄さんみたいな人に成りたかった。でも、成れなかった。
その背中は、非力なタイバーにとってあまりに眩しかった。いつしか憧れは強い嫉妬に変わり、ついには曲がった侮蔑へと変貌した。そしてそんな自分が恥ずかしく、心のなかでは常に己を蔑んでいた。
「……兄さん……」
彼が求めたのは、完璧な兄ではなかった。ただ一度だけ、優しく頭を撫でて褒めてくれる兄がほしかっただけだった。
この日以来、タイバーは兄に楯突くこともアンヌに執着することも無くなった。それはあらゆることに対する、彼なりの諦めの付け方だったのである。
唐突に決まった婚約を真っ先に知らせるや否や、セレノーから母親のアルマ夫人が駆けつけた。彼女はアンヌの耳にかかっているイヤリングを見て、瞳を潤ませながら駆け寄った。
「あぁ……アンヌ……!あなたまでこんな形で結婚することになるなんて……!」
アルマ夫人が目尻を押さえてその場にうずくまる。その肩をそっと抱き締めながら、アンヌは沈黙を貫いた。
夫人は元々、アウターリムにあるティリエスという惑星の姫だった。フォースセンシティブの者が多いティリエスでは、代々フォースヒールと似た秘術が受け継がれていた。しかし、それを悪用しようとした一派と対立し、謀反を受けて王朝が滅ぼされてしまったのだ。若きアルマ姫は裕福な暮らしから一転、母を謀反で亡くし、病弱な父王を連れてセレノーへと逃げることとなった。ところが哀れな親子に追い討ちをかけるように、周囲の冷たい視線が降り注ぐこととなった。美しいアルマに言い寄ったものの拒まれた老領主の怒りを買い、魔王と魔女の一族と謗られた二人は言われのない罪で火炙りの刑を命じられたのだ。
その時に領主の首を一刀両断して二人を救ったのが、ジェダイオーダーを去って間もないドゥークーだったのだ。アルマにとって、毅然で寡黙でミステリアスなドゥークーに片想いするのは、本当にあっという間の出来事だった。
ところが二人の間に、彼女の恋が成就する前に形だけの政略結婚が結ばれてしまったのだ。愛する人との愛の無い生活に、アルマは喜びと痛みの双方に苛まれる日々を送った。そう、アンヌが産まれるまでは……
そんなことを思い出しながら、アルマは顔を上げて微笑んだ。
「でもアンヌ、あなたは私とは違う。あなたは総督に愛されているわ。本当に、良かった」
「お母様……」
アンヌが何か言おうとすると、ちょうど総督付きの部下がやって来た。彼は会釈をすると、式典開始を知らせた。
「お母様、行ってくるね」
「……ええ」
アンヌは立ち上がると、振り返ることなく歩きだした。その背中がとても遠く見えて、アルマは産まれて初めて大声で叫んだ。
「アンヌ!!」
「────はい、お母様」
「……愛してるわ。例えたったの3年しか親子として過ごすことが出来なかったとしても。誰よりも、私はあなたを母親として愛しているわ!」
「ありがとう、お母様。伝わっているよ」
アンヌの肩は、遠くからみても分かるほどに震えていた。彼女はゆっくりと振り返ると、眩しい笑顔でこう言った。
「安心して。私、恨んでなんていないから。愛を疑ったりしたことは無いから。だから、安心してね」
そして今度は本当に振り返ることなく、アンヌは式典会場へと消えていくのだった。
会場は既に大勢の記者と来賓、そして野次馬たちで埋まりきっていた。アンヌは足がすくむほど高いバルコニーからその景色を見下ろすと、これから起きる出来事、そしてこれからの自分を待ち受けている未知数な運命を想像して固唾を飲んだ。そんな緊張と不安を察したガーは、震える小さな手を優しくも強く握りしめた。
「大丈夫だ。俺がついている。マンダロアで最も強い戦士の俺が」
その言葉に、アンヌはハッとした。なぜならそれは、かつてスーパーコマンドーにての初陣で怯えていたときに、ガーがかけてくれた言葉と一言一句違わず同じだったからだ。
あの時から、彼は既に私を愛していたのかもしれない。彼女はそう思いながら目を閉じた。周囲の騒音が、雑音から無音へと変わっていく。
例えどんなに歪んだ結末が待っていたとしても、私はもう逃げない。この人の手を、次こそは離さないんだ。
顔を上げたアンヌの表情は、もう元ジェダイのものでも軍師のものでもなかった。それはまさしく、未来の総督夫人のものだった。
マイクの耳障りな反響が会場に響くと、総督がゆっくりと手を上げた。そして、周囲を見回して一呼吸おいて話し始めた。
「本日は、敬愛する皇帝陛下のご即位記念にお集まりいただきありがとうございます。さて、本日はお恥ずかしながら、このめでたき日に合わせて私から重大な発表がございます。それは……」
ガーが左手で合図を送ると、突如苛烈なスポットライトがアンヌの頬を照らした。
「マンダロア総督ガー・サクソンは、セレノーの女伯アンヌ殿と正式に婚約いたします。そして、私は皇帝陛下の勅命によりセレノー総督を兼任する拝命を承りました」
会場が震撼する。その衝撃は、サンダーリの中継会場だけには留まらなかった。
セレノーの貴族議会のメンバーは、全員頭を抱えてやるせないため息を吐いた。アルマ夫人と銀行グループ幹部から事の次第を聞き受けねいたものの、いざ耳にしてみると耐え難い屈辱と不安に苛まれるものだ。
「ドゥークー様、セレノーはいったいどうなってしまうのでしょうか」
アルマはドゥークーの肖像画を見つめながら、暗い面持ちでそう呟いた。返事はもちろん、返ってこない。
「そして、私たちの愛娘は一体如何様な運命を歩むのでしょうか……」
衝撃を受けたのは貴族議会メンバーだけではなかった。この決定をホロネット速報で知った反乱同盟軍は、軍の存続をも揺るがす緊急事態に混乱を極めていた。
「ちょっとアソーカ!いったいこれはどういうことなの?」
「わ、私だって驚いてるの。アンヌにはきっとアンヌなりの事情があるはずだわ。いつもそうだったから────」
「いいや、ヴァスロイ・サクソンの枯れた魅力に取り込まれたんだよ!だから言ったんだ、過去はそう簡単に割り切れないんだって」
たじろぐアソーカをひたすら厳しい口調で責めるのは、他でもないボ=カタン・クライズだ。彼女はひとしきり怒りを吐き出すと、ヘルメットを小脇に抱えて歩きだした。ラウもその後をついていく。アソーカが慌てて行く手を塞ごうとするが、無駄だった。振り払われてもなお、彼女は叫んだ。
「クライズもラウも、どこへ行くの!?」
「望みは潰えた。最初から、マンダロアのことはマンダロリアンが解決するべきだったのよ」
「あの屑野郎の息の根は、やはり俺たちが止めるしかない」
「待って!」
息巻く2人の足を止める声が響いた。サビーヌ・レンだった。
「アンヌはあたしの親友よ。あたしにはわかるの。あの子は絶対、無駄なことはしない。無意味なことはしない!だからお願い。あたしが頭を下げるから……アンヌを信じてあげて!」
クライズは苦々しい表情を浮かべながら、サビーヌの肩に手を置いた。そして、静かに首を横に振った。
「……あんたもそのうちわかる。抗っても抗いきれない宿命だってあることを」
「クライズ……」
「アンヌは宿命に負けたんだ。そんなやつにマンダロアは救えやしないよ」
そう言い残して、クライズとラウ率いるプロテクターは反乱同盟軍から離脱する道を選んだ。残されたサビーヌは、クライズの言っていた『宿命』が一体何を意味するのかを考えながら声をあげて泣くのだった。