この夢小説は、もし乙女ゲームだったらという設定なので、名前変換をすると100倍楽しめます。名前は、〇〇〇・トワイラスの〇の部分が変わります。
1、捻れた再会
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ガー・サクソン。その名をまさか、もう一度聞くことになるなどとは思ってもみなかったわ。
アンヌはため息をつきながら、セレノーの中庭で紅茶を飲んでいた。ストレートティーの仄かな苦味は、今の彼女の心境を忠実に表現している。
「アンヌ、最近変ですよ。どうしたのですか?」
実母のアルマ伯爵夫人に声をかけられて、ようやくアンヌは我に返った。夫人は刺繍の手を止めると、若々しい表情を浮かべながら娘の顔を覗き込んだ。
「あのパーティーの日からその調子ですから……もしや、誰か意中のお方でも見つけたのですか?」
意中の、と聞いてアンヌは飛び上がった。それから慌てて否定した。
「そっ、そんなことはありません!だいたい、私はジェダイですからそのような想いは禁じられています!財産所有と所属で、既に多くの規律を破っているのに、その上色事など……もっての他です!」
「ですが、もうオーダーはありませんよ。自由に生きても良いのです。意中の方と添い遂げることも、母は良いと思いますよ」
意中の方と聞くたびに、なぜかアンヌの心はざわついた。そして、ついに席を立ち上がってアルマに背を向けた。
「どこへ行くのですか?」
「トレーニングルームへ行きます。瞑想と剣術をたしなんで参ります」
「そう、程々になさいませ」
アンヌがアルマに会釈をしようとして振り返ったその時だった。突然使用人が慌ただしくその場に駆け込んだ。
「お嬢様!お急ぎのご連絡が入っております」
「どちらから?」
「それが……マンダロアからです」
「マンダロア?まさか……」
アンヌは息を呑んで振り返った。僅かな期待に胸が躍る。使用人の回答はこうだった。
「はい。サクソン総督から、融資のご相談の予定調整をと……」
サクソン……
アンヌは心の中でその名を呟くと、再びいつもの壮麗な面持ちに戻って頷いた。
「分かった。いつであれば良いのかしら?」
「ご相談のためであれば、いつでも調整すると仰せです」
いつでも、と言ったガーの表情と口調が手に取るように分かるので、アンヌは思わず吹き出しそうになった。彼女は小型端末を取り出して空間に投影すると、自身のびっしりと詰まったスケジュールを確認した。無意識のうちに直近の予定を確認した総裁は、翌日の午後を指さしながら答えた。
「では……明日の14時は如何かとお聞きしてちょうだい」
「承知いたしました」
使用人が深々とお辞儀をして下がった。返事は直ぐに「もちろん構わない」と来たので、二人の商談は翌日に決定した。スケジュールに『マンダロア総督融資ご相談』と書き入れたアンヌは、トレーニングルームではなくフィッティングルームへと歩き出した。もちろん娘の行動の顛末を見たアルマが、口元を手で隠しながら微笑んだのは言うまでもない。
前日の夜が寝付けなかったのは勿論のこと、翌日の朝のアンヌは群を抜いておかしな行動が目立っていた。まず鏡を何度も見直すし、化粧は1時間以上かけて完成させた。更には屋敷の調度品を飾り直させ、花や茶菓子の準備も念入りにチェックしている。挙句の果てには自分でクッキーを焼くと言い始めたので、厨房は大騒ぎになってしまった。その様子を無言で見ていたアルマは、困り果てているメイド長の隣にやって来て耳打ちした。
「娘は、随分と気合が入っているようですね」
「ええ、お嬢様はサクソン卿がお気に召したようです」
勿論そんな話が成されているとは露知らず、アンヌは溌溂とした笑みを浮かべながらクッキー作りにすっかり夢中になっている。すると、コック長がニヤニヤしながらこんなことを尋ねた。
「お嬢様、ハートの型もお持ちしましょうか?」
「え……」
ハートの型、と聞いてアンヌの手が止まる。白くすべやかな頬も、みるみる上気して耳まで真っ赤に紅葉していく。彼女は取り乱しながら麺棒を振り回してコック長を諫めた。
「いっ、要らないわよ!!そっ、そんな不埒な理由じゃないもの!そもそも私一人で出来るから、みんな放っておいてちょうだい!」
コック長は父親譲りの頑固さに失笑を漏らすと、慣れた様子で頷いた。
「承知しましたよ、お嬢様。念のため、軽食のサンドイッチはご用意してありますので。あとは、ご夕食の準備も────」
夕食という言葉にまたしても反応したアンヌは、勢いよく振り返って叫んだ。
「ちょっ、ちょっと!なんで私がディナーにあの男を招待しなきゃならないわけ!?」
これには流石にその場の全員が笑いを禁じ得なかった。アルマは娘の両肩にそっと手を添えると、にこりと微笑んだ。
「アンヌ、いつもの夕食の準備のことよ」
「あっ……えっ……あっ……そ、その……それは……」
もはや言い訳出来ない状況に、アンヌはついに黙り込んでしまった。そして心の中では、きちんと仕事が出来るかどうかということに対して不安が膨らんでいくのだつた。
セレノーに到着したガーは、船内で前髪を整えた後に香水を一振りした。それから鏡の前で歯と目元を念入りにチェックして、ようやく発着場に降り立った。口許を固く結んでいた彼だったが、その緊張はドゥークー・パレスの規模と荘厳さの前に消え失せてしまった。
なんてバカでかい建物だ。彼女はこんな所に住んでいるのか……
そんなガーの驚きも冷めやらぬうちに、アンヌが現れた。薄紫を基調にした、サテンと薄布のイブニングドレスがふわりと風に舞う。恭しいお辞儀を向ける彼女を見て、壮齢を迎えた総督の心は高鳴った。アンヌは階段を優雅に降りると、ドレスの裾をつまんで再度お辞儀をした。絹擦れの音が妖しげなものに感じられ、ガーは首に手を当てて感情を誤魔化した。
「ごきげんよう、ヴァスロイ・サクソン。お忙しい中セレノーへお越しいただき、光栄ですわ。本来であれば私がサンダーリへ赴かねばなりませんのに……」
「いや、お気になさらず。サンダーリだと、入船検査から何かと面倒だ」
「まあ、そうですか。格別のご配慮をいただき、この上なき喜びです」
早熟とも言える面影からは想像もつかない愛らしい声と共に、アンヌは穏やかな微笑みを浮かべた。鈴を転がしたような声という言葉がぴったりなその音色は、総督の耳には痛いほど心地良かった。
「さ、こちらへどうぞ。立ち話は止めにしましょう。お話は中で伺いますわ」
「あ、ああ」
そう言うと、アンヌは宮殿の方へ向きを変えて歩き出した。背中が大きく開いているドレスだったので、ガーの視線は華奢な曲線に注がれた。一方、熱い視線を背中に感じている彼女は、複雑な思いで回廊を先導していた。
サクソン、そんな目で私を見ないでよ。お願いだから……
アンヌは胸の奥がギュッと苦しくなる感覚を振り払って、応接室の扉を開けた。そして商談の準備に取り掛かるとだけ言い残して、逃げるようにその場を後にした。
出された紅茶の香りを嗅ぎながら、ガーは部屋をじっくりと見回していた。明らかに高そうな調度品や、ドゥークーの肖像画が飾られている中で独り待つのは胃が痛いらしく、総督はため息を漏らした。そんな様子をこっそり見ていたアンヌは、データパッドを片手に入室しながら首を傾げた。
「何かお困りですか?」
「あ……い、いや。特に何も」
一切口がつけられていない紅茶を見て、アンヌはハッとした。それから直ぐに使用人を呼ぶと、紅茶の代わりにカフを持ってくるようにと告げた。総督は細やかな心遣いと気づきに驚嘆して、若き総裁を見た。
「これは驚いた。私がカフを好むなんて、初対面でよく気づいたな」
この言葉を聞いて、しまったとアンヌは思った。だが即座に落ち着きを取り戻すと、持ち前の知己で切り抜けた。
「もちろんですわ。お客様にお出しする飲み物は、その二択しかありませんから」
「確かにそうだ。一瞬、あなたが私の心の中を見透かしたのかと思ったぞ。或いはどこかで会ったことがあるか……」
ガーの言葉には、明らかに詮索の意図が込められていた。ニュアンスに気づかない振りをしながら、アンヌは部屋にデータを投影した。
「私にそんな力はありませんわ。ですが、ヴァスロイとはもっと早くにお会いしたかったと思っております」
ガーの表情が、僅かに綻ぶ。アンヌは頼りなげで優美な指先を投影対象に滑らせると、総督に微笑みを向けた。
「さて、お話を伺わせてくださいな」
マンダロアの財政状況は、想像以上にひどいものだった。帝国支配下となったことで回復したと思い込んでいたアンヌは、大戦時と然程変わらない現状にため息を漏らした。ガーにとっても大きな悩みらしく、表情も心なしか曇りがちだ。だが、総裁には打開策があった。
経済政策支援は、数値の戦術提供と同じ。これがアンヌのモットーだった。実際、彼女には大戦期から多くの惑星の戦略だけでなく、政治経済を支えてきた実績がある。アンヌは手際よくマンダロアのデータを抽出して、ガーの前へスライドさせた。
「マンダロアには、特産物があまり無いのですか?」
「ああ、そうだ」
「つまり、収入と物資の殆どを対外から受けておられるのですね」
アンヌは少し考えると、立ち上がって窓の方へ歩き出した。そして外の景色を眺めながら、独り言をつぶやき始めた。
「ここからは、私の独り言です。近いうちにブラステック・インダストリーズ社が、新たな工場を新設する場所を決めるそうです。その候補地に、マンダロアが相応しいと私は考えています」
ガーは顎に手を当てて眉をひそめた。そして、アンヌの真意に気づいて息を呑んだ。
「そうか!企業税か」
「はい、そうです。工場新設が叶えば、きっと財政は安定しますわ」
「なるほど。それ程の腕前があれば、確かにその若さで総裁が務まるだろう」
「お褒めに預かり光栄です、ヴァスロイ・サクソン」
すっかりアンヌのことを気に入った総督は、カフを飲んでから目を細めた。
「では、私も独り言を吐かせてもらおう。実はマンダロアのメインバンクを、帝国が管理する関係でインターギャラクティック銀行グループに移管したいと考えている」
総裁の瞳が鋭く輝く。表情の変化に気づくことなく、ガーは続けた。
「次回の帝国加盟総督定例会議で、議題に上げさせてもらう予定だ」
アンヌは満面の笑みで、対面に座っている総督を見つめた。この上なく嬉しそうな姿に、ガーの心が一瞬で満たされる。
「そうなった暁には、何でもお手伝い致します」
「何でも……か。本当に何でも協力するのか?」
疑いの視線を向けるガーに対して、アンヌは表情を崩すことなく頷いた。彼女は首を僅かに傾けながら、穏やかな声でこう答えた。
「ええ。ヴァスロイ・サクソンのお願いであれば、最大限の尽力をお約束致します」
「そうか!それは心強いな」
ガーの心はすっかり舞い上がってしまった。もちろん、アンヌの狙いなど彼には知る由も無かった。
手作りのクッキーを持たせて総督を見送った後、アンヌは応接室のすぐ隣にある客間に向かった。扉を開けると、そこには妙齢の美女の名に相応しいトグルータが立っている。総裁はブレインの表情に戻って、客人に商談が終わったことを告げた。
「お疲れ様。いい感じに進んでそうね」
「ええ。もちろんよ、フルクラム。……いえ、アソーカと呼ぶべきかしら」
アソーカと呼ばれた女性が知的な笑みを浮かべて、アンヌに向き直る。彼女はポシェットから、ホログラム投影機を取り出した。ホログラムに登場したのは、帝国に反旗を翻すクライズ家のボ=カタン・クライズだった。
「クライズ、サクソンと接触したよ」
『ご苦労。あいつはあんたとリリィ・デン、それからブレインの関係に勘付いて無さそう?』
「ええ、そうみたい。敏い男だと思っていたから、ちょっと残念かも」
クライズは満足げに頷くと、アンヌに念を押した。
『頼んだよ。もうあんたしか居ないんだ、マンダロアを帝国から救えるのは』
「もちろん、分かってるよ」
ブレインが不敵な笑みを湛えながら顔を上げる。血も凍る冷淡な表情に、クライズは背筋に寒気を覚えた。
「────マンダロアのサクソン政権を、内側から壊してあげる。手始めに、財政掌握かな」
アンヌはマンダロアの財政データを表示させながら、クライズに会釈した。通信が終了したことを確認したアソーカは、かつての戦友の顔を覗き込んだ。
「ねえ、アンヌ……」
「何?」
「本当に、良いの?あの時、任務を辞退してコルサントに戻ったのは────」
「私なら大丈夫」
アソーカに一瞥もくれず、アンヌは間髪入れずに答えた。代わりにその瞳は、データベースに表示されているガー・サクソンの顔を眺めている。彼女は悲しげに笑ってこう言った。
「……もう、昔のアンヌ・トワイラスは死んだから」
冷淡な表情が、刹那に歪む。
その理由は、ジェダイとしての悲劇を味わった者だけが知っている。
ジェダイとしての使命を全うする。それは特に、多くの犠牲の下でオーダー66の惨劇を生き延びたアンヌにとっては、ある種運命付けられた人生選択だった。
例えそれが、呪いのように彼女を蝕んだとしても。
アンヌはため息をつきながら、セレノーの中庭で紅茶を飲んでいた。ストレートティーの仄かな苦味は、今の彼女の心境を忠実に表現している。
「アンヌ、最近変ですよ。どうしたのですか?」
実母のアルマ伯爵夫人に声をかけられて、ようやくアンヌは我に返った。夫人は刺繍の手を止めると、若々しい表情を浮かべながら娘の顔を覗き込んだ。
「あのパーティーの日からその調子ですから……もしや、誰か意中のお方でも見つけたのですか?」
意中の、と聞いてアンヌは飛び上がった。それから慌てて否定した。
「そっ、そんなことはありません!だいたい、私はジェダイですからそのような想いは禁じられています!財産所有と所属で、既に多くの規律を破っているのに、その上色事など……もっての他です!」
「ですが、もうオーダーはありませんよ。自由に生きても良いのです。意中の方と添い遂げることも、母は良いと思いますよ」
意中の方と聞くたびに、なぜかアンヌの心はざわついた。そして、ついに席を立ち上がってアルマに背を向けた。
「どこへ行くのですか?」
「トレーニングルームへ行きます。瞑想と剣術をたしなんで参ります」
「そう、程々になさいませ」
アンヌがアルマに会釈をしようとして振り返ったその時だった。突然使用人が慌ただしくその場に駆け込んだ。
「お嬢様!お急ぎのご連絡が入っております」
「どちらから?」
「それが……マンダロアからです」
「マンダロア?まさか……」
アンヌは息を呑んで振り返った。僅かな期待に胸が躍る。使用人の回答はこうだった。
「はい。サクソン総督から、融資のご相談の予定調整をと……」
サクソン……
アンヌは心の中でその名を呟くと、再びいつもの壮麗な面持ちに戻って頷いた。
「分かった。いつであれば良いのかしら?」
「ご相談のためであれば、いつでも調整すると仰せです」
いつでも、と言ったガーの表情と口調が手に取るように分かるので、アンヌは思わず吹き出しそうになった。彼女は小型端末を取り出して空間に投影すると、自身のびっしりと詰まったスケジュールを確認した。無意識のうちに直近の予定を確認した総裁は、翌日の午後を指さしながら答えた。
「では……明日の14時は如何かとお聞きしてちょうだい」
「承知いたしました」
使用人が深々とお辞儀をして下がった。返事は直ぐに「もちろん構わない」と来たので、二人の商談は翌日に決定した。スケジュールに『マンダロア総督融資ご相談』と書き入れたアンヌは、トレーニングルームではなくフィッティングルームへと歩き出した。もちろん娘の行動の顛末を見たアルマが、口元を手で隠しながら微笑んだのは言うまでもない。
前日の夜が寝付けなかったのは勿論のこと、翌日の朝のアンヌは群を抜いておかしな行動が目立っていた。まず鏡を何度も見直すし、化粧は1時間以上かけて完成させた。更には屋敷の調度品を飾り直させ、花や茶菓子の準備も念入りにチェックしている。挙句の果てには自分でクッキーを焼くと言い始めたので、厨房は大騒ぎになってしまった。その様子を無言で見ていたアルマは、困り果てているメイド長の隣にやって来て耳打ちした。
「娘は、随分と気合が入っているようですね」
「ええ、お嬢様はサクソン卿がお気に召したようです」
勿論そんな話が成されているとは露知らず、アンヌは溌溂とした笑みを浮かべながらクッキー作りにすっかり夢中になっている。すると、コック長がニヤニヤしながらこんなことを尋ねた。
「お嬢様、ハートの型もお持ちしましょうか?」
「え……」
ハートの型、と聞いてアンヌの手が止まる。白くすべやかな頬も、みるみる上気して耳まで真っ赤に紅葉していく。彼女は取り乱しながら麺棒を振り回してコック長を諫めた。
「いっ、要らないわよ!!そっ、そんな不埒な理由じゃないもの!そもそも私一人で出来るから、みんな放っておいてちょうだい!」
コック長は父親譲りの頑固さに失笑を漏らすと、慣れた様子で頷いた。
「承知しましたよ、お嬢様。念のため、軽食のサンドイッチはご用意してありますので。あとは、ご夕食の準備も────」
夕食という言葉にまたしても反応したアンヌは、勢いよく振り返って叫んだ。
「ちょっ、ちょっと!なんで私がディナーにあの男を招待しなきゃならないわけ!?」
これには流石にその場の全員が笑いを禁じ得なかった。アルマは娘の両肩にそっと手を添えると、にこりと微笑んだ。
「アンヌ、いつもの夕食の準備のことよ」
「あっ……えっ……あっ……そ、その……それは……」
もはや言い訳出来ない状況に、アンヌはついに黙り込んでしまった。そして心の中では、きちんと仕事が出来るかどうかということに対して不安が膨らんでいくのだつた。
セレノーに到着したガーは、船内で前髪を整えた後に香水を一振りした。それから鏡の前で歯と目元を念入りにチェックして、ようやく発着場に降り立った。口許を固く結んでいた彼だったが、その緊張はドゥークー・パレスの規模と荘厳さの前に消え失せてしまった。
なんてバカでかい建物だ。彼女はこんな所に住んでいるのか……
そんなガーの驚きも冷めやらぬうちに、アンヌが現れた。薄紫を基調にした、サテンと薄布のイブニングドレスがふわりと風に舞う。恭しいお辞儀を向ける彼女を見て、壮齢を迎えた総督の心は高鳴った。アンヌは階段を優雅に降りると、ドレスの裾をつまんで再度お辞儀をした。絹擦れの音が妖しげなものに感じられ、ガーは首に手を当てて感情を誤魔化した。
「ごきげんよう、ヴァスロイ・サクソン。お忙しい中セレノーへお越しいただき、光栄ですわ。本来であれば私がサンダーリへ赴かねばなりませんのに……」
「いや、お気になさらず。サンダーリだと、入船検査から何かと面倒だ」
「まあ、そうですか。格別のご配慮をいただき、この上なき喜びです」
早熟とも言える面影からは想像もつかない愛らしい声と共に、アンヌは穏やかな微笑みを浮かべた。鈴を転がしたような声という言葉がぴったりなその音色は、総督の耳には痛いほど心地良かった。
「さ、こちらへどうぞ。立ち話は止めにしましょう。お話は中で伺いますわ」
「あ、ああ」
そう言うと、アンヌは宮殿の方へ向きを変えて歩き出した。背中が大きく開いているドレスだったので、ガーの視線は華奢な曲線に注がれた。一方、熱い視線を背中に感じている彼女は、複雑な思いで回廊を先導していた。
サクソン、そんな目で私を見ないでよ。お願いだから……
アンヌは胸の奥がギュッと苦しくなる感覚を振り払って、応接室の扉を開けた。そして商談の準備に取り掛かるとだけ言い残して、逃げるようにその場を後にした。
出された紅茶の香りを嗅ぎながら、ガーは部屋をじっくりと見回していた。明らかに高そうな調度品や、ドゥークーの肖像画が飾られている中で独り待つのは胃が痛いらしく、総督はため息を漏らした。そんな様子をこっそり見ていたアンヌは、データパッドを片手に入室しながら首を傾げた。
「何かお困りですか?」
「あ……い、いや。特に何も」
一切口がつけられていない紅茶を見て、アンヌはハッとした。それから直ぐに使用人を呼ぶと、紅茶の代わりにカフを持ってくるようにと告げた。総督は細やかな心遣いと気づきに驚嘆して、若き総裁を見た。
「これは驚いた。私がカフを好むなんて、初対面でよく気づいたな」
この言葉を聞いて、しまったとアンヌは思った。だが即座に落ち着きを取り戻すと、持ち前の知己で切り抜けた。
「もちろんですわ。お客様にお出しする飲み物は、その二択しかありませんから」
「確かにそうだ。一瞬、あなたが私の心の中を見透かしたのかと思ったぞ。或いはどこかで会ったことがあるか……」
ガーの言葉には、明らかに詮索の意図が込められていた。ニュアンスに気づかない振りをしながら、アンヌは部屋にデータを投影した。
「私にそんな力はありませんわ。ですが、ヴァスロイとはもっと早くにお会いしたかったと思っております」
ガーの表情が、僅かに綻ぶ。アンヌは頼りなげで優美な指先を投影対象に滑らせると、総督に微笑みを向けた。
「さて、お話を伺わせてくださいな」
マンダロアの財政状況は、想像以上にひどいものだった。帝国支配下となったことで回復したと思い込んでいたアンヌは、大戦時と然程変わらない現状にため息を漏らした。ガーにとっても大きな悩みらしく、表情も心なしか曇りがちだ。だが、総裁には打開策があった。
経済政策支援は、数値の戦術提供と同じ。これがアンヌのモットーだった。実際、彼女には大戦期から多くの惑星の戦略だけでなく、政治経済を支えてきた実績がある。アンヌは手際よくマンダロアのデータを抽出して、ガーの前へスライドさせた。
「マンダロアには、特産物があまり無いのですか?」
「ああ、そうだ」
「つまり、収入と物資の殆どを対外から受けておられるのですね」
アンヌは少し考えると、立ち上がって窓の方へ歩き出した。そして外の景色を眺めながら、独り言をつぶやき始めた。
「ここからは、私の独り言です。近いうちにブラステック・インダストリーズ社が、新たな工場を新設する場所を決めるそうです。その候補地に、マンダロアが相応しいと私は考えています」
ガーは顎に手を当てて眉をひそめた。そして、アンヌの真意に気づいて息を呑んだ。
「そうか!企業税か」
「はい、そうです。工場新設が叶えば、きっと財政は安定しますわ」
「なるほど。それ程の腕前があれば、確かにその若さで総裁が務まるだろう」
「お褒めに預かり光栄です、ヴァスロイ・サクソン」
すっかりアンヌのことを気に入った総督は、カフを飲んでから目を細めた。
「では、私も独り言を吐かせてもらおう。実はマンダロアのメインバンクを、帝国が管理する関係でインターギャラクティック銀行グループに移管したいと考えている」
総裁の瞳が鋭く輝く。表情の変化に気づくことなく、ガーは続けた。
「次回の帝国加盟総督定例会議で、議題に上げさせてもらう予定だ」
アンヌは満面の笑みで、対面に座っている総督を見つめた。この上なく嬉しそうな姿に、ガーの心が一瞬で満たされる。
「そうなった暁には、何でもお手伝い致します」
「何でも……か。本当に何でも協力するのか?」
疑いの視線を向けるガーに対して、アンヌは表情を崩すことなく頷いた。彼女は首を僅かに傾けながら、穏やかな声でこう答えた。
「ええ。ヴァスロイ・サクソンのお願いであれば、最大限の尽力をお約束致します」
「そうか!それは心強いな」
ガーの心はすっかり舞い上がってしまった。もちろん、アンヌの狙いなど彼には知る由も無かった。
手作りのクッキーを持たせて総督を見送った後、アンヌは応接室のすぐ隣にある客間に向かった。扉を開けると、そこには妙齢の美女の名に相応しいトグルータが立っている。総裁はブレインの表情に戻って、客人に商談が終わったことを告げた。
「お疲れ様。いい感じに進んでそうね」
「ええ。もちろんよ、フルクラム。……いえ、アソーカと呼ぶべきかしら」
アソーカと呼ばれた女性が知的な笑みを浮かべて、アンヌに向き直る。彼女はポシェットから、ホログラム投影機を取り出した。ホログラムに登場したのは、帝国に反旗を翻すクライズ家のボ=カタン・クライズだった。
「クライズ、サクソンと接触したよ」
『ご苦労。あいつはあんたとリリィ・デン、それからブレインの関係に勘付いて無さそう?』
「ええ、そうみたい。敏い男だと思っていたから、ちょっと残念かも」
クライズは満足げに頷くと、アンヌに念を押した。
『頼んだよ。もうあんたしか居ないんだ、マンダロアを帝国から救えるのは』
「もちろん、分かってるよ」
ブレインが不敵な笑みを湛えながら顔を上げる。血も凍る冷淡な表情に、クライズは背筋に寒気を覚えた。
「────マンダロアのサクソン政権を、内側から壊してあげる。手始めに、財政掌握かな」
アンヌはマンダロアの財政データを表示させながら、クライズに会釈した。通信が終了したことを確認したアソーカは、かつての戦友の顔を覗き込んだ。
「ねえ、アンヌ……」
「何?」
「本当に、良いの?あの時、任務を辞退してコルサントに戻ったのは────」
「私なら大丈夫」
アソーカに一瞥もくれず、アンヌは間髪入れずに答えた。代わりにその瞳は、データベースに表示されているガー・サクソンの顔を眺めている。彼女は悲しげに笑ってこう言った。
「……もう、昔のアンヌ・トワイラスは死んだから」
冷淡な表情が、刹那に歪む。
その理由は、ジェダイとしての悲劇を味わった者だけが知っている。
ジェダイとしての使命を全うする。それは特に、多くの犠牲の下でオーダー66の惨劇を生き延びたアンヌにとっては、ある種運命付けられた人生選択だった。
例えそれが、呪いのように彼女を蝕んだとしても。