ジンジャーエールが満ちるまで
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ところが、話はそれからだった。
それから数日して、またもやイルミに呼び出しを食らった。
『話があるから来て』、なんて言うだけで詳しくは何も教えてくれない彼の連絡に、もしかして結婚決まった報告か?嫁紹介か?なんてそわそわしながら、この短いスパンでの呼び出しなのだからきっとそうだろうと仕事の合間を縫って昼時のアーネンエルベに向かう。淡白な彼のことだからお祝い事の報告はサラッとメールなり何なりでしてくれるのだろうと思い込んでいた私は、驚きの気持ちに満ちていた。結婚をまさか面と向かって報告してくれるなんて女子かよ、と思う気持ちはあったけど、それはそれで嬉しいものがあった。イルミが私をそういう知人の一人として思ってくれていると捉えてもいいということだろうか。少し意外だったけど、自分の思いを伝える気持ちに欠けた彼なのだから、こういうこともきっとある。
扉を開けると、ちりんとベルが鳴った。マスターは私を見て、奥の座席に視線をやった。そちらへ目を向けると、イルミはもうすでに座って待っていた。そこに嫁的な第三者はいなかったけれど。
「や」
「イルミ。どうしたの、突然」
「うん、少しね。座ったら?」
「あ、はい」
神妙な雰囲気さえ持って着席を促すイルミ。私は息を落ち着かせて、彼の真正面に座った。
タイミングを合わせて、マスターが注文を取りに来たので、やはり私はジンジャーエールを頼んだ。イルミもまた、「彼女と同じものを」と言った。すぐさまマスターがジンジャーエールを運んで来てくれ、イルミはそれを「飲みなよ」と促したので、お言葉に甘えてやはりストローを差してそれを数口飲んだ。イルミは飲まなかった。それもまた彼らしいと思った。
「そ、それで。話っていうのは……」
「うん。驚かないで聞いてほしいんだけど」
「う、うんうん」
心の準備をしているつもりではあった。しかし、いざこの目の前の青年から結婚の二文字が飛び出そうものなら、飛び上がりそうな声が出るだろう。なので、口元を抑えながら、はらはらした気分でイルミの次の言葉を待った。
「俺、実は身長低いんだよね」
「…………………へー……そうなの?」
しかし、彼の口から出た言葉は、“結婚”の二文字ではなかった。
「そう。針で身長を伸ばしてる」
「……あ、イルミの針ってそういうこともできるんだね」
「本当は160センチくらいなんだよね」
「あ、まあ、それはなかなか伸ばしてるね……」
「驚いた?」
「そりゃまあ、……うん……」
驚いたは驚いたけど、そういう驚きじゃない。想像以下の、というより想定外すぎる告白に対する驚きだ。虚をつかれたような気分だった。
「それで」
「え?」
「俺の身長が本当は低いということを知った訳だけど。どう思うの?」
「どう、とは……」
美容整形の流行がもはや普通のこととなった昨今なので、自身の外見を変えていたという告白をされても、そうですかいいんじゃないですかという言葉しか口に出ない。というか、それ以前にイルミの能力は変装だ。私も彼の変身は見たことがあるので、今更身長が低かったんだと言われても驚きの閾値が高く設定されているのでそこに達しない。
「まあ、なんというか」
「うん」
「身長低くてもイルミはイルミなんだから、それでもいい、んじゃないかなあ……?」
「そう?」
「あ、うん。私はそう思うけど」
そんなことより結婚報告は?と思いながら彼の様子を伺っていたが、イルミは、「あーよかった。心配してたんだよね」と言って両の手を合わせた。先ほどよりも緩んだ彼の目元。
「イルミは外見に頓着しないと思ってた。意外、身長低いこと気にしてたんだね」
「ははは。さっきのは、嘘だよ、嘘」
「えっ!? う、嘘!?」
「俺がそんなに身長低いわけがないだろ」
「ええ……そう言われても伸ばしてるって言われたから信じたんですけど……」
なんだこれ。新手のドッキリか?イルミなりの大喜利か何か? 私は何に付き合わされてるの、これ。
意味がわからなくて困惑している私に構わず、イルミはスッキリした顔で伝票を持って、「さてと」と立ち上がった。いや、さてとって。ちょっと待て待て待て。
「え、イルミさん?どこに行くの?」
「俺は仕事だけど」
「え?ええ?……あの、用件は?私はなんでここに呼ばれたの?」
「用件は終わったよ」
「どこに用件あったの!?」
「会計は済ませとくから。それじゃあね、アメリア」
「ええ!?ちょ、まっ」
「また」
そして本当にさっさと会計をして店を立ち去ったイルミ。呆気にとられ、颯爽と去るその後ろ姿が見えなくなったところで、私は我に帰った。
「え……なんだったの……?」
状況を把握するために店内を見回すと、グラスを磨くマスターと目が合った。しかしマスターはいつもの通り何も言わずに、手元の作業へと戻った。私はせっかく頂いたジンジャーエールを残すと失礼と思い、自分のジンジャーエールとイルミが手に付けなかったもう一杯を飲み干した。店を出る頃には、お腹はタプタプだった。
*