萌えるゴミ
namechange
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
この家族の枠を超えた行為が始まったのはいつからだったろうか。処女を破ったのは兄だ。はじめはそういうものだと思い込んでいたが、その内に、兄妹でセックスをするのは不義と知った。
弟達を家族として順当に接しているように、妹である私もそうであって欲しかったと、兄の腕の中でぼんやりと思った。いつから、この人にとって私は妹では無くなったのだろう。それとも、妹であることを念頭に理解してセックスを行っているのだろうか。どちらにしても、狂気の琴線の向こうに立つ兄に、そんなことを尋ねても何の参考にもなりはしないのだから、質問しても意味は無い。だから、今となっては知る由もない。しかし、この人の実妹なのだという自覚が永遠に消えることは無い私にとって、この行為の時間は、狂ってしまわないように、白いシーツにしがみつくのにただ必死だった。
時には数日続けて。時には一日中。毛先の一本さえ、触れられていない産毛など無いほど、兄は私の身体をすべて食べた。貪るように、何度も、何度も。幾度となく私の長い白髪に口付けをする姿を見て、この人が私に性行為をする理由はやはりこの家に産まれた所為だと暗示のように自分に言い聞かせた。この家に産まれて、この家に縛り付けて、そしてもう二度と離れられられないように、兄は私にセックスを繰り返す。私の膣に触れて、そして足を開かせ、何度も腰を打付ける。その姿が私の中で乖離を引き起こすのが、苦しくて堪らなかった。どうしても消えてくれやしないのだ。かつて、私の記憶の奥底、幼い私を抱き上げてあやしてくれていた兄の姿が、消えてはくれない。忙しいのに時間を割いて構ってくれることが嬉しかった。抱っこしてくれて嬉しかった。遊んでくれて嬉しかった。勉強を教えてくれて嬉しかった。そんな兄を愛していた。兄は、どうだったのだろうか。他に女の兄妹がいたら、その子にも同じ事をしたのかな。確かめようがないけれど、そうだったらよかった。それなら、家族しか愛することが出来ない、そういう人なのだと、諦めがつくというものだ。
「陽性……」
そして、妊娠が判明したのはそれから暫くしてすぐの事。兄であったとしても男性だ。あれだけ射精されれば、それもそうか。ああ、血が繋がっていても妊娠ってするんだ、なんてそれだけの単純な感想しか思い浮かばなかった。
「ねえ。イルミ。聞いて」
「何?」
「子どもができた」
「妊娠したの?」
「そう。私とイルミの」
兄に妊娠の事実を告げた。そうしたら、もうしばらくは行為をしなくて済むと思っていたのに、兄はそれを聞くや否や、大事そうに私をまた抱いた。妊娠したというのに、それでも重ねて自身の精を注ぐ行為を続けるこの人が、また怖くて堪らなかった。それで流産したらどうするのだと思っていたら、「妊娠中であっても、性行為は胎児にさほど影響ないから」とえを見透かしているかのように兄は言った。
「そうなんだ。しらなかった」
「不安?」
不安、なのだろうか。さっき、流産したらどうしようと、いかにも母親らしいことを考えてしまっていたことに私は気付いた。それこそ諦めもあったが、この人に孕ませられることにあれだけ嫌悪感を感じていたのに。母親ぶった自分。女としての本能が、気持ち悪い。それに応えずにいると、続けて兄は、「一人目だからね。そう感じるのも仕方がないよ」と、素肌を擦り付けるように密着するのだった。
『一人目』?
私は、その悪夢のような一言に、頭を思い切り殴打されたような眩暈を感じずにいられなかった。そうか。ずっと続くのだ。まるで血縁者である事実など何処かへ吹き飛んでしまったかのように、普通の夫婦のように事後を語り合う、この時間が。言ってしまおうか。もう一度、『兄さん』と。そうしたら、この人は一体どんな顔をするのだろうか。もうその呼び名を使わなくなって、数ヶ月が経っていた。やはりもう、遅過ぎたのだ。
「ご懐妊、おめでとうございます」
世話付きのゴトーは、改めて深々と私にそうお辞儀をした。ゴトーだけではない。他の執事も、父さんも母さんも、ただ純粋に私の妊娠を喜んだ。
結婚もしていないのに、この家から一歩も外に出ていないのに、誰との子なんだ。そんなことを尋ねてくる者はいなかった。皮肉なものだ。誰もが知っていて、誰もが知らない振りをしていた。それにもまた、気が狂いそうだった。
そんな頃に、一本の電話が届いた。この家を飛び出していった、弟のキルアからだ。
『よう、姉貴? 久しぶり』
陽気な明るい声。変わらず親しげに、私をそう呼んでくれる。
「……キル」
『何だよ、可愛い弟がたまには電話でもと思ったのに、シケた声してさ。大丈夫かよ。なんか、元気無さそうだけど』
「ううん。そんなことない。元気だよ」
久しぶりに弟の声を聞いた。心配をしてくれているのか、こうしてたまに旅先から電話を掛けてくれる。キルはいくつか、ゴンという友達との滞在先での話を聞かせてくれた。それに耳をすませる。楽しくて堪らないのだろう。そしてキルはその内に、私に一つの提案を持ちかけた。
『なあ、姉貴もさ。この前みたいにパーっと家出てさ、俺と遊ぼうぜ! あ、勿論イル兄にはナイショでさ。ゴンを紹介するよ』
「うん。遊びたい。ゴンって子に会ってみたいな。でも、ごめん。それは出来ないよ」
『はあ? 何でだよ。あ、もしかして仕事? そんなのミルキに押し付けてさ。な、いいだろ?』
「もう、家からは出るのは厳しいんだ」
『待てよ。家から出られねーって……何でだよ』
「子どもができちゃってさ」
『ハア!? 姉貴、いつの間に結婚したんだよ!? 俺聞いてねーんだけど』
「結婚は、してない」
『……どういう事だよ。意味わかんねーよ』
「そう、だよね。意味わかんないよね。あはは」
苛立った様子で、『笑ってないでちゃんと説明しろよ、姉貴!』とキルアは私を責めた。いくつかしか歳は変わらないけど、年下のキルアに怒られている。それが本当に当たり前のこと過ぎて、私は息が詰まって思わず泣き出してしまいそうだった。だって、誰も怒ったりしなかった。兄と性行為をしていたのに、妊娠までしてしまったのに、親でさえ誰も私達を責めたりしなかった。いけないことだ、なんて事をしているんだ、と叩かれてもいいから、怒声を上げる人がいて欲しかった。普通のことじゃないのに、普通のことのように私達を祝福する。それがどれだけ恐ろしかったか、私はずっと我慢して我慢して我慢していたのだ。
「ごめん。……でも、なんて言ったら、いいのかなあ……」
事実は簡潔だ。イルミと性行為をして妊娠した、それだけのこと。しかし、やはり、キルにだけはどう説明したらよいのかわからなかった。黙っていると、電話先の聡い子は、何かに勘づいたのだろうか。突然、声色を変えた。
『…………なあ、姉貴。それ、……誰との子供なんだよ』
キルア。私の優しい弟。けど、どうか離れて。この家から、ずっとずっと遠くへ。あなたは男の子だから、その羽根のような足で果ての果てまで走って行ける。私は、もう『家族』がいるから一緒に行けない。男の子になりたかった。あなたが羨ましかった。同じ髪色の、大好きな弟。本当は兄達を尊敬していて、弟達を可愛がっていることを私は知っている。だから、この事は知らなくていい。
私は父親の正体については答えず、「いつか会ってあげてね」とだけ言って、静かに電話を切った。
「どうしてキルに隠したんだい」
後ろから、突如響いた抑揚の無い声。兄がいつの間にか、そこに立っていた。電話の内容を聞いていたのか、突き詰めるかのように私に迫る。
「『家族』が増えるんだよ。それに、いずれ知る事だ。隠す必要なんて無いだろう?」
「……キルに、言える訳が無いでしょう。わかっていないの、兄さん。私たちは血の繋がった家族なのよ」
わざとたらしく、そして久しぶりに、兄を『兄さん』と呼んだ。その一言に兄はどう思ったのかわからないが、意外にも苛立ちをぶつけてくる事はなくただそこに佇む。きっと、私が彼の子をお腹に宿しているからだ。少しは役に立つというものだ。
「……そうだね。けど、お前もわかっていないね」
「わかってない?」
何をわかっていないというのだ。狂気に変えて妹に子種を宿したその条理が、正しいとでも言いたいのか。兄は、いつも行為をするときのように頬を撫でて、肩を触り、荒らげた私の呼吸を収めるかのように手を滑らせた。まるで身体を確かめるように。そして次に、幼い子を諭すかのように、低い声で言った。
「俺とお前は家族である以前に、男と女なんだよ」
この時。私はようやく、兄という人を初めて理解した気がした。血縁関係と男女関係、それらは兄の中では、倫理を必要としないのだという事を。複雑に絡み合うことなく別個に確立した、ただの事実。
「ねえ。俺の事が嫌い?」
どこか不安そうに、兄は私に自分が嫌いかと尋ねた。どうしてそんな事を今の今更になって確認してくるのだと、無性にやるせない哀しみに陥れる。身体を求める前にその一言があったなら、私はきっと拒否を出来た。嫌いなのではない。だから、おかしくなってしまいそうなんだ。兄としてのイルミ=ゾルディック。男としてのイルミ=ゾルディック。素直に首を振って応えた。けれど、勘違いしないでほしかった。私が愛しているのは前者であって、後者は憎ましいものとなってしまった事を、知って欲しかった。
「愛しています憎んでもいます」
だから、率直にそれだけは答えた。兄は変わらず感情の無い瞳で私を見つめた。そして「それなら良かった」と、深く深く、妹の私に口付けをした。ああ、やっぱり、そうなんだ。わかってくれないんだ。そう絶望しながら、私はその冷たい唇をただただ享受したのだった。
*