萌えるゴミ
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「んん」
「………………………………あ?」
男が微睡む声とベッドの振動で私は起きた。目を開けるとそこには眉なし脳ミソ筋肉マンが同様に横になって眠っていた。
「…………はだか」
思わず呟いた。フィンクスは裸だった。いや正確に言うとほぼ裸だった。下はくたびれたダッサイトランクスを履いていたが、上はムキムキの筋肉丸出し。それが朝日に照らされて艶めかしい筋肉美を演出している。お前団長の髪型パクってんのかよと弄り倒してた髪が、いつもワックスで固めてるオールバックの琥珀色の髪が、崩れて降りている。普段見ない厳つい印象とはまた違ったフィンクスがそこにはいた。かっこいい。そんな一言を漏らしそうになったがそれどころではない。
「…………は、だか」
私こそ裸だった。これこそ正真正銘の。下着もなんにもつけてない。シーツにくるまっていたが肌寒い、だから起きたのだ。悲鳴をあげそうになったが、ぐっと堪えろ!と気合いで自らの口を塞ぐ。これあかんヤツや。なあもしかして、もしかしてだけど、これって、そういう事ですか?
おそるおそる自らの下を確認した。下というのは皆も言うなだが、陰部だ。セックスしてしまったなら残った感覚があるだろう。けれど、それについてはよくわからなかった。しかしこの状態ならば……そういうことかもしれない。周りを見回すがコンドームの残骸も何も無い。あるのは裸の私と準裸のフィンクス。もしかして生本番?まじか。そりゃねえわ。
「頭痛い……」
どうしてこんなことになっているんだか、考えるまでもなかった。昨日は蜘蛛のみんなと酒を飲んでた。まあみんなと言ってもイツメンだ。私、フィンクス、ノブナガ、ウボォー、シャルナーク。そこに時々団長やボノレノフやらが入る。ボノレノフはお酒代謝しにくい体らしい。そりゃそうだよね、あんだけ体中ボコボコに穴空いてんだもん、初め見た時は何事かと思ったわ。団長は静かに酒を嗜むタイプだから酒盛りという感じではないんだよね。飲みっぷりがいいという連中はやっぱりここらへんだ。レディースは男連中の世話を焼きたくないからとクールに少し飲んでハイ終わりという感じ。私だけだよこんなバカ連中と騒ぎまくって飲んでるのは。その結果がこれということなんですけど。
え、マジでどうしようか……。
こんな歳になってこんな失敗、蜘蛛でも他の誰にも言えたもんじゃない。本来ならこの脳ミソ筋肉マンにも口止めしておきたい所だが、一つの希望を見出した。もしかしたら私も覚えてないくらい酒を煽ったんだから、フィンクスも覚えてないんじゃね?と。このままそろーっと部屋を出て、跡も残さず、何事も無かったことにするのが一番得策なんじゃないか。だってどうしろって言うんだ。このままフィンクスが目覚めるのを待って、起きたコイツに「私たち、ついにむすばれちゃったね(ハート)」なんて甘ったるい女の演出をするのが良いって訳じゃないだろう。もしくは「昨日はすごくよかった」なんて覚えてもないセックスの内容を匂わすのか。きっと淡白なフィンクスのことだから、セックス→責任取る→付き合う、なんて展開馬鹿にして笑うタイプだ。セックスはセックス、それだけ。この脳ミソ筋肉マンからそんな一言を聞きたくはない。だからこれまで境界線を敷いてきたんだ。これ以上踏み込んではならない男だ、と。踏み込んでも鼻で私を笑うのだろう、と。
そうと決まれば。
私は床に散らばった衣服を風一つ立たせないように細心の注意をはらって身に纏い、最後にフィンクスの寝顔を確認した。うん、起きてない。眉はぴくりとも動いてはない。眉無いけど。
もう絶対にこんな失敗はしないよ。けれどこれからも関係は変わらない。バカ騒ぎして飲むのは続けるけど、記憶なくすまで飲むのはもうやめた。だから今日だけ、最初で最後、この好きな人の寝顔を見られるのは。見惚れたりなんてしてない。いやだって団長の方が圧倒的にイケメンだし眺めて愛でるなら団長でしょ。でも、見惚れたりはしてないけど、どうしてこんなにも目を離せないのだ。降ろした髪、閉じられた切れ長の眼、薄く開いた唇、傷跡の残る身体。筋肉マンなんていつも馬鹿にしてるけど、その熱を帯びた体が、固い腕が、ごわついた指先が、女の私にはとても眩しい。
フィンクスの部屋をそっと出た。私に宛てがわれた部屋に戻り洗面をして、服を着替え、集会所へと向かった。
「あ。テレジア、今起きたの?」
「シャル。うん、飲みすぎたー頭いたいよー」
「ホントすごかったよ、昨日のテレジア」
「え、私何かした?」
「うん意味わかんないこと言ってた。苗字がみんなホイコーロってもう少しマシなのにすれば良かったのにとかなんとか……」
「ええーなにそれーそんなこと言ったかな。私どうやって部屋に戻ったか覚えてないんだけどシャル知ってる?」
「俺、ウボォーの相手してたからわかんないや。いつの間にかテレジアもフィンもそのうち皆いなくなっちゃってたから」
「あ、さいか……」
「もう最悪だよ。ウボォーは酔うとキス魔になるの知ってるだろ。ウボォーにケータイのアンテナ刺すまで決死の攻防戦。大変だったんだから」
「え、そうだったんだ、シャルすわん」
「もー」
シャルナークは頬を膨らませた。ウボォーのあの固い体にアンテナ刺さんのかな……。でもあの口振りだとシャルの貞操は守られたようだった。私は守られなかったけど。シャルはウボォーへの抵抗に完徹したようで私とフィンクスとのことを知らないらしい。
集会所を出るとちょうどトイレからノブナガが出てきた。
「あ、ノブナガー。ちょんまげグッモニスタ」
「あ?俺ァ二日酔いで最高に気分が悪いんだよ、たたっ切るぞ」
「おお、こわー。ねえノブは昨日のこと覚えてる?」
「飲みでのことか?オメーが意味わかんないこと言ってたのは覚えてっけどよ」
「え、私なんか言ってた?」
「ああ。確か、王子達の念獣と守護霊獣は別物なのかよチートかよズリいだろとかなんとか。ありゃどういう意味だ?」
「さあ、私にもよくわからない……こわ……自分が怖い……」
「テレジアおめー、記憶なくすまで飲むの止めろよ」
「うん、それ今身に染みてる……。ねえ、私がどうやって部屋に戻ったか覚えてないんだけど、ノブナガは知ってる?」
「知るかボケ。俺ァいつの間にか寝ゲロしてたからよ」
「そっか。汚いからお風呂入りなよね。なんか臭うよ」
ノブナガからほんわか臭う吐瀉物の臭いはモロかぶりだからか。忠告だけして私は去った。
中庭へ行くとウボォーギンが柔軟をしていた。
「うぼーおはよー。どしたのストレッチなんかして珍しい」
「おおテレジア。なんかよぉ、体中があちこち筋肉痛みてぇになっててよ。昨日は飲んでただけなのに何でだ?」
「あれ?ウボォー、なんか背中に傷跡があるよ?ほらここ」
「お!?んだこりゃ。痛くも痒くもなかったから気付かなかったぜ」
「なにか刺されたみたいな…………あ」
「なんだよ」
「あー、なんでもない」
きっとこの傷はシャルのアンテナの針跡だ。たしかシャルナークのケータイの念能力は、対象者を操作すると反動がデカく返ってくると聞いたことがある。それがウボォーの筋肉痛の正体。触らぬ神に祟りなしだ。
「ところで、私昨日どうやって部屋に戻ったか知ってる?私酔っ払って記憶になくて」
「さあな。俺も途中から記憶ねぇんだ。いつの間にか外で寝てたからよ。でも訳のわかんねえ事は言ってたぜ」
「またか……私なんて言ってた?」
「春夏で恋をして秋冬で去っていく、とかなんとか歌ってたぜ。どういう意味だよありゃ、流行りの歌か?」
「うーん……見当もつかない」
「ま、おめぇが酔っ払うとわからねえこと言うのはいつもの事か」
そしてウボォーは筋肉痛もなんのその、棍棒で素振りをはじめた。
……ということは、昨日飲んでたメンツは私とフィンクスのことをみんな知らないということ。それを確認できただけでホッとしたところで、朝のコーヒーブレイクをするためキッチンに向かった。
「テレジア」
「あ、だんちょー?居たんですね」
「ああ」
漂うコーヒーの香りがそこにはすでにあった。団長は白いマグカップにインスタントコーヒーを注ぎ、木陰を眺めながらモーニングを過ごしていた。私もそれに習い、コーヒーをいれ、団長からやや離れた位置でそれを啜った。苦い。
「いついらしたんです?」
「覚えてないのか。昨日夜にお前に呼び出されて俺も来たんだが」
「ええ、そうだったんだ」
「お前意味わかんないこと言ってたぞ」
「え、なんか言ってました?」
「ああ。ひらがなけやきのヒ!とか言ってなんかポーズしてた」
「恐ろしい……そこまで取り憑かれてるなんて。これだからドルオタは」
「いやよくわからないがお前のことなんだが」
団長のツッコミを右から左へ受け流してコーヒーに砂糖とミルクを足した。うん、ワンナイト経験したんだからと大人ぶってブラックにしたけど、やはり甘い方が美味しい。
「ところでうまくいったのか」
「何がです?」
「何がって、それも覚えてないのか」
「え?」
「テレジア、お前なあ……」
団長は溜め息をついてさらに続けた。
「処女なんだろ」
「…………処女じゃないです」
「嘘つけ」
「なんで知ってるんですかそんなこと!」
「じゃあ処女なんじゃないか」
「いや、そうなんですけど!そうじゃなくなったと言いますか、なんというか」
正確には、ほんの数時間前は処女だったが今はそうではないという事だ。うそはついちゃいない。クロロは口許を抑えて笑った。
「じゃあヤったのか」
「団長?話が見えないんですけど、え?」
「泣きながら俺に連絡寄越したくせに迷惑な奴だなお前」
「ええ?」
「襲われかけたとか散々喚いてしまいに俺に連絡してきて団長なんだから団員の揉め事は解決しろとか言って。あいつ萎えてたぞ完全に。付き合うのが馬鹿馬鹿しくてその場は仲裁したが、その後はどうしたんだって聞いてるんだが」
「襲われかけたって、だ、誰に……」
「そんなの決まってるだろう」
団長は一呼吸おいて、
「フィンクス」
と言ったが、団長の言葉と視線は私の向こうへと向けていた。つまり出入り口のほう。振り返ると、そこにはその名前の男があの下着姿のまま立っていた。額には青筋が浮かんでいた。
「ーーおい」
びく、とその声色に私は身がすくんだ。それほど深い怒りにフィンクスは身を滾らせていた。
「何逃げてんだよ」
「逃げてなんて、」
「散々あれだけ引っ掻き回しておいて、無かったことにしようとすんじゃねぇ」
「いいじゃない、無かったことで、それで」
「あ?それじゃお前、納得しねぇだろ」
「納得もなにも……一晩のことで終わりなんでしょ!」
「……待て、もしかしてお前、覚えてねえな昨日のこと」
「え?」
「っあー、めんどくせえな。ちょっとこっち来いや」
「きゃーっ!だ、だんちょーっ!!」
襟首引っ掴まれてフィンクスに引きずられる。団長に助けを求めたが団長はにこやかな顔でヒラヒラと手を振った。使えないお頭め!
部屋に連れ戻されるや否や、フィンクスは私を凄んで睨んだ。
「な、何よ」
「何よじゃねえよ」
「嫌なのよ、私は」
「はあ?」
「仲間は仲間。友達は友達。恋人は恋人。そういうことをしたのならそれで終わりで、また私たちは仲間に戻るの。それが続くなんて無理。何があんたは不満なの?」
「てめぇはそれがいいのかよ」
「終着点は一つだけでいいの」
「俺は納得できねぇ」
「……じゃああんたはこの関係がいいってわけ?サイテー」
じゃあ、私たちの終着点はどこなの?世間ではワンナイトラブという。けれど私たちには愛さえあった?動物のように気持ちいいところを探って結合しただけじゃない。私はその醜さが嫌だ。私は人間だ。この行為の意味を考えざるを得ない。きっとこれから頭の中はこれでいっぱいだし、あなたの一挙手一投足や言動をすべて見てしまう。考えてしまう。想ってしまう。
それなら、このまま起きたことさえ無かったことにすれば考えなくて済むじゃない。きっとフィンクスから何も解答は得られないのだから。いや、解答を得られるとするなら、きっとこうだ。俺達はセックスをした、それ以上も以下もないだろ、と。
「つーかよ。……勘違いしてるようだから言っとくぜ」
「何よ」
なんだ。まだサイテーなことを言うつもりか。次なんか言ったらその眉なしおデコにお釈迦様のホクロ程度に跡が残るくらい思い切り正拳突きをかましてやる。そしたら気が晴れるだろうから。オラ、言ってみな、と顎で促す。フィンクスはぼりぼりと髪を掻き、目を逸らして言った。
「俺達…………セックスしてない」
ほら、言ったコノヤロー人類女の敵め!って、は??
「え、セックスしてない?ここまで引っ張ってそりゃないよ。読者が納得しないでしょそんなネタバレ」
「何言ってっか意味わかんねぇけど最後まで聞けバカ」
「いたっ!」
フィンクスに割と思い切りおでこを叩かれた。私がそれをするつもりだったのに、と恨みがましくヤツを見遣る。「てめぇ狂ってんのかと思うくらい酔っ払ってたくせにやろうとしたら散々抵抗して団長呼び出しやがって、」どうやら私は酩酊状態にあったにもかかわらず身を死守したようだった。私えらい。よくやった。てゆーかそれでもフィン最低だけど。
「酔ってるところ襲うなんてゲス極めてんなと思うんですけど。サイテーサイアク脳ミソ筋肉バーカおデコの生え際団長と共に後退してる」
「してねーよ!!……だが仕方ねえだろてめぇが一緒に横になってたのが悪い」
「うっわ、正当化する強姦魔の言い訳ホントキモイ」
「うっせー!俺は欲しいものを奪おうとしただけだ」
「欲しいもの、って、」
それ私の処女かよ。
なんかアナタあれですか、もしかして処女じゃないと駄目とかそういうタイプですか、近年よく見る経験豊富な女は無理で男を知らない無垢な女の子じゃない絶対やだとか駄々こねるそういう感じですか。余計キモいんですけど。ぞぞぞっとした。身を守るように腕でガードすると「なんかお前勘違いしてる」とフィンは言った。
フィンクスは何か歯痒いような表情をした。
「さっき言ったな、お前」
「はあん?何をよ」
「仲間は仲間。友達は友達。恋人は恋人。その垣根を超えるのは無理だってよ」
「……言ったけど」
「俺はお前にとってどれなんだよ」
「……蜘蛛」
「それだけか」
「仲間」
「他には」
「友達」
「それまでなのかよ」
「……だって、」
怖い。本当の気持ちを打ち明けたら私はどうなってしまうの?あんたはどんな顔をしてそれを拒むの?
人は、本当に言いたいことは言えないいきもの。体だけは正直なくせにね。相反していて、同じことができないの。
言ってしまいたいけど、言えない。
「てめぇが俺をどう思ってるか知らねえけど、」
やはりフィンクスはむず痒いような顔をした。
陽日が射し込む。フィンクスの髪は琥珀色から、黄金色に輝いた。
「それ以上を俺は望むぜ」
フィンクスは、求めた。
私に。
何を、と意図することがよくつかめない。
「……意味わかんないんだけど」
「理解れよバカ」
「えーなんで。バカって。どういう?んん?」
フィンクスは次に言った。奴は実に、体も心に正直ないきものだった。
「俺はお前とセックスしてえよ。けれどキスも抱擁もしてえんだよ。それがずっと続けばいい。なんなら性に合わねえデートだとか、お前のつまらねえ会話にだって付き合ってやる。だからお前は俺とだけそういうことをしてろよ。それ以上ってのは、それしかねえだろ」
それ以下でもなく、そのままでもなく、それ以上。
なんて赤裸々な事をそんなに真摯な瞳で言えるのだろう。まるで本気じゃないか。本気というか、本心というか、本当というか。
「お前の言い分だとそれは友達や仲間なんかとはしねえらしい。だからそれ以上に俺を当て嵌めろ。世間的に恋人だの愛人だのいろいろ定義はあるだろうが、面倒臭ぇからそれはお前に任せる」
そんなこと言っちゃっていいの。
私があなたにそうだったらいいなと思っていて諦めていた定義を、押し付けていいの?それを受け入れてくれるの?
恋人だったらいいな、って、夫婦だったらもっといいな、って、私の望むあなたとの形はいっぱいある。
「フィンクス、……」
「それで、テレジア。ここまで俺に言わせといて、てめぇは俺をどういう括りにするんだ。まさかそれでも友達だとか仲間だとか言わねーよな」
フィンクスは、少し怒り顔でそう言った。
「俺でいいだろ」
この人の、最大限の口説き文句が最高に男らしくて、やはり大好きだと思ったのです。
どういうことかわからないけどその言葉通りに受け取るなら私もあなたとそれ以上になりたい。割り切るなら恋人。そして、ゆくゆくは、発展するなら、もっとそれ以上を望んでもいいのなら。
「私の、大好きな人になってください」
「………………なんだそりゃ」
「まずはここからで」
「その大好きな人って括りはセックス有りか」
「まずは無しです」
「っんだよそれ……早くヤラせろよてめぇ!!!」
「何よ!?やっぱり体目的なんじゃない!フィン最低!!」
「てめーの貧相な体なんか目的にするかよ!」
「じゃあいいじゃないセックス無しでも」
「違、ちょ、待て!……ちげーけどヤりてーだろーが!!」
「フィンなんてもう知らない!」
「おい待てコラ!!」
「きゃーっ!だんちょーっ!!」
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