萌えるゴミ
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拝啓 イルミ=ゾルディック様
寒い冬が過ぎ、うららかな春の季節になりました。この春をあなたはいかにお過ごしでしょうか。きっとあなたのことでしょうから、前と変わらずにしっかり仕事をこなしているのだろうと私は思っています。私はこの数ヶ月の間、いろいろなことがありました。実家の家業を継いでみようかなーと修行していましたが、どうもうまくいかずに家を出ちゃいました。我ながら思い切った行動です。一緒に仕事する約束してたのにすっぽかしちゃってごめんね。ごめんなさい。
家を出て私はいろいろなことを体験しました。一人で生きてくって大変なことだね。この歳になって今更感じました。世の中では私のような人間は犯罪者なので、戸籍や経歴を問わない田舎の小さな町のほうへ行きました。
綺麗な緑、蒼い空、やさしい人たち。私はこんな美しい場所を知りませんでした。見ず知らずの私に、こんなにやさしくしてくれる人がこんなたくさんいることも。気がついたら私は、その小さな町に身をおいて仕事をしようと考えていたのです。町長さんにこの町を好きになったことと、この町を守る兵隊さんの仕事をしたいと伝えたら笑われちゃいました。「誰がこの小さな田舎町を襲ってくるんだい?」って。田舎なのでそんな大それた仕事はないんだって。でも何もせずタダのご飯を食べさせてもらうのは厚かましいので「それでもなにか仕事はないですか」って聞いたら、私、教会に置かれることになったの。信じられる?何十人も殺してきたこの私が、神さまのすぐそばで暮らすなんて。ほんとにびっくりしました。教会の御老婦のシスターにはいつもお世話になっていますが、私が彼女を「シスター」って呼ぶと、「おばあちゃんって呼びなさい」って怒られてしまいます。私のことを本当の孫だと思ってくれてるって、言ってくれたよ。ほんとに嬉しかった。
後はね、地元の猟師さんたちがたまに魚とか貝とかを差し入れしてくれます。でも食べきれないくらいたくさん持ってきてくれるので、ご近所の人たちを呼んで猟師さんたちもいっしょに食べます。ちょっとしたパーティーみたい。それにとてもおいしくて、とても楽しいの。
この町に来てから、感謝ばっかり。
でも、教会にいると何故でしょうか、ふとした時間にあなたとの楽しかったようなムカついたような思い出を考えてしまいます。まだ家出して数ヶ月なのに。あなたが隣にいないことがなんだか…変な感覚するのです。まだあなたの髪は長いままかな、とか。ちゃんとご飯食べてるかな、とか。そういうことばかり考えてしまうの。寂しくはないのに。
覚えていますか?小さいころあなたが私のために摘んできてくれた花束。生まれて初めて家族以外の男性から花束をもらったから私、バカみたいにはしゃぎました。けどあれアヘンの花でしたよね。おかげさまで私は経度の薬物依存症になりました。あの花どこから摘んできやがったんですか?
あなたと私が12のとき、あなたは私にバタフライナイフの扱い方を教えてくれたけど誤って私の右手の動脈切りましたよね。あれはびっくりしました。あわてて水で洗い流したら、なんだか気が遠くなって、意識なくして。気が付いたらベッドの上。療養のため母に何日間ベッドに縛り付けられたか。あの時あなたはせせら笑いながら「よくあることだよね」って言いましたよね。今思い返してもほんっとに腹立ちます。
あなたと私。いままでいろいろあって一緒に過ごしてきたわけですが、あなたとの思い出は腹立つことばかりです。10割中、7割くらいは腹立つ思い出です。忘れたとは言わせません。忘れたって言ったらブン殴ります。ブン殴って土に埋めます。
でも、私がこうして思い出話をするのはあなたと離れたからだと思います。家出しなかったらこんなこと考えなかった。この小さな田舎町に来なかったら、あなたとの思い出なんてきっと、思い返さなかったよ。毎日が人殺しで、思い出なんて消えちゃったかもって思う。今更だけど、私もしかしたら、暗殺とか人殺しとか向いてなかったのかもしれないね。ねぇ、だからなの?私が暗殺の修行を頑張ろうとするたびに、あなたが私をわざとケガさせて修行させないようにしてたこと。ケガさせて、修行させないようにして、暗殺下手にさせて、私が家を継がないようにさせてたこと。あなたは頭もいいし腕もいいから、あの花がアヘンだってことはわかってたはずだし、修行中といえど私の右手の動脈を切るなんて致命的なミス、するわけないのに。
そうでしょう?
私、バカだからわかってなかった。あなたは遠回しに「テレジアには人殺しのセンスがないし才能もない。家は他の兄弟に任せればいい」って言ってたんだよね。行動じゃなくて言葉で言ってくれればよかったのに、ばか。ばか。ほんとに、ばかイルミ。あーもう別にいいもん、気にしてないから。家なんて女の私が継いでもしょうがないし、別に怒ってませんから。だって、あなたはあなたなりに気を使ってくれてたんでしょ?私知ってるんですから。
アヘンの花束を私に摘んできて私は軽い薬物依存症になったけど、あのあと、あなたは私にもう一度花束をくれましたよね。薔薇と、コスモスと、白百合と、小さなひまわり。酷いくらいアンバランスな花束でした。けど執事さんに頼んで取り寄せた花束なんかじゃなくて、あなたがちゃんと摘んできてくれた花束で。薔薇なんてトゲがなかった。あなたが取り除いてくれたんでしょ?私が薔薇のトゲでケガしないように。
ナイフの修行のときあなたはわざと私の右手の動脈を切ったけどすぐに救急箱を取りに行きましたよね。でもその間、気が動転した私は水で血を流しすぎて意識なくして、倒れて。私が次に目を覚ましたのはベッドの上だったけど、私が意識不明の状態の間、あなたは毎日毎日お見舞いに来てくれてたって母から聞きました。倒れた私にすぐに応急処置して抱っこして運んできたときのあなたの表情が、あなたの無表情が、ひどく不安そうな顔をしてたってことも。
何度も言うようだけど、忘れたなんて言わせません。だって、あなたが忘れたら私、この思い出をどうすればいいのかわからなくなります。あなたと私だけのものなのに。この思い出をいっしょに共有できるのは、あなただけなのに。
ねぇ知ってる?思い出ってよく忘れてしまうけれど、絶対に思い出せないことなんてないんだって。思い出は必ず頭の隅っこに隠れてて、なにか小さなきっかけで隅っこをつつかれてびっくりして飛び出してくるの。忘れててもまた思い出すのが、思い出。私もこの町に来て、忘れてたあなたとのいろーんな思い出をたくさん思い出しました。小さいものから大きいものまで。
きっとこの記憶たちが、あなたと私の二十年間。そのすべて。
このことを教えてくれたのはこの町の人々と、あなたです。あなたは昔から無表情で、欲しい言葉をちゃんと言ってくれなくて、意地悪で。あなたの言葉はいつもやさしくなかった。でも、あなたの動作はいつもやさしかった。私が何かを失敗する度にあなたの言葉は私を攻める。けどあなたの手は、私が何かを失敗する度に私の頭を撫でてくれる。だから私は何かを失敗する度に落ち込んでたけど、あなたがそばにいたからすぐに立ち直れました。その反面、あなたにすごく弱かったけど。
いろいろ長くなってしまいましたがこの手紙は要するに、近状報告と、思い出話と、あともうひとつ小さいころの約束を覚えているかどうかの確認の手紙なのです。
あのときの約束、覚えていますか?あなたのお屋敷の庭園で、誰にも見つからないようなたくさんの花の中での、左手の薬指の約束。覚えていたら嬉しいのですが、その約束は思い出すことなく忘れてほしいんです。あなたはゾルディック家のご子息でいろいろ良家の女性の方とお見合いもあると思います。あなたならきっと、すごく素敵な方と出会えると思っています。私みたいな小娘、あなたには釣り合いません。こういうこと言うのはなんだかムカついて悔しいですが、でもたぶん、本当に釣り合わないと思うから。
なんだか私が言いたいことばかりの長い手紙になってしまってごめんなさい。私はこれからもずっと、こちらの町で生きていきます。今度、仕事で近くまで来たらぜひ遊びにきてください。この素敵な町を案内したいと思っています。あと、私が今どんなに幸せなのかってこともいっぱい話したい。またあなたが隣にいる日を夢見ています。きっといつか。きっと。きっとよ。
それでは、お元気で。
4月28日 カンパーナ教会11-6-3
テレジア=マリーテレーズ
「お前ってほんと……馬鹿だよね」
彼はそう小さく呟いた。彼女に聞こえるか聞こえないかの小さな声。しかし、きっと彼女はすべてを聞いている。見ている。
黒の長髪に、黒の猫目。整っている顔には表情がないが、彼女を馬鹿だと皮肉るその声色は無感情ではなかった。
「むしろお前が約束を忘れてたくせに。……俺はずっと忘れたことなんてなかったけど?勝手にいなくなったと思えば家出?ほんと、馬鹿じゃないの?約束破棄するわけ?」
彼女は答えない。彼に背を向けたまま、こちらを見ようともしなかった。
ある限りの草原。果ての無い空。蒼い海の地平線。小高い丘に建つ教会から、すべてそれらが見えた。
彼女はずっと、ここにいた。
「約束を忘れてほしいって本気で言ってるの?そしたらテレジア、誰と結婚するわけ?俺以外の男なんていないくせに。変な手紙送り付けてきてほんと何なの?」
彼女は答えない。
「お前が俺に釣り合うとか釣り合わないとか、なに考えてるの?そういう問題?俺がお前を選んだのに、それにケチつけるわけ?……ねえ、聞いてる?」
彼女は、答えない。
「…………テレジア」
彼が名を呼んでも、彼女は答えることはなかった。答える訳がなかったのだ。
テレジア=マリーテレーズ
1978―1998
遠く、潮騒が耳に伝わる。潮風は彼を諌めるように優しく吹く。蒼空の雲は強い陽射しをやめない太陽を覆い隠し、彼を一人にさせた。それでも彼は自分以外のすべてが欝陶しかった。テレジアと二人きりになりたかった。
修行中に倒れたテレジアは医師から不治の病にかかったことを聞き、家を出る。きっとその頃から余命を宣告されていたのだろう、イルミには何一つ言わずに家を出て、行く宛を探しだした。そして遠く離れたこのカンパーナという町に行き着き、この教会に身を置き、それからほんの数ヶ月でこの世を去った。
イルミは特別に幼いころ交わした約束を思い出す必要はなかった。薬指の約束は常に彼の頭の片隅にあったから。約束はとくに正式なものではなかったが、それでも約束は約束。だから彼は大人になって、約束を果たすつもりでいた。
だが、それはもう叶わない。
テレジアは、もういないのだから。
「……ほんと、馬鹿だよ」
テレジアが家出したと聞いたとき、初めはほんとに殺してやると恨んだ。でもお前の母親と医者から話聞いて、お前が長くないことを知った。俺はどうしようもなくなった。だって、どうしろって言うの?
俺は君との未来しか考えていなかったのに、馬鹿みたいだ。
それからしばらくして俺の元に届いたテレジアの手紙は、ところどころ水滴が文字に滲んだ跡があった。テレジアらしいヘタクソで陽気な字が、変に傾いていた。
手紙を読み、俺がしなければならないことをようやく思い返した。
そして今日。
ここへ来たのは、約束を果たすため。
イルミはポケットから小箱を取り出した。リボンを解き、白の箱を開けると、紺碧の上品な小箱が現れた。
「約束。破棄なんて許さないから」
彼はそう呟くと、紺碧の小箱を開けてテレジアに向ける。
「結婚しよう、テレジア。もうお前に逃げられたくないから。俺がそっちに行くまで待ってて。いい?」
小箱の中の二つの結婚指輪。
イルミはその一つを彼女の十字架に置き、次に残りのもう一つを自分に嵌めた。
「そう簡単に死ぬつもりはないから。ちゃんとテレジアのぶんまで生きて、お前のとこに行く。だからそれまで……」
ーーー少しだけ、眠れ。
今度は何十年後になるかわからない、待ち合わせの約束。けれども今度こそ果たされる約束なのは間違いないのだろう。イルミとテレジアの左手の薬指には、シルバーの約束の指輪が光っていた。
『イルくん待って!足はやいよっ』
『テレジア早く。こっち』
『足はやいのずるいー!』
少年は少女を引っ張って、花たちが咲き誇る庭園の奥へ進んでいく。この庭園がゾルディック家の山中とは、誰も信じないような美しい場所だった。
行き着いたところは、洒落た西洋風の大きな噴水。少年はその噴水の淵に少女を座らせ、座らされた少女は息をきらして少年に向き直った。
花たちが二人を見守っていた。
『ねえテレジア、俺のこと好き?』
少年は突拍子もなく少女に尋ねた。
少女は少し悩むように小首を傾げてから笑顔で、
『すき!』
『しかたないな。じゃあ大人になったら結婚してあげる。だから、薬指で指切りして。テレジアが嘘ついたら犯すから』
『おかすってなーに?』
『なんでもない。ほらいいから、薬指で約束。俺と結婚したいでしょ?』
『う、うんっ、したいっ』
少年と少女は、左手の薬指をなんの戸惑いもなく互いに絡めた。約束の唄をテレジアは歌いだす。
『ゆーびきーりげーんまーん、うそついたら……うそついたらどうするんだっけ?』
『嘘ついたらテレジアを犯す』
『ねぇイルくん。おかす、って針千本のむよりいたい?』
『さあ、俺女じゃないからわかんないけど、針千本飲むよりは痛くないんじゃない?』
『ほんとっ?じゃあ、うそつーいたーらイルくんがわたしをおーかす!ゆーびきったっ』
切られた二人の薬指。
『えへへ、イルくんのおよめさん』
テレジアは嬉しさを隠せないように照れて笑った。
少年は再び少女の手を握る。少女はきょとんとしたが再びにっこり笑って少年の手を握りかえす。小さな手の平が重なりあった。
『ーーイル!テレジアちゃん!どこにいるの、出て来て頂戴っ!そろそろお昼ご飯の時間よ。いらっしゃい!』
遠くから甲高い女性の声が少年と少女を呼んだ。少女はその声に立ち上がり少年を立たせようと、繋いだままの手を引っ張る。
『キキョウおばさまがよんでる。イルくん行こっ!ごはんっ!わたしおよめさんみたいにイルくんにあーんしてあげる!ね?』
『しかたないな』
イルミは、せわしいテレジアに引っ張られたまま花の庭園を走り出す。
そよ風の吹く中を二人は進む。一秒先、五分先、一時間先、それよりもずっと遠い未来の、薬指の約束へ。
『イルくん、いこうっ!』
テレジアは、光の中へ走り出した。来世へと。
end、
前のサイトで書いたeyesonmeの前作みたいなもん。もう何年も前に書いたやつです。死ネタですけど