萌えるゴミ
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可能な限り殺気を悟られない事。闇は視界を曇らせる故に、標的から正体を隠す。不意討ちの強襲に最も適している。しかしそれはこちらも同じ条件であることを忘れてはならない。何もイメージした通りに事が運ぶとは全く思ってはいない。慢心など以ての外だ。相手は彼なのだ。死に急ぐ気は無いが、ここで殺されても何らおかしくない。
彼が、まるで見計らったかのように路地の裏手へと歩みを進めた。恐らく私の視線に気が付いている。これは誘いだ。だが、きっと相手が私だとは勘付いていない。そうでなければ、わざわざ人気のない場所に赴く必要はない。ここまでは想定通りだった。
路地裏へ向かう彼を背後から追いかける振りをしながら、その途中で自分の気配を全て消した。気配を消す事だけに、今は全力を注ぐ。音を消し、風向きに注意しながら、先回りをする。通路の死角で刃を構えて待機している私の存在に気付いているのかいまいか、彼は悠長な足取りを止まずに接近する。この状況であろうとも、私は緊張さえしていたが頭の芯の部分で極めて冷静さを保っていた。
彼の首に刃を入れる瞬前まで殺気を露にしないよう、自らの息を殺した。
コツ、コツ、コッ───。
軽やかな彼の革靴が曲がり角から現れ、隠れていた私の真隣に並んだその瞬間。私は刃を握りしめる腕を全速で振った。
「おや」
彼は白々しくもそう感嘆を漏らした。自身の生首目掛けて鋭利に光る刃を紙一重で避け、刃を持つ私の腕を掴もうと白い指が伸ばされる。私はその腕をそのまま彼にわざと掴ませた。彼はその時点で強襲者が女であることに気付いたことだろう、目を見開く様子が見受けられた。彼の殺人衝動、それがその瞳に煌めく。構わず追って、もう片手に隠し持っていた刃を彼の腹へ目掛ける。甘いよ、と囁きが聞こえた気がした。この状況であるのに、まるで口説くかのように。次には、私の両手ともが既に彼に組み敷かれ、骨が砕けそうなほどの強い力で押さえ付けられた。思わず痛みに声が漏れる。
「あれ?キミかい」
「───ヒソカ」
虚をつかれたかのようなその声色に、頭上を見上げる。色素の薄いその瞳に、私が映った。突然の強襲者の正体が私であることを知った彼が目を丸くして、私の顔を覗き込んでいる。
「まさかキミだとは思わなかったから、つい力が入り過ぎてしまったよ」
ヒソカはこれ以上手を掛けることもないとばかりに、ぱっと締め上げる腕を無条件で解いた。私もまた、そんなヒソカの様子にもう攻撃をしないとばかりに降参の御手を挙げる。
「ごめんね、立てるかい?」
一瞬でこそあったが、この凶悪な彼の殺意を引き出せたことに、私は安堵さえあった。私はヒソカの何の相手にもならない程の弱者ではないのだと。
彼が反撃を返してきた時の一瞬。たった数秒というのに戦闘に興奮し切った酔い、その愉悦に混ぜられた凶悪性。それをすべて誤魔化すかのように、ヒソカは目尻を優しく歪ませて私を抱き起こした。
「私こそ不意打ちを狙ってごめん」
「ああ、別にいいんだ。謝らないで。怪我はしてないかい?」
「平気」
「痛かっただろう」
「むしろこんなもので済んで驚いてる」
怪我と言っても流血はない。ヒソカが私の腕を掴んだ時の痣だけだ。すんでのところで私への攻撃をすべて解除したくせに、怪我の心配などをする好青年ぶりに私は思わず笑った。
「それで?ボクはどうしてキミに狙われたのかな。キミは前よりずっと強くなったけど、慎重なキミのことだ、まさか単独でボクの首を狙いに来る筈はない。本気じゃないんだろう?」
「え、まあなるべく全力は出してみたけどなぁ」
「それなら尚更だ。ボクに力及ばない事を理解していながら、こんな事をしたのは何故?」
「ちょっと恥ずかしいけど。・・・・・・喜ぶかなぁ、と思って」
「どういうことだい?」
「今日は何月何日でしょう」
そこまで言うや否や、ヒソカは先程よりも驚く表情を見せる。私はなんとも、孫孫とした恥ずかしさを誤魔化すために頬をさすり笑ってみせた。
この人に何をあげよう。
彼は前に言っていた。闘っている時にこそ、生を実感すると。生というのは高揚感、つまりは産まれた実感に近いものだろう。生きている実感。生死のやり取り、その最中に彼は最も自身の存在を確証するのだろう。そして強さをより求めていく。より強い存在と邂逅する度に、存在理由が強化されていく。
この人に何をあげよう。
だから、彼より圧倒的に実力差があるとわかっていても、私も実感を与えたかった。彼の存在を証明したかった。美味しいものを食べて美味しいと感じるように、悲報に哀しんだり、つまらない出来事に怒ったり、───そういうものの一切を排除して生きているこのヒソカという男に。
私からの殺意を通して、感じて欲しい。
この世界に産まれて、そして生きている実感、を。
「誕生日おめでとう。ヒソカ」
「ああ・・・・・・。最高の、誕生日だ」
ヒソカはなんとも満足そうに微笑んだ。
それは、凶悪さの欠片も無い、美しい青年の微笑みだった。
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