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ここは私立ハンター学園。何か無二の能力に特化、秀でた才を持つ者だけが入学を許可されるハンター協会お膝元のマンモス校。そのため生徒らの特色は様々であり、バリエーションに富んでいる。私も何故か入学を許可されたその一人であるが、特にこれといった特技も特徴もない平々凡々の女の子だ。ハンター学園は変人……オホン、少々厄介な生徒達ばかりで、私は上手く馴染めず、入学してから無為にこの三ヶ月が過ぎ去った。ただ授業を聞いて、帰宅するだけの毎日。だがしかし私にも唯一の救いができた。それは……。
「え〜、であるからして……」
あと1分だ。
「次回までにこの部分のおさらいをしておくように」
40秒。
「あーこのクラスの学級委員長は誰かね?日直でもいいが」
5、4、3……。
「テキスト30ページ、ここ宿題ね。集めて提出しといてね」
キーンコーンカーンコーンーー。くそ。鳴ったじゃないか。
「では、以上で今日は終わりにする」
よし授業終了!あとは日直の掛け声さえ上がれば……。
しかし待てど暮らせど日直は沈黙を保っている。隣のイルミくんだ。
「イルミくん、授業終わったよ、号令しないと」
「………………。」
「イルミくん?」
「すぴー」
こいつ寝てやがる。しかも器用にも目を開けながら。日直のくせに緊張感も持たず寝息を立てるなんて。かくなる上は……。
「起立!礼!ありがとうございました!」
私の号令で古典の授業は幕をおりた。
そしてダッシュで教室を後にする。日直代行の猪突な私の掛け声に呼応する者はおらず、私だけが廊下を駆け抜ける。向かう先は食堂。急がなければ売り切れてしまう。1日5個限定の焼きそばパンが。既に賑わう食堂。そしてその隅に購買が鎮座している。
「おばちゃん!焼きそばパン!」
「あらぁ、ラッキーね、ラストの1個よ」
「やった!」
「おいテメェ、それ俺に譲れ」
なんですと?
振り返ると、そこには眉のない強面の上級生らしき野郎がポケットに手を突っ込んで立っていた。ジャージの上に学ランを羽織っている。暑くないのか。しかしジャージの胸元にはご丁寧にもきっちり、縫い付けられた苗字。マグカブさんというらしい。
「……今私が買ったんですけど」
「関係ねえ。俺が譲れっつってんだよさっさとよこせ」
「そ、それが上級生のすることですか。いつからこの学園はそんな恫喝強奪が許されるようになったのですか。順番でゲットしたんだからまた明日並んで買えばいいじゃないですか」
「あ?テメェ、この俺に指図しようってのかよ」
「指図じゃないです、常識です。せ、生徒会教師陣へ訴えますよ」
「ああん?俺は、」
「フィンクス。そこまでそこまでー」
「てめーシャル、横槍入れんなよ」
割って入ってきたのは同じクラスのシャルナーク=リュウセイ君だった。爽やかな笑顔で両成敗とばかりにまあまあ、とジェスチャーで暴れ馬マグカブさんを窘める。どうやら知り合いらしい。
「彼女の言う通りだよ。『奪え』が俺達の信条だけど焼きそばパン1個でみっともないよ。みみっちいし」
「お前なあ、どっちの味方なんだよ」
「俺は表向きこの学園の困ってる生徒達の味方、そうだろ?ほら、代わりにこのコッペパンあげるから」
「チッ、しゃーねえな、コッペパンで手を打ってやるよ」
どうやらコッペパンでも良かったらしい。マグカブさん……もといフィンクスさんは柄の悪そうにコッペパンを握りしめてその場を去っていった。それを見届けると、リュウセイ君が口を開く。
「フィンクスは悪い奴じゃないんだ。目に付いたものを取っちゃおうとするから厄介だけど。ただ次こんなことがあったら、こうやって代わりのものを渡すといいかもね」
まるで調教のきかないペットの習性でも語るかのようにリュウセイ君は言ったが、私はとにかくチンピラに絡まれたところを助けられた感謝の思いしかなかった。
「ありがとう、リュウセイ君、助かったよ……」
「クラスメイトじゃないか、シャルナークでいいよ。仲間からはシャルって呼ばれてる」
「いやいやもう。リュウセイ様ってしばらく呼ばせて」
「なにそれ、面白いなあ。さっきも授業勝手に号令かけて終わらせて全力で走って行ったの、びっくりしたよ」
「いやー走った甲斐があった。だって5個限定だもんね。走らないとゲットできないんだよこの逸品は」
「本当、すごい勢いだったよね。もしかしてこの為にダッシュ?女の子なのに食い意地はって恥ずかしくないの?」
「………………。」
ほっとけ。一言とんでもなく余計だ。
私だってがっついてると思われると、女子なのだから多少の恥じらいくらいはある。こほんと誤魔化すように咳はらいをして会話を変えた。
「……あーところでリュウセイ君、今日は食堂なの?珍しいね。そういえばいつも何処で食べてるの?」
「俺は普段は生徒会室でね。仕事いっぱい押し付けられてるもんだからさ、ほんと、休み時間もやらないと終わんないんだ」
「ああ、副会長やってるんだもんね、すごいよねー」
そう、たしかリュウセイ君は生徒会副会長職を担っている。一年生なのに抜擢されて凄い。学ランにきらりと光る生徒会バッジが輝かしい。かたや私は帰宅部。そんな華々しく活躍する彼等を遠目から生暖かい視線で見るだけの、陰キャと陽キャ、相容れぬ関係という訳だ。
「大変だね、華型の生徒副会長さんも麗しいだけじゃないんだね」
「ボスが人遣い荒いからさー」
「ボス?」
「だんちょ……じゃなかった、生徒会長。俺達のボス」
「へえ、マフィアかなんかみたいな言い方でかっこいー」
「うん、マフィア。まあ当たらずも遠からずだね」
よくわからないが当たってないけど外れてはいないらしい。生徒会は生徒会なんじゃないのか。まあ色々あるんだろう、お上にも。
「良かったら、焼きそばパンあげるよ。おいしいよ。さっきのお礼じゃないけど、おつかれみたいだし」
「あ、いいの?嬉しいな。じゃあ半分こしようよ。せっかくだから一緒に今日はお昼食べない?」
「あー、でも、今日……」
「先約があった?」
「……ううん。どうせいつも一緒に食べてる仲だからいいや」
ポケットからケータイを取り出して断りのメールを打った。
『今日は他の人とごはん食べるからごめん』
『つれないな 誰とだい?』
『リュウセイ君』
彼からの返事が来ようか来まいかというところで、リュウセイ君は声を掛けてきた。
「じゃあどこで食べようか。天気もいいし、ガーデンでどう?」
「いいね、たまにはお外も気持ちがいいよねー」
「あれ?売店でごはん買って、どこでいつも食べてるの?」
「同好会やってる友達がいてそこの部室借りていつも食べてるよ」
「へえ、そうなんだ。どこ部?」
「トランプタワー同好会」
「…………そんな部活あったかなあ?」
首を傾げるリュウセイ君。彼についていきガーデンの隅を陣取った。残念ながらレジャーシートなんてものはないのでそのまま地面に腰を降ろそうとすると、「ちょっと待って」とリュウセイ君は紳士にも自分の来ていた学ランを地面に敷いた。そこに座れということらしい。
「え、い、いいよいいよ、汚れるよ」
「いいのいいの。さ、座ろう」
彼が先に座り、私もおずおずと彼の学ランの上にちょこんと腰掛けた。なんて、紳士的。しかもそれを鼻にかける様子もなくにこにこしながら彼はお昼ご飯を広げた。私もそれにならってメインの焼きそばパンと、そして他のものも広げる。
「リュウセイ君、モテるって噂高いもんね」
「そうかな?」
「うん。こりゃモテるわ。女子もうっかり勘違いもするって」
1人でうんうんうなづいてると、リュウセイ君は笑って言った。
「勘違いかどうかわかんないよ?」
「うわ!テントウムシ!私虫駄目!うわわわわ」
「…………。」
テントウムシにひいひい言ってると、リュウセイ君はそれを払ってどっかに追いやった。はー助かった。
「ごめん、それでなんだっけ?」
「いや、ううん、まあいいや」
「そう?じゃあはい、焼きそばパン。半分こ。おっきい方どーぞ」
「わあ、ありがとう」
笑顔で受け取るリュウセイ君。そしてそれをそのまま一口ぱくりと食べた。「うん、美味しい」と。日差しがその金髪を照り、真っ青の瞳が映える。綺麗な美男子だ。私なんかとは雲泥の差ってやつだ。
イケメンが健やかにパンを頬張る姿をまじまじと眺めながら私も昼食を手につけることにした。半分こした焼きそばパン、新作のラテと、朝切ってきたうさちゃんりんご、そしておかずだけ詰まったお弁当。まずは新作のラテを吸った。栗の風味が甘くておいしい。新しいもの好きなので、新作や新商品はつい買って味見したくなる性格なのだ。するとリュウセイ君は、私の手にあるラテになぜか目を見張った。
「どうかした?」
「あ、それもしかして新作のマロンフラぺラテ?ちょっとちょーだい」
「え、ちょうだいって」
私のラテを奪って、ちゅーと試飲するリュウセイ君。それ、間接的な……。
「んー。あ、うまいこれも」
「………………。」
「どうかした?」
「……いえ、なんでもないです」
「そう?はい、ありがとう」
間接的にキスなんじゃねえか、これ。
手に戻ってきたラテ。その飲み口をじっと見つめる。これ、私が二次的に飲んでもいいのか?こんなイケメンの間接的接吻を、こんな学園のアイドルでもマドンナでもない地味ないち生徒が受け取ってもよろしいのだろうか。このまま手を付けずに我が家の家宝にでもしておいた方がいいんじゃないか……。
「飲まないの?」
「へ!?……あ、う、飲むよ飲む飲む」
なぜか催促してくるリュウセイ君。そ、そうか、イケメンにとっては間接キスなんて屁でも無いんだ。きっと日常の一場面であって普段より慣れっこなんだこんなのは。こんなの意識してる方が恥ずかしいものなのだろう、私が恋愛経験のそれに乏しいことを、彼に悟らせたくない。
返ってきたラテに、私はまた口をつけた。おいしかった。いやそういう意味じゃなくて普通にね。普通に。
リュウセイ君はそれにちょっと満足そうに笑うと、また焼きそばパンに手を付ける。彼は他にもコンビニのサンドイッチなんかを揃えていた。半分こした焼きそばパンを全て食べてから他のものを食べるらしい。
「……ああ私たぶん、このランチタイムを生涯忘れないと思う」
「また面白いこと言ってる」
「友達の少ない私といつも一緒にごはん食べてくれる人をディスりたくはないけど、その人、変態という名の紳士だからさ。ホンモノの紳士とはエラい違いって思い知ったよ」
「紳士、ってそいつ、男?」
「うん」
「男と部室にこもりきりでいつもごはん?」
「まあ、そうだね」
リュウセイ君はちょっとどうなのそれ、って表情をした。
「これからはそれ、駄目」
「ええ、でも、ぼっち飯になっちゃうんだけど……」
ぼっち飯はつらい。光り輝く青春のなか、ぽつんと孤独に焼きそばパンをかじる。そんなの、おいしい焼きそばパンも味が湿気る。あんな奴でも共にごはんを食べてくれるなら役に立とうというものだ。
「じゃあこれからは俺が一緒に食べるから」
「えっ?リュウセイ君が?」
「俺じゃ、駄目?」
そんな訳なかろう。
こてんと首をかしげて不安げに私を見つめる彼。その瞳の青くて美しいこと。彼のなにが役不足というものか。役不足というのはむしろ私だ。私はブンブン首を振って答えた。
「そ、そんなことないよ。でも、リュウセイ君。休み時間も押して仕事してるって……私の都合でそんなの邪魔できないよ。悪いからそんなの」
「そうなんだけど。うーん。じゃあそうだ、」
少しの思案の後に、リュウセイ君は思いついたとばかりに指を立てた。
「ーー俺の仕事、手伝ってくれない?これからは一緒に生徒会室でごはんを食べよう。それで、片手間に手伝ってくれたら嬉しいな」
いたずらを思いついたかのような少年のような微笑み。私はそれに思わず見とれた。ごはんを一緒に、そして少し手伝えばいいだけ、と。それは願ってもない嬉しいお誘いだが。
「私なんかが生徒会室出入りしていいの?」
「クロロ……生徒会長には言っとくよ。俺が即戦力になるからって推せばだいじょーぶ」
「というか、どうして、私なんかとごはんを?気をつかってくれてるの?リュウセイ君のお邪魔じゃない?」
何の即戦力だろう。
それでも私は、良いのだろうか、となにかが不安になり、更に問い質した。彼は、目線を合わせずに、気恥しそうにポリポリと後頭部を掻いた。何か言い難いことをこれから告白するかのような。少しだけ彼の頬が赤く染まっているような気がするのはきっと私の気の所為だろう。「邪魔なんかじゃないよ、色々と都合が良いと思ったのもあるけどさ、」と、続けて言った。
「君が、チセがいいと思ったんだ」
ぽっかーんと口が開くのを抑えられない。リュウセイ君をじーっと見つめると、彼は所在なさげに焼きそばパンを全て頬張った。かたや私は、心の奥にジーンとくるものが込み上げる。嬉しかったのだ。
「リュウセイ君……ありがとう、なんか嬉しいなあ、友達が増えて」
「え、友達?」
「あ。友達、じゃない?馴れ馴れしい?」
「……はー。まあ、まずはそれでいいか」
「なにが?」
「ううん、こっちの事」
そして私たちは新しい友としての会話に花を咲かせながら昼食を済ました。片付けをし、座らせてもらっていたリュウセイ君の学ランのクリーニングを申し出たが、「チセなら構わないよ」と断られた。申し訳ないので丁寧に埃を払ってお返しした。また彼に借りができたということだ。
「じゃあそうと決まったら、さっそく生徒会室へ行こうか」
リュウセイ君の導きで、校舎の最上階へと向かう。学園を一望、見下ろすことができるその一室。その一室の周囲を静けさが支配していたが、誰かが中にいる気配があった。『生徒会室』と札の掲げられた部屋。「どうぞ」と紳士なリュウセイ君がエスコートをして扉を開けた。
「シャル。今日は来ないかと思ったが」
「ごめんごめん、ちょっとね」
真正面。書類等が占拠する物々しい卓上に、頬杖をついてこちらを眺める男性が座っていた。生徒会長と、その卓上には役職が書かれている。短髪というよりは少し長く伸ばした黒髪、こちらに探りを入れるかのような黒い瞳、額に巻かれた包帯が印象的な、これまたイケメンだった。
よく見ると他にも数名がその一室には居た。4名程だ。やたらグラマラスな美人。包帯に目鼻以外全身を隠した人。口元を隠した目つきの悪い少年。野暮ったいメガネの黒髪の美少女。その何者も寄せ付けない雰囲気にたじろいだが、リュウセイ君が私の背中を逃げるなとばかりに抱いた。
「チセ、怖がらないで。紹介するよ。彼女はパクノダ、その隣はボノレノフ、会計担当。彼はフェイタン、あの子はシズク、同じく書記」
「は、はじめまして」
シーン……。私の挨拶は完全に無視された。隅にある『あかるくあいさつハンター学園』の挨拶習慣運動のポスターが虚しく剥がれかかっている。無言が過ぎる。なんなんだ、ここは生徒会室じゃないのか。
「そして、あの人が生徒会長。クロロ=ルシルフル。いっちばん人遣い荒くて怖い人だからあんまり近寄らないでね」
「シャル。誰が人遣い荒くて怖いだと?」
「あはは、ほら怒った」
リュウセイ君の乾いた笑いが静寂の一室に響いた。この雰囲気で恐れもなく無邪気に笑うリュウセイ君の神経をアウェーな私にも移植してほしかった。
「彼女は?」
「ああ、クロロ、みんな、紹介するね。この子、この度新しく俺の補佐として生徒会副会長になってくれるチセさん」
「ほう」
「は?」
クロロさんの相槌と、私の素っ頓狂な声が同時に上がった。生徒会副会長ですと?今気のせいか耳が腐ったかわからないか、そう聞こえたような気がした。
おそるおそる振り返り、笑顔のリュウセイ君を見上げる。
「あの、リュウセイ君……生徒会副会長って言った?」
「うん。言った」
それが何か?と言わんばかりにすっとぼけて小首を傾げる彼。
「ちょっと……聞いてた話が、違うような……」
「そう?違ってないと思うけどな。俺達、何て約束したっけ?」
「えっと、これからはごはんのお供に……それと、仕事を手伝う、って」
「ほら。違ってないでしょ?」
「えっ」
爽やかな笑顔だけど、その裏に物言わぬ圧迫的な何かを感じさせるリュウセイ君。そして続けて言う。
「俺の『仕事』……、手伝ってくれるんでしょ?」
手伝う、って。ちょっと雑用とかそんなレベルだなんて、彼は確かに一言も言ってはいないが。まさかこの日より副会長職に就くなんて、誰が予想しただろうか。今思えばシャルナーク=リュウセイ、彼は後の私の学園生活を変えるきっかけとなった恩人でさえあるが、同時に穏やかな学園生活にハリケーンをもたらした厄介な相棒となるのだった。
「これからは『仲間』になるんだから、リュウセイ君じゃなくて、シャルナークって呼んでね。チセ?」
その綺麗な顔で、シャルナークは無害ぶって微笑んだ。
「ということで、これでめでたしめでたしってことじゃの」
あと1分だ。
「あー。それで次回の宿題は……」
あと40秒。
「この物語の感想文を原稿用紙1枚に書いて提出」
5、4、3……。
「それで学級委員長、まとめてワシのところに持ってきてね」
キーンコーンカーンコーンーー。くそ。鳴ったじゃないか。
「それじゃ。以上でおわり」
よし授業終了!あとは日直の掛け声さえ上がれば……。
しかし待てど暮らせど日直は沈黙を保っている。やはり隣のイルミくんだ。
「イルミくん、授業終わったよ、号令しないと」
「………………。」
「イルミくん?」
「くかー」
こいつやっぱり寝てやがる。そして器用にも目を開けながら。日直のくせに緊張感も持たず寝息を立てるなんて。かくなる上は……。
「起立!礼!ありがとうございました!」
私の号令で古典の授業は幕をおりた。
そしてダッシュで教室を後にする。日直代行の猪突な私の掛け声に呼応する者はおらず、私だけが廊下を駆け抜ける。向かう先は食堂。急がなければ売り切れてしまう。1日5個限定の焼きそばパンが。既に賑わう食堂。そしてその隅に購買が鎮座している。
「おばちゃーん!焼きそばパンとコッペパン!」
「あらぁ、ラッキーね、焼きそばパン最後の1個よ」
「よかったー」
「おいテメェ、それ俺に譲れ」
デジャブ?
振り返ると、そこには眉のない強面の上級生らしき野郎がポケットに手を突っ込んで立っていた。ジャージの上に学ランを羽織っている。暑くないのか。しかしジャージの胸元にはご丁寧にもきっちり、縫い付けられた苗字。フィンクス=マグカブさん。
「あ?テメェ、シャルの女じゃねーか」
「へっ?シャルの女なんかじゃ、ないですけど。それよりもアナタ、また恫喝強奪ですか。生徒会副会長職として許しません!成敗!」
「ああ?テメェ寝ぼけた事言ってんな。俺も生徒会だ」
「え」
「おら、バッジもある。ちゃんと役員名簿見ろアホか」
確かに、学ランの襟元には生徒会のバッジがあった。役員名簿なんてあったのか。いやでも、シャルナークからあの時全員紹介はされたけれど。パチこいてんじゃないだろうな、このチンピラ。
「生徒会って、会長、副会長、書記、会計のせいぜい六人くらいじゃ……」
「俺達は団長……じゃなかった、生徒会長を頭として十二人で構成されてる」
「ええぇえーっ、十二人!?」
「今はそれよりちっと多いがな」
色々事情でもあるのか、厄介そうな表情を浮かべるフィンクスさん。じゃあ、この人も、私と同じく生徒会で仲間ってことか?
「ま、テメェも手足の一人ってこった。まあシャルのお眼鏡にかなったなら、使える女ってことなんだろうな?」
「シャルくん、あんなに良い人で爽やかで紳士なのに、こんなチンピラと仕事させられてるなんて。そりゃ仕事溜まるし終わらないよ……」
「テメェこら喧嘩上等の煽りしやがったな!?」
「ひーっ!ご、ごめんなさい!」
素直に謝るとそれで許したのか、フィンクスさんはふんと鼻を鳴らして怒りを引っ込ませた。
「まあンなことはいい。おら、その焼きそばパンよこせ」
「…………こ、コッペパンをどうぞ」
「あ?しけてんな。まあコッペパンでいいか」
どうやらコッペパンでも良かったらしい。あの時助けてくれたシャルナークの言う通りみたいだった。フィンクスさんは柄の悪そうにコッペパンを握りしめてその場を去っていった。
「そうだ。チセ。警告しとくぜ」
と、思われたが、こちらを振り返り最後に言った。
「シャルナークには気を付けろよ。アレはお前の思う以上に爽やかでも紳士でもねえし、一度ヤツの吐く糸に絡め取られたなら抜け出せねぇぞ」
「それって……」
「そういうこった、俺は警告してやったからな」
フィンクスさんはそして食堂を出ていった。そして入れ違いになったのか、今度はシャルナークがひょっこり顔を出し、こちらへ向かってくる。昨日の今日。今日から私は、シャルナークの相棒として副会長職となる。その初日だ。
「チセ」
「あ、シャル……」
「また勝手に号令かけてダッシュして、食い意地はってるんだから。焼きそばパン買えた?」
「あ、うん……」
「本当に好物なんだね。じゃあ行こうか。……何かあった?」
「な、何も?緊張してるだけ」
「そんな気を張る必要なんてないよ。柄は悪いように見えるけど、『蜘蛛』はみんな気のいいヤツらばかりだから」
むしろ気を張ってるのはあなたに対してなんですが、シャルくん。
フィンクスさんの警告が頭をよぎった。
「蜘蛛?」
「あ、生徒会のことね。俺達はそう呼ばれてる。あまり正義の味方感出しても勘違いされたらやだし、なんか違和感あるし」
正義の味方感って。正義の味方じゃないの?
そんな疑問符を抱えながらもシャルナークの導きで、先日訪ねた校舎の最上階、学園を一望できるあの部屋へと向かう。まずはごはんだ。そして今日から、シャルナークの相棒。生徒会副会長、チセ。まさかこんな事になるなんて、過去の私、昨日の私は、予想だにしなかっただろう。
シャルナークは改めて私へと振り返り、私の手を握った。時が止まったかのようだった。時刻は昼。校庭でバカ騒ぎしている生徒達の声。静けさの廊下。窓から風がたなびいて、彼の金髪のブロンドをそよ風が撫でる。好奇心とも悪戯心ともとれるような、そんな青い瞳の輝きが、私だけを見つめていた。
「今日からよろしく、チセ」
「あ、うん。こちらこそ、シャル」
そうしてシャルナークは、扉に手を掛け、企みのあるような微笑みを浮かべた。誘うように私の手を引いて、蜘蛛の巣に引き込む。
「ーーーそれでは、チセ。生徒会へようこそ」
私とシャルナーク、そして学園生活の扉が、今開かれた。
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