本篇
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屯所の朝は騒がしい。
中でも食堂のそれは群を抜いている。
早朝鍛錬が終わった者、寝起きの者、寝坊した者、見廻りから戻った者。
一番隊士が集まるのが、朝の食堂である。
「鳩山補佐!ご飯美味しかったです!」
「いえ。私は配膳をしただけなので」
基本的に家事関係は隊士が当番制で行っているが、食事に関しては近所のおばさんが作ってくれるのを隊士の一人が手伝う形だ。ちなみに今週の手伝い当番はまめ子のようだ。
「あれ、まめ子さん?握り飯を持ってどちらへ?」
「副長に呼ばれまして·····あ、山崎さん、食堂、少しお任せしてもよろしいですか?」
「分かりました!早く行ってください。ご機嫌、斜めになっちゃいますよ」
「そうですね」
クスッと笑い、まめ子は足早に副長室へと向かった。
「副長、鳩山です」
「入れ」
障子を開けて中を伺うと、朝から机の前で黒いオーラを身にまとう土方の姿が見える。既に灰皿は吸殻の山。
どうやら既にご機嫌斜めのようです、なんて心の中で山崎に報告しながら、まめ子は室内へと歩みを進めた。
「朝から書類整理ですか?」
「総悟のヤツが今日中に上に出さなきゃならねぇ書類をさっき渡してきやがったんだ。あの野郎いつか殺す」
「また沖田隊長ですか·····」
沖田隊長、食堂でのんびりご飯食べてたなぁ…
苦笑いを浮かべながら、机の端に握り飯の乗った皿を置く。土方はその音を聞いて視線だけそちらへ動かした。
「あぁ、朝食の時間過ぎてたか」
「手が空いたら食べてください」
「悪ぃ、助かる」
「いえ。あと30分程で朝の会議の時間です」
「わかった、それまでにこれ仕上げっか·····鳩山、こっちの書類をまとめといてくれ」
「承知しました」
土方は煙草を灰皿に押しつぶし、空いた手に握り飯を取る。それを口に入れながら、ふと隣で書類をまとめるまめ子に目をやる。
その視線に気付いたまめ子も、土方のほうへ顔を上げた。
「なにか?」
「お前、ほんと別人だよな」
「はい?」
「外出てる時と、屯所にいる時だ」
「あぁ…結構自信あるんです、変装」
「変装といい剣術といい…どこで身に付けたんだよ、んな技」
「…ふっ。秘密です」
「腹立つ顔ヤメロ」
そう言い土方はまた書類へと視線を戻した。
まめ子は普段、男になりきるために色々と努力をしている。
頭には黒い短髪のカツラを被りアップバング気味にセットする。
女性らしい胸部にはさらしを巻き、シークレットブーツを履いて身長は高めに見せて歩き方も大股に。
声も低く、テンポを落として話す。笑い声は女性とバレやすいので基本笑わない。
言葉遣いも、あまり丁寧すぎないように気を使い、
最後は目の力を抜いて完成だ。
全体的に気だるい感じの雰囲気を醸し出している。これがまめ子の謎のこだわり。
一方、屯所内にいる時のまめ子は、すぐに出動出来るよう基本的な身なりはセットしているが声や雰囲気は完全に素の状態だ。髪はカツラを被りやすいようまとめてはいる。
口いっぱいに握り飯を頬張りながらも動かす手は止めない土方の器用さを眺めていたまめ子だったが、呼び出されていたことをふと思い出した。
「ところで副長、御用とは?」
「ん…あぁそうだ、悪ぃが昼のうちに買い出し頼めるか。近藤さんと俺は上に呼ばれててよ。ついでにこの書類も出してくる」
「分かりました」
「雑用押し付けちまってすまねぇな」
「構いません。副長がいないと、私も時間が空きますので」
まめ子の肩書きは"副長補佐"。
彼女のために無理矢理つくられた役職である。
そんな副長補佐の仕事は、言葉の通り。
基本的には副長と行動を共にする。(まめ子が女性だからという配慮もあるのだろう)
だから土方がいないと仕事も減る。
他の隊の手助けや刀の手入れ、隊士に剣術を教えたりして時間を潰していることが多いのだが、今日は買い出しという仕事を与えられ、暇を持て余さなくて済みそうである。
手渡された買い出しリストを見ると結構な量になりそうだ(半分はマヨネーズだが)。
1人で持てるかと考えているとそんな心を見透かしたように、土方は書類を睨みつけながら口を開いた。
「山崎も連れてきゃいい」
「え、いやでも…お忙しいでしょうから1人で行きます」
「いいんだよ。どーせアイツは屯所にいてもミントンしかやらねェ」
眉間にシワが寄ったのは、睨んでいる書類のせいか、ミントン山崎氏のせいか。
「…確かに。では、そうします」
「おう……っし、終わった。鳩山、会議行くぞ」
「はい」
土方は腰に刀を差し、上着を羽織り、廊下に出ようと障子を開ける。
「終わったんですかい?」
「うぉ!?…っくりした、んだよ総悟か」
待ち構えていたかのように、目の前には沖田が立っていた。
まめ子は土方の後ろからひょっこり顔を出して沖田へ会釈をする。
「朝から大変そうで…計画性が無ぇ。」
「え、俺?それ俺に言う?どの口が俺に言う?」
「仕方ないんです。今日は副長、最下位なので。」
「何も仕方なくねぇし、後ろは少し黙ってろ」
「え、俺は何位だったんでい」
「占いはいいんだよ!おめーのせいで俺が朝からどんだけ…ふぐっ!」
土方の怒りを制するように、沖田は1枚の紙を土方の顔面に押し付ける。
「まぁまぁ、これでも見てくだせぇ」
「何しやがんだコラ!」
「朝から五月蝿いのは勘弁ですぜ」
「好きで五月蝿くしてんじゃねぇんだよ…!」
沖田の胸ぐらを掴む土方。それでもヤイヤイと言い争いは終わらない。
先程土方の顔に張り付いた紙が足元へハラリと落ちた。
それに気付いたまめ子は紙を拾い、そこに記された内容を読み上げる。
「請求書?」
「…は?」
胸ぐらを掴んでいた土方の手の力が抜けた。
その隙に沖田は土方から距離を取る。
土方はまめ子から紙を受け取り、内容へ目を通す。
「…総悟、何だこれは」
読み進める程に細かく震える土方の手。
「文字読めないんですかい?請求書って書いてあるだろォ。いやぁこの前茶屋で暴れちまって。机とか壊しちまったからかなぁ。」
へへっと笑う沖田に対し、殺気立ちユラリと沖田に向き直る土方。
まめ子は恐怖のあまり、後退る。
「鳩山」
「は、はい!?」
「…会議は近藤さんに任せると伝えてくれ」
「かしこまりましたっ!!」
気が付くと沖田は遠くへ逃げている。
土方は腰の刀へ手を伸ばし、一つ大きく息をついた。
「総悟おおおお!!」
屯所中に響き渡った副長の声。
屯所の朝は騒がしい。
中でも食堂のそれは群を抜いている。
だが、このやり取りに勝る騒がしさはこの世に存在しないのではないだろうか。
あぁ、今日もまた一日が始まったなぁ。
まめ子は走り回る2人を置いて、会議の場へ向かって歩き出した。