コタンコㇿ カムィ オプニㇾ
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通常クマを送る「イオマンテ」。アイヌにとって最も重要なキムンカムイを送る儀式である。しかし「送り」とは動物の霊魂が宿るとされている部分を丁重に扱いその動物の再生を祈るものであり、その対象は熊以外の動物にも及んでいる。北海道アイヌにおいては、シマフクロウの送りが熊送りと並んで重要な位置づけである。
「本来であればアイヌは儀式に必要な数の鮭を入手できたタイミングで、フクロウ送りの日取りを決めるのが手順だ……」
「うーん、今回は日取りありきだから、鮭の方が後になっちゃったね」
「もし採れなかったら、小樽の魚屋さんに走る羽目になってたかもしれないね」
私は現代っ子的には魚屋さんで祝い用の魚を調達するのはそれほど不自然には思わない。大きくて脂の乗った魚を探すことができるし、祝宴の参加人数に合わせて減らすことも増やすこともできるから。一方で狩猟民族に位置付けられるアイヌ民としては、購入した魚で祝宴というのは少々格好がつかない気もしないでもない。
「いや…………まさか今日まで全然採れないとは思わなかったよ」
「場所を変えたのが功を奏しました。マカナックㇽさん、ありがとうございます」
「うん、ともかく採れてよかったことを喜ぼう」
アシㇼパさん、マカナックㇽさん、杉元さん、私。それぞれが麻布の上に並べられた鮭の大群を見てやれやれとため息をついた。この大量の鮭はこの後フクロウ送りの儀式で使う鮭である。
先月シマフクロウが急に小樽コタンに現れたので、カギのついた棒で生捕りにして、祭壇の右側に止まり木付きのオリで育てている。
「せっかくだから二人にフクロウ送りを見せてやろう」というアシㇼパさんの発案で、式に合わせて着実にフクロウ送りの準備を進められていた。今回の鮭によりようやく必要な供物が全て揃った感じである。
シマフクロウは結構我々にかなり懐いている。昨日杉元さんは暗い目でフクロウに餌をやっていた。だけど祝いの儀式は中止にはできないのである。自ら心血を注いで育てた動物を生きるために締めるなんて人間ならみんな日常にやってることだ。どんまいける。
鮭はともかく、イナゥ(木幣)作成は、私たちではどうにもならないのでプロフェッショナルにご協力いただいた。実はイナゥ作成は熟練の技術が必要である。あの木のくるくるを綺麗に必要な長さ、厚み、全てのイナゥを均等に作るためにアイヌでもおおよそ10年かけて修行するらしい。しかも女性は作成してはならないとされているので、イナゥ作成の担い手はかなり限られているのだ。
まあ他の部分は私たちでも協力できることであるので、丸太の準備は谷垣さんとボウタロウがやったり、全員で弓や相撲の練習をしたり(必要性については後程解説させていただこう)、縄の調達は白石さんが担ったりなど和人チームも頑張っている。
フチは酒造り(イクパスイ)で忙しいし、インカㇻマッさんも身重の身で複数の子供の面倒を見ている。
「それじゃ、やりますかね」
「うう…………」
やっぱり杉元さんがシマフクロウにとても切ない目を向けていた。
▼▼▼
「他のコタンからフチの孫たちが来てくれた。多分アイヌとしてもシマフクロウ送りは最近じゃあまりやる機会が減ってきたからかもな」
「エイワンケ ノ エ アン ヤ?」(よう、元気だったか?)
「クコン ニㇱパ ヘー」(旦那さん、お久しぶりですねえ)
旅の途中で、屈斜路湖付近で出会ったアイヌ人のお父さんに挨拶するとニコニコとペカンペをまた分けてくれた。
杉元さんもその特徴的な形に合点がいったらしく、笑ってお礼を言っていた。
「アシㇼパさんが最後にシマフクロウ送りを見たのはいつなの?」
「私も初めてだ。フチに教えてもらったことをやっている。私たちアイヌにとっても重要な意味を持つから」
旅の途中で出会ったいくつかのコタンの代表の人がわざわざ遠方から足を運んでくださっていたのはそういうわけだったのかと私も納得した。懐かしの偽アイヌコタン事件のモノアさんと久々に会ったが、一報を聞いた時はそもそも私が女性であることを大層仰天されていたという。ネタバラシを永遠することはないだろうと思ったのだけど、そういう機会が得られただけでも得難いことである。なお、チンポ先生は事情により不参加と伝えて五稜郭で亡くなったことは特に伝えていない。───彼は不敗伝説の男のままでいて欲しいという私とアシㇼパさんの願いである。
「まずは少年たちの相撲、セカチ・ウコテレヶだ」
「おっ、チカパシも出るんだね」
本当に久々に故郷に戻ったチカパシさんが、回しを締めて四股を踏んでいる。送りの儀式は一つのお祭りであり、少年たちの武道を競う面も存在している。チカパシさんのお相手は、最近オソマさんと最近いい感じの関係になっている少年だ。チカパシさんとエノノカさん、ついでにヨーヤンケさんとリュウさんたちも樺太から駆けつけてくれた。樺太アイヌ組は自前の移動手段を持っているので移動はそれほど難儀しなかったそうだ。
ハッキヨイの合図で二人はぶつかって、ジリジリと押し合っている。
「ガンバーレー」
幼い声で手を振っている少年が横にいる。突然フチの家の前に預けられたという謎の少年である。初めて私がここを訪れた時は月島さんと鯉登さんとで代わる代わるで抱っこしていた事もあったがさすがに彼の記憶にはない。
アイヌは「子供を決して見捨てない」という特性を和人に利用されて、しばし戦時中にはこういったことがよくあったのだという。現代人感覚としてもなんとも身勝手な話だとは思うが、そんな現代人でさえも若い娘が誰にも相談できぬまま腹だけがどうしようも無く大きくなって……悲しい結末を迎えてしまうという例はなくはない。
複雑な気分ではあるが、そもそもアイヌの村に子供を捨ててしまうような決意をする親の元で育つ羽目にならなかったことはある意味ではこの少年にとっての大きな祝福なのかもしれない。私もアイヌの教えに従い自分の子のように接していきたいと思う。
私は複雑な思いを胸に仕舞って、その少年を抱き上げて肩車をした。
「コタンで一番高い!!」
喜んでくれたようで何よりである。
さて試合も大きく動き、砂煙が一段と高く上がった。
「……ボッキイイイイイッ!!」
「うああっ!?」
「チカパシすごいッ!やったあ」
「チカバシイイッ、よく……よくやっだぁあ…………ッ!」ブワァ
「うおっ汚ねッ、飛ばすなよ」
この試合はチカパシさんの寄り切り一本!すでにホホチㇼも外れている勃起魂少年だ気迫が違う。
エノノカさんは無邪気に喜んでいるのは可愛らしいのだが、なぜか谷垣さんは顔を覆って泣いていて、感動飛沫が白石さんにぶっかかっていた。
その後もなんとチカパシさんは大健闘して準優勝となった。オタルナイコタンみんなの拍手で晴れやかに笑っているところはすごく印象的だった。
「次は、青年たちの弓競技、スクプ・クエシノゥだ」
「よーし、優勝目指ーす」
「おっ、今度はボウタロウも出るんだね!頑張って!!」
弓の強度を確かめるボウタロウはこちらにグーサインを送ってくれた。
クエシノゥはアシㇼパさんも大の得意らしいが、さすがに儀式中ともあれば自重するようだ。モゾモゾしながらも弓は家に置いてきている。
「アシㇼパさん……なんか、そわそわしてるけど……大丈夫?」
「うんこ我慢してるんだッ」
「素直にやりたいって言った方がマシじゃないかい?」
「くうぅ、私なら百発百中優勝間違いなしなのにッ……!なんだあの白石のへっぴり腰!後でストゥだ!!」
白石さんは真剣な目で的を狙っているのに、ビョンビョン的外へ飛ばしている。もはやそういう芸人のようである。旅の道中どんなことがあってもナイフ一つ構えなかった平和主義男性だから仕方がない。一発当たれば御の字だろう。
次に出てきた青年は優勝候補だ。歓声にも自信満々に応えていた。
「わ!また中った!やっぱりあの子上手いなあ……!」
獲物を持って帰ってくるのを何度か見かけたことがある。私が夢中になって拍手を送ると命中させた子は、ふうと息をついた後こちらに手を振ってくれた。もし弓を教えてもらうとしたらアシㇼパさん以外だったらあの子かなー。
猟銃を構える時と違って、ピンと張り詰めた空気が長い。スパンと的に中る時の音が気持ちがいい。
すっと、目の前が暗くなって疑問符を浮かべているとにゅうと上からボウタロウが覗き込んでいた。
「び、びっくりした。座ってる背後に立っちゃだめだよ。顎に頭ぶつけちゃうよ」
「いいか?……俺の方が強い。由紀、俺はあいつを超える」
「ボウタロウ?え、うん………応援している」
ボウタロウは、誰よりも遅くまで練習をしているようには見えていた。普段から鍛えられているように見受けられるし確かにいい線はいくかもしれない。
激励も込めて頭を撫でると、にたっと笑って出場者列の方へ戻って行った。
「…………」
「いや、何よ。言いたいことがあるならはっきり言いな〜?」
「ベッツにー」
「腹が減ってるのか?杉元」
「塩おにぎりあるよ、食べる?」
「…………食べる」
杉元さんが変な顔でこっちを見ているので、懐から握り飯を出して渡したら、もぐもぐと無言で食していた。
ボウタロウは宣言通り誰よりも命中させ優勝者となった。なんか外様の乱入者が優勝するとか空気読めない参加者な気がしてならないが、みな口々にボウタロウを褒め優勝を祝っていた。こういうのアイヌの人たちはノリがいいよね。
「クエシノゥの優勝者はカムイアィ(エペレアィ)を授与されるんだ」
「なんだか和人の鏑矢みたいだな」
「形状は似ているね。鏑矢みたいに音を鳴らす機構はないけど見た目は似ているかも」
優勝者はコタンの人から儀礼矢を受け取る。エペレアィはアイヌの儀礼矢で、鏃にアイヌ紋様が描かれていて美術的価値もありそうな特殊な矢だ。杉元さんは的に当たっている矢とエペレアィを見比べていた。アシㇼパさんは鏑矢を知らないみたいで疑問符を浮かべた。
「和人の矢は音が鳴るのか?」
「うん。先端に雁股っていう矢尻がついていてね、打つとヒューって甲高い音が鳴るんだ。昔の人は戦いの合図として1番矢に使ったんだよ」
「なるほど。杉元のいうとおり役割は似ているかもな。あの弓もこの後の儀礼に使用する特別な矢だ。動物の霊送りに使用される儀礼専用の矢で、他のことには使われないんだ」
前夜祭は終わり次の日には、いよいよお祭りの開始だ。
「本来であればアイヌは儀式に必要な数の鮭を入手できたタイミングで、フクロウ送りの日取りを決めるのが手順だ……」
「うーん、今回は日取りありきだから、鮭の方が後になっちゃったね」
「もし採れなかったら、小樽の魚屋さんに走る羽目になってたかもしれないね」
私は現代っ子的には魚屋さんで祝い用の魚を調達するのはそれほど不自然には思わない。大きくて脂の乗った魚を探すことができるし、祝宴の参加人数に合わせて減らすことも増やすこともできるから。一方で狩猟民族に位置付けられるアイヌ民としては、購入した魚で祝宴というのは少々格好がつかない気もしないでもない。
「いや…………まさか今日まで全然採れないとは思わなかったよ」
「場所を変えたのが功を奏しました。マカナックㇽさん、ありがとうございます」
「うん、ともかく採れてよかったことを喜ぼう」
アシㇼパさん、マカナックㇽさん、杉元さん、私。それぞれが麻布の上に並べられた鮭の大群を見てやれやれとため息をついた。この大量の鮭はこの後フクロウ送りの儀式で使う鮭である。
先月シマフクロウが急に小樽コタンに現れたので、カギのついた棒で生捕りにして、祭壇の右側に止まり木付きのオリで育てている。
「せっかくだから二人にフクロウ送りを見せてやろう」というアシㇼパさんの発案で、式に合わせて着実にフクロウ送りの準備を進められていた。今回の鮭によりようやく必要な供物が全て揃った感じである。
シマフクロウは結構我々にかなり懐いている。昨日杉元さんは暗い目でフクロウに餌をやっていた。だけど祝いの儀式は中止にはできないのである。自ら心血を注いで育てた動物を生きるために締めるなんて人間ならみんな日常にやってることだ。どんまいける。
鮭はともかく、イナゥ(木幣)作成は、私たちではどうにもならないのでプロフェッショナルにご協力いただいた。実はイナゥ作成は熟練の技術が必要である。あの木のくるくるを綺麗に必要な長さ、厚み、全てのイナゥを均等に作るためにアイヌでもおおよそ10年かけて修行するらしい。しかも女性は作成してはならないとされているので、イナゥ作成の担い手はかなり限られているのだ。
まあ他の部分は私たちでも協力できることであるので、丸太の準備は谷垣さんとボウタロウがやったり、全員で弓や相撲の練習をしたり(必要性については後程解説させていただこう)、縄の調達は白石さんが担ったりなど和人チームも頑張っている。
フチは酒造り(イクパスイ)で忙しいし、インカㇻマッさんも身重の身で複数の子供の面倒を見ている。
「それじゃ、やりますかね」
「うう…………」
やっぱり杉元さんがシマフクロウにとても切ない目を向けていた。
▼▼▼
「他のコタンからフチの孫たちが来てくれた。多分アイヌとしてもシマフクロウ送りは最近じゃあまりやる機会が減ってきたからかもな」
「エイワンケ ノ エ アン ヤ?」(よう、元気だったか?)
「クコン ニㇱパ ヘー」(旦那さん、お久しぶりですねえ)
旅の途中で、屈斜路湖付近で出会ったアイヌ人のお父さんに挨拶するとニコニコとペカンペをまた分けてくれた。
杉元さんもその特徴的な形に合点がいったらしく、笑ってお礼を言っていた。
「アシㇼパさんが最後にシマフクロウ送りを見たのはいつなの?」
「私も初めてだ。フチに教えてもらったことをやっている。私たちアイヌにとっても重要な意味を持つから」
旅の途中で出会ったいくつかのコタンの代表の人がわざわざ遠方から足を運んでくださっていたのはそういうわけだったのかと私も納得した。懐かしの偽アイヌコタン事件のモノアさんと久々に会ったが、一報を聞いた時はそもそも私が女性であることを大層仰天されていたという。ネタバラシを永遠することはないだろうと思ったのだけど、そういう機会が得られただけでも得難いことである。なお、チンポ先生は事情により不参加と伝えて五稜郭で亡くなったことは特に伝えていない。───彼は不敗伝説の男のままでいて欲しいという私とアシㇼパさんの願いである。
「まずは少年たちの相撲、セカチ・ウコテレヶだ」
「おっ、チカパシも出るんだね」
本当に久々に故郷に戻ったチカパシさんが、回しを締めて四股を踏んでいる。送りの儀式は一つのお祭りであり、少年たちの武道を競う面も存在している。チカパシさんのお相手は、最近オソマさんと最近いい感じの関係になっている少年だ。チカパシさんとエノノカさん、ついでにヨーヤンケさんとリュウさんたちも樺太から駆けつけてくれた。樺太アイヌ組は自前の移動手段を持っているので移動はそれほど難儀しなかったそうだ。
ハッキヨイの合図で二人はぶつかって、ジリジリと押し合っている。
「ガンバーレー」
幼い声で手を振っている少年が横にいる。突然フチの家の前に預けられたという謎の少年である。初めて私がここを訪れた時は月島さんと鯉登さんとで代わる代わるで抱っこしていた事もあったがさすがに彼の記憶にはない。
アイヌは「子供を決して見捨てない」という特性を和人に利用されて、しばし戦時中にはこういったことがよくあったのだという。現代人感覚としてもなんとも身勝手な話だとは思うが、そんな現代人でさえも若い娘が誰にも相談できぬまま腹だけがどうしようも無く大きくなって……悲しい結末を迎えてしまうという例はなくはない。
複雑な気分ではあるが、そもそもアイヌの村に子供を捨ててしまうような決意をする親の元で育つ羽目にならなかったことはある意味ではこの少年にとっての大きな祝福なのかもしれない。私もアイヌの教えに従い自分の子のように接していきたいと思う。
私は複雑な思いを胸に仕舞って、その少年を抱き上げて肩車をした。
「コタンで一番高い!!」
喜んでくれたようで何よりである。
さて試合も大きく動き、砂煙が一段と高く上がった。
「……ボッキイイイイイッ!!」
「うああっ!?」
「チカパシすごいッ!やったあ」
「チカバシイイッ、よく……よくやっだぁあ…………ッ!」ブワァ
「うおっ汚ねッ、飛ばすなよ」
この試合はチカパシさんの寄り切り一本!すでにホホチㇼも外れている勃起魂少年だ気迫が違う。
エノノカさんは無邪気に喜んでいるのは可愛らしいのだが、なぜか谷垣さんは顔を覆って泣いていて、感動飛沫が白石さんにぶっかかっていた。
その後もなんとチカパシさんは大健闘して準優勝となった。オタルナイコタンみんなの拍手で晴れやかに笑っているところはすごく印象的だった。
「次は、青年たちの弓競技、スクプ・クエシノゥだ」
「よーし、優勝目指ーす」
「おっ、今度はボウタロウも出るんだね!頑張って!!」
弓の強度を確かめるボウタロウはこちらにグーサインを送ってくれた。
クエシノゥはアシㇼパさんも大の得意らしいが、さすがに儀式中ともあれば自重するようだ。モゾモゾしながらも弓は家に置いてきている。
「アシㇼパさん……なんか、そわそわしてるけど……大丈夫?」
「うんこ我慢してるんだッ」
「素直にやりたいって言った方がマシじゃないかい?」
「くうぅ、私なら百発百中優勝間違いなしなのにッ……!なんだあの白石のへっぴり腰!後でストゥだ!!」
白石さんは真剣な目で的を狙っているのに、ビョンビョン的外へ飛ばしている。もはやそういう芸人のようである。旅の道中どんなことがあってもナイフ一つ構えなかった平和主義男性だから仕方がない。一発当たれば御の字だろう。
次に出てきた青年は優勝候補だ。歓声にも自信満々に応えていた。
「わ!また中った!やっぱりあの子上手いなあ……!」
獲物を持って帰ってくるのを何度か見かけたことがある。私が夢中になって拍手を送ると命中させた子は、ふうと息をついた後こちらに手を振ってくれた。もし弓を教えてもらうとしたらアシㇼパさん以外だったらあの子かなー。
猟銃を構える時と違って、ピンと張り詰めた空気が長い。スパンと的に中る時の音が気持ちがいい。
すっと、目の前が暗くなって疑問符を浮かべているとにゅうと上からボウタロウが覗き込んでいた。
「び、びっくりした。座ってる背後に立っちゃだめだよ。顎に頭ぶつけちゃうよ」
「いいか?……俺の方が強い。由紀、俺はあいつを超える」
「ボウタロウ?え、うん………応援している」
ボウタロウは、誰よりも遅くまで練習をしているようには見えていた。普段から鍛えられているように見受けられるし確かにいい線はいくかもしれない。
激励も込めて頭を撫でると、にたっと笑って出場者列の方へ戻って行った。
「…………」
「いや、何よ。言いたいことがあるならはっきり言いな〜?」
「ベッツにー」
「腹が減ってるのか?杉元」
「塩おにぎりあるよ、食べる?」
「…………食べる」
杉元さんが変な顔でこっちを見ているので、懐から握り飯を出して渡したら、もぐもぐと無言で食していた。
ボウタロウは宣言通り誰よりも命中させ優勝者となった。なんか外様の乱入者が優勝するとか空気読めない参加者な気がしてならないが、みな口々にボウタロウを褒め優勝を祝っていた。こういうのアイヌの人たちはノリがいいよね。
「クエシノゥの優勝者はカムイアィ(エペレアィ)を授与されるんだ」
「なんだか和人の鏑矢みたいだな」
「形状は似ているね。鏑矢みたいに音を鳴らす機構はないけど見た目は似ているかも」
優勝者はコタンの人から儀礼矢を受け取る。エペレアィはアイヌの儀礼矢で、鏃にアイヌ紋様が描かれていて美術的価値もありそうな特殊な矢だ。杉元さんは的に当たっている矢とエペレアィを見比べていた。アシㇼパさんは鏑矢を知らないみたいで疑問符を浮かべた。
「和人の矢は音が鳴るのか?」
「うん。先端に雁股っていう矢尻がついていてね、打つとヒューって甲高い音が鳴るんだ。昔の人は戦いの合図として1番矢に使ったんだよ」
「なるほど。杉元のいうとおり役割は似ているかもな。あの弓もこの後の儀礼に使用する特別な矢だ。動物の霊送りに使用される儀礼専用の矢で、他のことには使われないんだ」
前夜祭は終わり次の日には、いよいよお祭りの開始だ。
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