28.対策と対抗
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設定主人公: 宇内さん
性別:女
クラス:県立烏野高等学校 1年1組
好物:鶏肉の炭火焼き
最近の悩み事:宮城王国ではカード決済がだいたい使えないこと。さらに登校前と下校後、土日いずれも銀行が空いてないこと。
「小さな巨人」の親戚。運動は苦手。
特技は世話焼き、対年上の振る舞い、念動力の三つ。
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「おまっ、清水!なんで黙ってた!!!」
「……ごめんなさい、決勝休むの……どうしても嫌でッ。今日どうしても行かなきゃって」
「っ!!……すまん、そうだよな。…ケド、根性でどうにかなるもんじゃねえからな。大人しく帰れよ」
「はい…っくしゅ、……ごめん、澤村、菅原。東峰も」
「いいよ。ゆっくり休みな」
「俺たちも気付いてやれなくてごめんな。無理させた」
「清水は、顔に出さなさすぎなんだよな」
「東峰は顔に出やすいものね」「確かに」「ワカル」「はは」
烏養コーチは、清水先輩にマスクを渡し、測り終わった体温計を受け取った。
確かにこんな時に風邪を引いたら、ましてや3年マネージャーなら……気持ちはとてもわかる。私が清水先輩と同じ立場だったら薬飲んで誤魔化したかもしれない。それがいけないと理性では気付いていても、感情ではどうにもならないのだ。
烏養コーチは清水先輩、谷地さん、そしてこちらをギロリと見て結論を出す。
「……ま、宇内だよな」
「……はい、私ですね」
これは誰が清水さんを届けるかの選択だ。
谷地さんはマネージャーとして登録されているので、舞台に参加することになる。一方で私はその辺の美雪だ。コーチの決定はある種自然であるし、元よりそのつもりであった。むしろ清水先輩を預けてくれることに対して使命感すら覚える。
「お前はバレー部の救護担当になりつつある気がするな」
「ええ、救護担当お任せあれ!この試合は谷地さんの方がほんとに適任ですしね!」
「はあー……ま、そうだな」
「え!?え??」
「……谷地さん。清水先輩は私がつく。選手たちのサポート。頼んだよ」
「えっ!?……あっ!!……ワカリマシタ!!?」
「ごめんね、もうちょっと時間をかけて仁花ちゃんに教えたかったけれど。……初公式戦、私の代わりに頼んだよ」
「は、はいっ!!この谷地め精一杯、カミカゼ特攻させて頂きますッ!!」
「……演技でもない単語はやめよう」
「谷地マネージャー!!」「谷地マネージャー!!何したら良いっすか!!」
「あわわわわ……」
谷地さんはバイブレーションモードになり、選手たちのイジられていた。
具体的にはわっしょいわっしょいされていた。
「こらこら、ちょっと」
「谷地さんで遊ばないで……」
翔陽たちを止めるのは1年の良心?山口君と月島君だった。
いやでも俺らの芸風はこうやって緊張をホグすコトだべやってスガさん言ってたしな…アレ違う??
「清水先輩、タクシーもうそろそろかと…では、辛いですけどここで」
「……うん、みんな。頑張ってね、澤村たちなら大丈夫って思ってるから」
「ああ、勝って錦を飾ってやんよ。……お大事に、な」
「ありがとう」
「潔子さーん!!俺ッ俺頑張りマスッ。お大事に…!!」
「絶対勝利を貴女に捧げます」
「……」スッ
「スルー!?……くっ病める時も美しい……ッ」
皆とバイバイして、私と清水先輩は体育館をあとにした。
外には既にタクシーが待っていた。
「どちらへ?」
「一旦清水先輩の家の近くに送ってもらって、診察券のあるとこ行く方針で」
昨日澤村さんと行ったところは会場に近めの大病院を選んだが、風邪程度であれば小さい頃から薬や既往歴のカルテがある近所の内科が一番だ。
「わかった、ええと……」
清水先輩は頷きご自宅の住所をタクシーの運転手に伝えた。運転手さんは、手慣れたようにカーナビにセットする。続いて私も入ろうとすると、清水先輩に手で止められた。
「私も行きますよ?」
「ううん、一人で行くから大丈夫。美雪ちゃんは応援の方に戻って、仁花ちゃんを助けて欲しいから」
「違います。…大丈夫かどうかは医師が判断します。私は客観的視点でちゃんと対処が完了したのかの結果をコーチに伝える義務があるんです。こんな無理しちゃう清水先輩ですし。これ以上無茶しちゃわないように監視するんですっ」
「さすがにそんなことしないよ…………私、信頼が失われちゃったかな」
「ホントですよっ?次同じことしたらみんな怖いですよ!…あ、もう大丈夫です。GOして下さい」
「承知しましたー」
タクシーの運転手さんは、私と清水先輩二人を乗せて出発した。
体育館がどんどん遠くなっていく。
「……ありがとう」
「あと谷地さんも私なんか居なくても大丈夫ですよ。いつもはあがり症気味ですけど、本番には強い女です」
「そう…なのかな?」
「えぇそうです。いつも、私たちに適切な知恵とひらめきを与えてくれた影なる女傑やっちーです。……助けるなんてとんでもない。……あの子は私の何十倍も根性あるすごい子なんですよ、清水先輩」
「……そっか」
「はい」
二人は黙って動く景色を眺める。
そういえば、こういう風に二人だけで過ごすのってちょっと久々な気がする。
谷地さんが入ってきて、3人になってからはほとんどなかった。
「……ごめん」
「?……気持ちはわかります。次はちゃんと体調不良は皆さんに共有ですよ」
「そっちもそうだけど……私ね、ちょっとだけ美雪ちゃんに嫉妬していたんだ」
「え………私にです?」
「……美雪ちゃんは、昨日あれだけ烏野にとって必要なものをみんなにくれたでしょ。……それに比べて………なんか、自分の今までやってきたことが劣ってるんじゃないかなって。焦り出して」
「それは……」
「いいの、そんな顔をしないで。私が勝手に対抗心燃やしていただけ……昨日ね、美雪ちゃんのやつ私ぜんぜん内容わかんなくて……、3年なのに、せめて理解できるところまで調べないとって。ファイル(データ版)を読み耽って。ちょっと湯冷めして熱出ちゃったの……」
「あれ全部!?A4で250ページあるんですよ??……体調不良にもなりますよ!?……私は!そんな無理して理解もらうために作ったわけじゃないです!!……ましてや清水先輩の立場をどうこうしようなんて!!あれはただの情報を集めて加工しただけの……烏養コーチの戦術とか仮説の裏付けツールなんです!理解すべきはアレじゃない!!」
私は慌てて清水さんの行動に意を唱えた。
「………」
「清水先輩は馬鹿です。……貴女の役割と私の役割が全く違います。今日、白鳥沢戦でコーチの横に居て欲しい人は……こんなこと言いたくはないですけど、私でも谷地さんでもなく清水先輩だった。データで分からないところあるなら手直しますし要約してご説明することも作成者の義務で……清水先輩が頑張るところはそこじゃないです」
清水先輩は無理にアレを頭に入れようとしなくて良くて……ああもう、私なんであんなクソ長論文みんなに出しちゃったんだ。そりゃ責任感強い人は全部読もうとしちゃうよ……。月島のアホウ。
(当時月島「写メるのめんどーだしPDFで頂戴」)
清水先輩も悔しそうな顔で唇を噛んだ。
本当は、こんな責めるような言い方はしたくない。……だって、そんなの誰も報われないじゃん。
「……そうだね、分かってた。美雪ちゃんはそんなマウントとかそういうこと考える子じゃないって。分かってたのに……!」
清水先輩はポロと大粒の涙を溢した。
「今だからいうけど。……昨日さ………和久南戦で………田中が落ち込んでいて美雪ちゃんが元気付けた時さ。あの瞬間……私って何のためにいるんだろって足元が崩れる感覚があった」
自分の脳内に、田中さんに抱きついて背中の腫れを確かめていた時の様子が浮かんだ。
無我夢中で、全然清水先輩のこと見えていなかったけど。……きっと、言いようのない置いてけぼり感があったに違いない。
わ、私は彼女の仕事を横取りしてしまっていたのか。
それで……もっと頑張ろうと無理をしてしまったのか。
「!…すんません!澤村さんも田中さんも、清水先輩に任せれば大丈夫なのにっ、つい自分がやるって猪突猛進かましてました……、誓って言います。信頼していないわけじゃないんです。あのときは……」
「……うん、美雪ちゃんの勢いすごかった。でも、私がなにかしようと思った時には全部片付いていた。でもさ、やっぱり……今日いて欲しい人って、本当に私なのかな?……私、私ッ」
「……清水先輩」
ぎゅっと、私の服を掴んで悲痛な声を上げる。
こんなに追い詰めてしまっていたのか。私は無意識にこんなに清水先輩を傷つけてしまったのか。
私は、たまらなくなって清水先輩をそのまま抱き込んだ。
「!!!」
「清水先輩、大好きです。……見えないところで、一人で頑張ろうとするところ。2年生や1年生が部を好きになってくれるよう、常にどう動いたら良いかをご自身で考えて先回りして動いているところも。三年生さんたちや谷地さんと一緒にいる時はちょっとお茶目で可愛らしいところも。
どうか自信を持って下さい。……清水先輩がいることが烏野にとって大きな意味を持っていて、貴女が居るからこそ頑張る人ばっかりなんです。貴女が沈んでいたら、みんな辛いです。……もちろん私も辛いし嫌です。笑ってくれる清水潔子さんが大好きです」
ぎゅううっと抱きしめると、肩がちょっと濡れて暖かくなった。
「清水先輩……?……先輩」
時折鼻を啜る音と、曲がる時のウィンカーくらいしか車内に音はなかった。
「私も、美雪ちゃん大好きだよ……」
控えめに背中に手が添えられ、か細い声が確かに聞こえた。
私は空を見て、自分の軽率さを深く恥じることとなった。