☆TOKYO


 天気予報で聞いてはいたけど、こんな急に本降りになるなんて。今更ながら傘を持ってこなかったことを後悔した。ため息をついてエントランスで小降りになるのを待っていたら、後ろから躊躇いがちに声をかけられた。

「あの…これ…」
あまりに不安げだから、最初は私に言ってるとは思えなかった。

「なに?」
「傘、良かったら…」

 差し出された青い傘。普段すれ違う事はあっても彼女の方から声をかけてくる事は滅多にない。
「良いの?」
小さく頷いた顔は耳まで真っ赤で、傘を持つ手が微かに震えている、ような気がする。…本当に良いのだろうか?触れたくても互いの心がそれを許さず、どちらかが歩み寄ればどちらかが一歩引く。このもどかしい距離感を少しでも縮められたらどんなに幸せだろう。そんな密やかな望みはあったけど、それがこんな形で叶うとは。

「ありがとう。家、どっちだっけ?」
 2人で入るには少し小さいかもしれないけど、濡れないよりは全然マシ。むしろキミさえ濡れなければ問題ないんだ。ひとつの傘で一緒に帰れるなんて、夢にも思わなかったから。
 飛び上がりそうになる気持ちを押し留めて、冷静を装いつつポンと傘を開きながら振り返ると――

「私は大丈夫ですから」
 にゅっと鞄からもう一本折りたたみ傘を取り出して、ニッコリと会釈して先に出ていく彼女。

「…あ、そ。」

 そこだけは雨が降っていないかのように軽やかな後ろ姿を見送りながら、ガクリと膝から力が抜けた。
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