☆TOKYO


「花火、見たかったなあ」

駅前を行く浴衣姿の人の波を見ながら無意識に口から溢れたのは、結構本気で行きたかったからだと思う。コッチに引っ越してきてから2度目の夏休み。去年は新しい暮らしに慣れるのに手いっぱいでこんな近くで花火大会があるなんて事も知らずにその日が過ぎてしまっていたから、今年こそは行ってみたいなーなんて、ホントはちょっと期待していたんだよね。

でも、うさぎは衛さんとちびうさと3人でほたるちゃんの所へ行く事になったし、レイちゃんは神社の例祭が近くて予定があるらしいし、何よりこんな時いちばん「行こう!」って騒ぎそうだった美奈が今回は補講で行けないって言うんだもん。受験生は大人しく家でお勉強してなきゃいけない…のかなぁ。
うだる暑さにウンザリしていた帰り道、諦めの中で思わず呟いてしまったひと言だったんだけどーー。

「…花火…観に来る?」
隣を歩いていた亜美ちゃんが、躊躇いがちにあたしの顔を覗き込んだ。

「へ?『観に来る』ってどこに?亜美ちゃんち?」
正直、いちばん誘っても来てくれなさそうな子からのお誘いにびっくりした。だって亜美ちゃん明後日模試があるはずだし。いつもみたいに「私たち受験生なのよ?」とか言うと思ったから。

「ええ。…!あっ、あの、特別よく見えるとかそういう感じでは無いんだけれど、うちのベランダから毎年見えているから。その…よかったら、お勉強しながら少しだけ…どうかな…って。」

そんなあたしの反応を見てすぐ、真っ赤になって取り繕うようのがなんだか可愛くて、何より亜美ちゃんの方から誘ってくれてる事が嬉しかった。

「いいね!行く!何時からだっけ?なにか食べる物でも持っていくよ!」


久しぶりにお邪魔した一等地のマンションは、やっぱりエントランスに来るだけでちょっと緊張する。
インターホンを押すと制服から涼しげなワンピースに着替えた亜美ちゃんがホールまで降りて迎えに来てくれた。
ベランダに用意された小さなテーブルに作ってきた軽食とジュースを置いくと、なんだか特別なお祭りみたいでワクワクしてきた。セッティングが完了するやいなやニッコリ笑顔で「花火大会は19:30からだから、それまでにココまで終わらせてしまいましょ♡」と言われて盛大に崩れ落ちたけど。


時報と共にポンッと小さな音が聞こえて、先にベランダへ出ていた亜美ちゃんの向こう側に一発目の花火が上がった。
薄暗い部屋にパッと花火の色が映って、どこかの家からも歓声が聞こえる
二つ、三つ…
バラバラという音と共に薄水色のワンピースに色とりどりの光の花が咲いた。

「すごい!こんなに大きく見えるんだ!」
『特別よく見えるとかそういう感じでは無い』って言ってたけど、亜美ちゃんの家からの花火大会は文句なしの特等席だった。
まるで非現実的な世界を楽しむように、あたしたちは最後まで夢中になって色とりどりの夜空を見上げていた。

ーー


「…終わっちゃった、ね。」

祭りの終わりの余韻を残して、開け放たれた窓からは夜風とともに微かにカレーの匂いがそよいできた。下の階でも花火大会を見ながらパーティーなんかしているのだろうか。微かに聞こえる楽しそうな笑い声が、近いようで遠い。

「電気、つけるね」

そう言って薄暗いリビングに入っていく亜美ちゃんの足音がやけに響く。沢山の家族が暮らすマンションなのに、この部屋だけは今、あたしたち2人きり…。
なんだか今は、ひときわ亜美ちゃんが小さく見える。

不意に、キュッと胸の奥が痛くなるような寂しさに襲われた。

「…ねぇ、亜美ちゃん。この部屋、いつもこんなに広いの?」
「…え…」
「去年も花火大会の日、1人でここにいたの?…今まで、毎年…」
「ーーまこちゃん」
込み上げる寂しさをひと息で吐き出してしまいそうになるのを遮って、亜美ちゃんの手がそっと触れた。

「…そうね。独り占めは良くないわよね」

クスリと優しく微笑む彼女の暖もりに、鼻の奥がツンとした。

「来年は、みんなで見られるといいわね。」
「ーーうん。そうだね。」

静かな優しさにそっと包まれて、あたしの中の寂しさも悲しみも溶けて流れていく。
ああ、そうだ。あたしたちはもう、1人じゃない。
寂しかったらいつでもこうして手を繋げば…ほら、何だって強さに変えることができるんだ。

「今のうちにママに伝えておくわ。来年のこの日はみんなを呼ぶからねって。」
「よし、来年はもっと盛大にパーティーしよう!」

すっかり氷が溶けて汗をかいたグラスを一気に飲み干して、プハッと大きく息をはいた。

「そのためにも、ちゃんとお勉強してね♡補講になったら来られないんだから」
「…亜美ちゃん…」

無邪気に笑うショートヘアが、たまらなく愛おしかった。
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