Outgrow

「じゃあ、またね」
そう言って私の頭を優しく撫でると、父は出て行った。

幼心に後を追いたくなるのをぐっと堪えて、見送る背中はいつものスケッチ旅行に行くときと同じなのだけど…
バタン、と閉じた扉の音が必要以上に重く響いた。

こうなる予感はずっと感じていたの。どんなに願っても、私には2人を繋ぎ止めるものを探せなくて。
パパとママには読めなかったふりをしていたけれど、2人の署名が記されたその紙を見てしまったあの日から、少しずつ父の荷物が片付けられていくのが怖かった。

(しっかりしなきゃ。)

まだ甘えたい。一緒にいたいよ…と、思う気持ちを小さな胸にキュッと閉じ込めて。その日もいつもと変わらず、にっこりと笑って見送ったの。

(良い子でいるから…お願い、どうか「やっぱりやめた」って言って…)

それでもーー
日が暮れて、誰もいない家の中でひとりになって。あらためてその事実に打ちのめされた。

(…広い。寂しい…。)

画材の匂いが微かに残る空っぽの父の部屋で、声を殺して泣いた。

机に向かうと少しだけ気持ちを紛らわすことができたから、暇さえあればお勉強した。学校の休み時間も、お友達が家族の話をし始めると心が追いつかなくて、次第に距離をおくようになった。

それから数年。誰もいない家に帰るのも慣れてきたけれど。

「亜美ちゃん誘う?」
「うーん。でもなんか忙しいみたいだよ。」
「じゃあ仕方ないね。頭いいから何考えてるのかよくわかんないし」

偶然聞こえてしまった、仲良しだったはずの子たちの会話がチクリと刺さった。

「ごめんなさいね亜美。運動会なのに」
「大丈夫よママ、忙しいのにお弁当ありがとう。夜は冷凍庫の温めて食べるから安心して。」
「本当に、あなたはしっかりしてるわね。しっかりしすぎて子供らしくないくらいに」

何気ない母の言葉に、鼻の奥がツンとするような淋しさを感じた。

…いつからだろう。
私、つまらない子になっちゃったのかな。
…どうしてだろう。
独りになりたくないって、良い子でいようともがくほどに孤独を感じるのは。

……

寂しいーー?
…いいえ、たぶん、これが本来の私の姿だったんだわ。

深い水の底に沈んでゆくように、無邪気なあの頃の私は手の届かないところへ離れていって。


ーー代わりに、荒涼とした景色を夢に見ることが多くなった。
得体の知れない後悔とか無力感とか、身に覚えのない悲しみで涙が止まらなくなって目が覚める。
何か、大切なものを忘れている気がする。

いつもと変わらない通学路、教室、クラスメイトの笑い声。
夢で見る光景と日常とのギャップに打ちのめされそうになりながら、いっそこの胸のつかえを取り払えるなら、どこか遠い所にでも導いてくれたらいいのに。なんて物語の天使に想いを馳せた。

そしたら…ね…

本当に空から降ってきたから、天使かと思っちゃった。
1/2ページ
スキ