ビッグバン理論 Big Bang Theory
「暇を持て余す」とはこの事か。
幻の銀水晶と期待されている秘宝を奪うため、時間が来るまで警備の目を逸らすのが当てられた役割ではあったのだが…警備員らは皆、魂を抜かれたように上の空。会場内の客も皆それぞれに踊ることに夢中で、秘宝の事など忘れているかのようだ。
それもそのはず。煌びやかな舞踏会の会場で色とりどりのドレスが舞う光景は、ただでさえ何の細工もしなくたってお伽話の世界のようなのだから。
けれどそのなかで1人だけ、踊る様子もなく天井のシャンデリアとか出入り口だとか、そんなのばっかり見ている女の子がいた。
なんて不粋なのだろう。だけどその姿は、まるで珊瑚礁の中を漂う熱帯魚のようだった。
見たところ若そうだけど、この歳でこんな所に来るなんて、どこかの令嬢だろうか?興味本位で近づいて、それとなく声をかけてみた。
「どうしました?何かお困り事でも?」
「……いえ、別に――」
そう言いながらも周囲を気にする青い瞳。その輝きは好奇心から?こういう所は初めてなの?
キラキラと瞳の中で反射する照明の光が宝石みたいで、もっと見ていたくなる。
「誰かお相手と待ち合わせ?もし違うなら、お付き合いいただけませんか?」
「え?」
少し大人っぽく見えるように声を低くして、とびきり紳士的に手を差し出した。
俺たちはクイン・ベリルのためにここへ来ているのだけれど――今だけは、そんな事は仮面の下に押し留めて、ただ1人の人間になりきろう。
「今宵のボクのお相手は、あなたこそが相応しい」
「わ、私?」
戸惑いがちに見上げる彼女に余裕のあるような笑みを返して、柔く手を引く。そんな俺のペースにぎこちなく応える姿は、何故か懐かしいような、どこかで会ったことがあるような心地よさがあった。
「こういうのは初めて?」
「え、ええ。慣れてなくて。ごめんなさい。」
「大丈夫、ボクに任せて」
「……」
慣れていないなんて言っていたけど、いざ踊り始めてみると驚くほどに息が合う。それでもまだ緊張している彼女のために、そっと話を振ってみた。
「そういえばね、さっき猫を見かけたんだ」
「――!!ネ、猫!?」
「うん、珍しいよね。こんな会場に猫が居るだなんて。ネコは好き?」
さすがに突拍子もない話題だっただろうか。なんだか狼狽えていたようだけど、なんとか頷いてくれたのを確認して話を続けた。
「ボクも好き。ふわふわで柔らかくて。でもウチじゃ飼えないんだけどね。」
「…ふふ、あたしも」
クスリと笑った笑顔は、仮面越しでもわかるほどに魅力的だった。
「かわいい」
「え?」
「ふふ、可愛いよ、ね。」
彼女はおそらく、猫のことだと解釈したのだろう。安堵したように顔をほころばせると、2人のステップは急に軽やかになった。
このまま時間が止まってしまえば良いのに。
不覚にもそう思っている自分がいた。
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