はじめの頃の

 勉強の息抜きのつもりでログインしたのに、少しも駒が置けなくて早々とチェスのアプリを閉じた。
(だめね。今日はもう、少しも頭が回らない。)

 この数日、こんな日がよくある。敵の気配があるとかそういう危機感ではく、自分でもよく分からない胸騒ぎ。――でもなぜだろう、心配事というより、そわそわとなにか浮かれたような感覚に占められて集中力がちっとも続かないの。

 再び単語帳をパラパラとリズミカルにめくり、それが終わると問題集に手を伸ばしかけてやめた。今はもう、単純作業にすら没頭できないから。…でも…

――あたしからお勉強を取ったら、何が残るの?

 何もしないでいると不安になるから、活字を求めて図書館に向かった。もう家にあるものはみんな読んでしまったし、こんな状態のときは本なんか読んだって頭に入らないことは自分でも分かるわ。ただ今は、このどうしようもなく落ち着かない心をなんとかしたくて、他にどうしたら良いのか分からないの。


 行き着いた先は科学の書架…ではなく、料理のレシピ本やなんかがあるコーナー。特に何か読みたい本があったわけではないけれど、「おいしい紅茶の淹れ方」とか「世界のカフェ巡り」みたいな薄くて写真ばかりの本を何冊か取り、閲覧コーナーに座った。
(こういう本、まこちゃんが好きそうね。)
なんて心で呟きつつ、我ながら珍しい本を読んでいるなとおかしくなった。そしたら急に後ろから――

「へぇ、珍しい本を読んでいるのね。」

――聞き覚えのある…というか、無性に耳が聞き分けてしまう声と共にストンと隣の席が埋められた。声の主は、そう、その人だ。

「どうしたの?ふふ、珍しい。カフェ巡りとか好きなの?」
「――っ!いえ、そういうわけではなく…ただ、なんとなく?お、美味しそうだなって…っ」
「ふーん。このお店ココの近くじゃない。行ったことある?」
「いえ、ないです…」
「じゃあ、行ってみない?」
「――いま、からですか?」
「そ、今から。せっかく近いんだし、こういうのは本で眺めるより実際に行ってみないと。百聞は一見にしかずでしょ?」

「それともこの後なにか予定あるの?」
と聞かれて、「ありません」と答える以外に術がないあたしは、やっぱりどうかしているわ。

ーーあなたの事で気もそぞろだったというのに。
1/3ページ
スキ