♡SS〜東京

帰ってきたら、レイの代わりにコイツがいた。
遠慮なく客間に上がり込み勝手に寛いでいるのは、そう、愛野美奈子。
同じ戦士だからとはいえなんでレイがこんな軽薄そうなヤツと仲が良いのか、正直言って理解に苦しむ。

「さーさ、どうぞどうぞ」
だなんてまるで自分の部屋のような言い方だなオイ。だいたいそれは俺が淹れてきたお茶だ。少しは遠慮しろよ。

お茶請けの煎餅を開けてやると早速手を伸ばしてきた。両手で持ってポリポリと齧る様子はまるでリスみたいだ。

「ゴミはここに。」
口元からこぼれ落ちた煎餅のカケラをせわしなく集めながら食べるものだから、ほとんど無意識にゴミ箱を差し出した。

「アンタってさぁ、すごく昔からココにいる人みたいよね。」
「は?」
「なんていうか、すごーく自然に気がきく。」
「それが何か」
「この家の家族みたいってコトよ!褒めてるんだから有り難く受け取りなさいよ。」
「そうですか。それはどうも。つーか何しに来たんだよ。」
「コレ返しに来たのよ。こないだ泊まりにきた時に借りたんだけど、酔っ払って盛大に汚しちゃってね、流石に申し訳ないから洗ってきたの。」
「どんな状況ならそんなコトになるんだよ。厚かましいにもほどがある…」

言いながら美奈子が鞄から取り出した意外すぎるそれに、思わず目が止まった。

design(※画像はイメージです)

…なんだそれは。ルームウェアか?
なんとかピケっていう…
レイが…?
あいつがこんなふわふわのを…着てるのか!?

「ちょっと!やだナニ赤くなってるの!?もしかして見たことなかったの?レイちゃんの部屋着」
「は?何を言ってるんだ。レイが部屋着でウロウロするなんてするわけないだろ。」
「…へーぇ。ねぇ(ニヤリ)もしかして、ですけどジェダイトさん、着物でパリッとしてるレイちゃんしかご存じない?」
「何だよ。それがどうした」
「お風呂上がりにパックしてるレイちゃんとか、ハダカにタオル一枚でウロウロしてるレイちゃんとか、見たことないんだ!?」
「レイがそんなだらしない事するわけないだろ」
「へー。ふーーーん(にやにや)その程度にしかまだ打ち解けてないって事ね。まだまだですわね〜」
「はぁ!?」

何だよその勝ち誇ったような笑いは。

「彼氏を名乗るには修行が足りないわよ。あたしなんかレイちゃんの起きてから寝るまでのあーんな姿やこーんな姿も知ってるし、嫌いなアスパラの缶詰めが出てきた時の顔とか、ホントはちょっぴり寂しがりなところとか、みーんな知ってるんだから♪」
「うるせー。誰にだって見られたくない姿はあるもんだろ。そんなところ知ってて何になるんだよ。相手の身にもなってみろ。」

 美奈子のマウントを軽くあしらい、プゥと不満そうにまだ何かをふっかけてきそうな空気を無視して席を立った俺は、我ながら相当大人だと思う。
「ただいま」と、レイの帰ってくる声がしたのでアイツが来ているとだけ告げ、仕事に戻った。

すれ違いざまにふわりとレイの髪の香りが鼻をくすぐる。…ユリのような、いつもレイが愛用しているシャンプーの香りだ。

『お風呂上がりにパックしてるレイちゃんとか、ハダカにタオル一枚でウロウロしてるレイちゃんとか、見たことないんだ!?』

さっきの美奈子の勝ち誇ったような笑みと、あのパジャマが脳裏をよぎる。
そうだ。俺はまだ、母家でのレイのことを全ては知らない。同じ夜を共にしたことはあっても、俺が見ているのはいつも凛とした姿のレイばかりだ。

湯気とシャンプーの香りに包まれて、あのふわふわした子猫みたいなパジャマで寛ぐ、無防備で柔らかそうなレイの姿だなんて……なんて…っ!

何故だか無性に腹が立つのをエネルギーに変えて、いつも以上に境内の掃除が捗ってしまった。

(いい気になってんじゃねーぞ!俺だって!…その…俺にしか見せた事の無いレイの姿を知ってるんだぞ!)

薄明かりの布団の上で切なげに俺を見上げたあの晩の顔を思い出しながら
そんなコトぜってー美奈子には言うもんか!
と、気づけば心の中で盛大にマウントを取り返していた。
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