Act.7


「ダーク・キングダムにセーラームーンを捧げよ」

サブリミナルテープから微かに映し出された男の顔に、嫌な予感は確信に変わった。
あの男、セーラームーンが洗脳された人々を助けようとしたところを襲いに来るのでは。
そうだとしたら、うさぎちゃんが危ない!

地下の司令室を飛び出したマーキュリーはうさぎを追って、洗脳され暴徒と化した群衆の元へ走った。

「セーラームーンは何処だ!」
「捕らえろ!」

先に街の中へ向かってしまった彼女に通信機から連絡を取るが、夢中で走っているのか戦闘中なのか、応答がない。
気がつけば陽が落ち、辺りは暗くなり始めていた。
今から彼女に追いついて間に合うか

「レイちゃん!まこちゃん!うさぎちゃんが危ないの!品川以北の人たちは私が食い止めるから、それより南のベイエリアを中心に洗脳された人達が集まってる所を探して!そこにうさぎちゃんがいるはずだから!合流したらすぐ一旦退避を!」

マーキュリーの出す指示はいつも簡潔で的確だ。
セーラー戦士達が思念を送り互いの位置を把握する事は可能だが、それより早く、より詳細にその位置を特定し、最適な戦法を伝える。
既に市中へ戦いに出ていたレイとまことの方が、きっと早く彼女の元に辿り着く筈。

-———

「こっちよ!」
マーキュリーが群衆の前に降り立つと、「捕らえろ」「捕らえろ」と口々に立ち騒ぎながら暴徒が群がった。そこへ氷壁を作り出し、囲い込み封じる。幾度もそれを繰り返すうちに、やがて周囲は生捕りにされた群衆の怒声で空気が揺らぐほどになった。

その時、何処からともなく強い閃光が放たれ、氷壁の一つが砕かれた。
「ー来た!」
マーキュリーの視界に現れたのは、見覚えのあるあの男。
マーズとジュピターがセーラームーンの所に辿り着くまで、何としてもここで彼を食い止めなければ。

街全体に霧の帳を下ろし、彼の目を撹乱しながら再び洗脳された人々を誘導する。時折敢えて姿を見せては放たれる攻撃を躱す。ある程度集まったところで氷壁を築き、人々を安全な場所に囲うと再び彼の視界に姿を見せて攻撃を誘った。

と、その時、洗脳された1人の男性がゾイサイトに掴まれ、屋外階段からほうり投げられた。
「危ない!」
マーキュリーは咄嗟に水流を作って落下するその人を受け止めると、怪我のないよう抱え上げそっと寝かせようとした。
その途端ーー
「!!!」
自分より大きな男性を抱えていた事が仇となり、ゾイサイトの攻撃をもろに受けたマーキュリーは、勢いよく吹き飛ばされた。

全身を強く打ち、呼吸を整える間も無くゾイサイトの腕の中に取り押さえられる。
(息が…できない。いたい。離し…て…)
力いっぱい抵抗するが腕力の差は歴然で、締め付けられた身体は情け無い程にピクリともしない。
「なんて非力」
耳元で、彼が笑う声がした。
(馬鹿に…しないで…貴方は…こんな事する人じゃ…ない…)
…?
何故そう思ったのか。締め付けられているその腕からふわりと何か懐かしい香りが感じられ、泣きたくなるような切なさを覚えた。

しかし、ほんの一瞬、彼の腕の力が抜けた隙をマーキュリーは見逃さなかった。

彼の腕から抜け、やっとの力で立ち上がると、既に彼はそれ以上マーキュリーのことを追うことは無く、ちらりと目を合わせただけで姿を消した。

もはやこれ以上自分が囮として彼を引きつけることはできないだろう。通信機からマーズとジュピターにゾイサイトがそっちに行ったかもしれないと伝えると、
より詳細な情報を求めて司令室に向かった。走りながら頭の中で幾つもの可能性をシュミレーションするが、先刻の彼の姿が脳裏に浮かび、ゾクリと悪寒を覚える。

ーセーラームーン!お願い逃げて!

-———

モニターに映し出された映像は、まさにその恐れていた事だった。
大好きなあの子の悲鳴と、彼女を捕らえたゾイサイトの姿。



その直後、不意打ちのように現れた白猫と初めて見るセーラー戦士により、彼の身体が切り刻まれた。

(いやぁっ…!!!)




敵が倒された瞬間だと言うのに、一切の安堵は無く。
何故涙が出るのだろう。
セーラームーンも無事だったのに…?

止め処無く溢れる涙をどうする事もできず
哀しさとも恐怖とも絶望感とも言い切れない得体の知れぬ感情に襲われたマーキュリーは
ただ茫然とへたり込み、暫くの間、滲むモニターを眺める事しかできなかった。
2/2ページ
スキ