Act.7
「小賢しい」
街全体を覆うように霧の帳が降ろされていく。
俊敏な霧の主は、ゾイサイトの攻撃を次々と躱しながら洗脳された人々の前にひらりと降り立ち「こっちよ」と誘う。
霧の中で、操っていた暴徒が徐々にひとつの場所に集められている事に気が付き、舌打ちをした。
操られた人間に危害が及ばぬよう、一点に集めて戦いに集中するつもりか。或いは…
だがその行為が彼女に隙を生む事はゾイサイトにも明らかだった。
屋外階段を駆け上がる人々の先に青いリボンが揺れるのを見た直後、ゾイサイトは階段から1人の男の腕を掴み、乱暴に反対側へほうり投げた。
「ー!危ない!」
投げ出された人間が地上に打ち付けられようとしたその間際
水流が柔らかく彼の体を受け止め、マーキュリーがそっと地面に下ろしに現れたのを見逃さなかった。
「!!!」
自分より大きな男性を抱え、直ぐに身を躱す事ができなかったマーキュリーはゾイサイトの放った光をもろに受け、木の葉のように吹き飛ばされた。
「…っ!!」
建物の壁に強く打ちつけられたマーキュリーがようやく顔を上げるより早く
いとも容易くその身を取り押さえると、抱くように押さえこむ。
華奢な身体が腕の中で必死に抵抗しているようだが、腕力の差は歴然で
息もできないほどにギリギリと締め付けられた彼女はピクリとも動けない。
「なんて非力」
クゥと細い喉元から呻くような音が漏れるのを鼻で笑いながら、無慈悲にもさらに締め付ける。
ふわり
胸元に捕らえられた彼女の髪が、ゾイサイトの頬に触れた。
細くて少し癖のある青い髪…
柔らかで、そよそよと風にそよぐそれは…
腕の中で…あたたかく…壊れてしまいそうなほどに儚げで…
(これは…)
不意に全身を巡った切なさと
胸の奥を締め付けるような感覚に驚き、
無意識に力を緩めた。
ほんの一瞬の出来事だった。
けれど、そのほんの一瞬、力が緩んだ隙を見逃さずマーキュリーはスルリと彼の腕の中から抜けてしまった。
「チッ」
自分の間抜けさに呆れながら、再び青い髪を追う。
大きく肩で息をし、打ちつけられた時のダメージなのかまだ身体に力が入っていないらしい。
今ならまだ十分に捕らえる事ができる距離だし、攻撃を放てば一撃で倒す事ができるだろう。
今度こそ。
しかし…
何故か…それが、出来なかった。
「何あれ」
追うのも馬鹿らしい。
今はセーラームーンを捕らえる事が先なのだから。
心の中でそう呟くと、ゾイサイトは場所を変える事を決め、姿を消した。