♡SS〜東京
「…服をね、選んで欲しいの。」
どこか行きたい所を聞いても図書館とか本屋とか、お勉強関連の希望ばかりだった彼女が、珍しく恥ずかし気にそう言った。
「お友達の結婚式に呼ばれたのだけど、結婚式にお呼ばれするの初めてで…」
多少の浪人を経験している者も多い学部だが、特に亜美たちの入った年は浪人生が多かったようで、同級生の年齢層が若干高いらしい。
高校まで殆ど同年齢の子たちと過ごしていた彼女は大学に入ってから急に周りが大人になった感じがすると言っていたけれど、確かに、友達の結婚式に呼ばれるなんて高校を卒業してすぐの彼女の歳では普通なら珍しい事かもしれない。
いつになく素直に頼ってくれるのが嬉しくて、二つ返事で買い物に連れ出した。
そういう事なら割と得意だ。
普段の亜美なら選びそうな服ではない、少し大人っぽいコーディネートを考えてあげよう。
「友達の結婚式だから、新郎新婦より目立ちすぎない程度に華やかなのが良いね。会場はチャペル?」
「ええ。午前中に挙式があって、お昼に外で披露宴があるの。そのあと、夕方お隣のレストランで二次会があって。」
「ふーん。じゃあ小物で昼と夜の雰囲気を変えられるようにするのが良さそうね。あと外出るなら寒暖差もあるし、なるべく調節しやすいように。どうせならそろそろこういう機会増える年頃なんだし、長く着られるデザインのフォーマルドレスにしといた方が良さそう」
「すごいわ…やっぱりゾイサイトに相談できて良かった。」
そんなふうに喜ばれると素直に嬉しいじゃない。
着せ替えを楽しむかのように色々な組み合わせを作っては充ててみせ、試着させ、あーでもこっちも可愛い!とかいちいち感動して、あっという間に一日が過ぎた。
「ありがとう。色々と教えてもらえて勉強になったわ。」
楽しかった、と、少し恥ずかしげに俯きながら加える。丁寧にお礼を言って帰ろうとする彼女を見下ろしていると、むくむくと独占欲のような感情が沸き起こり…
持ってあげていたショップの袋を、彼女が受け取ろうとしたところでヒョイと頭の上に挙げた。
受け取り損ねた手が宙をかき、なんで?と少しむくれる彼女にニッコリと、ちょっぴり意地悪な笑顔を作って。
「当日まで預っとくから、ウチで着替えて行きな。式場うちの近くみたいだし。髪、セットしてあげる。」
-———
結婚式当日ーー
朝早くから亜美を家に呼び、鏡の前に座らせたゾイサイトはいつになく上機嫌だった。
それはまるで美容師さんごっこでもしているみたいな光景で。
少し癖のあるボブをサイドで編み込み、飾りも使って華やかなハーフアップに。
アイメイクは控えめにしつつ、ほんのり大人っぽい印象になるよう色味を整えて、昼用と夜用で違う色のグロスを持たせてあげる。
ーーほら、たったこれだけなのに、まるで変身したみたい。
ラベンダーのパーティードレスに七分袖の柔らかいノーカラージャケット。夜の二次会でジャケットを脱げばレースの袖から透ける細い二の腕が眩しいくらいに清艶で、ガラリと大人の雰囲気に変わるだろう。
出来上がった彼女の姿はいつもの知的で可憐な雰囲気に艶っぽさが混じり合い、薄づきのチークがより一層透明感を引き立てている。
「どう…かな…」
鏡越しに少し恥ずかしげに見つめられると
なんかこう…我ながら…うん、すごく良い。語彙力が追いつかない。
ーーこんなの、自分でやっておいてなんだけど心配になるに決まっている。
ああもぅ!こんなカッコさせるんじゃなかった!
玄関までで良いという彼女に、暇だからと口実をねじ込んで式場近くまで送っていく。
二次会終わったらすぐ帰って来なさいよ。
なんならここで夜まで待っていたいくらいだけど、そんな阿呆みたいな事はしないから。
「…亜美、いちおう言っておくけど。もし誰かに髪型やお洋服褒められたら、必ず『彼にやってもらった』って言いなさいよ」
「…!?か、彼…に?////」
今更何故そこで赤くなるのか。いちいち初心なこと。
「いちおう予防線張っておかないと、ああいう場所はただお祝いだけしに来てる人ばかりじゃ無いんだから」
「…予防線…」
お祝いの場なのに何故それ以外の目的で来るの?と言いたげな彼女の表情に、心底無防備だと不安になる。
「(こんな時に蕁麻疹でも出たら可哀想だからこれ以上言わないけど)ーー虫除けのおまじないだと思って約束して」
本当はこのまま引き止めてしまいたい。
そんな衝動を必死に抑えて、行ってらっしゃいと見送った。
-———
「今朝はどうもありがとう。帰ります。とても素敵な結婚式でした。」
送られてきたのは新郎新婦のとびきりの笑顔の傍らで控えめに写った彼女の写真。
主役を引き立てるように奥ゆかしく、けれど誰よりも清らかな存在感を放っていて…まるで花束の中のかすみ草のよう。
ーー我ながらあまりに的確な例えだなんて思いながら、すぐさま家を出た。
「今どこ?迎えに行く」
歩きながら返信を書きかけたところでふと顔をあげると、月の光を背に小走りにこちらへ向かってくる影
ーーそれはそれは、可憐なさっきのかすみ草。
「ーー亜美?」
走ってきたの?
ほんのり頬が紅くなっているのは、慣れないヒールで駆けたせいか、祝いの席のアルコールのせいか。
大っぴらにはしゃぐ事なんて滅多にないのに、あまりに彼女らしからぬ出来事に驚いた。
なんだかまるで非日常の舞踏会を楽しんできたお伽噺のプリンセスのようで。
早くお礼を言いたくて。なんて言う顔がとんでもなく無邪気で、よしよしと崩れない程度に髪を撫で、手をとった。
普段の彼女なら、急にこんな公道で手を繋ぐだけでも戸惑いを見せるのに、今はすんなりと掌に収まる。
よほど楽しかったのでしょうね。
「楽しかった?」
「ええとても。みんなとっても綺麗だったわ。」
「そう。」
「…その…みんなが…ね、ちゃんと貴方の言う通りに説明したら、ね、…とっても素敵な彼だねって…」
ここまで言って、恥ずかしさに耐えきれないというように俯き、きゅっと握っていた手が熱くなった。
あーもう、さっきよりさらに真っ赤になって。
ばか。なんだか知らないけどこっちまで顔が熱くなるじゃない。
ここが道端でなければ抱き寄せていたかもしれない。
そんなもどかしさを目一杯押し留めて、帰路に着いた。
「…このまま着替えてしまうのがまだ…なんだか勿体無いわ」
そうね。ほんと綺麗。
またお化粧してあげる。ーー今度は私のためだけに。