♡SS〜シルバー・ミレニアム
控えめにプリンセスの傍らに傅くその人は、いかにも規律正しい守護神といった様子。
でも、青い瞳が貴重な地球への来訪に知的好奇心を隠しきれてない。
(やっぱりね。)
迎え入れる主の傍らで、ゾイサイトは密かに苦笑した。
このところ、月のプリンセスの非公式な来訪が多い。
四天王からの護衛はクンツァイトやネフライトが就く事が多いのだが、その割り当てはクンツァイトが行なっており、どうやらなんとなくそれぞれの相性というものを計っているらしい。
その中で、数少ないがあちらの護衛がマーキュリーの日はよくゾイサイトに当てられていた。
そして今日も、やはり。
——
マスターがセレニティと話しこんでいる間、随身の2人は隣室で待つことになっている。
ふと彼女を見ると、部屋の片隅に飾られた碁盤のようなものに物珍し気な視線を向けていた。
「気になりますか?この星の一部地域で盛んなボードゲームのようなものです。」
「ボードゲーム?」
「盤上で様々な駒を動かしながら陣を競うもので、どちらかのキングの駒がとられるか、ゲーム終了時により多くの駒を残したほうが勝ちという遊びです。ちょっとした暇つぶしや子供の遊びに使われる事が多い。
やってみますか?」
簡単にルールを説明すると、彼女は快く頷いた。
「初めてですからハンデをつけましょう。私より3つ、貴女の打つ手を多くして良い事にします。」
流石は知性を司る戦士。戦術の飲み込みが早いだけでなく、戦局を読んで打ち出す駒も隙がない。
だけど私だって、四天王の名にかけてキングの駒は取られたくない。
隠し持っていた裏の手を使うと、たちまち戦局はゾイサイトが優勢に翻った。
「そんなルールがあるなんて」と、ぷうと頬を膨らませたマーキュリーに、意外と負けず嫌いだなと可笑しくなった。
結局、勝負は一進一退のままドロウで終わった。
「本当に、お強いのですね。お時間が許すのならもう一戦お願いしたいです。次はぜひ、ハンデをつけずに」
…やっぱり負けず嫌いだ。
「それに、盤上ですが貴方のような素晴らしい戦略の立て方を学ぶことができて嬉しかった。このような機会を賜り光栄です。」
ぜひまた、と無邪気に微笑む彼女に、心の隅がチクリと痛む気がした。
「あれほどルール違反ギリギリな手をいくつも使ったのに?」
最年少で四天王となったゾイサイトには、例えその実力が他の3人と互角であったとしても密かな引け目があった。
クンツァイトやネフライトから見ればまだ青二才である事に変わりは無いし、中性的な外見はジェダイトと並んでいると男女の対に見えてしまう事もある。
若くして欧州支部長を拝命し、騎士団を統率するには、熟練した配下たちに侮られることのないよう常に神経を尖らせなければならない。もちろん、周囲にはそれと気付かれぬよう飄々と取り繕って。
だから私は戦略を選ばない。たとえ「いやらしい手段を使う」と言われても。
「私は貴女のような清廉な戦士ではありませんよ」
皮肉っぽく笑ったゾイサイトの顔を、なぜ?というようにマーキュリーが小首を傾げて見上げた。
「…憚りながら…、ゾイサイト様は敢えてそのようにされていているのかと思っておりました。」
なぜ私にそんなことを言うのか。
一点の曇りもない青い瞳がゾイサイトを見つめている。
「そのように?」
「ええ。貴方は、…貴方の策は、ただ勝つためではなく、お仲間の手を汚さぬように、とてもお心深く練られているのかと。」
躊躇いがちに視線を落とし、しかし彼女は何か確信があるのか話を続ける。
これは策なのか、それとも…
いや、本心であるはずはない。だって私はこんなにも…
「ーご自身の外聞が傷つく事もあるかもしれないのに、それさえも気遣わせぬよう謀ることができてしまう。真に気高い騎士なのだと解しております。」
ご無礼を申し上げましたことお許しください、と頭を下げた彼女に、返す言葉を失った。
…なんてことを言うのだろう。この人は…
"浄化と癒しの騎士"
その二つ名を与えられたとき、なぜ剣を持つ身に不釣り合いな二つ名を充てられたのかと落胆し、正面切って戦うことを避けがちな自分を悔いた。
互いに血を流すくらいなら、搦手から落としてやり過ごしたい。
誰の身も傷つくところは見たくないのだ。
そのためには、どんな策でも厭わない。
傷つき汚れた人を見る方が私は悲しいのだから。
ーそんな自分でも意識していない深いところまで見透かされたような気がしたのに、少しも不快は無い。
策に秘められた貴方のその思いは、恥ずべき事ではない。とても尊いものですよ。と、本心から言われたようだったから。
ーふんわりと微笑む彼女を前に、自身を覆う煩わしい仮面が取り払われたような清々しさを感じた。
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