Restart
夕陽が差し込む電車に揺られながら、うさぎはぼんやりと移りゆく景色を眺めていた。
「ーーえ!? 明日の夜?」
「ああ。びっくりした? 予定してたより早く色々と片付いたんだ。」
「嬉しい!!」
モニター越しにそんな会話を交わしたのが昨晩のこと。
今夜、まもちゃんが帰ってくる。
あまりに感極まると、ひとは何もかも手につかなくなるものらしい。それから誰と話したかも、何をしたかもほとんど記憶に無いけれど、ただフワフワと忙しなく、放課後一目散に教室を飛び出して空港に向かい、今に至る。
長い人生で振り返ればほんのひとときの間だったかもしれないけれど、彼がアメリカに行っている間の遠距離恋愛は二人にとって二度目の転生とも言えるほど重大で長いものだった。
うさぎには、ふた通りの記憶がある。一つはまもちゃんが留学している間、ごくありふれた普通の女子高生として忙しくすごしながら毎日彼と連絡を取り合っていた日々のこと。
そしてもう一つは、あの瞬間から始まる記憶ーー。
彼を見送りに来た空港、抱きしめられた腕の中で胸いっぱいに彼の香りを吸いこんだ。その温もりが手から離れたほんの一瞬のうちに、彼の姿は焼けた砂のような匂いとともにザラリと崩れ、跡形もなく消えてしまった。……そこから始まる戦いは、経験したことのない孤独とともにうさぎを限界まで追いつめ、苦しめた。絶望の果てに見た景色は恐ろしいほどに美しく、可能性に満ちていた。
すべてを捨て去る勇気とすべてを受け入れる心をもって光の中に飛び込んだ先で、それでも捨てることはできないかけがえのない者たちと再び歩みだす選択をしたことは、たとえ二度目の人生をやり直し、同じ時間を繰り返したとしても、心の隅に焼きついて離れない。
ーーその彼と、ついに再び生身の身体で会う事ができるのだ。
最初に姿を見たら何て言おう。感極まって泣いてしまうかもしれない。毎日連絡をとりあっていたのに、話したい事が山ほどある。早く彼に触れたい。早く彼の胸に顔を埋めて、思いっきり甘えたい。早く、はやく……。
車窓から見える景色はどんどん速度を増す。
茜色の空に光るのは夕日に反射した飛行機か、人工衛星か。それとも、流れ星だろうかーー? 空港の方へ向かうひと粒の光を目で追いながら、なんとなく、あれはまもちゃんの飛行機ではないんだろうな、なんて思った。
でも、そろそろ彼の飛行機もこのあたりに近づいている頃だろう。そう思うと、どんな光でもつい目で追ってしまう。
「うさぎちゃん、通信機は忘れずに身につけておくのよ?」
「うさぎ、今日の夕方時間ある?」
「もう! ひとりでどっか行かないでよ!」
今朝、そんなようなことを言われたかもしれない。
でもそんな友人たちの言葉も全て右から左に抜けていくほどに、今日は一日中上の空だった。
だって、一刻も早くまもちゃんに会いたいのだから。
ポケットの中で幾度か携帯が鳴った。
まもちゃんはまだ飛行機の中だから、この着信は彼ではない。そうと知っているから余計に、ポケットを揺らすバイブレーションは無意味に感じる。葡萄色に変わりつつある空に時折降り立つ飛行機を、あれかな? と追うこと以外に今はもう意識が向かないのだから。
「うさぎ、一緒に帰ろ」
「うさぎちゃん、連絡ください。」
「うさぎ! 今どこにいる?」
「大丈夫!? ねえ今どこにいるの!?」
次々とそんなメッセージが来ていた事を、うさぎはまだ知る由も無かった。
飛行機の後を追うように、ひと粒の光がこちらへ向かっている事も。
「ーーえ!? 明日の夜?」
「ああ。びっくりした? 予定してたより早く色々と片付いたんだ。」
「嬉しい!!」
モニター越しにそんな会話を交わしたのが昨晩のこと。
今夜、まもちゃんが帰ってくる。
あまりに感極まると、ひとは何もかも手につかなくなるものらしい。それから誰と話したかも、何をしたかもほとんど記憶に無いけれど、ただフワフワと忙しなく、放課後一目散に教室を飛び出して空港に向かい、今に至る。
長い人生で振り返ればほんのひとときの間だったかもしれないけれど、彼がアメリカに行っている間の遠距離恋愛は二人にとって二度目の転生とも言えるほど重大で長いものだった。
うさぎには、ふた通りの記憶がある。一つはまもちゃんが留学している間、ごくありふれた普通の女子高生として忙しくすごしながら毎日彼と連絡を取り合っていた日々のこと。
そしてもう一つは、あの瞬間から始まる記憶ーー。
彼を見送りに来た空港、抱きしめられた腕の中で胸いっぱいに彼の香りを吸いこんだ。その温もりが手から離れたほんの一瞬のうちに、彼の姿は焼けた砂のような匂いとともにザラリと崩れ、跡形もなく消えてしまった。……そこから始まる戦いは、経験したことのない孤独とともにうさぎを限界まで追いつめ、苦しめた。絶望の果てに見た景色は恐ろしいほどに美しく、可能性に満ちていた。
すべてを捨て去る勇気とすべてを受け入れる心をもって光の中に飛び込んだ先で、それでも捨てることはできないかけがえのない者たちと再び歩みだす選択をしたことは、たとえ二度目の人生をやり直し、同じ時間を繰り返したとしても、心の隅に焼きついて離れない。
ーーその彼と、ついに再び生身の身体で会う事ができるのだ。
最初に姿を見たら何て言おう。感極まって泣いてしまうかもしれない。毎日連絡をとりあっていたのに、話したい事が山ほどある。早く彼に触れたい。早く彼の胸に顔を埋めて、思いっきり甘えたい。早く、はやく……。
車窓から見える景色はどんどん速度を増す。
茜色の空に光るのは夕日に反射した飛行機か、人工衛星か。それとも、流れ星だろうかーー? 空港の方へ向かうひと粒の光を目で追いながら、なんとなく、あれはまもちゃんの飛行機ではないんだろうな、なんて思った。
でも、そろそろ彼の飛行機もこのあたりに近づいている頃だろう。そう思うと、どんな光でもつい目で追ってしまう。
「うさぎちゃん、通信機は忘れずに身につけておくのよ?」
「うさぎ、今日の夕方時間ある?」
「もう! ひとりでどっか行かないでよ!」
今朝、そんなようなことを言われたかもしれない。
でもそんな友人たちの言葉も全て右から左に抜けていくほどに、今日は一日中上の空だった。
だって、一刻も早くまもちゃんに会いたいのだから。
ポケットの中で幾度か携帯が鳴った。
まもちゃんはまだ飛行機の中だから、この着信は彼ではない。そうと知っているから余計に、ポケットを揺らすバイブレーションは無意味に感じる。葡萄色に変わりつつある空に時折降り立つ飛行機を、あれかな? と追うこと以外に今はもう意識が向かないのだから。
「うさぎ、一緒に帰ろ」
「うさぎちゃん、連絡ください。」
「うさぎ! 今どこにいる?」
「大丈夫!? ねえ今どこにいるの!?」
次々とそんなメッセージが来ていた事を、うさぎはまだ知る由も無かった。
飛行機の後を追うように、ひと粒の光がこちらへ向かっている事も。