Restart

 季節は巡り、商店街の街路樹も初々しい青葉をめいっぱい広げ始めた。
 衛が渡米してから9ヶ月。うさぎたちの生活は、振り返ればなんだかんだであっという間に過ぎていた。
 もちろん、初めて経験する遠距離恋愛は寂しくもあったけれど、衛は空港のゲートでうさぎに手を振った後も「これが乗っていく飛行機だよ」とか「もうすぐ搭乗するよ」とか事細かにメールをくれたし、アメリカに到着してからもすぐ「繋がるかな? こちらは無事到着。東京より少し肌寒いよ。」など頻繁にメッセージを送ってくれていた。向こうの大学での暮らしも事細かに教えてくれていたし、亜美から教えてもらったSkypeで毎朝電話をするようになってからは、毎日彼の声を聞ける事が心の支えになっていた。
 衛のいるボストンと東京の時差は13時間だから、毎朝7時に電話が来る。寝坊の多かったうさぎが自然と早起きになった事は遠距離恋愛中のうさぎの思いがけない成長だったかもしれない。
 
 こんなに長いこと普通の女の子として暮らすのなんて、いつぶりだろうか。放課後はクラスメイトと街で遊んだり、美奈子たちとクラウンに集まって他愛の無いおしゃべりに花を咲かせる。ときどき試験の結果に一喜一憂して、家に帰ればそろそろ朝を迎えるボストンの衛から「おはよう」とメッセージを受け取る。世の中はギャラクシアが来る前の世界から何も変わらないし、これがあの束の間の平和の延長線上にあるはずだった世界なのだろうと、誰もがそう思っていた。
 
「月末に帰国するよ。」
「ホントに!? 嬉しい! 月末っていつ?」
「うさの誕生日までにはそっちに帰る。一緒にお祝いしよう。」
 
 1年と聞いていた衛の留学は、予定通り一年分の単位を履修し、残すところ夏休み期間中のインターンのみとなっていた。
「もともと日本で医師免許を取るつもりだったし、必要な単位は取り終えた。こっちの研究室とも繋がりができて、日本で研究を続ける下準備みたいなものはできたからね。」
「ふーん。やっぱりまもちゃんはすごいんだね。あたしなんかぜーんぜん。毎日まもちゃんの電話待ってばっかだよ。」
「うさの方こそすごいよ。……ずっと、待っていてくれてありがとう。」
「えへへ。まもちゃんの……おかげ、だよ?」
 無邪気に笑ううさぎの声は、震えないよう堪えるのが精一杯で受話器の向こうでは既に涙が溢れている事が衛にも分かる。
 渡米した直後、留学先に着いたことや新しい住所とかを逐一連絡していたことはお互いに"二度目の記憶"として残ってはいるものの、コルドロンに至るまでの記憶も消えてはいない。そして2人にとってこの遠距離恋愛を何よりも切なくさせていたのは、各々がその身を消滅させた日がコルドロンから還ってきた地点であったこと。うさぎは、ちびちびや火球皇女たちと射手座ゼロスターへ飛んだ日がコルドロンからの帰還点であり、未だ衛の懐かしい身体には再会できていなかったのだ。
 
 まもちゃんが帰ってくる!
 うさぎは放課後の教室を飛び出すと、衛の留学中に預かっていた鍵を手にマンションに向かった。留守の間、ときどき空気を入れ替えに入っては衛の香りに涙ぐんだりもしたけれど、今日は衛が帰ってきた時に心地よく過ごせるように思いっきりお掃除をしようと思ったから。
 窓を開け、掃除機をかける。うっすらと埃をかぶった家具を拭きながら、2人の思い出が沢山並ぶ写真立てに頬が緩んだ。それらのひとつひとつを丁寧に拭いて、棚の上にあるケースにもそっと手を伸ばす。衛が大切にしていたそれは、かつて衛を探し求めていた前世からの友であり、今は石となって……
「……うそ……なにこれ……」
 
 
 
 空になったケースを手に、ただ立ち尽くすうさぎの背をそよそよとカーテンが撫でていた。
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