Recombination


 彼らと「再会」した日、俺たちはあのカフェでそのまま朝まで語り明かした。

 現実的には初対面のようなものなのに、全く話が尽きないのだ。誰かがひとつ何かを話すと連鎖的に皆の記憶が蘇り、心の奥深くで眠っていた前世からの想いが堰を切ったように溢れてくる。
 みんな昼間の出来事で身体は疲れきっているはずなのに、眠る時間も惜しかった。
 まるでこれまでの失われた時間を取り戻すかのように、互いに何もかも打ち明けた。気の遠くなるような昔の思い出も、これから先どう生きたいかという事も。

 空が白む頃、ようやくそれぞれに授業や翌朝の予定を思い出し、また今夜も集まる事を約束して帰宅した。
 オレは部屋に着いた途端、ドッと疲れが押し寄せてベッドに崩れ落ちた。朝の授業まであと3時間…猛烈な眠気が意識を取り上げていく…
 ――と、その時、突然電話のベルが鳴った。うさからだ。

 「まもちゃん!…まもちゃん、本当に、大丈夫なの!?」

 感極まったような、寂しさ以上の喜びを噛み締めたような声。
「うさ、どうしたんだ?何かあった?」
「ううん…っ…なんでもない。まもちゃ…よかった…。まもちゃん…まもちゃん…」

 途切れ途切れに混ざるうさの呼吸音は、気がつくとオレの頬を濡らしていた。電話の向こうの彼女の涙が、受話器を通じてこちらまで伝ってきたようだった。

 そうか。…うさも、"戻ってきた"んだな…。
 
 コルドロンでの再会後、オレたちはガーディアン・コスモスから放たれた光によって「戻るべき場所」へと戻された。
 あの時、光の中で確かに固く抱き合っていたはずのオレたちは、あまりにも呆気なく空港で手を振ったけれど――。
 ようやく2人の記憶が繋がったのだ。
 再び同じ記憶を共有できた喜びとともに、離れてしまった切なさが再び胸を締め付ける。

 うさ…!うさに会いたくてたまらない。一刻も早くうさのもとへ帰りたい。
 ――既に始まってしまっている留学生活を巻き戻すことはできない。けれど、それならできる限りのことをして早く学び終えよう。1日でも早く帰国できるように。少しでも強くなって帰れるように。


――――――

 
 うさとの通話を終えると、オレは再びベッドに倒れこんだ。眠気はとっくに失せてしまったけれど、あのカフェでの一件以降一睡もしていない今は、少しでも休まなければこの後の授業に身がもたない。

 それなのに、今度はアパートの外がやけに騒がしい。…隣の部屋のカップルだろうか?

 ちょっとした喧嘩にしては鬼気迫る、激しく物が壊される音。それに続いて悲鳴とともに窓ガラスの割れる音がして、いよいよ普通ではないと身を起こした。

 カーテンを開けて目の前に飛び込んできたのは、激しく揉み合う隣室の2人の姿。
 男の方は酒にでも酔っているのか何を言っているのかも分からない。その彼が今、自分の彼女の首元を片手で締め上げて、軽々とバルコニーから落とそうとしているのだ。
 ブロンドのツインテールが流れる。うさによく似た、綺麗な髪だった。

「危ない!!」

 考えるより早く、オレはマントを翻し、自室の窓から飛び立っていた。
 男を突き倒し、落ちかけていた女の子の手をギリギリのところで掴み止める。片手一本でつなぎとめている彼女をなんとかして引き上げていると、男が起き上がってきた。
 オレはそのまま彼女を抱き上げて、バルコニーから地上へ降りた。振り返ると、あの男もオレたちを追ってバルコニーの柵を乗り越えている。
――間違いない。地霊に取り憑かれているのだ!
 このまま着地すればおそらく、正気を失った男の身体は無防備に地面へ叩きつけられるだろう。彼の身も危ない!
 
 助け出した彼女の方を地面に下ろし、急いでバルコニーに向けて跳ぶ。バルコニーの男は魂が抜けたようにぼんやりと宙を見ており、まだ完全には意識を取り戻していない。と、次の瞬間、フッと彼の力が抜けてバルコニーから崩れ落ちた。
 オレは落ちてくる彼をギリギリのところで救い止め、安全なところに寝かせると地霊の気配を探った。

 (…逃げた…のか?)

 地霊の気配が無い。いったい何だったのか…もうクタクタだ。授業まであと1時間もあるだろうか。オレも早く変身を解いて家に戻らなければ。大学までの移動時間も考えれば、もう殆ど支度をする時間もない。
 一日でも早く学び終えて帰国するためには、こんな事で成績を落とすわけにはいかない。…"こんな"理由で時間を消費するわけにはいかないのに。
 
 目の前の現実にふと力が抜けた次の瞬間、先ほどの彼女が高らかな笑い声をあげた。
 男に取り憑いていた地霊は、既にあの一瞬で彼女の方へ乗り変えていたたらしい。

「――っ!コイツ!!」

 女の体からは凄まじい妖気が立ち上り、瞬く間に両手の先から鋭い爪が伸びはじめた。
 間一髪のところで女から攻撃を躱したものの、体勢が整わず立ち上がりのバランスが崩れた。女はその隙を見逃さず、次々と攻撃をしかけてくる。そのスピードから察するに、コイツは昨日のカフェに現れた地霊より断然強い。立ち上がって止めさせようとするにも、攻撃を躱す事に手一杯でスピードに追いつけない。
「くそッ」
 地霊に操られているだけの女が、何故こんなにも速いのか。物理的に攻撃すれば、罪の無い彼女のヒトとしての体を傷める事になってしまうだろう。手が出そうになるのを堪えつつ、気持ちばかり焦る。
 (無理だ。やらなければ、やられる。こんなモノ…!)
 ――思わず手を挙げそうになった、次の瞬間

「ギャァァァっ!」
 女の腹の底から彼女のものではない悲鳴が上がり、ギリギリのところで引き離された。
 顔を上げると、女は四人の青年によって再び地面に押さえつけられていた。

「お前たち!」

「随分と騒がしいじゃないか!」
悪戯っぽく笑いながら、ネフライトが暴れる女を組み伏せようとしている。
「気をつけろよ、っ!迂闊に接すると乗り移られるかもしれない」
クンツァイトが女の足元を押さえつけながらネフライトに釘を指す。
「マスター!っ!無事でよかった!」
なおも暴れる女のナイフのような両手を、ジェダイトとゾイサイトが取り押さえている。

「どうして…」

 何の装具も無い、ごくありふれた普段着の若者の姿ではあるけれど、砂埃にまみれながら颯爽と笑う四人は堪らなく頼もしく、懐かしく感じられた。
 (――ああ、あいつらはやっぱり、あの頃の四人なんだ。)

「マスターの帰った方で異様な光を見たから!な?正解だっただろ?」
パチンとアイコンタクトを送るネフライトの髪を、女の爪がかすめた。
「っぶねえ!オイ手ェ放すな!」
「――っ、悪ぃ…!」
ゾイサイトが再び女の右腕を捉え直す。その掌から一筋の赤いものが伝うのが見えた。ナイフのような爪に留まらず、女の手がさらに変形しはじめているのだ。指先だけではない。気がつけば足元も肩から上も、地霊に侵された女の体は、たちまちヒトではない姿に変形していく。
「離れろ!」
このままでは四人とも危険だ!彼らにも武器を!あの頃の四人のように、どうかあいつらにも力を――!
――そう願った途端、オレの心の中にある星が強く輝いた。

 辺り一帯が眩く照らされて、四人の体が光に飲み込まれる。四人から、力がみなぎってくるのが伝わってくる。
 淡く見覚えのあるマント、腰に据えた剣――。

「――お前たち!」
「「「「マスター!!」」」」

 喩えようのない喜びが胸の底から込み上げてきた。
 軍服に身を包み、覚醒した四人が軽やかに地を蹴った。


 地霊との形勢がいっきに逆転する。暴れ狂う"女だったモノ"が、鋭く長い爪を振り下ろす。ジェダイトの短剣がそれを捕らえ、地霊の動きを止めた。ゾイサイトがマントを翻すと、辺り一帯が花吹雪に覆われ地霊から周囲の目をくらました。
 クンツァイトとネフライトが再び地霊に取り憑かれたそれを取り押さえ「マスター今だ!」と叫んだ。何もかもすべて、完璧なチームワークだ。
 オレは心の中の星に力をこめて、彼女をヒトに戻すよう祈った。
「タキシード・ラ・スモーキング・ボンバー…!!!!!」

 女の体から、勢いよく何かが飛び出すのが見えた。
「おさえろ!!!」
 誰かが叫ぶのとほとんど同時に、禍々しい光が四方に飛び散った

 地霊の抜けた女の体が瞬く間に収縮し、地面に崩れ落ちる。
 「マスター!この人を!!」
 クンツァイトが、ぐったりと元の姿に戻った彼女をマントで包み、こちらに合図を送っている。
 「――この方の傷を!あとの処理は我々が!!」
 それだけ言うと、オレが引き留める隙も与えず光の方へ踵を返した。もう、実態をなくした地霊にはそれほどの力は残っていないだろう。


 ヒトの姿を取り戻した彼女に手をあてながら、ふと目を上げると、周りは何事もなかったかのように「日常」を取り戻していた。
 まるで今までの騒ぎが嘘のように、学校に向かう学生や仕事に向かう人々。そういえば地霊に襲われたこの人たちも、オレと同じ大学生だったっけ…。
 膝元で寝かされている彼女は、傷も治りスウスウと寝息を立てている。さっきは一瞬、うさと似ているように思ったけれど…あらためて朝日のもとで見ると、彼女の髪はうさよりもずっと短くて黒っぽい。
(…なんだ、似てないじゃないか)
 なぜだろう。ほんの少しの安堵と共に、認めたくない気持ちが心の中で呟かれた。

(――オレは一体何をしているんだろう…?…守るべき人もいない、こんな所で…)



「マスター!」

 遠くでクンツァイト達の声が聞こえる。懐かしい、はるか昔の記憶を呼び覚ますような声。
 あの頃、主従の間柄ではありつつもオレが気兼ねなく全てを打ち明け、対等に剣を合わせる事ができたのは彼等だけだった。ときに厳しく、ときにはふざけながら、硬い絆で結ばれた戦友のように。そうして鍛錬を終えると汗だくの装具もそのまま柔らかな草の上に倒れこみ、白い月を見上げて夢を語りあった、あの声だ。

「…マスターっ…!!!」
 
 しかしその声は、音を出したまま水の中に落とされたスピーカーのように沈んでいく。なにか、胸騒ぎを感じながらオレはクンツァイト達の元へ引き返した。

 先ほどの場所では、実体化した地霊が得体の知れない軟体動物のように四肢を広げてのたうち回っている。それらを全身で押さえ込みながら、クンツァイトら四人の体が地霊と共に地中へと埋もれていこうとしていた。

(コイツ!ヒトの体から出た後に強くなったのか!?)

 このままでは手が足りない。どんどん膨張する地霊と共に四人が埋められてしまう前に、助け出さなくては!
 

「来るなぁァァアっ!!!」
 恐ろしいほど強いジェダイトの叫び声に、思わず一瞬踏みとどまった。

 「これはっ…本体じゃ…っっないっ!」
 もうほとんど全身を埋められながら、ゾイサイトの指が上空を指している。その先を見上げると地霊から分裂した光が上空を航行する飛行機に向けて飛んでいくところだった。
 飛行機を、狙うつもりか!?

「…っ!マスター…っ…いけ!!」
大柄なネフライトの身体さえ、底なしの沼に溺れるように、地霊と組み合いながら沈んでゆく。


 もう一度打てるだろうか?ゾイサイトが指差したその「本体」はもう、かなり上空まで上がってしまっている。もし一撃で倒せなかったら、四人を救い出すのは間に合わないだろう。ならば先に彼らを助けた方が…だがその間にも「本体」は遠ざかる。飛行機にはいったい何人が乗っているだろうか…

「マスターーッ!!こっちはいいからあれを…っ!」
「はやく!!飛行機が!」

クンツァイトたちの声が、ガツンと胸を打つ。
お前たちは、いつもそうやって…
石になって砕けたあの日のことを思い出す。
そう、いつもそうやって、お前たちは一番に身を投じて…

させるか!!やっと再び会えたのに!!


コルドロンで、うさが口にした「みんなと生きていきたい」という言葉を思い出した。

今なら分かる。
うさ、オレもうさと同じ気持ちだよ。
もう、誰も失いたくない。この星の全てを守りたい。

ここはオレたちの星だ。うさが、自分に愛を与えてくれる全ての人に愛を注いでいるように。
オレも「みんなで」幸せになりたいのだ。

――うさ!うさ、オレに力を貸してくれ!!

白い半月を背に、祈りをこめる。
強く、もっと強く、思いの全てをスペルに乗せて。
一撃で仕留めろ!

「タキシード・ラ・スモーキング・ボンバー!!!」




――敵の本体は、霧のようになって朝焼けの空に散った。





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