Gravity

〜Zoisite 〜

 きっかけは、ただ此処から出てみたいと思っただけのこと。
 芸術家一家に育ち、家には当たり前のようにグランドピアノがあった。幼い頃からひと通りのレッスンを受け、姉達と同様に付属の大学へ進学すれば良い。…そんなレールを敷かれた進路をこのまま歩み続けて良いのだろうかと、なにか胸の内で燻るものがあった。
 昔から勉強は嫌いではなかったから、外部へ進学するとしても選択肢には困らないはず。そんな軽い気持ちで出かけたJ医科大学のオープンキャンパスで、心を動かす出会いがあったのだ。
 
 その彼は、同学年の自分から見ても明らかに特別なオーラを纏っていた。
 何が違うのかと言われてもすんなり説明はできないが、とにかく出会った瞬間に「あの方だ」という感覚だけがビリビリと伝わってきた。
 誰を思い出したのか分からない。でも、とにかく彼は間違いなく自分が探し求めていた人のような気がしたのだ。
 同じ受験生としてオープンキャンパスに来ているのだから、彼もきっとここを志望しているのかもしれない。そう思い、気づけば自分もそこを受験していた。「あの方」の近くにいきたい、彼をお護りしたい、と突き動かされるように。…それなのに――。
 進学した大学に、彼の姿は無かった。

 きっと選んだ大学が違っただけのこと。彼もおそらくどこかで同じように勉学に励み、さらに高みを目指しているのだろう。
 そう言い聞かせつつも、いまいち煮え切らない日々。このままここで待っていれば、誰かは知らないが愛しい恋人にも会えるかもしれない。…でも、今のままの自分にそんな資格はあるのだろうか?「あの方」への誓いを忘れて良いのだろうか?
(――いや、「あの方」って誰なんだ?俺は何を思い出そうとしているのだろうか?)

 そんな時、学内で設置された基礎教育課程での短期留学プログラムの案内が目についた。行き先は「ボストン」。
 その文字に、飛びつくようにエントリーした。なぜだか分からないけど、これで求めていた答えが得られるような気がしたのだ。
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