Gravity

〜Jadeite〜

 家族と共にアメリカへ移り住んだのは、まだ小学生になったばかりの頃。
 はじめのうちこそ慣れない異国の文化や英語しか通じない学校生活に苦労はしたものの、今ではすっかりこちらでの暮らしが長くなり、幼い頃に住んでいた日本の景色は記憶の片隅に淡く残る程度だ。

 俺は今、ボストンの市内にあるこの大学で寮生活を送っている。
 ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学、ボストン大学など名だたる名門校が軒を連ねる学園都市は他の大学との交流にも恵まれ、将来の選択肢も広がる。この国での暮らしが長くなったとはいえ、郊外の街から出たことの無かった俺にとっては刺激的な毎日だ。

 しかし、大学も2年目となると少しずつ将来の事を意識するようになる。来年には基礎教育課程が終わり特定の専攻に進むが、その先の卒業後を考えて、まもなく進路を選択しなければならない。
 寮の友人と話していると皆それぞれにはっきりとした希望を持っているようなのだが、俺にはまだどの道にしても選んだ先が思い浮かばず、進路を決めかねていた。

 そんな時、誘われて参加したパーティー会場で珍しく日本語を聞いた。
 どこかの学校の留学生なのだろう。肩までの黒い髪をなびかせて、声の主が俺の隣を通り過ぎた――その様子に、胸がキュッと苦しくなった。
 今さらホームシックだろうか?しかし、国に帰りたいとか、そういうわけではない気がする。…ただ、黒く艶やかな髪を見てから何か心が引っかかる。いつかはここを出て、護るべき人の所に帰らなくては。
 
(――護るって、誰を?)

 正体の見えない焦燥感を塗りつぶすように、毎日アテもなく学生街を歩き回る。だがそれは決して時間の無駄とはは思えなかった。
 まもなく会えるはずだから。
 必ず、この街で…。
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